バハルス帝国の帝都に存在する闘技場は、帝都の庶民たち最大の娯楽の1つであり、観光スポットとしても人気が高い。観戦するための金額も低く抑えられているが、これは市民の不満解消を目的にしているためだ。
今日も大勢の市民が闘技場を訪れ、席は満員となっている。
「陛下、お待ちしておりました」
ジルクニフが馬車から降りると、今日の警護のために呼び出したアダマンタイト級冒険者チーム『銀糸鳥』のリーダーが挨拶をする。
「あぁ、今日はよろしく頼むよ」
これほどの冒険者を呼び出したのは、今日の極秘に行われる法国との面会がそれだけ重要な意味を持つということだ。対アインズ・ウール・ゴウンの大連合を結成するにあたっては、長い歴史を持ち独自の秘密部隊を有する法国。伝説の
彼らを連れて闘技場内の貴賓室へと向かうと、早速銀糸鳥のメンバーが監視の魔道具の有無や盗聴の魔法などが使用されていないかを確かめる。異常がないことを伝えられたジルクニフは、これから重要な会議が行われることを伝え、直ちに部屋から出るように伝える。銀糸鳥のリーダーは困った表情を浮かべたが、政治的な問題に巻き込まれたくないと言うと、すぐさまメンバーを連れて部屋の外へと出ようとする。
「どのような方がいらっしゃるのか教えていただけますか?」
「火と風の神殿の神官長とその同行者四名。それから、聖王国の関係者が一名だ」
「かしこまりました。陛下、それでは失礼します」
銀糸鳥のリーダーは一礼すると直ぐに部屋から出て行った。
目的の人物が来るまで、ジルクニフは座って下で行われている催しを観戦する。
「今日も賑わっていますね。陛下」
「あぁ、そうだな。平和な光景だ」
バジウッドは目の前で人が死んでいるかもしれないというこの闘技場の光景に当てはまらない言葉を聞いて驚く。だが、ジルクニフが言った言葉は別の意味が含まれていることを知り、納得したようだ。
(フールーダが裏切った今、帝国は知識でも技術でも魔導国には勝てん。であれば……)
貴賓室の扉がノックされ、警備に当たっている銀糸鳥のリーダーから来客があったことが知らされる。入ってきたのは火と風の神殿の神官長達であり、背後に隠れるようにいる者がおそらく法国の者であることが理解できた。
「お招きくださり、誠にありがとうございます」
「よく来てくれた。さぁ、こちらへ。メインとなる試合はこれからだ」
ジルクニフはすぐに法国の者を椅子へと案内し、自身も席に着く。座った直後、隣の法国から来た神官が紙を手渡した。中を開けるとそれが質問状であることが理解できた。
(筆談で回答を求めるとは……。盗聴を警戒してなのか、それとも帝国を信じていないのか……)
「本日は聖王国からも一人来るとのことでしたが……」
「あぁ、その通りだ。間もなく来るだろう」
そう話した矢先に再び扉がノックされ、来客が知らされると、聖王国の騎士姿に白い外套を被ったリリアが中へと入ってくる。
「おぉ!リリア殿!待っていたぞ!さぁ、こちらへ」
「二週間ぶりですね陛下。それではお言葉に甘えて」
「この者が聖王国の……」
法国の女性と思われる神官がリリアを見ながらそうつぶやく。リリアは法国の関係者にも頭を下げると、案内された席へと座る。ジルクニフも座ろうとしたが、会場のアナウンスによって、挨拶を求められると「失礼する」と言って、闘技場に来ている市民に対し手を振って答える。
「今日はいつにもまして、闘技場が賑やかのようですね」
「あぁ、今日の試合は『武王』が出るらしくてな。昨日、突然告知があったのだ。私さえも知らなかった」
「武王ですか?」
法国の神官が初めて聞いた名を不思議そうに尋ねると、後ろで待機していたニンブルが武王が何者かについて話す。それを聞いたもう一人の法国の神官は、武王を戦力に組み込めないかとジルクニフに話す。武王は亜人であり、人類至上主義を掲げるスレイン法国の関係者がこのような発言をしたことに驚く。
「それよりも、話はこれくらいにして本題に入りませんか」
