ナザリックの執務室では、デミウルゴスが今後の打ち合わせのためアインズの下を訪れていた。
「デミウルゴスよ。帝国のその後はどうだ?順調か?」
「はい、当初の想定通り、属国化した際のテストとしては良好な結果を残せております」
「そうか……。それで聖王国の件だが……、なんでも一大イベントになると聞いたが?」
「はい、アインズ様の慈悲の心と偉大さをこの世界のすべての者に知らしめるため、最高の場をご用意しております。計画の詳細はこちらに……、いえ、これもアインズ様自ら聖王国で行った策のまとめのようなものですが」
「ほう、これは……。レイドバトルの様なものか」
「はい、達成目標に関しましてはどのような状況に陥っても完遂されるよう、こちらで調整致します。アインズ様の思うがままに動いていただければと……」
「昨日の会談で既に前提事項は達成されたか……。では、開始の時期はいつ頃になる?」
「少なくとも秋には開始する予定です。アインズ様には申し訳ないのですが、計画の都合上、アインズ様においでいただくのはおそらく冬か春ごろになるかと。うまく誘導は致しますが、何しろ不安要素がいくつかありますので……」
「いや、これほどの規模だ、慎重に進めていた方がいいだろう。ユグドラシルの大戦争を思い出す……、懐かしいな。攻め手に回るというのも悪くはない」
「当時ほどの強者をそろえるのは難しいかもしれませんが、人間達も相当の者を出してくるはずです。隠れている強者を見つけるのにいい機会にもなるでしょう」
「楽しみにしているぞデミウルゴス。あぁ、本当に楽しみだ」
魔導国との戦争は無事回避され、聖王国は魔導国と比較的友好的な関係を構築することができていた。アインズから提案された対ヤルダバオト戦への協力に関しては、神殿と打ち合わせした上で答えを出すとしたものの、神殿は絶対反対の姿勢を示しており、この要望は通りそうにないことを既に文書で送っていた。
だが、魔導王からはそれも当然だという反応が返ってきたことで、リリアは少し拍子抜けしたが、それであっても両国の関係を維持したいという返事も来ていたため、聖王国は何とか窮地を脱することができた。その結果、聖王国は再びヤルダバオトへの対策や国内問題への対処に注力できるようになったのだ。
「ケラルト!ちょうどよい所に!」
「リリア様。何度言われても魔導王を認めることは……」
「それはもう大丈夫だ。魔導王からも無理なことは知っていたと書信が届いた。迷惑をかけてすまないとな」
「それは……。大丈夫なのですか?それを口実に攻めてくるようなことは……」
「送った使者が言うには、魔導王は怒っている様子はなかったらしい。おそらく、無理なことを承知の上での話だったのだろう」
ケラルトはほっとした表情を浮かべると、リリアの本来の要件を尋ねる。
「ケラルト。無理を承知でお願いする。レメディオスに勉強を……」
「無理です。それならば魔導王を認める方が簡単ですね」
「だが、早いうちに何とかしないと……」
「それを言うなら後二十年早く言ってください。姉様が勉強を始めた日にはヤルダバオトにではなく、天変地異によって聖王国が滅びます」
「……。仮にもお前の姉だろう。その言い方は……」
ケラルトはため息をつくと、どうしてそこまで引っ張るのかが気になり訳を尋ねる。リリアは以前魔導国であったことを話すと、ケラルトはどこか納得した様子を見せたもののやはり無理だという。
「姉様はあれでいいのです。私やカルカ様がしっかりとサポートしてあげれば何の問題もありません」
「それはそうだが……。いや、私がレメディオスをしっかりと御しきれていないのが問題か……」
「そうとも限りませんが……。ですが、今から姉様が変わった姿を見る方が嫌な気持ちになりそうです」
ケラルトはそう言うと、未だ仕事の途中であることを告げ一礼してその場を後にした。リリアも自身の仕事をこなすべく、書類を持ったまま自身の執務室へと向かう。
執務室にはネイアとカリンシャから報告のために訪れていたアルフレドの姿があった。
