その日の王宮は城に仕えている者たちが朝から騒々しく動き回っていた。今日は孤児院への物資支援を行う日だ。いつもであればこのように騒々しくはないが、今回はカルカとリリアが実際に現地に赴くため、通常よりも護衛が多くなり用意する物も多い。そのため、準備や確認のために人手が求められているのだ。
向かう場所は王都ホバンスとその西に位置する湾岸都市リムンの間にある集落であり、朝出発すれば昼を過ぎる頃には到着するほどの距離で、遠いというほどでもない。
孤児院は都市内部だけでなく、外部の集落にも多く点在しており、亜人部族の侵攻を妨げる壁がなかった頃はこのような集落が標的になっていた。
リリアも、いつもの訓練服や王宮で着るような神官服ではなく、聖騎士が使う装備やサーコートをメイド達の手伝いの元着用していた。
「第二王女様、気になるところはありますでしょうか」
「いや、ない。大丈夫だ」
腕や足、体を軽く動かし、装着具合を確かめながらメイドへ返答する。そして、リリアが「剣を」と言うとメイドが両手で部屋の壁に掛けられている鞘に入った剣を持ってくる。
リリアが使う剣は他の兵士も使うロングソードであるが、リリアが騎士団長に素質があるといわれた日に喜んだ父が用意した特注品であり、通常の剣身よりも若干長いのにも関わらず、素材はミスリル、そしてオリハルコンで加工されているため、軽量かつ高耐久である。多少乱雑に扱ったとしても刃こぼれしないほどだ。
リリアは剣を腰へ装着し、再度鎧に異常がないか確かめる。特に異常がない事を確認し終えると同時に部屋の扉がノックされる。
「第二王女様、レメディオス様とケラルト様が面会を申し出ております」
リリアは本日の日程に関する話であろうと考え、「通してください」とだけ言う。
扉が開かれると、聖騎士の鎧を身に着けたレメディオスと神官服を着たケラルトが部屋へと入り、リリアの前まで近づくと片膝をつき王族に対する礼をする。
「「リリア様にご挨拶申し上げます」」
「うむ、それで二人は何用だ」
「はい、本日のカルカ様の護衛に関してお話すべきことが。人払いをお願いしたく……」
リリアの質問に対しケラルトが顔を上げ答える。リリアが「分かった」と言い、部屋のメイドや側仕えの者たちに「皆、部屋から出ていってくれ」と言うと直ぐに部屋から退出していく。
全員が退出し、扉が閉められたのを見るとリリアは「掛けてくれ」と言って、レメディオスとケラルトにソファーに座るよう促す。二人は「はっ」と言うと促されるままにソファへと座り、リリアも反対のソファへ座る。
「ここからは畏まった態度はいい、時間もないから手短に行こう」
二人は「分かりました」と返事するとケラルトが説明を開始する。
「今から話すことは聖王陛下、騎士団長、第一王子様、私の父と私達しか知りません。くれぐれもその他の者、特にカルカ様には内緒にしておいてください」
「姉様にもか、姉様には正直な態度でいたいのだが……」
「これもカルカ様のためなのです」
リリアは「分かった、それで」と渋々承諾しながら、ケラルトに説明の続きを求める。
「聖王陛下の命により、今回の公務でもしものことがあればリリア様の判断で進退を決めるようにとのこと。もし目的を果たさず帰還するようなことになったとしても、その際の責任は陛下がお取りになるので気にする必要はないと」
「姉様や騎士団長がいるというのに私が指示をするのか」
「率直に申し上げますが、良くも悪くもカルカ様はお優しすぎるのです。火急の事態となれば判断を誤る可能性も高いかと。そうなれば王族の命によって動く聖騎士団は混乱してしまいます」
「その点、リリア様は感情ではなく状況を見て判断ができますから。実際、リリア様はカルカ様のためであれば判断を間違えることは今までもありませんでした」
ケラルトの意見にレメディオスもうなづくように同意する。
「それではまるで、私が優しくなく冷酷な者というように聞こえるが?」
「はい、実際そのt「その行動は他人から見ればそのように捉えられるかもしれないですが、私は尊敬しています!リリア様はいつでもカルカ様のことを想って動いていらっしゃるのですから!」
ケラルトが話す前にレメディオスが話を始めたことで、ケラルトが言おうとしたことは打ち消される。
「レメディオス、絶妙にカバーしきれていないぞ。それにケラルトは……、まあいい」
