ヤルダバオトに対する対策が着々と進んでいた聖王国であったが、危惧していたヤルダバオトの再来は杞憂であったかのように日々が過ぎていく。大臣達の中でも、一度手をこまねいた聖王国にはもはや手を出す気はないのではないか、と言う意見が出たほどだ。とはいえ、未だ準備を始め二か月ほどしか経過していなことから、リリアを始め軍の関係者は警戒を緩ませてはいない。
そんなある日、ヤルダバオトの再来とは別の驚くべき報告が聖王国へともたらされる。
帝国が王国に対し戦いを挑む旨を記した宣言書を送り付けたというものだ。
「帝国は何を考えている!このような状況下であるというのに人類同士で争うとは!」
「まずは報告書の内容を確かめるべきでしょう。聖王女様」
カルカは手元にある報告書を読み終えると大臣達の方へ視線を移す。書いてあった内容があまりにも信じられないためか、その表情には焦りだけでなく混乱している様子も見て取れた。
「帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王が率いるナザリックと言う組織を国家として認め同盟を結んだうえで、エ・ランテル周辺は魔導王の領土であり、王国に侵攻して領土を奪還するとしているそうです」
聞いたことのない名前や組織が出てきたことで会議室は呆然となるも、その報告を聞いたリリアやレメディオス、ケラルトは顔色が悪くなる。
「そのアインズ・ウール・ゴウンという者は何者ですか?ナザリックと言う組織も聞いたことがない」
他の大臣達も同様の反応を示し黙って頷いている。事情を知っているリリアは混乱しながらも、情報を共有しておくことが今は重要であると考え、カルカの方を見ると、「構いません」とリリアに許可を出した。
「ゴウン殿……、いや魔導王には一度お会いしたことがあります。そして、事前に言っておきますが、魔導王はアンデッドです。エ・ランテル近郊のカルネ村と言う場所を助け、村民からは非常に尊敬されているようでした」
「アンデッドだと!帝国はアンデッドと手を結び王国に攻め入るというのか!」
「まさか、皇帝は洗脳でもされたのではあるまいな。我が国がアンデッドをどう思っているか知らぬわけではないでしょう!」
状況が状況だけに様々な憶測が飛び出すも、帝国の内情が伝わってこないため、確固たる答えを見出せない。しかし、アンデッドが管理する国家を帝国が認めた以上、聖王国も友好国として対応を示す必要があった。
「もはや帝国との関係は諦めるべきだろう。あの皇帝は頭がおかしくなってしまったのだ」
「エ・ランテルは帝国との交易路として重要な場所です。それに今も帝国には少なくない聖王国民が残されています。関係を切るというのは適切ではないでしょう」
「では、我々もあの国を認めると?アンデッドの支配する国を認めるなど、聖王国の名を汚す様な行為ですぞ!」
大臣達の議論は激化したが、唯一の共通点は国家として認めることは無いという点だ。帝国との関係については賛否が分かれたものの、この共通点は揺らぐことは無かった。あまりにも情報が少ないことと、これ以上議論したとしても満足のいく答えを出すことは難しいとして、緊急の会議は一度解散されることになった。
会議室にはカルカとリリア、レメディオス、ケラルトだけが残り今後の対応について話し合いを始める。
「やはり、アンデッドはアンデッドなのだ。奴らに道理などあるわけがない」
「そもそも、ジルクニフはどこでゴウンと関係をもった?フールーダや帝国の英知がいながらこのような安易な行為におよぶわけがないだろう」
「やはり洗脳ではないでしょうか。リリア様でも見抜けないような高度な精神支配を……」
「三人とも、それでは今までの会議と同じだわ。まずは情報を集めなければ。リリア、レエブン候やジルクニフ陛下と極秘に面会し、情報を集めて来てもらえないかしら。身に危険が生じそうだと判断すればすぐに戻ってきなさい」
