出現①
ある日の事、王国に衝撃が走った。
『王国に三番目となるアダマンタイト級冒険者が現れた』
この出来事は王国内で瞬く間に広がり、聖王国にもすぐさま情報がもたらされる。
「王国で生まれたアダマンタイト級冒険者チームは漆黒と呼ばれる二人組らしいですね」
「二人でアダマンタイト級まで登り詰めるとは……。相当な実力なのだろう」
「詳細は不明ですが、間違いないでしょう。聖王国にも早くアダマンタイト級の実力を持つ冒険者が欲しい所ですね……」
ケラルトは用意された報告書に目を通しながらそう答える。アダマンタイト級は英雄に到達した者でなければ至れないまさに極致ともいえる。冒険者は国家に属さないものの、そうしたチームが国内にいるということは、外交的にも大きな意味を持つ。
「アダマンタイト級なら私もなれるだろうか……」
「リリア、貴方はもうアダマンタイト級を超えていると思うのだけれど……」
「そうですよ!ケラルト、聖王国には既にアダマンタイト級十人分にも匹敵するリリア様がいるのだぞ!」
リリアは「それは言い過ぎじゃ…」と言いながら、ケラルトに渡された報告書を見る。あくまで噂伝いに伝えられたもののため、詳細は乗っておらず、新たな実力者の出現をその立場から黙ってみているわけにはいかない。
(詳しく調べる必要があるな……)
翌日、リリアは服装を整えて、執務室でネイアが来るのを待っていた。しばらくすると、「おはようございます」と言う声と共にネイアがやってくる。
「おはよう。早速なのだが、私は少し用があるため外に出てくる。その間に来た者に対する対応はネイアに任せるぞ」
「えっ、えっ、あの。リリア様!せめてこの書類だけでも……」
ネイアがそう言い終える前にリリアは転移の魔法を使ってどこかへ行ってしまった。一人残されたネイアはたまりつつある書類に目をやるとこの後の展開が容易に想像でき、思わず涙目になってしまう。
そんなネイアをおいて一人訪れた場所は、王国の都市エ・レエブルだった。訪れた目的は一つ、王国の貴族の中で最も話がしやすく、情報にも通じているレエブン候に会い、例の冒険者に関する情報を入手するためだ。
(急な訪問だが……。屋敷にいてくれればいいのだが……)
せめて手紙の一つを出してから来ればよかったかといまさらながら思う。しかし、いなければ後日再び転移すればいいと思い、そのままレエヴンの屋敷へと向かう。
「すまない。レエブン候は屋敷におられるだろうか」
「何用でしょうか」
門番は聖王国の服装をしたリリアを前に少し怪しみながら尋ねる。リリアは「レエブン候にお話がある、リリアと申します」と言うと、門番は「しばし待たれよ」と言って屋敷へ向かう。反応から考えるに今は屋敷にいるようだ。
しばらくして、先ほどの門番とは違う執事と思われるものが走って門に来る。
「リリア様ですね。ご主人様がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
そう言うと、門番は門を開けリリアはその執事の後に続き屋敷へと入る。以前訪れた際には屋敷を見ることもなかったが、改めて訪れると大貴族の一角であることが分かるほど大きな屋敷だ。
執事はそのまま、リリアを客間へと案内するとメイドにお茶を入れさせ、「しばらくお待ちください」と言う。そうして待っていると、後ろの扉が開き懐かしい顔が見えた。
「リリア様。お久しぶりです。王都での一件以来ですかな」
「そうですね。七、八年前でしょうか?」
どことなく、以前あった時と比べ雰囲気が変わったように感じられる。これも時の流れのせいなのだろうと。
「それで、今日は突然何用でしょうか?」
「王国のアダマンタイト級冒険者に関して、何か情報を掴んでいませんか?」
レエブンは「あぁ…」と言うと予想していたかのように執事から文書を受け取り、それをリリアに差し出す。リリアは差し出された文書を見て「これは?」と尋ねる。
「リリア様が気になっているであろう『漆黒』の二人組に関する情報です。このタイミングで来られたということはこの要件以外ないでしょうから」
