アイルによる指導の下、リリアは日々訓練に励んだ。ある時はアイルの研究を手伝いながら、またある時は直接指導と言う形でアイルと戦うこともあった。
始めたばかりの頃は全く相手にならず、一方的な形で決着がつくことも多かったが、戦闘時に使われる基本的な魔法として、飛行の魔法や転移の魔法、また状態異常に耐性を得る魔法などに関する座学。そして、信仰系魔法の応用や基礎的な立ち回りなどを実践していく内に、同等までとは言わずとも三回に一回程度は勝てるようになっていた。
そして、当初の目標であった自身の
「リリア様の
「その理屈は分かったのですが……。ツアー様も言っていた『代償』の発生する条件はどうなっているんですか?」
アイルは研究内容をまとめた手帳をめくり、答えとなる内容が乗っているページで手を止める。
「これはあくまで推測の範疇にニャけど、おそらく
アイルは自身が知っている知識と、この世界の常識が違っているためにどう答えていいか迷う。しかし、これをどのように対処すればよいのかと言う知識は備えているため、この話題をいったん置いて、話を続ける。
「こういった効果は基本的にスキルを発動させる感覚に近いニャ!何か自身で鍵となるものを用意して、状態を管理できるようにならないと真に制御できているとは言えないのニャ!主様も自身に強化を行う際には『能力解放!』とか決め台詞を言ってたニャ!」
リリアは少しそう言った決め台詞を用意することに恥ずかしさを感じたものの、アイルが絶対に必要だと念を押すため、自身で鍵となるものとして用意した。そして、実際に試してみることにしたのだが……。
「止めるニャ!止めるニャ!
アイルはそう言いながら、リリアが放とうとしていた魔法を消し去る。それと同時に、リリアも解放していた能力を何とか抑え込むと、そのまま倒れるようにその場へ座り込む。
「すごい勢いで
座り込んだリリアに治癒魔法をかけながらアイルがそう言うと、以前ツアーの魔法によって消えたはずの背中の黒い塊が服の上からでもわかるように膨れているのが分かった。
「もしかしたら、レベルが上がった影響で
リリアは「はい…」と疲れた様子で答え、その様子を見たアイルはその日の訓練をそこで切り上げると、リリアを魔法で浮かせて部屋のベッドまで連れて行った。
それからというもの、アイルによる訓練は更に厳しくなった。あのようなスキルを使わずとも済むほどの強さになれば、問題ないということらしい。そうしたこともあってか、それからしばらくは順調に『れべる』も上がっていたのだが、やがてそれまで行っていた『れべりんぐ』ではもはや成長が見られなくなった。
アイルが言うにはこれがいまの限界点近くであり、入手できる経験値がほぼないような状態になってしまったのだという。
「残念ニャけど、おそらくこれ以上のレベルになることはもはや不可能ニャ。この世界にはレベルの高いモンスターがほとんどいニャいし、召喚できる魔獣達も今のリリア様じゃレベルが低すぎるのニャ……」
アイルはそう言いながら、これ以上打つ手はないことをリリアに告げる。アイルが召喚させることのできる魔獣は『れべる』六十程度が最大であり、これ以上の物を召喚させることができる魔法は持っていないのだという。
二人が現状をツアーに伝えに行くと、ツアーは何年ぶりかに顔を合わせたリリアの姿を見て珍しく驚いているようだった。
「これは驚いたね。少し見ないうちに随分と成長したみたいだ」
「もうこれ以上の成長はのぞめないニャ。向こうの世界だったらまだ方法はあるんニャけど……」
ツアーは「そうか」と言うと、リリアの方を向き、初めて会った日の時のようにじっくりと見定めるような視線を送る。
「『純粋な』人間の中で君ほどの強者は最早いないだろうね。他の手段で強者となった者達には一歩及ばないかもしれないけど、君ならその一歩もなんとかできるだろう」
「そりゃそうニャ。ニャーが鍛えたんだから間違いはないニャ!『お墨付き』ニャ!」
アイルは胸を張って答える。ツアーは驚いた様子を見せながら「流石だね」と言い、元の姿勢へと戻って目を閉じる。
「リリア、最初の日に言ったことを覚えているかい。僕の協力者の一人として活動してもらうこと。そして、過ぎた力を行使しすぎないということ」
リリアは「もちろんです」とツアーに視線を向けたまま答える。ツアーに教えを受ける際の条件を忘れることは無い。それほどの威圧感を向けられたからだ。ツアーは「ならいい」と言い、目を開けてアイルの方を見る。
「君は彼女に『お墨付き』を与えるんだね。それは私情を挟まないものかい」
「ニャーの言うことを信じないかニャ!ニャーは与えても問題ないと考えているニャ。少なくとも対等に渡り合って行けるだけの実力は備えているのニャ」
ツアーは「分かった」と言うと、その視線を横にずらしリリアを見る。
「アイルから『お墨付き』を得たなら、君に注意すべきことももう何もないだろう。これからは僕の協力者の一人として、よろしく頼むよ、リリア」
「ツアー様、確か最初の時にツアー様に勝てるようにならなければと…」
