聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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異変③

「初めまして。私の名は……。そうですね。大悪魔ヤルダバオトとでも名乗っておきましょうか」

 

 

 リリアは小声で隣にいるレメディオスにその名を知っているか尋ねるも、レメディオスは何も知らないと横に首を振る。

 

 

「貴方が人類最強とまで噂されているリリア・ベサーレスですね」

 

 

「悪魔にまで名を知られているとは光栄だな。お前が我が国の民を拉致した張本人か?」

 

 

「貴方方から見ればそうなのでしょう。しかし、私すればその辺を歩いていた家畜を捕まえてきただけなのですが。貴方方が牛を捕まえるように」

 

 

「リリア様。悪魔と話すことなどありません。今すぐこいつを捕まえ全て吐かせてやりましょう」

 

 

 レメディオスはそう言うと、ヤルダバオトに向けて剣を向けいつでも斬りかかることができる体勢になる。しかし、リリアは「まだ待て」と言って、レメディオスの前に手を上げ制止する。相手の実力は少なくともリリア以上であり、悪魔であることを考慮したとしても、勝利できるかは分からない。

 

 

「そちらの人間はどうやら実力差も見極められない愚か者のようですね。どうしてそのようなものを側においているのですか」

 

 

「言わせておけば!その首を今すぐはねてやる!」

 

 

「レメディオス!挑発に乗るんじゃない!おとなしく下がって居ろ!」

 

 

 その様子を見たヤルダバオトは滑稽に思えたのか笑いはじめ、「いや失礼」と言って再びリリアの方を向く。

 

 

「留守番さえできないような者達にここを任せたのはいけませんでしたね」

 

 

 そう言うと、ヤルダバオトの影の中から何かが飛び出し、背後で眠っている亜人達は次々と血に染まっていく。おそらくは、ヤルダバオトが使役している悪魔達なのだろう。亜人の拠点からは叫び声が上がることもなく、あっという間に血で満たされた。

 

 

「さて、盗まれたとはいえ、扉を開けっぱなしにしていたこちらにも非がありますからね。今回は見逃してもよいのですが……。私も事情があるので、貴方方には死んで償ってもらいましょうか」

 

 

 次の瞬間、ヤルダバオトの両手が刃物のように鋭い爪を持ち、瞬時にレメディオスの方へと距離を詰め、その爪を振り下ろす。レメディオスは何とか反応し、その一撃を防ぐも続いて攻撃されると防御しきれなかった爪が皮膚を切り裂く。

 リリアはすぐにヤルダバオトに向けて剣を振り下ろし攻撃を止めると、ヤルダバオトは大きく後方に飛び上がり距離をとる。リリアはそのまま治癒魔法でレメディオスの怪我を回復する。

 

 

「治癒魔法の使い手でもあるとは厄介ですね。雑魚を先に倒せば楽になると思ったのですが」

 

 

「その減らず口!いつまで叩いていられるか!」

 

 

 レメディオスは先程のお返しをしてやるとばかりに『流水加速』で一気に距離を詰め、強烈な一撃をお見舞いする。しかし、その剣は片手で受け止められていた。

 リリアもすぐに反対側から剣を振り上げようとしたが、ヤルダバオトはそのままレメディオスを剣ごとリリアに向かって投げつける。飛んでくるレメディオスを受け止めたことで、体勢が崩れたところに、巨大な槌のように変化したヤルダバオトの腕が振り下ろされる。『不落要塞』でその一撃を受け止めようとするも、高所から振り下ろされた一撃は重く、足元が大きく地面にめりこむ。

 

 

「ッ……!魔法最強化(マキシマイズマジック)水晶騎士槍(クリスタルランス)!」

 

 

 攻撃を受け止めたまま、魔法を詠唱し、水晶でできた槍を放つもヤルダバオトの正面で弾かれる。

 

 

「魔法に対する防御能力か!ならば、聖なる鎖(セイクリッド・チェーン)!」

 

 

 リリアがそう言うと、ヤルダバオトの周囲に無数の魔法陣が展開され、そこから鎖が放たれるとヤルダバオトに絡みつき動きを封じる。

 

 

「この魔法は……。初めて見る物ですね」

 

 

 レメディオスは既に先ほど倒れていた場所から移動し、ヤルダバオトの背後へと回り込んでいた。そして、そのまま手に持つ聖剣サファルリシアの特殊能力を発動し、剣から巨大なオーラを放つ。

 

 

