アインズはユリ達を部屋から退出させた後、改めてこれまでの事を考えると一つの疑問が浮かんだ。そもそも、普段は今日の様な様子を見せないナーベラルやルプスレギナが、リリアと関わるときになると、一時の感情を優先して行動することが多いことだ。通常であれば、例え感情的になったとしても命令を優先に行動しているだろう。
(まさか、精神支配の魔法を使用していたのか?いや、生半可な魔法ではそもそもプレアデスを支配することはできない……)
「デミウルゴス、今は大丈夫か」
「アインズ様!アインズ様がお呼びとあればいつでも問題はありません」
忙しければ構わないのだが……と言う本音はさておき、アインズは自身の疑問を解決するために思うことを尋ねる。
「以前、聖王国でリリア・ベサーレスと戦った際、精神支配の魔法をかけられた感覚はあったか?」
「いえ、そのようなことはございませんでした。何か気になることでも?」
アインズは今日の事をデミウルゴスに話すか躊躇するも、ナザリックの頭脳であるデミウルゴスであれば、この疑問を解決するヒントを得られるのではないかと言う期待が勝り話すことを決める。
「いや、少し気になったことがあってな……。デミウルゴス、今から話すことはすでに解決した事であり、この話をしても新たに罰を与えることなどはしないと約束してくれ」
「アインズ様がそうおっしゃるのであれば……。それで話とはなんでしょうか」
「あの女が今日、カルネ村を訪れた。ナザリックの動きに気づいたという訳ではないようだが、その際にルプスレギナが手を出してしまったのだ。幸い、ユリが近くにいたことで何とかなったが……」
「アインズ様が命令を下したのは今日というわけではありません。それを守らないとは……、それでどのような罰を?」
「ひとまず一週間の謹慎処分に科した。反省文を提出させることも含めてな。だが、問題はそこではない。ナーベラルといい、ルプスレギナといい、あの女の前ではどうにも普段と違う行動をとっているように感じたのだ。私は精神支配の魔法をかけられたのではないかと疑ったのだが……」
「それは……。言われてみれば確かにそうかもしれません。私はそのような感覚に陥ることはありませんでしたが……。であれば、おそらく魔法ではなくスキルの類なのではないかと。あの者より低位のレベルにあるものに効果がある限定的なスキルの可能性はありませんか」
「スキルか……。確かにあの人間がわずかなスキルと才能であそこまでの実力を伸ばせるわけがないか……。助かったぞデミウルゴス。引き留めて悪かったな」
「お役に立てたようで何よりです。それでは、私は仕事に戻らせていただきます」
(スキルか……。そうだとすれば、二人の問題と言うよりもそれに気づけなかった俺の問題だ。だが、二人に処分を科した以上発言を撤回するわけにもいかないし……。これじゃ最悪な上司そのものじゃないか)
アインズは椅子に座りながら上を向き、大きなため息をついた。ひとまず、罰を与えたルプスレギナの精神的な傷をいやすために何かしらの手段を講じなければならないと。
その頃、カルネ村ではリリア達がアインズに関する情報をさらに得ようと、エンリを呼び出し話を聞き出そうとしていた。あのメイド達を従える人物がどうしても気になってしまい、その疑問を解決しなければならないと感じたからだ。
「夜分にすまないな。だが、どうしてもアインズ殿について聞きたいのだ」
「構いませんよ。でも、私もアインズ様に関してはあまり詳しくないのですが…」
「では早速なんだが…、アインズ殿は仮面をつけていたが素顔は見たことがあるか?どのような人物なんだ?」
「えぇっと……。素顔と言っていいのか……。アインズ様は素晴らしい骨格でいらっしゃいます……」
エンリの答えにリリアは戸惑ってしまう。人の素顔を骨格で例えられたことは初めてであり、どのように想像すればよいのかすら分からない。
「エンリ……。人の素顔は骨格で例えるものではないと思うが……。年老いているとか、顔に傷があるとか……」
「いえ、ですからアインズ様の素顔は骨なんです。アインズ様はスケルトンですから」
「それは……アンデッドということ……か?」
エンリは「はい!」と元気に答える。だが、その答えはリリアにとって予想だにしていない答えであり、思わずエンリの肩を掴むと目を見つめ、洗脳されていないかを確認する。エンリは突然立ち上がって肩を掴んできたリリアに戸惑う。
「リ、リリア様?どうしたんですか?」
「アインズ殿は本当にこの村を救ったんだな?あの者が襲撃者を送り込んだということは……」
「そんなことはありません!アインズ様は大変よくしてくださっています!」
(洗脳されている様子はない。嘘をついている様子も……)
リリアは言い過ぎたことを謝罪しながら、椅子へと座る。
アインズの正体がアンデッドであるならば、ネイアの探知に引っかからなかったことも理由が付く。アンデッドは既に死んでいるため、生命体として感知することはできないからだ。
(とすれば、アインズとモモンはやはり別人か……)
「アインズ殿はどのような魔法を使うのか見たことはあるか?」
「すみません。私は魔法の知識と言うのはあまり……」
リリアはこれ以上エンリから聞き出せることもないと考えると、夜も遅いためこれ以上引き留める事もないだろうとエンリに礼を言い夜の挨拶をする。エンリも挨拶を返すと、一礼して家から出て行った。