ケラルトが何を言おうとしたかは大体予想がついており、リリアはそれに対して反論する気にはならなかった。いつものようにうまく言いくるめられそうな気がしたからだ。レメディオスはリリアの言ったことをあまり理解していないのか首をかしげている。
「それから、既にカルカ様の下には挨拶に伺いましたので、今回の面談もリリア様へ挨拶に伺ったことになっています」
「話は分かった。本日の護衛に関しては私が預かる。騎士団長にもよろしく伝えてくれ」
「「分かりました」」
リリアはそう言うとソファから立ち上がり、それに続くようにレメディオスとケラルトも立ち上がると三人は扉を開けて部屋を出る。
「リリア!それにレメディオス、ケラルトも!」
声のする方を見ると、そこには側仕えの者たちと神官服に着替え、全身が整えられたカルカの姿があった。リリアはカルカの美しさに思わず言葉が出なかったが、すぐに我に返る。後ろの二人は先ほどと同様に王族への礼をとっている。
「姉様、とても御綺麗です」
「リリアも騎士団の装いがとても凛々しく見えますね」
カルカから褒められたことで、体がほのかに熱を帯び再び我を失いそうになるも必死に気を保つ。
「私は姉様と共に行く。二人は各々の役目を果たしてくれ」
リリアは王族への礼をとっている二人にそう言うと、二人は一礼して「失礼いたします」というとその場を後にした。
「二人は私の下へ挨拶に参ったのです。姉様の所にも?」
「えぇ、一番に来たと言っていましたよ。二人もよく似合っていますね」
「えぇ、そうですね」
リリアは一度身だしなみを軽く確認すると騎士団の敬礼をし「参りましょう」と言う、カルカは微笑みながら「よろしくお願いしますね」と返す。
二人が部屋を出て共に王宮の入り口へ向かうとカスポンドと父が臣下を引き連れ、見送りをしようと待っていた。
「父様、このようなお見送りは少し派手に感じてしまいます」
「二人の娘が公務に出るというのに見送りに出向かないほうがおかしいだろう」
そう話す父とカルカの傍らで、カスポンドに肩を叩かれ手招きをされたリリアはそっと耳を貸す。
「既に話は聞いたか?」
リリアは先ほどレメディオスとケラルトから聞いた件であると理解し「はい」と頷く。カスポンドは「リリア自身も気を付けるんだぞ」とリリアの肩を優しく叩いた。父とカルカの方も丁度話し終えたようで父がリリアに「気を付けるのだぞ」と言うと肩を優しく掴み、リリアは「行ってまいります」と答えた。その後、二人は見送りに来たもの達に一礼し、開かれた扉に向かって行くカルカに続いてリリアも外に出る。
外には二人が乗る馬車の他、騎士団が整列をして待っており、二人の姿が現れると騎士団の敬礼をする。レメディオスとケラルトも馬車の近くに姿があり、騎士団長と同じく馬車のすぐそばで護衛に当たるようだ。二人はそのまま馬車の前へと歩いていき、リリアが最初に乗り込むと、カルカに手を差し伸べ「どうぞ姉様」という。カルカは「ありがとう」と手を掴み馬車へと乗り込む。外の従者が扉を閉め、馬車に乗り込むための階段をしまうと、騎士団も各自の騎乗する馬や乗りこむ馬車へと移動する。
「これより出発致します!」
騎士団長がそういうと、先頭の騎士が馬を歩かせはじめ、車列が動き始める。
王城の門の外には多くの人が二人の姿を見ようと詰め寄せており、カルカとリリアが馬車の窓から民衆に手を振ると、その姿が見えるたびに人々は大きな歓声を上げた。
車列は問題なく王都の城門を超え、一行は最初の目的地へと向かった。
「そういえば、リリア。二人とは何を話していたの?」
「?先ほど申し上げましたが一般的な挨拶を……」
「人払いをしてまですることなのかしら?」
「な、なぜ知っているのですか?」
リリアは見つめてくるカルカから思わず目をそらしたくなる。
「リリアの部屋に向かおうとしたとき、貴方のメイドにあったのよ。彼女は基本的にあなたの側にいるから気になって聞いてみたの」
「な、なるほど。しかし、姉様に誓って決して問題となるようなことは話しておりません!」
カルカは「ふーん」と言いながらさらにリリアを見つめる。心なしか先ほどまでよりも距離が近くなったように感じ、リリアは冷や汗をかきそうになる。
「大丈夫。何を話したかは聞かないでおくわ。おそらくは騎士団絡みのことなのでしょう」
リリアはギクッとしたものの、「助かります」とだけ返す。
(姉様に隠し立てをするのは難しい………)
リリアはそう思いながら、カルカの恐ろしさの片鱗を見たような気がしていた。