「くたばれ悪魔め!聖撃!」

 

 

 レメディオスから放たれた斬撃は身動きが取れないヤルダバオトに直撃すると、大きな爆発を引き起こし、リリアもその煙に紛れて一度距離を空けレメディオスに合流する。

 

 

「レメディオス!剣を構えろ!まだ奴は生きているぞ!」

 

 

「そんな!確かに直撃したはずです!」

 

 

 すると煙の中からスーツに着いた砂埃を払うようにしてヤルダバオトが姿を現した。どこにも傷がついておらず、見る限りでは軽傷と言えるかさえも怪しい。

 

 

「これは危なかったですね。まさかあのような魔法で動きを止められるとは。攻撃が弱くて幸いでした。これほどであれば私ももう少し本気で行かせてもらいましょうか」

 

 

 そう言うと、ヤルダバオトの体は黒い炎に包まれ一回り大きくなる。明らかに先ほどまでとは雰囲気が違い、レメディオスでさえもその危険さを感じ取っていた。ヤルダバオトが一歩歩くたびに地面の草が黒く燃え上がり、瞬時に灰となっていく。

 

 

「あの炎に触れれば、ただではすまなそうだな。火属性無効化(エネルギーイミュニティ・ファイヤー)

 

 

 リリアは自身とレメディオスに火属性に対する防御魔法を唱え、自身の剣に神聖属性を付与する。相手は悪魔である以上、属性的に見れば相性はいいはずだ。

 

 

「こちらもそちらの動きを拘束させてもらいましょう。『地面にひれ伏したまえ』」

 

 

 ヤルダバオトがそう言うと、声が波動となって周囲に響き、レメディオスは突然とてつもない重さをかけられたかと思うと、そのまま地面に倒れこんでしまう。

 

 

「くっ……。体が……」

 

 

 リリアが「レメディオス!」と言って援護に回ろうとするも、ヤルダバオトがそれを許すはずもなく、一瞬で距離を詰めるとレメディオスに向かって炎をまとった爪を振り下ろす。リリアはすぐに剣で一撃目を防御し、そのまま反撃に出ようとしたが剣に黒い炎が広がり、咄嗟に手を放す。オリハルコンでコーティングされていた剣が瞬く間に溶けていく様子から、この炎が自分たちが知る炎ではないことを察する。

 

 

「いい判断ですね。私の炎は全てを焼き尽くす地獄の炎。生半可な武器や防具では耐える事すらできませんよ」

 

 

 そう言いながら、ヤルダバオトは武器を失ったリリアに接近戦を挑んでくる。距離を開けようにも、今ここから離れれば間違いなくその攻撃は動くことができないレメディオスに飛んでいくだろう。一度距離をとらせるためにあえて攻撃を受けながら、場所を移そうとする。しかし、リリアは降りかかってくる爪を間一髪のところでよけ続けていたものの、わずかに右腕にかすった部分に炎が付き、右腕を飲み込む。

 

 

「ッ!転移(テレポーテーション)!」

 

 

 リリアは十分な距離をとれたと判断し、レメディオスの下に転移する。

 

 

神のご加護(ゴッド・ブレス)浄化(ピュリフィケイション)!」

 

 

 すぐに精神支配に対抗できる防御系魔法と手に着いた炎を消すために状態異常をなくす魔法を唱える。レメディオスにかかっていた重力が消え、すぐに剣を構えて負傷したリリアの前へと立つ。リリアはひどいやけどを負った右腕に大治癒(ヒール)を施すも、治りが異常なほど遅い。

 

 

「何回も治癒魔法で治療されたのでは困りますからね。治癒阻害を行うのは基本でしょう」

 

 

「リリア様!お下がりください!ここは私が!」

 

 

「駄目だ!お前では死ぬ!逃げるための時間を稼ぐだけでも……」

 

 

「逃がすわけがないでしょう。次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)

 

 

 周囲に瞬間転移系魔法を使って効果範囲外に移動することを無効化する魔法がかけられ、転移で逃げるという方法ももはやとることができない。

 

 

「転移を封じられた以上。何とかして奴を無力化するしかない。出し惜しみは無しだ『能力向上』『能力超向上』」

 

 

 リリアはそう言いながら、背後にいる自分の馬の荷物から本来は使う予定がなかった聖剣フラガラッハを取り出し、まだ動かすことができる左手に持つ。その剣を見たヤルダバオトは眉間を動かし、「それは…」と声を漏らすも、意を決したのか爪を構える。

 

 

「加護は与えたが、奴の炎が無効化できるか分からない。まずは私が行く!魔法三重位階上昇化(トリプレットブーステッドマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)!」

 

 

 リリアはそう言うと、ヤルダバオトに向かって加速しながら魔法を唱える。第七位階相当まで強化された龍雷(ドラゴン・ライトニング)がヤルダバオトに向かって放たれると、先ほどまでの受け止めるような姿勢ではなく、その攻撃を瞬時に避ける。

 

 

(攻撃を避けた?形態が変わり魔法無効化能力が消えたのか?)