「あぁ、そうだな。先に法国からの質問状を答えさせてもらおう。リリア殿待たせるようですまないな」
ジルクニフはペンを手に取り、渡された質問状に答えを書こうとした。その時、会場のアナウンスが挑戦者の入場を伝えると共に、闘技場にいる市民から歓声が鳴り響く。
「挑戦者の名を知らぬ方はいないでしょう!魔導国国王!アインズ・ウール・ゴウン陛下です!」
「はぁ!?」
ジルクニフはこの場にいるはずのない者の名前が呼びあげられると、ペンを落とし驚きのあまり皇帝らしからぬ声を漏らしてしまう。当初の話とは異なる状況にリリアも驚き、法国の関係者は護衛の者によって守られ、すぐにジルクニフから距離を空ける。
「あ、ありえない。そんな馬鹿な……」
「陛下、これはどういうことですか?」
リリアが事情を話してもらおうとジルクニフに尋ねるも、放心状態のためか立ったまま震えている。少なくとも、この部屋に入ってから嘘をついている者がいないことは魔法によって確認できている。ジルクニフの様子を見ても明らかだ。であれば、なぜ魔導王がこの場に来ていたのかが分からない。
だが、法国の神官達はジルクニフを睨みこの者が嘘をついているのではないかと疑いをかけている。
「ま、待て!これは罠だ!」
「魔導国のですか?それとも」
続く言葉が出る前にジルクニフはすぐさま否定するも、今日の会談の場所を指定したのはジルクニフであるため、法国の神官はその言葉を信用することはできない。
「陛下のお言葉は嘘ではありません。今日の会談をするにあたって、失礼ですが信用できない者が紛れ込んでいる可能性を考慮し、真偽を見抜く魔法を使用させていただきました。私の名で保障しましょう」
「ほう、しかし貴方とジルクニフは長い付き合いでしたね。今日の事も二人で画策していたのでは?」
「聖王国がアンデッドをどう見ているか、同じ宗教国家である貴方方が知らぬわけではないでしょう」
今日の会談は大連合の結成のための一歩になるはずであった。しかし、魔導王の登場によって、瞬く間に三国の間に亀裂が生じる結果になってしまう。
(すべては見抜かれていたのか?我々は既に奴の手のひらで転がされているに過ぎなかったというのか……!)
「とにかく!いったんここから離れ……」
「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿。久しぶりだな」
ジルクニフがこの場にいる者たちを外へ出そうとした瞬間、背後から声が聞こえた。すぐにそちらへ振り返ると、そこには浮遊している魔導王の姿があった。この場で話し合われる対象だったものの直接の登場にこの場にいる誰もが驚いている。
「こちらこそ、ゴウン殿。まさか、このような場で顔を合わせるとは……」
「私も同じ思いだ。本当に偶然とは恐ろしいものだな」
魔導王はそう言うと少し笑い声をあげる。ジルクニフは魔導王が全てを知り策謀を巡らしていたのだと考える。この骸骨は帝国を窮地に追い込もうとしているのだと。
「そちらの方は……。おや、そこにいるのは……。確かカルネ村で会った時以来かなリリア殿。この場にいるとは、エル=ニクス……。いや、ジルクニフ殿とはどのような関係なのかな」
「お久しぶりでございます、魔導王陛下。ジルクニフ陛下とは十年来の知り合いでございます。こちらの方々はジルクニフ陛下のお知り合いの方々でして、本日は闘技場の試合を共に見ようと誘われた次第です」
「おぉ、そうだったのか。私もジルクニフ殿とは統治者として良い関係を築きたいと思っている。いつかはこのような場に私も招待してほしいものだ」
「も、もちろん。ゴウン殿であれば、心から歓迎しよう」
「それはありがたい。それでは、私はそろそろ試合の準備に入るとしよう。それでは失礼する」
魔導王はそう言うと、下へと降りて行った。
「陛下、我々はこの辺りで失礼させていただきます」
魔導王がいなくなるのと同時に法国の者はその場から立ち去ろうとし、ジルクニフがそれを止めようとするもかけられる言葉がない。