カルカの命を受けたリリアは「かしこまりました」と言うと、各所を訪れるための準備をするため、すぐに部屋を後にした。情報が少ない今、リリアの転移魔法で各所から情報を集めるというカルカの判断は正しい。当事者達から情報を得ることができれば、現在の状況の把握も容易になるだろう。
リリアは部屋で軽く服装を整え、目立たないような外套を被ると、既に障壁が展開されているため、一度城門近くまで転移するとそのまま障壁の外に飛び出し、そこから再度転移して現在王国軍と貴族が集まっているエ・ランテルに向けて移動した。
エ・ランテルには既に武装した兵士達が集まっている様子が見受けられ、冒険者の姿と半々といった具合だ。レエブン候はエ・ランテルの中心にある領主館にいると考え、不可視化の魔法を使い身を隠すと、飛行の魔法で最短距離を飛んでいく。
(さて……。レエブン候を探さなければいけないわけだが……)
領主館の中を歩いて移動していると、一室から貴族達がぞろぞろと出てくる様子が見れた。今まで会議をしていた様子であり、レエブン候の姿がなかったことから未だ部屋の中にいるのではないかと考え、誰もいなくなったのを確認すると見張りの兵士に睡眠の魔法をかけ扉をノックし、部屋の中へと入る。
「誰だ!姿を現せ!」
ノックがされ扉が開かれたものの、誰の姿も見えなかったことからガゼフは剣を抜いて警戒する。側にいるレエブン候もランポッサの前に立ち王をかばうようにしている。
リリアが不可視化の魔法を解除し、フードを外すとその姿に「リリア殿!」と驚いた表情を見せる。
「このような無礼な行為におよんでしまい申し訳ありません。しかし、火急の用のためどうかお許しを」
「よくぞ参られたリリア殿。火急の用と言うのは此度の戦争の件だろうか」
レエブンにだけ会う予定ではあったが、この場にいる者たちであれば変な噂や情報を流すこともないだろうと判断し、リリアは頷きながら時間もないため率直に尋ねる。
「此度の戦争、帝国の言い分はどこまで正当な物ですか?互いの戦力はどれほどでしょうか」
「帝国の言い分はほとんど正しいものではないと我々は判断しています。戦力に関しては……」
レエブンはそう言いながらランポッサやガゼフの様子を伺う。ランポッサは「構わない」と言って伝えるように指示する。
「王国軍はおよそ二十四万の兵士が用意できております。対して、帝国側は六個軍団規模とアインズ・ウール・ゴウン自ら戦場に立つと……」
「ゴウンが自ら…ですか?」
そうであれば、ゴウンの実力を確かめるチャンスになるかもしれないとリリアは考える。だが、あのメイド達を従える
「リリア殿はどう評価されますか?かの
「それは……、この中でゴウンにお会いしたことがある人は……?」
「私が。以前王国の中の村が襲われていた際に、ゴウン殿に助けてもらったのだ」
エンリが話していた襲撃の件を指していることに気づき、その時にガゼフもゴウンとあっていたことを知ると、五千の軍勢に匹敵するという評価を下したことに違和感を覚える。ガゼフがゴウンの力を見誤っているのか、あるいはそのような力量もないのか……。
「私も以前お会いしましたが、帝国のフールーダ・パラダインと同等と考えてもおかしくはないと思っています」
「それは……。帝国全軍に匹敵するということですか?」
「その程度で済めば幸いだと私は考えています」
聖王国の第三者から見た意見、それも英雄として名高いリリアの意見を聞いた三人は自分たちが置かれている状況に表情が暗くなる。
「聖王国は今回の戦いに関与することは……」
「ないと思ってもらった方が良いでしょう。これまでと同様の立場をとるとお考え下さい。聖王国としても現在の状況に混乱しているのです」
リリアはそう言うと、これ以上深入りするべきではないと判断してフードをかぶり直す。聖王国としての立場を伝えるために来たわけではないからだ。
「私はこの後、帝国の皇帝に事情を問いただしてまいります。今ここで聞いた話を伝えるつもりはありません。それでは」