リリアはそれを「そうですか」と言いながら、開こうとするも一度手を止める。この男が何の見返りも無しにこのようなうまい話を提供するわけがない。
「それで、何をお望みでしょうか?」
「いえいえ、聖王国との友好のためですから。これは寄付のようなものですよ。しかし、そうですね。もし、可能であれば以前流れたリリア様の噂はどこまでが真実なのか、お教え頂きたいです」
以前であれば王座を狙うために何かしらの協力や手助けを求めたであろうが、今はそのような野心はすでにないのか、意外な質問をしてきたレエブンにリリアは少し驚くも、最低限の見返りを返すべきだと、質問に答える。
「七千体……。と言うのは民が誇張してしまった結果です。軍の統計では四千体と少しでしょうか」
「……。それでも十分だと思いますが……。やはり貴方を敵に回さなくて正解でした」
レエブンは「どうぞ」と言いながら資料に目を通す様に促す。
トブの大森林を支配していた大魔獣『森の賢王』を従属させる、エ・ランテル墓地から発生した数千に及ぶアンデッドの軍勢・ズーラーノーンの首謀者を撃破、吸血鬼ホニョペニョコの撃退、北上してきたゴブリン部族連合の殲滅、超希少薬草の採集に成功、ギガント・バジリスクを討伐……。
「……。レエブン候、これは嘘偽りない文書と言うことで受け取っていいですね?」
「おっしゃりたいことは分かります。しかし、それは真実です」
リリアは「そうですか」と言うと、文書の中で気になったことを質問する。
「この『森の賢王』と言うのは何ですか?」
「トブの大森林に数百年前からいるとされていた大魔獣です。彼らがその魔獣を力で従わせたそうです」
「では、この吸血鬼ホニョペニョコというのも」
「いえ、それは彼らが行方を追っていた吸血鬼ヴァンパイアの片割れだとか。鉄級冒険者チームが倒され、第三位階の魔法を使用するほどの力を持っていたとか。それも倒してしまうほどの実力を持っているということです」
「漆黒は二人組と聞いていたのですが……。彼らと言うことは男性なのですか?」
「両手に大剣をもって戦う方がモモンと言います。その相方である女性をナーベと言い、なんでも絶世の美女だとか。彼らの出身地などは全て不明ですが、短期間で瞬く間にアダマンタイトに上り詰めたそうですから、どこぞの王族なのではという噂もあります」
レエヴンの話を聞くだけでも、相当な実力を持っており数少ないアダマンタイト級の中でもトップに入るレベルだろう。であれば、一度自身の目でその力を確認する必要がある。
「彼らの拠点はどこですか?」
「エ・ランテルです。黄金の輝き亭に宿をとっているようで、私も何回か接触を試みているのですが、彼らを雇うには相当の金額が必要ですから…」
リリアはそれだけ聞くと、「ありがとうございます」と言って資料をしまい部屋を後にしようとする。扉を開けると、足元に何かがいるのに気づく。足元にいたのは、四、五歳ほどであろう小さな子供だった。
「リーたん!」
レエヴンが人が変わったように声を上げながら子供の所まで行くと抱き上げる。自身の中にいたレエヴンの人柄が全て破壊されたような衝撃がリリアに走った。
「レエヴン候……。子供がいたのですね……」
レエヴンは咳払いをすると、先ほどの緩んだ顔から元の顔へと戻り「そうです」と言う。今さら姿勢をとりつくろわれてもと思ったが、あまりの衝撃にその言葉すら出ない。
「そうだ!リリア様!信仰系魔法には加護を与えるものがあったはずです!どうか、この子が怪我や病気もなく育つように祈ってもらえませんか!」
リリアは引き気味に「い、いいですよ」と言うと、魔法を詠唱し、身体能力を若干強化する魔法をかける。レエヴンが考えているものとは違うだろうが、少なくとも効果はあるだろう。レエヴンは「ありがとうございます」と言うと、再び子供に顔を向け先ほどの緩んだ表情に戻る。
リリアは執事に後の事を任せて、親子の場を邪魔しないようにとその場を後にする。
(子供ができると、人はあそこまで変わるものなのか……?)
