リリアが帰って来たことはその日のうちに、レメディオスとケラルトにも伝えられ、夜にはそれぞれが業務を終えると直ぐに執務室へと駆け付けた。久々に顔を合わせると、前に会った時よりも全員が大人になったという印象が強く感じられ、時の流れを実感させられる。リリアは自身の事を話す前に、いなかった間に世界はどうなっていたのかが気になった。
「リリア様がいなかった間にあったことですか……。王国で新たなアダマンタイト級冒険者チームが生まれ、英雄として名を挙げたガゼフ・ストロノーフがリ・エスティーゼ王国兵士長に就いたことでしょうか」
「ガゼフ・ストロノーフ?その者の実力は?」
「王国と帝国との戦争で、帝国の黒騎士四人の内、二人を単身で討ち取ったとのことです。王国軍はその活躍によって勢いを取り戻し、帝国を押し返しました」
帝国の黒騎士と言えば、リリアも実際に会ったことがある。少なくとも、当時の実力から言えばレメディオス一人とも経験で渡り合うことができるほどの猛者であったはずだと。
「レメディオス。お前が彼と戦ったら勝てるか?」
「勝てます!……。と言いたいですが、正直分からないです……」
リリアから見ても、レメディオスのレベルは決して低いはずではない。しかし、純粋な剣での戦いとなれば、亜人との戦いに重きを置いている聖騎士にとっては相性が悪いのだろうかとリリアは考えた。
「レメディオスがここまで自信を無くすとは……。私がいない間に少し鈍ったんじゃないか」
「何を言いますか!私とて訓練を怠ったことはありません!リリア様がいない間、亜人を倒し続けてきました!」
レメディオスが身を乗り出してリリアに訂正するように求め、リリアは「悪かった、悪かった」と言いながら宥める。
「それよりもリリア。貴方はどこにいっていたの?ケラルトの力でも行方が全くつかめなかったから……」
「そうです。王国と帝国、それに法国にまで範囲を広げていたのに全く行方がつかめませんでした」
そう言われると、リリアも答えを言いにくく感じてしまう。カルカはともかく、二人にとってはあまりいい印象を持たない国であるからだ。
「私は以前の知人の伝手で、アーグランド評議国に行っていたんだ。詳しいことは言えないが、そこで教えを受けていた」
アーグランド評議国と聞いて、レメディオスとケラルトは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。亜人によって治められている国など、聖王国の者からすれば当然の反応だろう。カルカは驚きつつも、ある程度許容しているのか目を丸くしたまま嫌そうな顔はしていない。
「言いたいことは分かる。だが、私は多くの事を学んだ。それに亜人全てがあの丘陵から攻めてくるような野蛮な亜人と言う訳ではない」
リリアはそう説明するも、やはり二人は納得しきれていないようだった。部屋に何とも言えない空気が流れたのを察知し、カルカは話題を別へと移す。
「そうだ、リリア。貴方の修業の成果を何か見せてくれないかしら」
「成果ですか?この部屋の中でできることとなるとかなり限られてしまうので……。後日機会があれば、私からお願いしても?」
カルカは「それがいいわね」と言いながら、手を叩く。しかし、そこでレメディオスが待ったの声をかける。
「リリア様!今からでも遅くありません!私と手合わせを!」
「今からって……。もう夜だぞ?明かりだってそんなにないのに」
レメディオスがカルカやケラルトに許可を求める強い眼差しを送ると、二人は受けてあげてと言う素振りをする。リリアが「…分かった」と言うと、レメディオスは立ち上がり先に行って準備をすると部屋を出て行った。
「行先を告げずに行ってはどこか分からないじゃないか……」
「大丈夫です。訓練をする場所は王都内に一つしかありませんから。私達も行きましょう」
ケラルトがそう言うと、リリアを目的地まで案内する。扉を出ると護衛の聖騎士達と目が合い、彼らは驚きつつもすぐに礼をした。聖騎士達がついて来ようとしたため、ケラルトが「護衛はいい」と告げると、彼らは了承し持ち場へ戻る。
そうして案内された先は王宮からそう遠くはない聖騎士が訓練を行う稽古場であった。以前とは違い、明かりが松明や火をともすランプではなく、帝国で見た魔導ランプに代わっており、周囲を見るのに困らない程度の明るさがあった。
「帝国製のランプが我が国でも使われるようになってきましたから。まだ庶民には手が届かない値段ですが、王宮や一部貴族の間では使われています」
ケラルトはそう言いながら稽古場を進み、用意されていた木刀をリリアに手渡す。
リリアは腰に付けていた剣や背負っていた鞄をケラルトに預け、木刀をもって軽く体を動かす。ケラルトは預かった荷物の重さに思わず姿勢を崩してしまうも、何とか机の上へと運びこみ、用意した椅子にカルカを座らせる。
「レメディオス、相当嬉しかったのかしらね」
「姉様は分かりやすいですから。家では泣きそうになっていました。聖騎士団長とは思えないような顔でしたよ」
二人は思わず笑みがこぼれた。そんな話をしている内に、訓練用の衣装に着替えたレメディオスも控室から姿を現し、稽古場の真ん中へと走ってくる。
「リリア様。準備のほどは」
