エ・ランテルを出発した王国の商人は、街道を慌ただしく走り抜ける一団に遭遇する。聖王国の騎士の服装をした者達はどこか焦った様子であり、行き先から見てエ・ランテルに向かっているのは明らかだ。
昨晩の会議を終え、リリアはカルカへの報告を後に回し、護衛として名乗りを上げたレメディオスと、副官のネイア、そして必要な数の聖騎士を連れて翌日の朝には、魔導国首都エ・ランテルに向かっていた。本来であれば四日ほどかかる道を二日で駆け抜けるほどの急ぎ用だ。
カルカへの報告を後に回したのは、今報告すれば機会を失う可能性を否定できなかったからだ。カルカから権限を委譲されている今であれば、多少の無理も押し通すことができる。
「間もなくエ・ランテルに着くはずだな。各自、速度を落とせ。簡単に身なりを整えるんだ」
リリアの指示に従い一行は馬の速度を緩め、急いで走らせていたため乱れた容姿を簡単に整え始める。リリアも外套についている木の葉を払いながら、自身の服装の乱れなどを確認する。
「レメディオス。改めて言っておくぞ。場を弁えられない発言をすれば、私はお前を斬ったとしても聖王国のために動く。決して不用意な発言はするな。エ・ランテルに入った時からそこでの会話は全て聞かれていると思うのだ。他の者もいいな!」
リリアについてきた者達は「はっ!」と答える。その声には勇ましさと恐怖による震えが混じっていた。その場で斬るとはいったものの、当然そのようなつもりはない。もしそのような事態になれば自身の首を差し出してでも穏便に済ませるつもりだ。
しばらく歩みを進めると、エ・ランテルの城壁の姿が現れた。城門の前では大きな石をアンデッドやドワーフと思われる亜人が忙しく作業に取り組んでいる。
城門に近づくと、カマキリの様な虫特融の下アゴを持ち、両手を組みながら番人のように立っている一体の亜人…、と思われる者が見えた。
「聖王国カラノ使節団デマチガイナイカ」
「その通りです。私は使節団の代表を務めるリリア・ベサーレスと申します」
「我ガ名ハ、コキュートス。アインズ様ヨリ使節団ヲ案内スルヨウ申シ使ッテイル」
コキュートスはそう言うと、蒸気が抜けるような音を立てながら息を吐いた。コキュートスの威圧感か、周囲に漂う冷気のよる寒気によるものかは分からないが、思わず身震いしてしまう。
「コキュートス殿。それではよろしく頼む」
コキュートスは一行に後に続くよう指示をすると、大きな音を立てて歩き始めた。城門の中へ入ると、以前訪れた時よりも外を出歩く人の姿は明らかに少ないように感じられたが、街の中を
街の中を進んでいるとリリアは、周囲の建物の中からエ・ランテルの人々が陰から自分達を覗いていることに気づいた。
「皆の者。我々は聖王国を代表してきているのだ。恥ずかしくない姿を示せ。旗手、旗を下げる必要はない、高く掲げるのだ」
「馬ヲ降リテコノ先ニ進メ。後ノコトハ中ノ者ガ案内スル」
コキュートスに礼を言うと、一行は馬から降りリリアに続いて旧領主館へと足を踏み入れる。黄金の鎧を身にまとったスケルトン達が魔導国の旗を掲げており、その背後には武装した状態のスケルトンが待機している。その中心を歩いていくと、黒い翼を生やし、白いドレスに身を包んだ女性の姿が現れた。
「聖王国の使節団の皆様。魔導国へようこそ。私はアインズ様より守護者統括及び魔導国宰相の任を任されております。アルベドと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私は使節団の代表を務めますリリア・ベサーレスです。急な訪問にもかかわらずこのような歓待に感謝します」
「魔導国の威厳を示せとアインズ様が命じられたことです。貴方達を歓迎するためにしたことではありません。中でアインズ様がお待ちになっています」
アルベドはそう言うと、黙って先へと進んでいく。おそらく、そのままついてこいと言うことなのだろう。リリアは後に続いて領主館の中へと進んでいく。アルベドは小声で何かを呟いているようだったが、あまりにも声が小さいためよく聞き取れない。
「既にアインズ様は中でお待ちになっております。至高の存在に平身低頭の態度でもって答えなさい」
アルベドがそう言いながら、重厚感あふれる扉を開けると、以前の様な黒いローブではなく王たる威厳を醸し出す宝石がちりばめられた白いローブを着た魔導王の姿がそこにはあった。
リリア以外は初めてアインズを見るため、その姿に動揺するも、リリアが進み始めるとそれに続き中へと足を踏み入れる。魔導王の声が聞こえる範囲まで足を進めると、リリアは膝をつき、王族に対する礼をとる。
「魔導王陛下に拝謁致します。此度の一件に関し、聖王国使節団の代表を務めるリリア・ベサーレスです」
「リリア殿、それに聖王国の騎士達よ、面を上げよ」
アインズの声と共に騎士団の一同は膝をついたまま顔を上げる。
「さて、今回貴殿らを呼んだ理由は既に承知している通りだろう。私としては穏便に事を済ませたいと考えている」
「陛下の寛大なるご配慮に感謝を……」
「リリア殿と私は気の知れた仲だ。そのような畏まった言葉はせずとも結構。まずはどうしてこのような事が起きたのか説明してもらおう」
「は、はい。魔導王陛下。我々が調査した範囲では、その貴族は魔導国が警備にアンデッドを使用しているという情報を持っておらず、街道にアンデッドの姿が見えたため攻撃したものと考えています」
「魔導国がアンデッドを使い警備をしているというのは有名な話であったと思うのだが」
