聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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行く末②

 アベリオン丘陵における一件以来、聖王国はしばらくの間厳戒態勢が続き、国民の一部もその物騒な様子を感じ取るものがいたが、ほとんどの者は何も知らずにいた。

 リリアも執務に復帰し、右手が使えずまだ左手で満足に筆を握ることができないため、ネイアが代わりに清書し、印を押すという形をとっている。

 

 

「ネイア。珍しく疲れているようだが……。今日もか?」

 

 

「はい、レメディオス団長に稽古をつけていただきました。最低限、剣の扱いも覚えろと…」

 

 

 あの日以来、リリアは訓練に付き合うことができなくなっていたため、レメディオスが代わりにネイアに訓練を施していた。言葉はきついものの、以前よりもマシにはなったらしい。

 

 

「もしまた変なことを言われたらすぐに相談するんだぞ」

 

 

「変なことではないのですが、その……。指導方法が独特といいますか……」

 

 

 レメディオスは自身の生まれながらの才能とセンスを元に実力を高めてきた。そのため、教えを乞うのではなく、ひたすら鍛錬に励んでいたため、誰かに教えるという点にはおいてはあまり向いていないのだろう。リリアは「あぁ…」と言うと、そこは頑張ってくれとネイアにエールを送る。

 

 

「ネイア。この後、私は少し外に用があるんだが。問題ないか?」

 

 

「はい。今日処理する書類はそれが最後なので大丈夫です。残りはアルフレド将軍が」

 

 

 リリアはそれを聞くと、椅子に掛けてある外套を着て「それじゃ」と言うと、転移の魔法を使いアーグランド評議国へ赴く。

 

 以前、訪れたツアーの屋敷の近くまで転移すると、外套のフードを深く被り直し、屋敷の門番に声をかける。

 

 

「リリアと申します。ツアー様にお会いしたいのですが」

 

 

 門番は何も言わずに門を開け中に入るように言う。最後の別れの時に、門番に話は通しておくとは言ったが、今日の訪問は一切予約していない。内心では追い返されるかもと思っていたため、少々驚きつつもそのまま中へと歩いていく。

 

 

「リリア様。ようこそお越しくださいました。次回からは屋敷の中に直接転移してもらっても構わないとのことです」

 

 

 屋敷の中に入ると直ぐに執事がそう言って、部屋へと案内する。以前使用した特別な魔法陣の上に立つと、すぐに見慣れた薄暗い神殿の様な区域へ転移される。台座の上には見慣れた白銀に輝く翼が目に入った。

 

 

「分かれたのはついさっきじゃないかと思うほどだよ。今日は何用できたのかな」

 

 

 リリアは一度ツアーに対し深く頭を下げると、アベリオン丘陵で起きたことを細かく説明する。そして、右腕の包帯を外しながら相手の実力の高さについても特に警戒すべきだと伝える。

 

 

「スキルを使って何とか勝てたということか」

 

 

「いえ、スキルを使っても相手に致命傷を与えるまではいきませんでした。使わなければ死んでいたでしょう」

 

 

「君ほどの実力を持ちながら、それに勝る悪魔か……。それにその火傷も普通のとは違うようだ。アイル、そんなとこで見てないできたらどうだい」

 

 

 すると、器用に浮遊しながら台座の隅っこで覗くようにこちらを見ていたアイルがすっとリリアの前にやってくる。そして、火傷の傷を見るとホールから赤色のポーションを取り出し、リリアの腕へとかける。

 

 

「これで腕は動くようになるはずニャ。傷跡も消えるはずなんニャけど……」

 

 

 ただれた肌は前よりも多少は見栄えが良くなったが、完全に元通りと言うほどではなかった。依然として、人の目に触れさせたくはないような見た目だ。アイルはしばらく腕の様子を見つめていたが、最後に自身の治癒魔法をかけ、「お大事にニャ」と謎のポーズをとる。

 

 

「……。それで、スキルの使用時間は大丈夫だったのかい。酷使しすぎれば問題になるけれど」

 

 

「音は二回しかなりませんでした。長期戦になれば、六回鳴るかもしれませんでしたが……」

 