「レメディオスこそ。剣を振っておかなくていいのか」
レメディオスは毎日のように遅くまで聖騎士の訓練に付き合っているため、体は既に温まっており「構いません」と返事をする。そして、二人の用意が整ったのを見ると、ケラルトが前へと出て、開始の合図をした。
合図と同時に、レメディオスが剣を振りかぶるとリリアは難なくそれを避け、背後へと回る。あまりの速さで回りこまれたことで、レメディオスもすぐに振り向き剣を構えようとしたが、途端に姿勢が崩れ背中から地面に倒れこむ。リリアはレメディオスの背後に回るとともに、動きを予知し足をかけていたのだ。すかさず、リリアは距離を詰め、レメディオスの剣を持つ手を片手で抑えながら、剣を胸元に突き立てた。
ケラルトの「そこまで!」と言う声と共に、レメディオスはリリアの手を借りて立ち上がる。
「リリア様……。武技を使われていましたか?」
「いや、使ってはいないぞ。手合わせのルールを忘れるほど呆けてはない」
レメディオスは正直に言えば、避けられた場面までは目で追うことができていたが、その後の動きはほとんど捉えることができていなかった。武技を使用されたとしても、以前までなら目で終えていたはずだと。
カルカは称賛の拍手をしながら、二人の下へ歩いていく。
「リリアすごいじゃない。剣の事はあまり詳しくない私でも強くなったことが分かったわ」
リリアは少し照れ臭そうに「ありがとうございます」と返す。その様子を見たレメディオスは不満げに「もう一回お願いします!」と剣を構える。カルカのその視線を今まで受けていた身としては、仕えるもう一人の主であったとしても悔しく思ってしまった。リリアもそのことをわかってか、納得するまで付き合おうと剣を構える。
その後、レメディオスは何度も倒されては挑むことを繰り返し、最後にはあきれ果てたケラルトの魔法によって気絶させられ、リリアの手によってカストディオ家の馬車まで送られた。
「カルカ様、リリア様。姉様も悪気があるわけではないのです」
「分かっているさ。手合わせならまた後日付き合うとだけ言っておいてくれ」
ケラルトは二人に一礼すると、馬車に乗って屋敷へと帰っていった。
後日、カルカはリリアの帰還を告げるため、主要な大臣や関係者を会議室へと呼び出した。会議室のレメディオスとケラルトを除くほとんどの者が、カルカと共に入って来たリリアの姿に目を丸くしていたが、カルカによって病状が安定したため復帰することが告げられると、各々が回復を喜ぶ言葉を送った。
「リリアには本人の希望も踏まえ、軍務大臣並びに空席であった国軍元帥の地位についてもらいたいと考えています。軍務大臣はどうお考えですか」
「リリア様であれば安心してお任せできます。実務の面から見ても問題はないでしょう。しかし、リリア様は以前の事件であまり国軍に関しては……」
以前であれば遠征後の不安定な次期であったことから、関わりたくないと言っていただろう。しかし、あれから自身の考えを見直し、改革を引き継いでくれた者達の期待にも答えたいという風に思うようになった。
「大丈夫です。前回の様な失態をお見せすることはもうありません。皆様にそれを実演できればいいのですが、今は言葉でそれを信頼してもらうしかありません」
リリアは軍務大臣の心配に感謝をしつつも、問題はないことを告げると軍務大臣は「それでは」と言いながら、大臣の権限を委任する文書に自信の印を押す。今の大臣は先の聖王、父の時代から長年貢献していたが、年齢的な問題から後任への引継ぎを希望し続けており、両者にとって悪い話ではなかった。
カルカによって正式にリリアに権限の委任や新たな地位が任命されると、会議場から拍手が起こる。
それとほぼ同時に、大急ぎで走って来たであろう文官が扉を開けて中に入ってくる。ノックもせずに入ってきたことで、「何事だ!」とレメディオスが声を上げる。文官はすぐに元軍務大臣の下へ文書を持っていき、元大臣は手渡された文書に目を通す。
「聖王女様。亜人達に動きがあったようです。偵察部隊の報告によれば、
アベリオン丘陵で一定の支配を確立した
「その数は正確な情報なのですか?五千となると、自分たちの領域を守る亜人さえも前に出してきていることになりますが」
「以前から
ケラルトの質問に対し、元大臣は自身が知っていた情報でもって推測し答える。周囲はその意見を聞いて、報告された数も外れてはいないと確信し、更に騒ぎが大きくなる。
「姉上、何を迷っておいでですか?五千足らずの亜人など、すぐに追い返せるでしょう」
「リリア?今は冗談を言っている場合ではないわ」
リリアは落ち着かない様子の大臣達の方を向き、鞘を床に打ちつけて音を鳴らす。
「一同、今回の敵の攻勢はいい機会です。ここで大きな一撃を加えることができれば、奴らも城塞線に対する攻撃をためらうようになるでしょう」
「何かいい案があるのですか?」
「姉上が私に奴らを追い返せと命じれば、すぐにでも追い返します。後片付けのための人員を派遣してくださるだけで結構です。皆様にも一度、私の力を見ていただいた方が今後の聖王国を動かすにあたって何かと都合がいいでしょう」
その場にいた誰もが耳を疑うような発言をしたリリアに視線を送り、言葉をなくした。