 

 

 リリアは飛び上がったヤルダバオトに向かって自身も飛行(フライ)で飛び上がると、そのまま頭上から剣を振り下ろすも、片腕では勢いが弱く剣を受け止められるとそのまま、地面へと投げつけられる。レメディオスがすぐに駆け付け、咳き込むリリアの体を支える。

 

 

「強いと言っても所詮は人間。そのような体でよくも戦えるものです」

 

 

 ヤルダバオトはそう言うと、称賛の拍手をする。だが、それに対し何か言うつもりもリリア達にはない。少なくとも目の前にいるこの悪魔はそれをすることができる強者だ。だが、言わせっぱなしにしておくと言うつもりもない。

 

 

「レメディオス。賭けに出るぞ。これがダメだったら共に死んでくれないか」

 

 

「……。騎士として主を守って死ぬのであれば本望です」

 

 

 心残りがないとは言えないが、今この状況でもたらされる名誉としては文句はない。リリアはレメディオスの手を借りて立ち上がると、剣を目の前に掲げ口を開く。

 

 

『信仰解放』

 

 

 リリアがそれを口にすると、空から不気味なラッパの音がなり、天から光がリリアに向かって差し込むと、リリアの体は神々しい光に包まれる。それを見ていたヤルダバオトは今までにないスキルを発見したと、興味深そうに観察していたが、リリアの魔力やステータスが一気に上昇していくのを見ると、すぐに警戒を強めた。

 

 

「我にあの者を焼き尽くす力を与えたまえ。神炎(ウリエル)

 

 

 ヤルダバオトの周りに空から光が降り注ぎ、瞬く間に青白い炎で周囲は満たされる。第十位階魔法である神炎(ウリエル)はアイルより託された最後の手段ともいえる魔法だ。信仰系魔法の使い手であり、正の位相に大きく傾いているリリアにとってはこの魔法を超える火力を持つ魔法は存在しない。本来であれば習得するためには条件を満たす必要があるが、異能(タレント)によって解放されている。

 

 魔法を唱え終えると、再び空から喇叭の音が鳴り響いた。リリアによってもたらされた炎はヤルダバオトの黒い炎とは違い、植物に燃え移る様子もない。

 

 すると炎の中からヤルダバオトが飛び上がり、負傷したのか右腕を抑えていた。

 

 

「まさかこれほどとは……。油断していたとはいえ、貴方が人間かどうか疑わしいものですね」

 

 

「悪魔にも赤い血が流れていたようで驚いたぞ。黒い血でも流れていると思っていたからな」

 

 

 リリアはそう言いながら、剣をヤルダバオトに向ける。しかし、ヤルダバオトは何かに気づき小言でつぶやく様子を見せる。

 

 

「貴方を相手するには少々準備が足りなかったようです。ですが…多くの情報を得ることができました。これはほんのばかりの礼ですが受け取ってください」

 

 

 そう言うと、背後の馬の影から何かが動く気配を感じ取り、咄嗟に振り返ると陰から黒い槍の様なものを持った悪魔の姿があった。リリアはすぐに斬りかかるも、相手の槍を放つ方が早く、槍を避けはしたものの左胸付近を貫いた。

 悪魔を斬り殺すとそのまま、ヤルダバオトの方へ視線を戻すも、既にそこに姿はなく奴によって展開されていた魔法も効果がなくなっていた。リリアは戦闘が終わったことを知り、スキルを解除すると体から光も消えていく。

 

 

「リリア様!今槍を抜きます!」

 

 

「待て……!この槍も呪いのようなものがかかっているかもしれない……、出血すれば厄介だ……。このまま帰還する……」

 

 

 リリアはずきずきと痛む左胸付近を抑えながらそう言うと、レメディオスは槍を動かさないように慎重にリリアを馬に乗せ、急ぎ帰還の途についた。

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