「アルフレド。待たせてしまってすまないな」
「いえ、私こそお忙しい所を無理を言って……」
「まぁ、形式的な挨拶はいい。それで?何か報告があると聞いていたが……」
アルフレドはそう言うと、ネイアに誰も入ってこないように指示し、胸元から書類を取り出して小声で話し始める。
「実は対ヤルダバオトの計画において、問題が発生しております。対ヤルダバオト作戦は各都市が攻められた際には籠城戦に移行し、中央の精鋭部隊がこれを撃退することになっています」
「あぁ、その通りだ。それが何か問題が?」
「はい。王国の混乱によって穀物の価格が高くなっており、穀物の輸入量が激減しています。おまけに今年は例年に比べて聖王国国内の収穫量も多くありません。つまり……」
「籠城戦になると食料が予定より早く尽きてしまうと?」
「各都市には人口に応じて必要分を割り振れるようにしていますが、それでも戦争が始まれば陸路の輸入はできなくなるので……。籠城戦を強いられれば、長くても来年の春には尽きるかと……。ただし、これは海の交易路が生きている場合です。そちらも閉ざされた場合は冬を何とか越せるといった具合です」
「だが、例年の持ち越し分があったはずだ。それを使えば……」
「今年の輸入量の減少分をその国庫から出しているのです。先ほどの戦闘可能日数はそれも含めた物です」
魔導国がカッツェ平野で引き起こした大虐殺は思わぬところで聖王国に影響を与えていた。いくら兵士が揃っていようとも、食べるものが無くなれば弱り切っていくのは当然だ。
「このタイミングでヤルダバオトが来ないことを祈るしかあるまい。私からも姉上達に相談し、何とか食料を確保できないか聞いておこう」
アルフレドは「感謝します」と言うと、立ち上がり礼をしてその場を後にする。入れ替わるようにネイアが部屋の中へと戻ると、アルフレドの置いていった書類を回収する。
「リリア様。やはり、食糧事情は厳しいようですね」
「ネイアも何か知っているのか?」
「城塞線の駐屯兵の方たちも可能な限り消費を抑えているそうです。父が外に狩りに出て捕まえてきた物を食べていたりもするとか……。嫌な兆候ですね……」
「これを狙って今まで潜伏し攻めてくるとすれば、ヤルダバオトは相当な切れ者……。いや、まさに悪魔だな」
リリアはそう言いながら、このところ続いている曇天の空を見上げる。聖王国の危機は去ったのにもかかわらず、空は未だ危機が迫り続けているという警告をしているように感じられた。
その日はちょうど定例の会議があったため、昼間にアルフレドから受けた報告をその場で伝える。
「食料の確保ですか……。帝国は今年豊作だと聞いていますが、あの距離を運搬するとなると結果的に王国から購入する額と同じになってしまいますね……」
「戦時となれば総動員令に従って多くの者が兵役に就く。その分を賄うだけの食糧を何とか確保したいところだが……」
「そう言えば聖騎士の間で今年は豊漁だと聞きました。穀物がないなら魚を食べればいいのでは?」
レメディオスの意見にケラルトはため息をつく。
「姉様。備蓄するための食糧の話をしているのに、生物を備蓄しては全て腐ってしまいますよ。日持ちのするものでなければダメです。干し魚を作ろうにも連日のこの天気では無理ですし……」
「王国に対し援助をしすぎた私の責任でしょう。ここまで後の事を考えずにいたから……」
その言葉にカルカを除く三人は揃って否定する。カルカが行った食糧援助は決して悪ではなく、今年の収穫量が激減することなど神でなければ予想することはできないだろうと。
「臨時の予算を編成しようにも、交易関係が魔導国の一件で崩壊しているので収入も足りません。今は耐えるしかないですね」
「やはり無理か……。軍の兵士だけでも食料を節約するように命令を出すべきだろうか」
「腹が減った状態でいれば、皆不満に思います。それは避けるべきです」
「レメディオスがまともな意見を……。それもそうだな。流石に命令を出すのは止めよう」
