エンリの馬車に続き村の中へ入ると、ゴブリンと人間が共に生活を行っている様が見て取れた。聖王国の者からすれば、ゴブリンは倒すべき対象に過ぎないため、こうした光景はやはり異常に見える。
「以前、襲撃にあった際に亡くなった方が大勢いて空き家はたくさんあるので、ゴブリンさんたちの居住する地域の反対側にある空き家を用意しますね」
「襲撃とは?盗賊団や野盗の攻撃が?」
「いえ、帝国の兵士です。私の父と母も……」
帝国の騎士団がこのような奥地まで野盗まがいの行為に及ぶとは考えられず、エンリの言葉に驚きつつも、ジルクニフが何らかの目的でこの村を襲った可能性も考えられた。とはいえ、どのような目的であっても許されるわけではないが。
「着きました!馬はこちらの厩舎を使ってください。夕飯まではまだ時間があるので、お呼びするまでしばらくゆっくりしてくださいね」
「ありがとう。ところで、エンリの後ろにいるメイドは知り合いなのか?」
エンリは「えっ?」と言うと、後ろを振り返りその場にいたメイドを見て驚く。しかし、知り合いであったのかすぐに胸をなでおろした。
「ルプーさん!驚かせないでください!」
「にっしっし。やっぱりいい反応するっすね~。知らない人がいたから事情を聞きに来たっすよ」
「紹介します。こちらはルプスレギナさん。この村が襲撃されたときに助けてくださったゴウン様に仕える方です」
「エンリ、ゴウン殿とはどのような人なのだ?」
「ゴウン様はこの村をお救いくださった偉大な
「ちょっと、ちょっと、こっちの人の事も説明してほしいっすよ」
会話の間にルプスレギナが割り込み、リリア達の方を指さす。エンリは「すみません!」と言って、答えようとするもリリア達は名を名乗っていなかったため、困ってしまう。
「私達は聖王国から来たものだ。エンリが助けた礼をしたいと言って、この村に一泊させてくれることになったのだ」
「それで、名前はなんていうっすか?」
「私はリリア・ベサーレス。こちらが副官のネイア・バラハ。そして、護衛の騎士の……」
「あんたがリリア・ベサーレスっすね」
ルプスレギナはそう言うと、どこから取り出したかは分からないが先ほどまで持っていなかった巨大な聖杖を手に持っていた。そして、ネイアですら感じ取れるほどの殺意を向けている。聖騎士達も剣を抜き、リリアの前へと出る。
「ル、ルプーさん!?どうしたんですか!」
「悪いっすねエンちゃん。離れてないと巻き込まれるっすよ」
「何か気に食わないことがあっただろうか。あったなら謝るが」
「それを言うなら、遅すぎたっすね!」
ルプスレギナはそう言うと、巨大な聖杖を振りまわし、目の前に立っていた二人の聖騎士を軽く吹き飛ばす。ネイアが二人に代わり前にでようとしたが、リリアが手で押さえ自ら剣を抜く。
「エンリ。この状況については説明してもらえるな?」
「わ、私も何がなんだか……」
本当に混乱している様子を見ると、ここに悪意を持って招いたわけではないことが分かる。少なくともこのような事態を起こすつもりはなかったようだ。
そのような会話を関係なしにルプスレギナは容赦なく聖杖を振り下ろすも、リリアはそれを受け止めた。しかし、すぐにルプスレギナは何かに反応し一気に距離を空ける。
原因は分からないが、リリアはすかさず距離を詰め、相手の武器を取り上げるように剣を下から振り上げる。その一撃は防御されるも勢いでルプスレギナは空き家へと吹き飛ばされる。
騒ぎを聞きつけたゴブリンや村の人々も集まり、広場は騒然としている。
「皆さん!危険ですから離れてください!」
「エンリの姐さん!一体なにごとですか!」
「急にルプーさんが騎士の皆様に襲い掛かって……、私も何が何だか……」
「とにかく、倒れている騎士の方を安全なとこまで運びましょう。お前ら!ついてこい!」