「まさかアンデッドだったとは……。だが、エンリの話を聞く限り、普通のアンデッドとは違い話も通じ、道理もわきまえているようだ」
「しかし、リリア様。アンデッドですよ?意図的にこの村を放置している可能性は……」
「ないわけではない。しかし、見る限りではこの村を虐げていない。それにどれほどの力を持っているのかも分からない以上、やはり今は傍観すべきだろう…。アンデッドであろうと害を及ぼさず友好的であるならばわざわざ手を下す必要もない」
ネイアは「そ、そうですか」と言うも、内心はまだ納得していないようだった。リリアはこれ以上起きていると明日に響くと考え、今日はひとまず休むことにした。
翌日、リリアは朝早くに聖騎士達も起こし帝国へ向かう準備をしていた。エンリがそれに気づきリリアの下へやってくると、リリアは昨日の調査の依頼ができなくなったことを告げ、アインズに話を通せば対応してくれるだろうと伝える。エンリは少し残念そうな表情をしていたが、引き留めるわけにもいかないため、そこで別れの挨拶をした。
疑問を残しつつもカルネ村を後にした一行は予定よりも早く出立したこともあり、その日のうちに帝都の一つ前の街まで到着することができた。リリアは疲れ切っている聖騎士やネイアに休むように伝えると、ジルクニフに明日訪問することを伝えるため手紙を用意すると、転移の魔法を使って帝都の皇宮に向かう。執務室に入るのは礼儀に欠けると感じたため、皇宮の門を警備している騎士に手紙を託し、その日は静かに帝都を後にした。
「久しぶりだなリリア殿。それで、このような急ぎで帝国を訪れた理由は何かな?」
執務室で待っていたジルクニフは目の下にクマができており、忙しい様子であることが一目で分かる。そのような時期に来てしまったことを謝罪しつつも、リリアはすぐに本題へと入る。
「王国に出現したヤルダバオトに関して、帝国でも何か情報を得ているのではないかと……」
「あぁ、もちろんあるぞ。王国の民や財を奪い、混乱をもたらした存在だ。分かっているのはこれだけだ」
「フールーダ様も何か情報を手に入れた様子はないと?」
「ない。爺もお手上げだ。何しろ、帝国の諜報員も連れ去られてしまったのだ。奴に対する防御手段を構築するために忙しくしているだろう」
帝国も王国以上に詳しいことを知っている様子はなく、帝国に来たことは半ば無駄足であったことにリリアは残念に思う。しかし、話を終えたジルクニフがちょうどよいと言わんばかりに、机の上から書類を持ってくるとそれを見ながらリリアに尋ねる。
「あくまで神官としての意見が欲しいのだが。墳墓を探索するとなれば、どのような装備が必要だと思う?それ以外の助言でもいい。何かないか?」
「私は神官ではないのですが……、墳墓ですか?一般的であれば、アンデッドに対する装備を整えれば問題ないでしょう。現地の状況が分からないのであれば先遣隊を送り、調査するのが適切ですが……」
「まぁ、やはりそれしかないか……。調査隊を送るのは必須だな」
ジルクニフはそう言いながらペンで書類に何かを書き記すと、後ろの秘書にそれを託す。
「ところで、リリア殿。唐突なのだが、現在婚約の予定などはあるのだろうか」
「……。陛下。随分とお疲れのようですね。このあたりで我々は失礼致します」
「待て!確かに疲れてはいるが、これは重要な話だ。帝国と聖王国の関係をより深めるためには政略結婚も重要であることは分かっているだろう」
「ジルクニフ様。貴方が姉上と結ばれることはありません。例えるならば姉上は水。貴方は油です。絶対に交わることはありません」
「貴殿はどうだ?聖王国の王族の一員としてどう考えている?」
現在の立場は騎士であろうとも、リリアは確かに聖王国の王族の血を引いている。つまり、政略結婚を考えるならばカルカではなく、リリアであろうとも問題はない。だが、リリアの方が社会的な地位が低い以上、帝国へ嫁ぐという形になるだろう。そうなれば、聖王国は一体だれが守るというのか。
「面白いお話ですが、それは無理な話です。私は聖王国から離れることはできませんから」
「では考えておいてくれないか!爺や大臣からもしつこく迫られているのだ!形だけでも考えておいてくれ!」
リリアは必死なジルクニフに冷ややかに対応すると、一礼して部屋を後にした。
部屋を出ると、ネイアが部屋でのことが気になり、リリアに話しかける。政略結婚などの国の大事に口を挟める立場ではないが、本心を伝えておくべきだと。
「リリア様はどうお考えですか?私はリリア様には聖王国に残っていただきたいのですが…」
「私も聖王国から離れる気はない。だが、姉上にふさわしい人物を探すのにも苦労しそうだ。国内から探そうにも、南部の貴族は論外だし、北部の貴族達はな……」
容姿に優れている者がいるわけでもなく、才能にあふれている者がいるわけでもない。王国を見ても、第一王子は絶対に認めるわけにはいかない。迫ろうものなら戦争を起こしてでも拒否するだろう。帝国はジルクニフの子供を当てたとしても、年齢的な問題が大きい。
ネイアはリリアの答えに安堵したのか、息を吐くと「いつまでもお供します!」と言ってリリアを見つめた。リリアもネイアの頭に手をやると、「よろしく頼む」と言ってポンポンと軽く叩いた。