聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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帰還①

 アイルによって転移された場所は聖王国……、ではなく王国の都市エ・ランテルであった。

 アイルはおそらく聖王国に直接出向いたことは無いのだろうとリリアは考えた。リリアも使うことのできる上位転移(グレーター・テレポーテーション)転移(テレポーテーション)といったは転移魔法は転移先を記憶することで、その場所に転移をすることができるものであり、行ったことのない場所に転移をすることはできないからだ。

 

 四、五年ぶりとなるエ・ランテルは特段変わった様子はなく、いつものように冒険者達が街の通りを歩く姿が目に入る。リリアは目立つ姿を隠す様にフードを深く被り直し、王都へ直接転移しようかと考えたものの、心の準備が必要なことと最近の聖王国の情勢を知るために知り合いがいると思われる場所へ行き先を決めた。

 

 そうして、転移した先はカリンシャである。もっと言えばカリンシャの練兵所があった場所だ。転移して最初に目に入った物は、リリアがいた頃から建設が進められていた国軍の役所の完成した姿であった。石造りで堅牢な小城といっても違和感がないような、まさに軍の司令部にふさわしいといえるような建物に仕上がっている。

 ここへ来たのは、アルフレドがいるのではないかと言う期待があったからだ。また、最後にアルフレドに会った際には心にもない返事を返してしまったため、その謝罪もしたいと考えていた。リリアは建物の前に立つ兵士に声をかける。

 

 

「すまないが、アルフレド将軍はおられるだろうか」

 

 

 兵士はフードを深く被ったままのリリアの姿に不信感を覚えつつも「何用だ」と返事を返す。リリアは兵士に「リアが来た」とだけ伝えれば分かると言い、兵士はもう一人の兵士に見張りを任せ、建物の中に入っていく。『リア』と言う別称を知っているのは、カルカやレメディオス、ケラルトと言った特に親しい者や城塞に勤務していた時に仲良くなった者達のみである。

 

 しばらくすると、建物の中から急いで走ってくる人の気配を感じ、リリアは座って居たベンチから立ち上がる。建物の入り口には鎧姿のまま急いで走ってきたために、汗をびっしょりとかいたアルフレドの姿が見えた。アルフレドは大声で叫ぼうとしたため、リリアはすぐに口に人差し指を立て静かにするようにジェスチャーを送る。アルフレドはそのままリリアの下に来ると軽く敬礼をし、小声で話し始めた。

 

 

「リリア様!病気の方はよくなったのですか!遠方で治療に当たられていると伺っていましたが……」

 

 

 どうやら公式には病気の治療のためにということで体裁を保っていたらしい。リリアは「あぁ」とそれらしい返事をして、落ち着いて話せる場所に行きたいと伝える。アルフレドは「分かりました」と言うと、リリアの様子から事情を察し、兵士達にも正体を告げることなく建物の中へと案内した。

 案内された部屋の中では、何かの会議をしていたのか懐かしい面々が揃っていた。

 

 

「アルフレド将軍。この者は?」

 

 

「あぁ、バラハ兵士長。この見た目では流石に分からないか」

 

 

 アルフレドがそう言うと、リリアはそれに応じるようにフードを脱ぐ。そこに現れた姿に目の前の二人は直ぐに王族に対する礼をとる。

 

 

「これは失礼しました!リリア様!オルランド、お前も早く頭を下げるのだ」

 

 

「いや、そんなに畏まらなくていい。二人とも頭を上げてくれ。久しいなパベル殿。オルランド殿」

 

 

 この二人は聖王国の『九色』を冠する者であり、弓の名手であるパベル・バラハと腕利きの戦士であるオルランド・カンパーノだ。二人とリリアは城塞線で勤務していた時に知り合い、オルランドとはよく決闘という名の訓練を行っていた。

 

 

「病気で遠くにいってたって聞いてたんですがね。その顔を見るに全然大丈夫そうじゃないですか」

 

 

「オルランド!リリア様にそのような言葉の使い方は」

 

 

「パベル殿、構わない。今はお忍びの様なものだからな。私もつい先ほど帰って来たばかりなのだ」

 

 

 リリアはとりあえず話を合わせ、本題である最近の聖王国の情勢について尋ねた。オルランドはあまりこういった分野に関心がないため、アルフレドとパベルが答える。

 

 

「北部と南部の関係はリリア様がいたころから大きな変化はありませんね。今は北部が優勢と言ったところでしょうか。しかし、聖王女様が行おうとしてきた政策はあまりうまくいっていないようです」

 

 

「それは南部の顔色を窺っているためか?」

 

 

 アルフレドは「おそらく」と返し、リリアはその話を聞くとカルカの苦労している姿が容易に想像でき、心が苦しくなる。

 

 

「それから亜人達の動きですが、こちらも特に変化はありません。豪王、魔爪、獣帝、灰王……。どの勢力の長も未だに頂点に君臨しています。しかし、勢力の広さで言うならば豪王バザーがかなり広い範囲を占有しているようです。石喰猿(ストーンイーター)が弱まっている間に奴らが保持していた平野のほとんどを奪い取ったと」

 

 

 聖王国軍の遠征により石喰猿(ストーンイーター)はかなり大きな損害を被ったため、大半の縄張りを失ったものの、アベリオン丘陵全体で見れば大きな変化が起きたという訳でもないようだ。リリアは「そうか」と言うと、三人がなぜここに集まっていたのかが気になった。

 

 

「リリア様がご病気になられた後も、私が国軍の改革を続けていたのですが……。人手が足りなくなりまして……」

 

 

「我々がアルフレド将軍の相談役兼部隊訓練官として参加させていただきました」

 

 