リリアは一礼し、相手の返事を待たずに転移の魔法を使用する。王国側が何かを知っている様子はなく、ただ戦争に備えているということだけは分かった。となれば、やはり同盟を結んだ張本人に話を聞く方が早いだろう。
事の緊急さを鑑み、非公式な立場での訪問でもあることから何度も訪れた執務室に転移すると、ちょうどよく執務机の上で頭を抱えているジルクニフの姿が目に入った。
リリアの気配を感じ取ったジルクニフが顔を上げると、目の前にいる外套を被った者に警戒し声を上げようとしたため、咄嗟に口をふさぎフードを脱ぐ。
「リ、リリア殿!どうやってここに!」
「転移の魔法です。それから非公式な場であるとはいえ、このような無礼な行為におよんだことをどうかお許しください」
「か、構わない。此度の戦争の事を問いただしに来たのだろう」
ジルクニフはそう言うと席から立ち上がり、リリアをソファーへと座るように促す。
「陛下、まず貴方に浄化の魔法をかけさせてください。精神支配を受けていないか確かめるためです」
「それで信じてもらえるならばいいだろう」
リリアは魔法をジルクニフにかけるも、これと言った変化が見られないことから精神支配を受けていないことが分かった。とすれば、ジルクニフはいたって正常な状態で今回の行動におよんだことになる。
「……。単刀直入に問います。どうしてこのような暴挙に?聖王国がゴウン……、いや、アンデッドをどのように考えているか分からないわけではないでしょう。それに今の状況は……」
「そうしなければならなかった……。さもなくば帝国が滅んでいたのかもしれないのだ」
ジルクニフはそう言いながら項垂れる。いつものジルクニフとは違い、どこか不安を隠せない様子を見せる。
「陛下らしくないですね。いつもであればその知略で問題を解決し……」
「私の頭脳が奴に勝っていたとしても、主としての器は劣っていたようだ……。フールーダは帝国を見限り、ゴウンの側に着いた……。いや、こうなる以前に既に裏切っていたのだ……。帝国がこのような状況に追い込まれるようにな」
「フールーダ様がですか?ゴウンはフールーダ様以上の実力を持っていると?」
「私にはわからん。だが、爺がすべてを投げ捨てるのは魔法のためだ。とすれば、奴はそれほどの価値が、実力を持っているのだろう……」
王国で予想したゴウンの実力は外れだ。フールーダですらかなわないとした相手が帝国全軍程度に値するわけがない。もはや推測する事すら困難だ。
「リリア殿。私は王国、帝国、聖王国、法国、それに評議国も含めた対アインズ・ウール・ゴウンの大連合の建設を目指している。だが、帝国は今や奴に逆らうことはできない。可能な限り情報を引き出し、同盟のために貢献するつもりだ」
「今回の戦争はゴウンの実力を調べるために行うと?」
ジルクニフは静かにうなずく。そのためであれば、王国兵がいくら死のうとも認めるしかない。これは必要な犠牲なのだと。
「事情は分かりました。今ここで聖王国としての立場を答えることはできませんが……、私としては貴方の考えを理解しています」
ジルクニフは顔を上げ「それだけでもありがたい…」と言って笑みを浮かべる。絶望の中にかすかな希望がさしたのか、少しは楽な気持になれたようだ。事態は聖王国の上層部が想定しているよりも不味い方向に進んでいると判断し、リリアはフードを被り直すと「それでは陛下、また」と言って一礼する。ジルクニフは手を挙げてそれに答えた。
リリアは急いで聖王国へと戻り、城壁内に入るとカルカの執務室へと直接転移する。フードを被ったままだったため、警戒したレメディオスが剣を抜くも気づいたケラルトが直ぐに止める。
「姉上。今回の戦争はどうやら、我々の思っている以上に深刻な影響をもたらしそうです」
リリアはこれまでの話を一言一句違えずに話す。話の内容を聞いた三人はリリアの信じることができないような推測に呆けてしまうも、後日その内容をはるかに超えた結果がもたらされることになるとは知る由もない。