今できることはこの苦しい状況を耐え忍ぶことだろう。少なくとも、日常生活を送るだけならば問題はない。
「そういえば、リリア。貴方宛てに手紙が届いていたわ。正確には私宛に届いた手紙の中に入っていたのだけれど」
「あて先はどこからですか?」
「法国よ」
思わぬ国家の登場にリリアはすぐに手紙を開け中身を見る。レメディオスやケラルトも中身が気になり、リリアの口が開くのを待っている。
「法国は大連合の協同作戦に参加することを正式に認めるらしい。だが、あくまで自国を最優先し、協力したとしても挽回することが不可能と判断した場合は部隊を撤収させると」
「つまりは勝てそうならば協力して、負けそうならば逃げるということですね。そうすれば、敗北後の会議に巻き込まれずに済みますから」
「卑怯な連中だ。やはり聖王国は我々の手で守るべきだな!」
「でも、戦力を温存し反旗を狙うというのも正しい選択肢じゃないかしら。法国が協力姿勢を見せただけでも感謝しましょう」
リリアもカルカの意見に同意する。法国の部隊が協力してくれるとなれば、それだけ予備戦力が増え、勝機を見出すことができる。まったく協力しないというよりかは遥かにマシだ。
(あとはあのお方の協力を仰げれば……)
翌日、リリアはこれまでの経緯や事情を話すためにツアーの下を訪れた。報告に向かう時間を中々作ることができなかったため、かなり期間が空いてしまったもののツアーの協力を得ることができれば、聖王国が敗北することは無いだろう。
「それで、君はあの魔導国、いや、魔導王に対し武器を向けないと決めたんだね」
「ツアー様のご意思に反するようなことになってしまい申し訳ありません」
「いいや、君の立場も理解しているからね。強く言うつもりはないよ。だが、そうなるとこれまでの様な協力をすることはできない」
「それはツアー様は魔導王を危険視しているからですか?」
「本質は悪だと私は見ている。だが、奴の手の内が分からない今は手を出さずにいるというだけだ。時が来れば、奴と一戦交えるつもりだ。協力者を集ってね」
「ではその時には私も……!」
ツアーはリリアの方を見ると静かに首を横に振る。それはできないだろうと。
「僕が奴に勝てる保障はない。もし負ければ、君は剣を向けたとしてその責任を問われ、聖王国は間違いなく滅ぼされるだろう。それでも君自身はいいのかい?」
リリアは、本当に守るべきものを捨ててまでツアーに協力することはできないと自身で理解しており、反論の余地もない。もしそのような状況に陥れば、間違いなくカルカ達を守るだろう。
「おっと、気を悪くしないでくれ。君の誠実さは僕も気に入っているんだ。だから、これまでの事を忘れて、君には君のできることをしてほしい」
「これまでの事を忘れるというのは?」
「アイルは記憶を操作する魔法を知っている。この場所の事。僕らの存在について記憶を置き換えるんだ。安心してほしい。学んだ知識まで奪うつもりはない。アイルが君に与えた剣も奪うつもりはないよ」
「それは私が魔導王に情報を売る可能性があるからですか?」
「否定はしない。心変わりしないとも限らないからね。ただそれ以上に、相手も同じような魔法を使用できるとしたら、覗かれる可能性もある。その保険だと思ってほしい」
リリアは静かにうなずくと、話を聞いていたかのようにアイルが背後から姿を現した。いつものメイド服ではなく、今日は真っ白な服を着ている。
「安心するニャ!このドクター・アイルーにかかれば記憶の操作ニャなんてお茶の子さいさいニャ!」
リリアはその能天気な様子に思わず笑みがこぼれるも、これまでの出会いを忘れることに少し複雑な感情を持つ。
「万が一君が死んだとしても、その剣はうまく回収しておこう。それに一時とはいえ住処を同じにした仲間だ。聖王国の事はうまく取り計らっておこう」
「ツアー様。アイルー様。ありがとうございます」
「できる限り問題ないように仕上げるニャ。目が覚めたら全て忘れているはずニャ!それじゃさようなら。リリア」
アイルの別れの声を最後に、リリアの意識は徐々に薄れていきそのまま気を失った。