「バザー様。捕虜共の準備が完了しました」
森の奥地の野営で部下から報告を受けたバザーは「そうか」と言うと、剣を杖代わりにしながら立ち上がる。
「捕虜共には俺が指示した通りの命令を出したか」
「はい、人間共との戦争に勝てば部族の下へ返すと伝えました。奴らは一気にやる気が出たようです」
これまでの戦いで多くの他の部族の亜人を捕虜にしていたが、それらを他部族との戦闘に用いることで自身の部族の損害を減らす方針をとっていた。しかし、近辺の亜人達にほとんど勝利した今、その捕虜たちは貴重な食糧を減らすだけの存在となっていた。であれば、有効活用すべきだろうと、今回の攻勢の主力に回したのだ。
「勝ったとしても負けたとしても、奴らは生かして返すな」
部下は「はっ!」と言うと、その場を後にした。バザーは間もなく手に入るであろう敵の陣地を見ると、その顔にいやらしい笑みを浮かべた。
敵の侵攻が開始された。
この報告を受け城塞線中央要塞は兵士達が配置につくため忙しく動き回っている。敵の侵攻予想は南部または中央であるとされていたため、兵力は南部にも多く回されていた。また、増援のためにカリンシャを出発した国軍は未だロイツ付近を行軍しており、この戦闘には間に合わない。
「直ちに狼煙を上げろ!早馬も同時に出せ!カリンシャの司令部に連絡しろ!」
中央要塞を守る将軍は部下に指示を出す。兵士達も事前に受けた指示を元に、城壁上のバリスタや油壺の用意を進める。
「油はいつ投下してもいいように温めておけ!バリスタは迅速に装填できるよう手順を再確認しろ!弓兵も配置につけ!」
兵士長が部下に指示を出す。要塞を守る兵は国軍よりも練度で劣っているため、詳細な指示を伝えなければ動けなくなってしまうからだ。
しかし、用意を進めている要塞側を亜人が待ってくれるわけがない。森の奥からオーガやゴブリン、
狼煙による連絡は直ぐにカリンシャまで届き、中央要塞で戦闘が開始されるであろうことが司令部に連絡された。司令部には前日に王宮で報告を受けたカルカや護衛に当たるリリア、レメディオス、ケラルトの他、数人の大臣が共に待機していた。
「敵は中央要塞に来たようです。てっきり南部から来るものかと思っていましたが……」
そこへリリアが扉を開け中に入ってくる。真新しい鎧とサーコートを身にまとい、兜は今回外してきている。
「それでは行きましょうか」
リリアはそう言うとカルカの側まで行き、周りの者達にも近くまで寄るように指示する。周りの者は何をされるか分からないがリリアの指示に従って近くによると、足元へ魔法陣が展開される。
「
リリアがそう言うと一同は一瞬で中央要塞の内部へ転移される。
「これはまさか……。転移の魔法……!」
ケラルトは自身の身に起きた事実を理解し、リリアの方を見る。
「レメディオスとケラルトは姉上と大臣の方々を『一応』守っておいてくれ」
リリアはそう言いながら、再び魔法陣を展開すると『
「敵が第六位階以上の魔法を使ってきた場合は無理ですが、ほとんどの攻撃は防げるでしょう」
そう言いながら、部屋を出ると防戦の用意を進めていた兵士長や兵士と出くわし、兵士達は聖王国の上層部に位置する面々を見ると、一瞬唖然とするもすぐに礼をして道を開ける。リリアは兵士に軽く礼を返すとそのまま城壁へと一同を連れて行く。
城壁から見える森の近くには亜人達が群れを成して一列になっているのが見えた。
「どの亜人も首輪をつけています。おそらく捕虜となった亜人達でしょう。少数の
リリアは遠視の魔法で見えたものを元に敵の情報を話す。これほどの規模の攻撃はこれまでに経験したことがないため、その現場に立った大臣達は恐れているのか言葉をなくしてしまう。そこへ話を聞いた将軍も駆け付け、カルカ達へ挨拶をする。
「聖王女様!このような場所にまでおいでになるのは危険です!」
「将軍。私は大丈夫です。敵が到着したのはいつですか?」
「つい先ほどです。狼煙を上げたのも先ほどのはずなのですが……。どうやってここまで?」
将軍の問いにカルカは「まぁ」と答えを濁し、リリアの方を見る。何かの魔法を自身にかけているのか詠唱を続けていた。
「姉上、用意ができました。いつでも命令を」
魔法をかけ終わったリリアはそう言いながらカルカの前まで来て跪く。カルカは臆することなく、リリアを信じ声を上げる。
