アインズの姿はいつもの執務室ではなく、ドワーフの国の首都フェオ・ジュラにあった。
現在、魔導国はドワーフの国と良好な関係を持っており、未知の技術であるルーン文字の更なる発展と解明を目指すべく、協力者であるゴンドと今後の打ち合わせのために訪れていたのだ。
その最中に、突如としてアルベドから連絡が入る。想定外の事態が起きたらしく、指示を仰ぎたいとの報告であったため、アインズはゴンドとの話を切り上げるとすぐにエ・ランテルへと帰還した。
「アインズ様。お待ちしておりました」
「緊急の要件のようだな。何があった」
アインズは呼び出された執務室へ向かい、自身の椅子へ座ると、アルベドが状況をまとめた紙を目の前に差し出し説明する。
「実はエ・ランテル近郊の街道で警備にあたっていた
「ふむ。
「はい、殺害された人間共を調べたところ。その者達が護衛していたと思われる馬車の中の貴族がどうやら、聖王国の関係者であるとのことです。その貴族も
「聖王国の?妙だな。リリアど……、あの女が言うには聖王国は魔導国に敵対する意思はないとのことだったが……。死んでいるとなると記憶を覗くこともできない。レベルも分からない以上、無理に蘇生させれば死体が消失してしまうか……」
「如何なさいますか。聖王国を見せしめに……」
「いや、待て!あの者が嘘を嫌っていることは私が良く知っている。一度、事情を詳しく調べる必要があるだろう」
アインズとしても、幾度となくリリアに対しいらぬ誤解を与えてきた過去があり、この一件のみで聖王国を見せしめにするのは気が引けることだった。プレアデスの件はアインズとデミウルゴスの間のみが知ることであり、アルベドには伝えていないため、不思議そうな表情を浮かべている。
「アインズ様?どうしてあの人間の事となると優しくなられるのですか?まさか、あの人間が……」
「お、落ち着くのだアルベド!前にも言った通り、あの者は貴重な……。そう、観察対象なのだ!決して好意を持っているというわけではない!」
殺気にも近い圧を感じたアインズはすぐにアルベドをなだめる言葉をかける。アルベドもある程度納得した様子を見せると「失礼しました」と言って頭を下げる。
「まずは問題が起きたことを伝え、こちらに使者を送らせるとしよう。問題を起こしたのは向こうなのだから、こちらに来て説明させるべきだろう?使者には……そうだな、アウラとマーレを派遣しよう。帝国での経験もあるからな」
「かしこまりました。直ちに準備致します」
アルベドはそう言うと、諸々の準備をするために一度部屋を後にした。
聖王国の執務室では今日も魔導国とヤルダバオトへの対策の進捗状況を話し合うため、カルカ達が集まり議論を繰り広げていた。
「姉上、何度も申し上げるようにこのままでは魔導王もしびれを切らしてしまいます。いい加減に結論をまとめなければ」
「そうね。もう一月近く同じ話題を続けているもの。まとめの段階に入らなければいけないわね」
この会話は一週間前にも繰り返したことだ。リリアはこの続きがどうなるか既に分かっているためそれ以上口を開くつもりはなかった。そんなことよりも、カスポンドが計画した裏工作が無事成功しているか、魔導王の怒りを買っていないかがひたすら気になっていた。
「リリア?聞いているの?」
「す、すみません姉上!少しぼうっとしてしまいました」
「このところ、忙しそうにしていたものね。休養はしっかりとっているのかしら?」
リリアは濁した返事を返しながら、疲れているような素振りを見せる。実際疲れていないという訳ではない。カスポンドとの打ち合わせも、昼間に行えば怪しまれるため、夜に誰の目にもつかないようにしながら行っていた。休養がしっかりとれていないのは当然だ。
「ところでケラルト。神官達の魔法習得状況はどうなのかしら?」
