聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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襲来①

 リリアは自身の体が揺らされていることに気づき、ゆっくりと目を開ける。

 積み上げられた書類の山、壁に飾られている見慣れた絵画、そして、心配そうにのぞき込むネイアの顔が目に入る。どうやら、執務室で仕事をしている最中に眠ってしまったようだ。

 

 

「リリア様?大丈夫ですか?お眠りになっていたので起こさないようにしていたのですが……。随分と長い間眠られていたものですから」

 

 

「あぁ……。大丈夫だ……。少し疲れていたのかな」

 

 

 ゆっくりと体を起こし、意識を覚醒させていく。直前まで書類に触れていた記憶はあるが、どことなく頭の中が煙に満たされているような不思議な感覚だ。呆けているリリアの姿を見たネイアはやはりどこかすぐれないのではないかと心配そうな表情を浮かべる。

 

 

「このところ、対ヤルダバオト計画の練り直しでお忙しくされていましたから……。今日はもう自室でお休みになられてはいかがですか?」

 

 

「そうだな。ネイアの言う通りかもしれない。すまないが、これらの書類は明日に回してくれ」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 ネイアは机の上に置かれている書類を器用にまとめると、処理していない書類をしまう棚へとしまい始める。リリアは椅子から立ち上がり、休養を取るため私室に向かった。

 

 一晩休むと、昨日の不思議な感覚もなくなっており、体調は万全といった状態だ。やはり疲れが体に出ていたのだろうと、自身の体調管理の不甲斐なさを嘆く。いくら強いと言っても、無敵という訳ではないことを改めて痛感した。

 リリアが起きると同時に、昔から世話になっているメイドが朝の仕事をこなすため部屋へとやってくる。

 

「おはようございます、リリア様。今日はお早いお目覚めですね」

 

 

「あぁ。久しぶりにベッドで休めたおかげか疲れが取れた気がする」

 

 

「お体は大事になさってください。歳をとるごとに体は言うことを聞かなくなりますから……」

 

 

「私も君もまだ若い方だと思うのだがな」

 

 

 笑いながらそう話すと、カーテンなどを開け終えたメイドがリリアに水が入った一杯のコップを手渡す。私室で目覚めた日はいつもこのルーティーンを欠かさない。メイドはその間に手際よく、後輩のメイドに指示しながら下着や鎧などのリリアが着るものを用意し始める。

 最後に着付ける時には後輩には任せない。彼女の手による仕上げが重要なのだ。他の者が調整するといつもの感じがしない。

 

 

「リリア様。いかがでしょうか」

 

 

「あぁ、問題ない。いつもありがとう」

 

 

「まぁ、リリア様からお礼を言われるのはいつぶりでしょうか」

 

 

 メイドは驚いた表情を浮かべながら、後片付けをする。言われてみれば最後にこうして直接礼を言ったのはいつだっただろうか……。

 

 用意を終えた後は直接執務室へと向かう。朝の朝食は基本的に執務室でとりながら、今日処理する予定の書類へと目を通す。今日は、昨日目を通していない書類が多くあることから、いつもよりも長い間机と向き合うことになりそうだ。リリアは書類の山に目を向けるといつものようにため息をついた。

 

 

 

「班長!第三中隊、見回りから帰還しました。本日も異常はありません」

 

 

 城塞線の壁上で見張りの任を終えた兵士が報告をする。リリアによる感知魔法が展開されているものの、それらが通用しないような敵が現れた際にも対応できるよう目視による監視も続けられていた。

 

 

「警戒状態が続いてもう二月か?よりにもよって、俺らの任期の間にこの激務とはなぁ」

 

 

「悪魔ヤルダバオトのせいだよ。こんな国には何もありゃしないってのに……。いや、カルカ様がおられるか……」

 

 

「悪魔が王女様をさらいに来るなんておとぎ話の見過ぎだよ。王国の話は聞いたか?ひどいもんだったらしいぞ」

 

 

 結界の状況を監視する任務に就いている兵士達は今日も異常がないことを確認しながら、雑談をしている。見回りなどであれば、ある程度景色も変わり何より体を動かせるため、こうして椅子に座ったままの作業よりもはるかにマシだ。やることがない以上こうして話をして時間を潰すしかない。班長もそれを理解しているため、雑談をしていても怒り出すことは無い。

 

 

「ん?おい、反応があるぞ。北部要塞の方だな」

 

 

「いつものやつだろ。最近はちょくちょく映るからな。偶然触れたやつだよ」

 

 

 もう一人の兵士はそう言いながら、他の兵士と雑談を続けるも、反応を示す地図を見ている兵士は依然として目を離していない。その様子に他の兵士も「どうした?」と声をかける。

 

 

「お、おい。どんどん増えてるぞ?」

 

 

「どのくらいだ?赤点は一つか?五つか?」

 

