リリアは副官としてネイアや王国の支援物資を運搬する部隊と共に王都近郊に到着していた。普段、使節団の一員として訪れる時の様な礼服ではなく、騎士団の鎧を着ている。これは、怪我を隠す目的の他、このような状況下で相手国の負担にならないように、物資を届けたのを確認した後はすぐに撤収し、長居はしないことを文書だけでなく、服装でもって示すためだ。
「事前の取り決めでは、王国軍の部隊が受け取りに来るとのことでしたが……」
ネイアがそう言うと、道の先にがたいの良い男が数十人の兵士を連れて待っている姿が見えた。おそらくは、あそこで待っている者達が王国が寄越した部隊なのだろう。
「あれは……、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフですね」
「あの男か?確かに周りの者に比べて数段抜き出ているようだ」
とはいえ、漆黒の二人組ほどの力はないように見える。だが、これまでにあった人間の中でも上位に入るほどの実力は見て取れる。王国の中で評価するならば、かなり高位の実力者に当たるだろう。
リリア達はそのまま近づき、相手の顔が見える距離になるとガゼフは馬を降りる。リリア達も馬を降り、引き渡しのために互いに近づいた。
「聖王国の英雄、リリア様にお会いできるとは光栄です。私はガゼフ・ストロノーフと申します。陛下の命により、今回の支援物資を受け取りにまいりました。今回の支援物資の提供を陛下、いえ、私からも感謝申し上げます」
「頭をお上げください。友好国が悪魔に襲われ多くの被害が出たというのに助けないほうがおかしい話でしょう。聖王女様は、必要な支援があれば引き続き提供するとおっしゃっています」
ガゼフは改めて感謝の意を伝えると、自身の副官と思われる男に物資を受け取るように指示を出す。リリアもネイアに対応を任せ、ガゼフと話したいことがあると言って少しその場を離れる。ガゼフは、申し出を受けながら少し不思議に思うも、おとなしくリリアの後についていった。
「お話とは何でしょうか」
「ヤルダバオトについてお聞きしたいのです。王都に現れたとなれば、貴方も戦闘に参加したのではありませんか?」
「ヤルダバオトに関してですか……。残念ながら、私は王都内に現れた魔獣を蒼の薔薇の方々と倒して回っていたものですから、姿も伝えられた範囲でしか……。本当に相手をしたものは漆黒のモモン殿とナーベ殿、それに蒼の薔薇のイビルアイ殿です」
「イビルアイ?リグリットさ…殿も同じパーティーだったはずだが、戦ってはおられぬのですか?」
「リグリット殿は既に冒険者を引退しています。あのお方の代わりとしてイビルアイ殿が新たに参加したと聞いておりますが」
リグリットが冒険者を引退したという話を初めて聞き、少々動揺してしまうも、自身が別の件に取り組んでいる間におそらくツアーから別の指示が飛んだのだろうと推測し、落ち着きを取り戻す。代わりに入ったイビルアイと言う者の正体は気になるものの、今最も気にすべき相手は漆黒の二人組が何をしているかだ。
「漆黒のお二人は今も王都に?」
「いえ、彼らは戦闘を終えた後にエ・ランテルに帰還されました。確か、レエブン候が見送られたはずです」
物資の引き渡しが終わりかけていたこともあり、リリアは「そうですか」と答えると質問に答えてくれたがガゼフに礼を言って元の場所へ戻ろうとする。そこにガゼフが握手を申し出たため、受けようとするも出された手が右であったため、少々対応に困ってしまう。
「すまないが、左手で握手をさせてもらっても構わないだろうか」
「別に構いませんが……。右手に怪我でも?」
聖王国にヤルダバオトが現れたことは極秘のため、リリアは「えぇ、まぁ」と言って軽く流しながら握手を交わした。そうして、ガゼフは受け取った物資と自らの部隊を率い王都へと帰還の途に就き、リリアも運搬部隊の隊長に自らの部隊を率いて帰還するように告げると、護衛の聖騎士二人とネイアを連れて帝国への旅路に着いた。