「はい、高位神官であれば少なくとも第三位階の
以前までであれば、高位神官と言えども信仰系魔法である
そのような話をしていると、突然王都全体が大きく揺れレメディオスはすぐにカルカの下へと駆け寄る。
「カルカ様!大丈夫ですか!」
「私は大丈夫よ。一体何が起きたの?」
「分かりません。まずは報告が上がるのを待つしか……」
しばらくすると、その疑問に答える用に執務室の扉が勢いよく開かれ、警備の聖騎士が慌てた様子で中へと入ってくる。
「も、申し上げます!魔導国からの使者を名乗る者が聖王女様に面会を求めています!」
「魔導国のだと!どこにいる!」
「城壁の外です!早く出てこないと二度目の地鳴りを起こすと……」
それを聞いたカルカ達はすぐさま使者がいる城壁の前へと急ぐ。リリアは予期していたことであったが、それでもどのような結果がもたらされるか分からないため、心穏やかにはいられない。
「お姉ちゃん。この人達も帝国の時みたいに殺していいかな?」
「アインズ様に殺しちゃダメって言われてるでしょ!もう忘れたの?」
「で、でもぉ。この人達は攻撃する気満々だよ?」
「どうせ効かないんだから無視しなさい。そんなことより、マーレ。この防御魔法見たことある?」
「分からないよお姉ちゃん。殴って確かめてみればいいんじゃないかな。ちょっと怖いけど……」
アウラとマーレが話していると、城壁の門が開き護衛を引き連れカルカが姿を現した。
「貴方が聖王女でいいのかな?私は魔導国国王アインズ様より使者として使わされたアウラ・ベラ・フィオーラです!マーレ貴方も挨拶しなさい!」
「マーレ・ベロ・フィオーレです……」
「ダーク・エルフの双子……。あいつらがさっきの地鳴りを?」
レメディオスがそう言いながら剣を抜こうとするも、リリアがすぐさま柄に手をやり止める。今この場で剣を抜き戦闘の意思を示すことは魔導国に敵意があると取られてもおかしくはないためだ。
「皆、武器をしまうのだ。使者を相手に武器を向けることは許されん」
「お姉ちゃん。あの女の人だよ」
「ふーん。あれがアインズ様のお気に入りってやつ?」
「お気に入りかどうかは分かんないけど、たぶんそう」
アウラとマーレはリリアのとった行動を評価しつつも、見定めるような視線を送る。今やナザリックの中で人間としてその名を知られた存在であり、一部ではアインズのお気に入りとまで噂されるほどだ。結果、アルベドやシャルティアなどのアインズを慕う者達から嫉妬に近い感情を持たれている。
「私は聖王国聖王女、カルカ・ベサーレスです。魔導国の使者様は何用でいらしたのでしょうか」
「貴方の国の貴族が警備にあたっていた
アウラの言葉にその場にいた者達が騒めき始める。この言葉が本当なのであれば、聖王国は魔導国に手を出したということになるからだ。
「そ、それは本当なのでしょうか。その行為に及んだ貴族は今どうしているのですか」
「アインズ様が嘘をついているって言いたいの?まぁ、それは置いておいて。貴族とその護衛の者は
「お前たちが勝手に殺したのだろう!聖王国を攻め滅ぼす口実を作るために!」
「姉様!余計な口を挟まないでください!本気で魔導国と戦争になってしまいます!」
「あぁ、もううるさいな!その声が大きい猪女を黙らせてくれないかな。こっちも無駄な話を続けるつもりはないからさ」
「なんだt……!」
口を開こうとしたレメディオスをリリアが抑え、どこからか用意した布を口に加えさせる。そして、そのまま拘束の魔法を使うと、後ろに控えていた聖騎士達に城門の奥へ連れて行くように指示する。
「使者殿失礼した。これでいいだろうか」
「よろしい!それで、どうするの?説明に来るの?それとも来ないの?」
「せ、説明に向かいます!ただしこちらも状況を確認するための時間が欲しいのです」