 

「それならばいい。外の空間で限界が来れば、僕も助けることはできないからね。報告ありがとう。こちらでも警戒しておくとするよ」

 

 

 リリアは「はい」と言って頭を下げると、アイルにも一礼してその場を後にする。

 

 

「君から見て『ヤルダバオト』は『ぷれいやー』だと思うかい?」

 

 

「リリア様の実力ならかつて魔人と言われた者にすら勝てるレベルニャ。それを超えるならほぼプレイヤーで間違いないニャ。ただ、断定はできないといったところニャ」

 

 

「それはつまり、君の様な存在かもしれないということかい」

 

 

「それが最悪の想定ニャ。ヤルダバオトだけを従えているならまだ分かるけど、同等の存在を他にも従えているならツアー様でも分からないニャ」

 

 

 ツアーは「そうかい」と言うと、翼を下ろし目を閉じた。この世界にまたしても『ぷれいやー』がやって来たのだと。

 

 

 聖王国の上層部が懸念していた、亜人やヤルダバオトによる攻撃は厳戒態勢が引かれてから、それなりの日数が経過しても来る予兆すらなく、これ以上続けるのも限界であったため解除されることになった。それに伴い、城塞線に集められていた国軍もカリンシャやプラート、ロイツなどの駐屯地へ引き返し、ロイツに置かれていた臨時の司令部も解散された。

 

 

「これまでの経過を見る限り、アベリオン丘陵は大悪魔ヤルダバオトの支配下にあると考えていいでしょう。あの悪魔なら亜人達をまとめることなど容易に行えます」

 

 

「ですが、相手もこちらの状況は分かっていたはずです。なぜ攻めてこなかったのでしょうか」

 

 

 執務室に集まったいつもの面子はヤルダバオトの不可解な動きに疑問を感じていた。

 

 

「リリア様の魔法が見た目以上に効いていたのではないですか?奴もかなりの怪我を負っていたとか」

 

 

「いや、遠目から見ても焦っている様子すら見受けられなかった。それどころか、あのような策を講じる暇さえあったのだぞ。何か他の要因があるのだろう」

 

 

 しかし、レメディオスの意見も完全に否定できるほどの根拠はない。奴がやせ我慢をしてその場を隠し通したとするならば、それこそ大した演技力だと褒めれるほどだ。

 その後も話し合いが続けられたが、これという的を得た意見が出ることはなく、敵の不可解な動きがより一層、聖王国がとるべき手段を決める際の弊害になっていた。

 

 

「しかし、次奴が攻めてくるとなれば、それに対し有効な対策を考えねばなりません。奴がどれほどの能力を持っているかはまだ分かりませんから」

 

 

「でも、どうすればいいのでしょう……。緊急時には南部にも軍を出す様に命令はするけれど……」

 

 

「まぁ、南部も軍を送ることはするでしょう。しかし、北部を助けるための軍と言うより、南部を守るための軍になるかと……」

 

 

 ケラルトの意見に他の三人も同意する。彼らが北部を助けるために軍を出すときはそれこそ、カルカが死に聖王の座が開いた時、つまり、その王座を奪うときだ。かといって、ヤルダバオトに通じるほどの軍を持っていることも考えにくい。

 

 

「現状の戦力では追い返すことができる程度で、あの悪魔を殺す手段はないでしょう。王家に伝わるあの王冠に込められた最終聖戦(ラスト・ホーリーウォー)が唯一の鍵といったところでしょうか……」

 

 

「私の力で追い返せれば早い話なのだが……。次、奴が現れた時は一切の出し惜しみはせずに戦うつもりだ」

 

 

 ただし、勝てるかどうかはやはり分からない。奴にかなりのダメージを与えることができていたならば、次戦うときは勝てる可能性もある。ダメージがほとんどなかったとすれば、勝てる見込みは皆無だ。

 

 そうして話をしていた矢先、執務室の扉がノックされ、「ネイア・バラハです」と慌てた様子の声が聞こえる。リリア立ち上がり扉を開けると、ネイアは持ってきた文書をリリアに渡し「緊急です」と伝えてその場を後にした。