「今日の内にエ・ランテルまで向かい、可能であれば漆黒の二人と交流したいところだ。居なければ諦めるしかないが…」
リリアはそう言うと、すぐに全員の馬に強化魔法をかけ、エ・ランテルへと走り出した。
道中は敵に会うこともなく、強化魔法された馬は通常の倍以上の距離を半分の時間で走り抜け、朝方に王都に着いたのを考えても昼になるころにはエ・ランテルへ到着していた。聖騎士には外交特権が付与されており、エ・ランテルに入る際の荷物検査などを免除されているため、長く続いてる待機列の脇を悠々と進んでいく。
門の前まで来ると、警備に当たる兵士が見当たらず、先頭近くで待機していた馬車の主にネイアが訳を聞きに行く。
「リリア様。どうやら、この荷馬車の持ち主が検査に引っかかり、現在調査のため兵士達が空けているとのことです」
「全員で対応するとは…、門の警備を放棄するほどの事なのか?とにかく、一刻たりとも時間は無駄にできん」
馬を護衛の聖騎士に預け、ネイアと共に兵士達がいるはずの城壁内部にある尋問室へと向かうと、扉は開け放たれており、中からは声が聞こえている。一応、扉をノックして部屋へと入ると、そこには何とも異様な光景が広がっていた。王国の兵士と魔法師と思われる者達が金髪の少女を囲み、一人は剣を抜いてその先を少女に向けていた。
「取り込み中すまないが……。何やら物騒な様子だな」
「聖王国の方々ですな。左様、現在は取り込み中のため、対応は後にさせていただきたい」
「そういう訳にもいかん。我々も時間が惜しいのだ。それに、このような異様な状況を前に下がるわけにもいかないだろう」
「この者は怪しげなマジックアイテムを所持していたのです!何の疑いも無しという訳ではありませんぞ!」
魔法師の男はそう言うと、その少女が手に持っている笛を指さす。その笛の正体にリリアは覚えがあった。以前、アイルから魔道具に関する講義を受けた際に、同様のマジックアイテムが例の一つとしてあげられていたためだ。
(確か……。『ゴブリン将軍の角笛』だったはずだが……)
「私はマジックアイテムには詳しいが、その角笛は危害をもって使用できるものではない。それだけ分かればいいのではないか」
ゴブリンを召喚するという点から見れば、危害をもって使用できるものではないという言葉は正しいとは言えない。しかし、目の前の少女はその角笛の価値を知っている様子もなく、何より悪意を感じ取ることはできない。こうして拘束されていれば不要な罪で罰を受ける可能性もあり、一人の騎士としてその場を見過ごせない。
「それは我々が判断することだ!聖王国の者が王国の検査に口を出すというのか!」
正体を知らぬとはいえ、無礼な言葉を吐き続ける魔法師にネイアが一言言おうと前に出ようとしたが、背後から近づいてきた男の声でそれは妨げられる。
「何をしているんだ?」
その場の者が声のした方を見ると、そこにはモモンの姿があった。リリアも気配を感じ取ることができなかったため少々驚きつつも、相手の正体が分かっている者として軽く礼をする。
「これはモモン様!騒がしい所をお見せしてしまい……」
「その娘は?」
「はい、怪しげな娘を調査しているところでして……」
「確か……、エンリ・エモット……だったか?」
モモンは目の前の少女に心当たりがあったのか、名前を上げるとモモンの知り合いで会ったことを知った兵士達は衝撃を受けたようだった。エンリもモモンに心当たりがあったようで、先ほどまでの暗い表情から明るい表情に変わる。すると、モモンは魔法師の男を連れて部屋を出ていくも、すぐに魔法師の男は戻ってくるとエンリを解放することを告げる。
「そこの聖王国の方々も要件を済まされるといい。私はこれで」