「お待ちください。今帰られたとしても得るものは何もありませんよ。魔導王の戦いぶりを一戦ご覧になってはいかがですか」
「いや、これ以上この場にいる方が危険だ。我々は自分の身を」
「それを言うならもう殺されているでしょう。あの魔導王も嘘はついていないようでした。今日闘技場を訪れたのは別の目的があったのでしょう」
「そ、それは本当なのか!リリア殿!」
「先ほど魔導王がこちらに視線を向けた際、このような会談を行っていることを知っていたならば敵意をあらわにしていたはずです。しかし、それらを感じることはできませんでした。嘘もついていないとなるとそれしか考えられないでしょう」
「魔導王は強大な
「そうだとしたら、もはや我々に打てる手はないでしょうね。共に滅びますか?それとも有効な手段を見つけるためにもここで続きを話しますか?」
法国の関係者は後ろで何かを話し始めると、女性の神官は自身の護衛と風の神殿の神官長を連れその場から去り、もう一人の男性の神官がその場に残った。
「私が代表者としてこの場に残りましょう。何かあったとしても、報告が行くのでご理解ください」
「ありがたい。法国の誠意に心から感謝する」
ジルクニフはそう言うと深く頭を下げる。首の皮一枚、何とか大連合の崩壊を防ぐことはできたと。
「しかし、ジルクニフ陛下。これでは帝国のどこにいたとしても、安全な話をできる場所はなさそうですね」
「確かにそうだな……。リリア殿の言う通りだ。しかし、私が不用意に皇宮を離れればフールーダが奴に報告するかもしれない……」
「であれば、今のうちに十分話し合いをしておくべきでしょう。最低でも我々が共同して対処する方針だけでもまとめなければ」
そう話し合う三人の下では魔導王と武王の試合が始まった。魔導王は得意の魔法ではなく、剣を使用して戦いを繰り広げているが、武王に劣っている様子はない。少なくとも、戦士としての腕前もそれなりにあるようだ。
「聖王国の……、いえ私個人としての考えを伝えます。少なくとも魔導王に対しては武力により何かを訴えるという方針をとるべきではないでしょう。残念ながら、あの者に勝てる見込みはありません」
「ほう、貴方の実力であってもそれは不可能と?」
「では、法国が有する神人の血を引く者であれば勝てると思われますか?魔導王はもはや神の領域に達していると思われますが」
「どこでその話を……!」
神官は驚きつつも、咳払いをしてひとまず体裁を整えると、リリアの言葉を肯定するように頷く。法国の神官長による会議でも、魔導王に勝てる見込みはほぼないという結論がまとまりつつあったからだ。だがその話を聞いたジルクニフは顔を青くしている。
「だが、奴が攻め込んできた場合はどうする。ただ黙って死を受け入れろと言うのか」
「その際は人類が持つ戦力を総動員して戦いに挑むしかないでしょう。一国ずつ滅びに向かうよりも、戦力をまとめ、わずかな勝機に活路を見出すしか方法はない」
「その意見には賛成します。しかし、魔導王以外にも適用できないでしょうか。魔導王が話題になっていますが、ヤルダバオトの脅威も薄れたわけではありません。奴は今体を休め、次の狙いを定めているに違いないでしょう」
「大悪魔ヤルダバオトか……。漆黒のモモンであれば対処可能と聞いている。それほど恐れる必要があるのか?」
「ヤルダバオト、そしてモモンに直接会った身として答えます。ヤルダバオトの実力は未知数。それにモモンはアダマンタイト級と言う枠組みをはるかに超えた実力の持ち主です。それほどでなければ対等にさえ立てない次元です」
「それは興味深いですな。既に聖王国がヤルダバオトと一戦交えていたとは。情報はありませんでしたが」
「それに関しては、国内の混乱を抑えるために必要な措置でしたので」
他にも何か隠しているのではないかと言う視線が、神官からリリアに向けられる。
間にいるジルクニフが二人の険悪な雰囲気をどうにかしようとしたとき、会場から大きな歓声が上がった。