「聖王国、とりわけ南部は北部と違い閉鎖的な環境のため、魔導国の事は未だ詳しく知らない者がほとんどです。その貴族は南部の出身であるため、知らなかったのでしょう」
アインズは「ほう」と言いながら、姿勢を変えリリア達を見つめる。奥が見えない闇の中で光る赤い眼に聖騎士の一部は目をそむけたくなるような恐怖に襲われる。
「聖王国が北部と南部で分断されているというのは有名な話だ。つまり、今回の一件はリリア殿の言う北部の政府は予想していない事態であったということだな」
「陛下のおっしゃる通りです。しかし、聖王国の者が起こした一件であることに違いはありません。深くお詫び申し上げます」
リリアはそう言うと、先ほど頭を下げた時よりも深く頭を下げる。今魔導王がどのような感情を持ち、どのようなことを考えているかは分からないが、最悪の事態にはならないようにと心の奥底から願い続ける。
「以前私の部下がリリア殿を襲った際、部下を殺さずに生きたまま抑え、何の詫びも受け取らずに収めてくれたことがあったな」
「カルネ村の一件でしょうか」
「そうだ。あの一件は私の予想していない事態だった。統治者が全ての事態を予測することは難しいのは良く知っている。今回の一件はあの時の事を踏まえ帳消しにするとしよう」
「なっ!アインズ様!」
アルベドが何かを言おうとするも、魔導王はそれを手で制止し話を続ける。
「だが、このような問題が今後起きないように対策する必要もある。そうは思わないか」
「陛下のおっしゃる通りです」
「アンデッド風情が……貴様らの仕業だというのに、どの口が言うか……」
レメディオスが小声でつぶやく。いや、今まで我慢して聞いていたが、遂に限界に達し思わず声が出てしまったというところだろう。リリアやすぐ後ろに控えるネイアがかすかに聞き取れる程度の声だったが、魔導王のそばに立っているアルベドは声に反応する。
「そこの人間。ぼさぼさ喋るくらいなら、はっきりと申し上げたらどうなの?今の言葉は聞き捨てならないと思うのだけれど」
「アルベド殿。私の部下が失礼な発言をしたことは謝る。全ては私の責任だ」
「そう?ならばここでその責任を取りなさい!」
「正体を現したな!最初からそのつもりで呼びつけたのだろう!」
「レメディオス団長!おやめください!お前たちも早く抑えろ!」
アルベドがどこからか武器を取り出したことで、その場で一触即発の事態となる。こうなると分かっていれば最初からレメディオスの口に布を加えさせたまま部屋に入るべきであったと。
「アルベド!武器をしまうのだ!」
魔導王の怒声にアルベドは思わず身を竦めると「失礼しました!」と言って武器をしまいすぐに元の場へと下がる。レメディオスも部下の聖騎士やネイアに取り押さえられながらその場に座らされる。
(こんなんじゃ話を続けることもできないじゃないか。今日は一旦ここまでにして後日また話し合った方がいいだろう)
「リリア殿。これ以上話すことはないようだ。このまま帰られるのがいいだr……」
「魔導王陛下!私に発言を許可してくださいますでしょうか!」
このまま険悪な状態で会談を終わらせるのは不味いと判断したネイアが思わず声を上げてしまう。途中で口を挟んだことでアルベドの怒りが再びあらわになるも、魔導王が手を前に出し構わんと伝える。
「確か……。リリア殿の従者の……」
「ネイア・バラハと申します。魔導王陛下」
「そうだった、ネイア殿だったな。発言を許そう」
「あ、ありがとうございます!私共の団長は先の読めぬ馬鹿でして、自身の思うことがすぐに態度に出てしまうのです。ですが、陛下ほどの聡明なお方であれば、団長を始め、聖王国の者が陛下の様なアンデッドに対し良くない印象を持っていることはご存じであると思われます」
「人間がアンデッドに対し良くない印象を持っていることは承知している。聖王国は特に偏見がひどいこともな」
「その通りです。しかし、リリア様はそのような逆境の中でも、魔導国との関係を良くするために様々な対策を講じようとしてこられました。それに、我が国の亜人に対する偏見を改善するための活動にも精力的に取り組んでおられます。どうか、リリア様の努力に答え会談を続けていただきたく思います!」
ネイアは両膝を付き頭を床にぶつけながら魔導王に願い出た。アルベドが再び口を開こうとするも、アインズの「静かにしろと言ったはずだ」という一言で完全に委縮し、先ほどよりも一歩後ろに下がって待機する。
「そのような事情は私も知らなかった。リリア殿は良い部下を持っているようだな」
「ありがとうございます。それから、ネイアのご無礼をどうかお許しください」
「主のためにそこまで行動した者の声に答えないのは、一人の王として恥ずかしいことだ。だが、このような状況で会談を続ければ先ほどのようなことが起きるかもしれない。そこでだ、リリア殿。私と一対一で話し合おうじゃないか」
「……。陛下がよろしいのであれば……」
「よし、では部屋を変えるとしよう。アルベド、お前は今日はもう下がっていい。フィリス、聖王国の方々を街の宿まで案内するのだ。決して無礼な態度をとるのではない。誠心誠意、私の代わりとして対応するのだ」
「かしこまりました。アインズ様」
魔導王はついてこいと言うジェスチャーをリリアにすると、リリアは後の事をレメディオスの補佐として来ていたグスターボに任せ、魔導王の後についていく。残された聖王国の一行は、後方で待機していた一人のメイドに案内されるまま、その場を後にした。