「君はアイルから『お墨付き』を得たんだ。それならば僕の鎧と戦ったとしてもうまくやれるだろうよ。それほどアイルの言葉は信用しているんだ」
アイルはリリアに向け肉球を見せて「大丈夫ニャ!」と言う。『お墨付き』が何を意味していたかは分からなかったが、少なくとも実力は十分に評価されたという理解で間違いないだろう。
「それでだ、リリア。君に協力してもらいたいことは、この世界に君以上の強者が現れたならば、その者を監視し、この世界に害をもたらす者だと判断したなら僕に連絡してほしいんだ。君は転移の魔法も使えるから、今後は評議国の屋敷に来てくれれば話は通しておくから」
「私以上の強者が現れた時……ですか?」
「そうだ。君たちの中では伝説上の存在かもしれないが、八欲王や六大神、十三英雄のリーダーの様なもの達がある周期を境にこの世界に現れるんだ。そうした者が善か悪かを判断するのは難しい。だから、こうして協力者を集めているんだ」
リリアは事情を聴いて動揺を隠すことはできないが、理解することはできたため「分かりました」と返事をする。ツアーは「助かるよ」と言うと、顔を上げ何かを探す様に周囲を見渡す。
「僕自身も君の事は結構気に入っているんだ。協力者であるとともに、弟子のような存在だとね。弟子の門出に何か上げれたらいいんだけど……、君に合うような装備はあいにく外に出すわけにはいかないものが多くてね」
「ニャ!ツアー様が教えていたのは最初だけニャ!ニャーの方がここ数年は二人きりで指導し続けたからニャーの弟子ニャ!」
アイルはそう言うと謎のホールを召喚し、中から一振りの剣を取り出す。
「愛弟子の祝いに師匠からこの剣を上げるのニャ!リリア様ならレベル条件も満たしているし、ニャーが持っていても使えないから大丈夫なのニャ!」
その勢いのまま手渡しされた剣は、ロングソードほどの刃渡りで柄は非常にシンプルなデザインでありながらも、中央に黄色の宝石が埋め込まれていた。剣を鞘から抜くと、どことなく神々しい雰囲気を醸し出す様な真っ白な剣身に思わず見とれてしまう。
「その剣は『フラガラッハ』と言うのニャ!カルマ値…、ニャっと…、悪の位相に傾きが大きい物ほど、その剣のダメージが大きくなるのニャ!斬られた相手には回復阻害効果がつけられ…めんどくさい話はなしニャ!主様が聖騎士になろうと思ったきっかけのレア装備なのニャ!結局主様は装備条件を満たせなかったからニャーが代わりに預かっていたのニャ!」
「いいんですか?話を聞く限りではアイルとその主様の大切な剣なのでは…」
アイルは先程と同じように肉球を見せて「大丈夫ニャ!」と言う。ツアーは何か物申したい様子だったが、リリアに「絶対に他人に預けてはならないよ」と注意をして、その剣を持って行ってもいいという。
リリアはフラガラッハを持ってきた剣とは別の方の腰に付ける。アイルは剣とは別に他の防具や様々なアクセサリーを取り出し、これもこれもと押し付けるように渡そうとしたが、ツアーが止めるように言うと渋々それらの装備品をホールへと戻していく。
「ところでリグリットから聞いたんだが、君は喧嘩別れの様な形で国を出たんだろう。何か考えてあるのかい」
リリアはそう言われると、今後の動きについてためらう点が出てきた。一つ目は長い間、世間と隔離された環境にいたことで外の状況がよく分かっていないこと。二つ目はカルカとあのような別れ方をしたため、どのように思われているのか、どのような顔で帰ればいいのか困ったということだ。
「どうすればいいでしょうか……」
「僕は人間の機微についてはよくわからないからね。アイルはこうした問題に詳しいんじゃないのかい」
「ニャーは主様やリグリット様の様な人間しかしらないニャ。でも、主様も彼女を怒らせたときはプレゼント送って謝ればいいと言っていたニャ」
「彼に彼女がいたのは初耳なんだが……」
ツアーとアイルは昔の話に夢中になっていたが、リリアはその話を聞いて真剣に考え始める。と言うのも、リリアが渡した物であれば、カルカは基本的に嫌と言わずに受け取っていたため、カルカが何を好きなのかと言うことはこれまであまり意識してこなかったからだ。少なくとも常識的な範囲の贈り物はしていたが、どれがよいかはよく分からない。
その様子を見たアイルはツアーとの話を切り上げ、「少し待つニャ」と言うと転移の魔法を使いどこかへ行ってしまった。そして、しばらくすると再びその場へ戻ってきた。手には布袋を持っており、それをそのままリリアに手渡す。
「それは収納袋ニャ。中にはニャーが主様から貰ったポーションや綺麗な魔石が入っているのニャ!持っていくニャ!ニャーにはもう使い道がないのニャ!後は勢いニャ!」
アイルはそう言いながら、リリアの肩に手を触れ何かの魔法を唱えると、リリアは瞬時にその場から消えた。
「ずいぶんと強引じゃないか」
「いつまでもくよくよしてるのは嫌いニャ!時間は有限なんだニャ!やれることはやれるうちにやらないと他のやりたいことがすぐできなくなるニャ!」
「それは君の体験談かい」
アイルはツアーの前腕に蹴りを入れると、「知らないニャ!」と怒ったような素振りをしてその場を後にした。