王都を出発してからそれなりの時間がたち、間もなく到着するであろう時間になる。太陽も真ん中より西へ落ち始めようとしている頃だ。その証拠に少し前に騎士団長が、聖騎士の中から二名を先行させ、集落に到着する前に状況を確かめようとしていた。
「姉様、先行した聖騎士が向かってから時間が経ちました。間もなく到着するかと」
「ありがとう、リリア」
馬車の中でもカルカは何かの書類を忙しそうに見ている。第一王女という立場であり、既に多くの政治活動を行っているため、目を通して許可をするものが多いのだ。この手の書類を見るための必要な知識はリリアにも教育されていた。
「姉様、なんでも一人で抱え込まないでくださいね。私も書類仕事であればお手伝いできます」
リリアの言葉にカルカは「ありがとう」とだけ返し、引き続き書類に目を通す。リリアはカルカの『弱き民に幸せを、誰も泣かない国を』という理想の達成のために全力でサポートをすることを決めていた。しかし、これまでに多くの民を救済するための計画を既に成功させており、無理が祟らないうちにいったん休息をとってほしいというのが本音である。
(体を壊す前にどこかで休んでいただかなくては……。今回の計画でひと段落するというのはいい機会かもしれない)
リリアがそんなことを考えていると馬車のスピードが徐々に落ちていることに気が付いた。窓から外を見ても村の目の前まで来ているという状況ではなく、未だ左右は森が続いている。不審に思っていると馬車の窓がノックされ、騎士団長の声が聞こえた。
「王女様方、先行させた兵士が戻るまでの間、一度車列を停止させようと思うのですが、構わないでしょうか」
「えぇ、構いません」
「私も大丈夫です」
カルカとリリアがそう答えると騎士団長は「ありがとうございます」と言い、手を挙げる。間もなくして馬車も止まり、再び馬車の扉がノックされ、「ケラルトです」という声が聞こえる。リリアが「いいぞ、入れ」というとケラルトが扉を開けた。
「リリア様、騎士団長が話したいことがあると。その間、カルカ様の護衛に入るよう申しつけられました」
「騎士団長が?分かった。姉様、少々この場を離れます」
「えぇ、分かったわ」
ケラルトが先ほどまでリリアがいた場所に座り、リリアは馬車を降りる。扉を閉めると騎士団長が敬礼をして待っていた。
「敬礼はいい、何事だ」
「はい、先行させた兵士なのですが、未だ戻ってきていません。それほど離れている距離でもなく、既に報告のため戻ってきていてもよいはずなのですが」
先行させた兵士が戻ってこないとすれば、何か不足の事態が集落かその道中で発生していると考えるべきである。聖騎士二人がかりで対処が難しいとすれば、それは大きな脅威である。
(すぐにホバンスへ帰還するべきだな)
リリアがそう判断し、騎士団長にホバンスに帰還する旨を伝えようとしたとき、遠くから聖騎士と思われる者が乗った馬が1頭走ってくるのが見えた。
「団長!先行させていた兵士です!」
車列の先頭にいる騎士が声を上げる。しかし、間もなくして遠目に見えていた聖騎士がよく見えるようになるとその姿に一同は困惑した。白を基調とした聖騎士の鎧は血にまみれており、茶色の毛をした馬にも多くの血痕が見て取れた。
走ってきた兵士は、顔面蒼白で馬を降りると騎士団長の近くまで走る。騎士団長が血まみれの様子を見て「何があった」と詰め寄る。
「集落はすでに
兵士はそういうと緊張の糸が切れたのか、そのまま気絶してしまう。騎士団長は「神官の下へ!手当を!」と言い他の聖騎士に運ばせる。状況から考えるに、集落から逃げ延びる際にも多数の
「第二王女様」
「あぁ、直ちにホバンスへ帰還する。父にも報告せねば……」
「うわぁぁぁああああ!」
そう話していた矢先に、車列の後方から悲鳴が聞こえた。悲鳴の先を見ると騎乗していた聖騎士に森の中から現れた熊の
「戦闘態勢!敵はアンデッドだ!」
騎士団長がそう叫ぶと、聖騎士達が剣を抜き、馬車に乗り込んでいた聖騎士や神官たちも馬車を飛び降り攻撃の用意を始める。リリアとレメディオスは剣を抜くと直ぐにカルカが乗る馬車の近くへ行き、不測の事態に備える。
敵の気配は既に前方と後方だけでなく、車列を取り囲むように道の両端の森の中からも感じ取れた。
王都ホバンスの近郊ともいえるこの地でアンデッドが発生する要因は歴史的に見ても存在せず、聖王国内でアンデッドが発生することはほとんどない。そのため、基本は亜人との戦闘を想定しており、アンデッドに対する戦闘訓練は重要度は低かった。とはいえ、王都を護る精鋭聖騎士にとって、複数体程度であれば一人でも対処することは容易である。
(
「互いをカバーしろ!一人で相手しようとするな!必ず複数人で戦え!」
騎士団長が指示をする後ろでリリアは詠唱の準備をする。
「
リリアは自身に加え、隣のレメディオスにも同様の魔法を唱え強化する。
馬車からカルカとケラルトも降り、詠唱の準備を始めた。
「姉様!危険です!馬車の中でお待ちに!」
「私も王女であるとともに第三位階の魔法を使う
「
カルカとリリアが言い合っている側でケラルトが恐怖への抵抗力を高める魔法を唱え、聖騎士の士気を高める。
「カルカ様!リリア様!言い合っている場合ではありません!来ますよ!」
ケラルトがそういうと茂みの中から狼の
「
カルカが魔法を唱えると、魔法陣から
リリアも次々と現れる
(よし、これであれば)
いける。そうリリアが確信した瞬間、森の一部に斬撃が走り木が倒れる。重い足音がするたびに斬撃が走り木が倒れていく。自分の相手すべきアンデッドを倒した聖騎士や騎士団長も足音がする方角を警戒し、カルカやリリアを護る形で前に出る。
そうして森の中から現れたアンデッドの姿に一同は驚愕した。
(
リリアは以前、冒険者から話を聞いたことがあった。アンデッドによって負のエネルギーが高まりすぎると、アンデッドの上位モンスターが発生することがあり、そうしたモンスターはミスリル級の冒険者でも相手をすることがむずかしいと。アンデッドに関する知識は聖王国ではいまだ不十分であるが、目の前の存在から放たれる威圧感に誰もがその脅威を感じ取っていた。
(アンデッドが大量発生していたのは、こいつが住民や動物を殺しまわっていたからか……?だが、こいつは一体どこから……)
リリアがそんなことを考えている間もなく、