「分かったよ。アインズ様は時間をご指定にならなかったけれど、早急にと言われているの。いつまで待ってくださるかは分からないから、そこだけは理解しておくように」
アウラはそう言うと、マーレと共に
「姉上、ひとまず大臣達を招集し、状況を整理させましょう。それまではお休みになってください」
「えぇ……。貴方に任せるわ……」
リリアはケラルトを呼ぶと、神官達と共にカルカを王宮まで送るように指示し、現場に駆け付けた兵士や聖騎士には仕事へ戻るように伝える。そして、口に布を咥えさせたままのレメディオスの所へ行くと布を外す。
「リリア様!このようなことをするなんて!ひどいではないですか!」
「馬鹿者!お前はもう少し自重するという態度を身に付けろ!姉上が穏便に済ませようとしているのに台無しにするところだったんだぞ!」
レメディオスはリリアの怒声に「うっ」と言いながら後ずさる。リリアはため息をつくと、レメディオスの頭に手刀をくらわせ、「反省しろ」と言うとすぐに王宮に向けて共に出発した。
「それで、現在判明しているのはどのあたりまでだ?」
「はい、リリア様。少なくとも聖王国から外に出ている貴族はこれらの者だけです。このほとんどは二年前より帝国で過ごしておりますから、最近国外を出た者に絞られます。おそらくこの者かと……」
休養しているカルカに代わり、リリアが大臣から書類を受け取る。
「よりにもよって南部の貴族か。この者は何をしに出たのだ」
「申し訳ありません。この短時間で調べられることは何も……。南部が何かしらの工作を行おうとしたのではないかと考えていますが……」
リリアは既にカスポンドと打ち合わせていたため、真実を知っている。南部の貴族の中で最も臆病なこの貴族は帝国を訪れるように指示されただけだ。ただし、魔導国のアンデッドが街道を警備していることなどは一切伝えていない。カスポンドの考えではこの者であれば、すぐに攻撃を仕掛け誘引剤になってくれるだろうとのことだったが、予想以上に事がうまく進んでいるため逆に不気味にすら感じる。
「この者が本当に魔導国のアンデッドに攻撃を仕掛けたのであれば、誠意を見せない限り魔導王が聖王国を許すことは無いだろう」
「相手はアンデッドです!奴らが生者を殺すのは自然の道理!今回も奴らが聖王国を虐げるために行った策略に違いありません!」
「例えそうだとしてもだ!策略であろうとなかろうと、魔導国に最大限の誠意を見せねば聖王国は滅びるんだぞ!一同理解しているのか!それすら理解できぬ愚か者しかいないのか!」
リリアの罵声に大臣達は途端に口を噤む。ため息をつきながら、リリアは用意していた文書を取り出し、大臣達の前で話始める。
「もはや一刻の猶予もない。大臣方には私が用意してきたこの草案に理解を示してもらうしかないだろう。聖王国は魔導国に対し一切の武力を行使することを否定する。また、魔導国と交戦する国家に対し一切の支援をしないことを約束する。これに反対する者はいるか」
「せ、せめて聖王女様のご回復を待ってからでもよろしいのではないでしょうか」
「回復を待っている間に魔導国が攻めてきた場合はどうする。貴殿に責任がとれるのか?」
「魔導国への謝罪を行うとしても、代償はどうしますか。奴らは何を望んでいるのでしょう」
「金銀財宝の類は意味がないとジルクニフ殿も言っていた。相手の要求に素直に応じるほかないだろう。この草案をまとめた責任者として、私が直接出向く。一同はどうかうまくいくことを祈っていてくれ」
リリアはそう言うと、大臣達に頭を下げる。これ以上有効な手段を思いつくこともできず、何より時間が限られているということが後押しし、大臣達の全面的な同意によってリリアの提案は決定されることになった。