「聖王女として命じます。この国に迫る脅威を退けなさい。聖王国の強さを見せるのです」
リリアは「はっ」と言うと、立ち上がり城壁の一番前まで行くとそのまま歩くように壁を蹴り、
「超斬撃!」
リリアが地面に向かって剣を振り下ろすと、亜人達が群れ成す前に斬撃が飛び出し、要塞と亜人との間に一つの線が出来上がる。
「警告する!それ以上この先に足を踏み入れれば、お前たちには神の裁きが下る!退けば今は見逃す!どうする!」
リリアは拡声の魔法を使って亜人達に呼びかける。亜人達は突然の攻撃に動揺するも、指揮官と思われる
「
リリアが剣を掲げそう唱えると、三つの魔法陣に普通の倍以上の大きさになった火球が現れる。神聖属性も付与されていることで、通常の
リリアは容赦なく三つの
煙が晴れてくると、その場にあったのは遅れて後に続いていたであろう亜人達の無残な姿と焼け焦げた大地だった。先頭と中頃を走っていた亜人達は文字通り全て灰に代わってしまったのだ。
その光景を見た奇跡的に生き残った僅かな亜人の群れは一瞬にして戦線を放棄し、武器を投げ捨て森へと逃げ帰る。指示をしていた
城壁からその光景を見ていたカルカ達は一瞬何が起きたのか理解できなかったが、亜人達が一瞬にして消えてしまったことは見て分かった。それがリリアの魔法によってもたらされたものであることも。
「あれが
ケラルトは自身の知る魔法とは全く違うと言ってもいい物をみて思わず混乱してしまう。しかし、城壁の兵士達はその光景に歓喜し、魔法を撃ったリリアの名を叫び続けている。
魔法を撃った後、森の中で動きがなく、敵の本隊と思われる奴らも下がっていくのを確認したリリアは、城壁で待つカルカの下へと降りる。
「姉上、亜人達は殲滅しました。これで奴らも安易に攻めてくることは無いでしょう」
カルカはリリアの声で我に返り、人の目があるにもかかわらず、リリアの顔や体をぺたぺたと触り始める。目の前にいるのは別人なのではないかと思わず疑ってしまうほどの衝撃が走ったのだ。リリアは「姉上?」と困惑するも、ケラルトがこの現場を見られまいと直ぐにそれを覆い隠す様にレメディオスと二人で囲い、そのまま要塞内に入っていく。
「リリア様!なんですかあの魔法は!」
「
「あの威力は間違いなく第五位階相当ですよ!オーガが灰になる火力の魔法なんてもはや人外の域です!カルカ様!早く目を覚ましてください!」
ケラルトはカルカの肩を掴み、ぐらぐら揺らすとカルカもようやく正気を取り戻したのか、部屋の中にある椅子へと座りこむ。
「教えを受けたのも聞いたわ。それでリリアがすごく強くなったことも理解してる。それでも…」
目の前の光景に納得できるかは話が別である。帝国のフールーダ・パラダインと同等、いやそれ以上の存在。今人類の中で最も偉大な
「姉上、これで理解していただけたと思います。何も恐れることはありません。例え、何千人が亡くなったとしても、蘇生することが可能な魔法さえも行使できます。世間が姉上を見る目もきっと変わるでしょう」
「リリア様の魔法はすごいです!亜人共は成すすべもなく逃げ出していきました!」
レメディオスは興奮しながらリリアを称賛し、リリアも少し誇らしげな様子をしているが、等の本人であるカルカとケラルトはこれからの事を考え、頭が真っ白になっていた。
聖王国にこのような戦力がいる事が知られれば、周辺国が聖王国をどう見るのか。少なくとも内部的な安定は保障されるだろうが、外部的な安定を損なう結果を招くかもしれないと。
(今すぐ情報統制するべきか……?いや、しかし……)
ケラルトはそう考えるも、もはや不可能であることを理解している。多くの兵士がこの場でリリアのしたことを目の当たりにしており、数か月もしないうちに各国に情報は伝わってしまうだろう。
ケラルトの予想は正しく、亜人の大群はリリアによって撃退されたという話は瞬く間に聖王国内に広がり、人々は『英雄が帰って来た』と口々に叫ぶ。そして、その話は広がる内に徐々に脚色され、四千体、五千体、六千体……七千体を一人で殲滅したという域にまで達し、この情報を手に入れた王国、帝国、法国の上層部に混乱をもたらした。
だが、最も混乱したのはこの攻撃をされたアベリオン丘陵の亜人、特にこの攻撃を計画したバザーであったことは言うまでもない。