 てっきり自身が退いたことでとん挫したと思われていた改革はアルフレドが中心になり、パベルやオルランドを含めた新たなメンバーによって続けられていた。リリアはそのことに感謝の意を伝えると、アルフレドが口を開く。

 

 

「リリア様。お戻りになられたということは、復帰なさってくださるのですか」

 

 

「あぁ……。正直なところ、まだどうするかは決めかねているんだ。少し込み入った事情があってな。姉上に話を通した後、必ず説明はすると約束しよう」

 

 

 アルフレドは望んだ答えを聞けなかったためか「そうですか…」と残念そうにする。

 

 

「リリア様、聖王女様にお会いになるということは、ホバンスに向かわれますか?」

 

 

 リリアは「あぁ」と言いながら頷くと、パベルは身を乗り出し胸元から手紙を取り出す。リリアは手紙を受け取りながら、「これは?」と尋ねる。

 

 

「実は私の娘が聖騎士団におりまして……。手紙を出しているのですが、届いていないのか、返事が返ってこないのです……。リリア様から手渡していただければ確実に届くと思いまして……。どうか、お願いできないでしょうか」

 

 

「あぁ、分かった。必ず送り届けよう。確か名前は……」

 

 

「ネイア。ネイア・バラハです」

 

 

 リリアは城塞線にいたころからパベルの娘に対する愛を知っているがゆえにこれ以上話を伸ばせば余計な時間を食ってしまうと考え、「そ、そうだったな!」と言うと手紙をしまい、席を立ちあがる。

 アルフレドが見送ろうとするも、リリアは拒否し、ここで大丈夫だと言って部屋を出る。そして、部屋を出ると直ぐに周囲を確認し、誰の目も気配もないことを確認すると、ホバンスへ転移した。

 

 

 久しぶりに訪れたホバンスは以前よりも活気に満ちているように感じられる。少なくとも、人々が今の国に不満を持っているような様子は見受けられなかった。

 

 

(姉上の統治はうまくいってはいるようだな)

 

 

 そのまま通りを歩き、王城の前まで行くも王宮の姿を見ると、途端にどう話せばいいものかと、再び足が止まってしまう。そして何より、どのような顔をしてカルカに会えばよいのだろうかと。いい考えが出なかったリリアは、とにかく一目会ってから考えようと決めた。

 

 

魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)不可視化(インヴィジビリティ)

 

 

 自身に不可視化の魔法をかけ、『飛行(フライ)』によって柵を超えて、王宮の執務室へと飛ぶ。

 

 

(早いうちに王都にも魔法に対する防御策を構築する必要があるな……)

 

 

 これほど簡単に侵入できてしまうのは流石に問題だろうと考えながら、執務室の窓に着くと、不可視化状態であるのにもかかわらず、覗き見るように中を見る。そこには机の上に重なっている書類に向き合い、必死にペンを動かしているカルカの姿があった。前見た時よりも少し大人になったようだ。

 

 

(姉上……。前に会った時よりも少しお痩せになられただろうか……)

 

 

 そんなことを思っていると、カルカの視線が窓の方へ動き、リリアの視線に重なる感覚に襲われる。不可視化の魔法を発動している以上、何らかの魔法や道具で見破られてでもいない限り、正体がバレることは無いのだが……。

 

 カルカは静かに席を立ちあがると、窓へと近づき、窓の鍵を解除し開けっ放しにする。そして、そのまま二つのカップを用意し始める。リリアはそのカルカの対応に完全に見破られていることを察し、不可視化の魔法をかけたまま部屋へと入る。

 

 

「いつになったら魔法を解除するのかしら」

 

 

「いつから見破られていたんですか?」

 

 

 リリアはそう言いながら不可視化の魔法を解除する。カルカは自身とリリアの分のお茶を机の上に持っていく。

 

 

「ケラルトが執務室や私室に侵入者対策用の魔道具を置いたの。もし、敵意を持ったまま近づいてきたら『麻痺(パラライズ)』や『(ポイズン)』の魔法が放たれるようにね。それに一度もかからずにここまで来れる者なんて、リリアかよほどの腕の持ち主だもの」

 

 

「私じゃなかったらどうしたんですか?」

 

 

「死んでいたかもしれないわ。この防御を突破してくる者に勝てるかどうか怪しいもの。でも、私はリリアだって分かっていたから」

 

 

 カルカはそういいながらお茶を一口飲む。リリアは思わず「姉上…」と絶句してしまう。だが、カルカの話し方のおかげか、思ったよりも素直に会話ができていることに素直に嬉しさを感じる。

 

 

「リリアのことだから、あのような別れ方をした反面、どのように再会したらいいかわからず、わざわざ不可視化の魔法を使ってまでここに来たんでしょう」

 

 

 カルカに指をさされながら考えていたことを言い当てられたため、リリアは黙って頷く。カルカは「別にいいのに…」と小声でつぶやく。

 

 

「何の連絡もせずにいたことも謝りたいのです。事情があったとはいえ、姉上を心配させるようなことをしてしまったことは……」

 

 

「謝罪はいいの。私も貴方の事を心配していたけど、貴方も私の事を心配しながら日々を過ごしていたのでしょう。再会した最初の話題が謝罪だなんて嫌なの」

 

 

 リリアは「わ、分かりました」と顔を下に向ける。口下手な自分に腹が立ってしまう。

 すると、カルカは手に持つカップを置き、ソファーから立ち上がるとリリアの隣へ座る。そして、両手で顔を掴み視線を合わさせる。

 

 

「帰ってきたら言うことは一つでしょ?」

 

 

 リリアは「そうでしたね」と言って、きちんとカルカに向き合う。

 

 

「姉上、ただいま戻りました」

 

 

「おかえりなさい。リリア」

 

 

 二人は誰もいない執務室で静かに抱き合った。

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