エンリ配下のゴブリン達は倒れている聖騎士を保護するために動き出す。ルプスレギナの実力を知っている彼らからすればこの戦いを止めることなど不可能なことを理解しているからだ。
「ネイア。彼女の様子は?」
「リリア様。空き家の中に存在が確認できません。これは……」
そう言った矢先、ネイアの首元に冷たい冷気が漂い、気づいた時には刃物の先が迫っていた。しかし、リリアはネイアの言葉を聞く前から
「チッ……!人間風情が私の不可視化を見破るなど!」
そう言い捨てるルプスレギナの傷口からは煙が上がっており、この特徴を持つ生き物をリリアは知っていた。銀製品を弱点とし、人の真似事をすることができる種族は
「この辺で矛を収めないか……。お前の主と敵対したくはないのだがな」
「それは無理な相談だな!お前がした罪を許すつもりはない!」
聞く耳を持たずに魔法を発動し始めるルプスレギナに対し、リリアは
「じっとしていろ。動くと剣が刺さるかもしれない」
「人間如きが私に指図するな!」
このような展開は以前にも……と思ったが、それを考える前に上から降ってくる拳に気づき、ルプスレギナから一気に離れる。地面が拳で大きくへこみ、そこには黒髪に眼鏡をつけているメイドの姿があった。
「メイド……?お前はルプスレギナの同僚か?」
「そうです。私はユリ・アルファと申します。少々気に食わなかったため、手を出させていただきました」
後ろで拘束されているルプスレギナは「ユリ姉さん~」と涙を流しているような声で騒いでいる。
「今回の騒動はこちらの不手際によるものです。どうか剣を収めていただけませんか。間もなくアインズ様がこちらに参りますので」
「いや、間もなくではない。既に来ているぞ」
声の方を見上げると、空からローブを着た大男が降りてくる。リリアは剣を抜いた状態でそのまま待機し、ネイアもリリアの側へとより、弓はいつでも引ける状態にしている。
「ルプスレギナ。事の一部始終はユリから報告を受けた。後でゆっくりと話をする必要があるようだな」
そこからあふれるアインズの怒りにルプスレギナは震え「かしこまりました……」と先ほどまでの陽気な態度とは一変し、恐怖に縮こまっている。
「聖王国のリリア・ベサーレス殿だな。私はアインズ・ウール・ゴウン。この者達の主だ。この度は私の従者が不手際を働いたようで申し訳ない」
アインズはそう言うと、リリアに頭を下げる。ユリとルプスレギナは「アインズ様!」と声を上げており、主が頭を下げたことに驚いている様子だ。リリアは聖騎士達の様子にも問題がないことから、大丈夫であることを告げ頭を上げてもらう。
「このようになった経緯をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ルプスレギナにはこの村の防衛を任せていたのだ。大森林からやってくる魔獣や悪人による攻撃から守るための。どうやら、貴方方を敵だと思い込んでしまったようだ。そうだな、ルプスレギナ」
ルプスレギナは「その通りです……」と頭を下げながら話す。どこか納得がいかない点があったものの、目の前に立つアインズの実力が全く分からないため、ひとまずここは剣を収めておくべきだろうと判断し、それであればと言いながら剣をしまう。
「失礼かもしれないが、貴方方はどうしてこの村に?何か目的があってきたのかな」
「ゴウン様!こちらの方々はエ・ランテルで私を助けてくださいました!そのお礼として村にご招待したのです!悪いのは私です!」
「村に招待?ナーベはそんなことは……。ゴホン!そう言うことならば分かった。今回は本当に申し訳ない。何かお詫びをしたいところなのだが……、あいにくいい物が手持ちにないのだ」
「いえ、互いに被害がなかっただけ良しとしましょう。貴方はこの村を救った恩人と聞いています。悪い方ではないのでしょう」