「漆黒のモモン殿だろう。時間があるのであればお話があるのだが……」
「……。組合の用事が終われば構いませんよ。ただし、短時間であればですが」
モモンは振りむくと、少し考え事をしてからそのように言うと、他の者より一足先にその場を後にする。ネイアが手続きを終え戻ってくると、馬に乗りすぐに組合へ移動する告げる。
馬の下へ戻ると、先ほどのエンリと言う少女が待っており、二人が来ると頭を下げる。
「困っている所をお助けいただきありがとうございました」
「助けたのは私達ではなく、モモン殿だろう。礼を言うならば……」
「モモン様はどこかに行かれてしまわれたので……。皆様は聖王国の…、騎士の方々なのですよね。見ず知らずの私を助けてくださるなんて、本当に……」
「そこの者!早く馬車を動かせ!後が詰まっているぞ!」
兵士の声にエンリは慌てて頭を下げると馬車を一度前に進める。そして、後続の馬車に乗っている者達へ頭を下げた。
「皆様はこの後どうなされるのですか?」
「どうしてそのようなことを?」
「ご不快に思ったなら謝ります。ぜひ今日のお礼をと思いまして……」
「……。一度組合に戻った後、用事を済ませてから帝国へと向かう予定だ」
エンリはそれを聞くと、目を輝かせながら自身も組合に用があることを伝え、共に組合まで行くという。この少女の聖騎士達に対する視線を見るに、騎士に対して少なからず憧れや尊敬の念を持っていることはあきらかだった。
「私の村はエ・ランテルから東に向かった場所にあるのですが、皆様が帝国に行くというのであれば、是非おもてなしを……」
エンリは自身の持つ地図を取り出し、村の位置を指さす。エ・ランテルからそれなりに距離があるものの、今日の宿はまだとっておらず、帝国までの距離を稼ぐという点から見れば悪いことではないと考え、リリアはエンリの提案を快く受ける。拒否されると思っていたのか、答えを聞いたエンリは更に目を輝かせた。
そうして、組合付近まで行動を共にすると、先に荷物の受け渡しをしてくると言ってエンリはその場を後にした。リリア達は組合でモモンと合流するため、馬を外の厩舎に預けると中へと入っていく。
(騎士の方々かっこよかったなぁ……)
馬車に乗りながらエンリは先程の事を思い出す。追い詰められていた所に現れた白い鎧を着たリリアはその容姿も相まって、神々しく見えたのだ。昔、父や母に読んでもらったおとぎ話に出てきたような存在を実際に目の当たりにすると、何とも言えない感情になる。
その時、空から馬車に向かって一人の女性が下りてきた。
「モモンさんがあなたに聞きたいことがあると……」
エンリは目の前に降りてきた黒髪のナーベを見ると思わず「綺麗…」と声を漏らしてしまう。ナーベは世辞はいいと言うと、エンリは自身の村にいる者と似ていることも漏らしてしまい、失礼な発言だと直ぐに謝罪する。
「ありがとう」
「え?」
「貴方にモモンさー…んが聞きたいことがあるとのことで、私が来ました。答えなさい。あの者との関係は?あなたは何をしに来たの?」
「その前に、先ほどはモモン様にたすけてもらいました。ありがとうございますとお伝えください」
ナーベは「伝えます」と率直に答える。エンリは続いて質問に対する答えを返す。
「えっと……。聖王国の騎士様は私が問い詰められている場に偶然お越しになって助けてくれたんです。それ以上の関係はありません。それから……、今日はとりあえず神殿に行き、移住者の確認をしてから……」
エンリが一通りの予定を話し終えると、ナーベは「分かりました」と言って馬車から飛び降りていった。エンリが改めて綺麗な人だなと見ていると、一つ話し忘れたことに気づき、声をかけようとするも既にナーベの姿はそこにはなかった。
(聖騎士の方々を村に招待することを言ってないけれど……。大丈夫だよね)
エンリは視線を正面に戻し、目的地へ馬車を進めた。