 

 

「どうかしたの?」

 

 

「どうやら王国で何かあったようです。これは王国に駐在している者の印ですから」

 

 

 リリアはそう言いながら、封をとき文書を取り出す。そして、中に書いてある内容を読むと、驚きのあまり言葉を失ってしまう。

 

 

「姉上、ヤルダバオトが王国の王都に現れたそうです。王都内に大量の魔獣や悪魔が出現し、人々を連れ去ったとのこと。そして、漆黒の二人組がそのヤルダバオトを撃退したと」

 

 

「ヤルダバオトが王国に!?それにヤルダバオトを撃退した!?」

 

 報告を聞いたカルカは驚きのあまり椅子から立ち上がってしまう。

 

 ヤルダバオトが聖王国を攻めていなかった理由は王国を標的にしていたからだとすると、全てのつじつまがあう。あそこで撤退したのも、王国で行う作戦に何か影響があったためだろう。

 しかし、それ以上に驚くべきことは漆黒の二人組、モモンとナーベがヤルダバオトを撃退したという報告だった。

 

 

「リリア様。その事件はいつ起きたのですか?」

 

 

「昨晩の事らしい。王国内の混乱も大きく、文書を届けるためには厳重な警備を潜り抜ける必要があったため、報告が遅れたとのことだ」

 

 

「あの悪魔を撃退……?いや、そんなことが……」

 

 

 レメディオスは実際に相手をしたうえで、そんなことができる者がいることに驚きを隠せない。実力を評価するのであれば、既にリリアを超えるまさに人外の領域だ。

 

 

「やはり実力を隠していたとみるべきだな。漆黒の二人組こそアダマンタイト級の頂点に立つ者と言っていいだろう」

 

 

「リリア様。ヤルダバオトと戦う際には漆黒の二人組は何としても戦力に取り込むべきでは?」

 

 

 ケラルトの意見に同意するも、相手は王国の冒険者であり、聖王国に招待するのはかなり難しいというのが現在の状況だ。

 しかし、王国における策略がこれで終わったとすれば、奴が次に狙うのは一体どこだというのか。

 

 

「次は帝国か?いや、法国……。聖王国の可能性もある」

 

 

「ともかく準備を進めます。有事の際に速やかに行動できるよう体制を整えなければなりませんね」

 

 

「帝国から更に魔法の武具を追加で取り寄せる必要もあるな。それに、情報の交換も必要だ。帝国の情報網であれば、我々以上に多くの情報を掴んでいるかもしれない」

 

 

 ケラルトは「そうですね」と言いながら、すぐに今出た話を紙にまとめ始める。

 

 

「それだけではないわ。実際にヤルダバオトと対峙した王国にも支援物資を送るべきでしょう。そうすれば王国の関係者から情報を聞けるかもしれないわ」

 

 

「では、王国に支援物資を届けつつ、帝国へと回り情報を集めてくる役は私が」

 

 

 リリアがそう言うと、カルカは頷き、すぐに王国に対する準備を整えるよう、加えてケラルトに言い渡す。レメディオスが護衛に立候補したものの、国内の体制を整える時期に団長が不在になるのは不味いとして、聖王国に残ることになった。

 

 

「私が不在の間にヤルダバオトが攻めてこないとも限らない。支援物資を届けた後は少人数で迅速に行動する必要があるな。帝国を訪れる以上ある程度体裁を整える必要も……」

 

 

「転移の魔法で直接皇帝に会いに行けばいいのではないですか?」

 

 

 レメディオスの言うことが一番早い手段ではあるのだが、友好国であったとしてもそのような礼儀に欠ける行為は当然できるはずがない。「姉様…、帝国に恨みでも?」とケラルトが皮肉を言う。

 

 

「とはいえ、馬車などで訪問する時間もない。姉上、少数の護衛のみで昼夜駆け続けようと思います。魔法で馬も強化すれば問題ないでしょう」

 

 

 それを聞いたカルカは、かつて各国を回った経験もあることから、この一件はリリアに預けることを決め、明日にも出発できるよう用意を整えることが決まり、会議は御開きとなった。

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