そう考えながら、同時にもう一つの疑問が浮かんだ。それはカルカの事である。
(姉上もそろそろいいお歳のはず……。いまだ結婚の話も出ていないのは……)
あの噂のせいなのだろうか。とすれば、これは一大事である。カルカの後を継ぐのは少なくともカルカの子ということになるはずだが、いなければカスポンドの子……。そのカスポンドも浮ついた話がない以上、王家の血筋が断絶される危機だ。
リリアは今まで考えもしなかった聖王国のもう一つの危機に気づき、どう対処すればよいのかと通りを歩きながら頭を抱えた。
そうして、エ・レエブルにおける用事を終えたリリアは、噂の本人へと会うべくエ・ランテルに転移した。以前にもまして活気があるのはおそらく、新たなアダマンタイト級冒険者が生まれた影響だろう。それほどの影響力を持っているのだ。
(まずは冒険者組合に行ってみるか……。着替えは……まあいいだろう)
リリアも聖王国の冒険者組合で一応、オリハルコンのプレートを手に入れているため、冒険者組合でも話はかなり通りやすい部類になる。詳しい話を更に集めるなら冒険者組合だろう。リリアはフードを被り、認識阻害の魔法を自身にかけると路地を出て組合へ向かう。
組合に入ると、そこで待機していた冒険者達はリリアの方を見る。以前と比べれば聖王国の服を着たものは、隊商の護衛につくことなどで見るようになったが、それでも珍しい部類であることに変わりはないからだ。そのまま、カウンターまで行くと受付嬢にオリハルコンのプレートを見せ、要件を伝える。
「漆黒の二人組に会いたいのだが……。彼らの行方は分かるか?」
「申し訳ありません。行方が分かっていたとしても組合からお教えすることは……」
「そうか……。では彼らは今日依頼を取りに来たか?」
「はい、依頼を数枚お取りになられました」
数枚の依頼を同時に処理しているとしても、今日はおそらく間に合わないだろうと考えたリリアは受付嬢に礼を言うと、「お取次ぎしますか?」と声を掛けられるも「いや、大丈夫だ」と言ってその場を後にしようとした。
その時、組合の扉が開き真っ黒な鎧を着た者と軽装の剣士の様な服装をした二人組が入ってくる。リリアはその瞬間に感じた威圧感にこの者達が『漆黒』の二人組に違いないと理解した。
(アダマンタイト級?この威圧感が?このレベルは……)
今は関わらないほうがいいだろうと直感的に察したリリアは静かにその場を去ろうとする。しかし、すれ違った時の違和感にモモンが気づかないわけはなかった。
「ナーベ。あの者を追え、騒ぎは起こすな。私が行くまで待て」
ナーベは「はっ」と言うと、持っていた採取物の入った鞄をモモンに渡し、一足先に組合を出る。外に出ると、先ほどまでの目立つ服を探すもどこにも見当たらない。
(
「見つけた」
リリアは不可視化の魔法を使い、その場から急いで逃れる。自分に対する明確な敵意を感じ取ったからだ。それがおそらくあの漆黒の二人組から向けられたものであり、自身の認識阻害か、別の何かを感じ取られたのではと考える。
(一度、時間をおいてから再接触した方がいいな……)
そうして転移の魔法を使おうとしたとき、背後から声をかけられる。
「そこのお前。それ以上変な真似をすれば体が消し飛びますよ」
リリアが声の方を見ると、先ほどの組合で見かけた漆黒の一人であるナーベと思われる姿がそこにはあった。