アインズは「感謝する」と言うと、ルプスレギナの拘束を解いてもらうように頼み、リリアはそれに応じる。そして、ユリがルプスレギナを連行する形でアインズと共に村を後にした。
「リリア様!お怪我はありませんでしたか?それに騎士の方々も!」
「私達は大丈夫だ。村の者に被害がなければいいのだが……。気絶している聖騎士には私が治癒魔法をかけよう。村の者でも傷ついたものがいれば言ってくれ」
リリアはそう声をかけるも、村人の中で怪我を負ったものはおらず、ひとまず使えなくなった空き家とは別の空き家に聖騎士達を運び込み、治療を行った。明日には問題なく動けるだろう。
「あのアインズと言う
「生命探知にも引っかかる様子がありませんでした。おそらく、マジックアイテムなどで身を隠しているのかと……」
リリアにとって一番怖いことは相手の実力を見極められないことだ。ツアー曰く相手とのレベル差が大きければ大きいほど、実力差と言う者は見極められなくなるという。それ以外にも、特殊なアイテムがあれば実力をごまかすこともできるのだが。どちらにしても、相手の情報を得られないということは動きに出れないことになる。
(漆黒の二人組と言い、この村で会ったアインズやそのメイド達と言い……、どうしてこのような者達が突然現れた?ヤルダバオトとの出現に関係が?なぜ私の名を知っていた?)
「ネイア。モモン殿とナーベ殿はどうだった?何か感じ取れたか?」
「はい、あの二人の居場所は組合内でも常に感じ取れました。それがなにか?」
リリアは密かにこれらの人物が同一人物なのではないかという可能性も考慮していたが、ネイアの探知能力においてはこの可能性は否定できるだろう。しかし、一度も兜を外すことのないモモンに対してはやはり疑問をぬぐうことができない。
すると、扉がノックされ、エンリが部屋へとやって来た。
「皆さん!あのような後ですが、夕飯ができたのでお呼びに来ました!」
ネイアが考え込んでいるリリアに代わり「分かりました」と言うと、エンリは静かに扉を閉める。
「リリア様。ともかく、明日の調査はこのような状態では到底行えません。それにあのメイドがいるならば、調査も任せればいいのではないですか?」
「そうだな。あの者の実力であれば問題はないだろう。それこそ、あの者達の主であるアインズ・ウール・ゴウンが何とかするに違いない」
リリアはそう言うと、ベッドから立ち上がり、ネイアと共に未だ体を休めている聖騎士達の分の夕食も含め取りに向かった。
「ルプスレギナよ。私が何を言いたいかはもう分かるな」
「は、はい……。ア、アインズ様……。この度の失態は申し訳なく思って……」
「私は厳命したはずだ。聖王国及びその関係者には手を出すなと。ユリよ。まさか伝達していないという訳ではないだろうな」
「確実にすべてのプレアデスに通達致しました」
「つまりだ。ルプスレギナは私の命を無視したということか?」
アインズから放たれる怒りが更に強くなる。ルプスレギナの命令不服従だけでなく、今回も一歩間違えれば確実にルプスレギナは死んでいただろうということに対する怒り、そして、下僕達を管理しきることができていない己の不甲斐なさに。
(分かっているさ。プレアデス達がナーベラルを傷つけられて怒っていることは!でも、それを理由に命令に従わず、私情を優先するなんて、絶対にあってはならないことだ)
「……。ユリよ。これが最後の機会だと思え。今後、プレアデスの誰であろうとも、失態を繰り返すようならば、お前たちをナザリックより外に出すことは無い。よく伝えておくのだ。分かったなら下がれ」
ユリとルプスレギナは深く頭を下げたまま部屋を後にする。
アインズはこの場にデミウルゴスやアルベドがいなかったことに感謝しつつも、今後のナザリックに不安を隠せなくなっていた。