 

「北部要塞だけじゃない。南部要塞も……。いや、ここにも来てるぞ」

 

 

 その言葉を聞いた他の兵士達も地図を覗き込む。地図に示される敵の侵入を示す赤点は先頭のわずかな赤点に続き、瞬く間に地図全域に広がり始める。赤点が重なりもはや隙間となる空白さえ映し出されない。

 

 

「亜人共が来たんだ……!早く鐘を鳴らせ!将軍にも報告しろ!」

 

 

 すぐに監視室の兵士達は行動を開始し、塔に駆け上がると自身の持てる力のすべてを使って鐘を鳴らす。

 緊急事態を告げる鐘が鳴るのを聞いた見張りの兵士や駐屯している部隊に緊張が走り、横になっていたものや寝ていた者達も飛び上がり直ぐに装備を整え、壁の上へと走り出す。

 

 

「何事だ!」

 

 

「将軍!敵が攻めてきました!ここだけではありません!北部も南部もです!」

 

 

「狼煙はもう上げたのか!」

 

 

「はい!鐘を鳴らすのと同時に上げるよう指示しました!」

 

 

 将軍はそう言うと外に出て狼煙がしっかり上がっているのを確認する。監視に当たっている兵士達にもいつでも戦闘できるように準備をさせると、要塞の指揮を執るため中央の外壁へと向かう。

 

 

「将軍。敵の来襲ですか」

 

 

「おぉ、バラハ兵士長!その通りだ、敵の侵攻……。いや、大侵攻だ。規模は最早分からん。この中央要塞にも地図を埋め尽くすほどの敵だ」

 

 

「ついに来たのですね。私も部隊の指揮に戻ります」

 

 

「頼んだぞ。私はここから全体の指揮を執る。私に何かあれば後の事は任せる」

 

 

 パベルは「了解した」と言うと、慣れた手つきで指令所から飛び降り、自分の部隊へと走り出した。城塞線に駐屯していた兵士達は覚悟を決める。ついにその日が来たのだと。

 

 狼煙による敵襲来の報告は聖王国各所に用意された見張り塔を通して、すぐさまロイツ、カリンシャ、プラート、そして王都ホバンスの順にもたらされた。

 報告を受けたリリアは直ちにカルカの下へ向かい、事態の詳細を伝える。まだ、レメディオスやケラルトはこちらに向かっている最中であり、二人の姿はない。

 

 

「敵の規模は現地で確認しなければなりません。姉上は大臣達を集めて対策の用意をしてください。私は転移の魔法で中央要塞に向かい状況を確かめます」

 

 

「分かったわ。こちらも準備を進める。報告を待っているわ」

 

 

 リリアは騎士の礼をとるとすぐに執務室を出る。そして、部屋の外で待機していたネイアにレメディオスが来るまでの間、カルカの護衛をするよう指示を伝えるとすぐに転移の魔法を駆使して中央要塞へと向かった。

 

 

「リリア様!お待ちしておりました!」

 

 

「礼は不要だ。状況を教えてくれ」

 

 

「敵の侵攻は北部、中央、南部のすべての要塞に対し行われています。規模は不明。もはや感知魔法による測定量は限界に達しています。少なくとも十万は超えるかと」

 

 

「ただの亜人共の大群であれば対処の仕様があるが、間違いなくヤルダバオトだ。ロイツやカリンシャの国軍は既にこちらに動き出しているだろう。まずは計画通り所定の配置につき防衛戦の用意を」

 

 

「心得ております!既に配置を終え、敵が線に到達次第、『神のお告げ』をぶつける用意は完了しています!」

 

 

 『神のお告げ』とは城塞線に配備されたカタパルトの事を指している。カタパルトから発射される油壺や擲弾による攻撃はどんな亜人でさえ一撃で葬るだけの力があるため、兵士達からそう呼ばれている。

 

 

「敵が到着するまでもう時間がない。私は一度、王都に報告へ戻る。もし、私が戻る前に敵の攻撃が始まれば、対処してかまわない」

 

 

「了解しました!神のご加護を!」

 

 

 リリアは手を挙げると、そのまま転移の魔法を使い再び王宮へと帰還する。既に王宮内は聖騎士や文官達が動き回っており、会議室はいつもの雰囲気とは違い臨時の司令部のようになっている。レメディオスやケラルトも到着し、大臣達もまだ空席はあるものの、ほとんどの者は到着していた。

 

 

「リリア。敵の状況を」

 

 

「はい。城塞線全域に渡り亜人と思われる大軍が攻めてきています。規模は不明。少なくとも十万以上の敵が押し寄せているとのことです」

 

 

 リリアの報告に会議室は騒々しくなる。聖王国が建国されて以来、最大規模の攻撃でありまさに未曽有の災害と言える。

 

 

「こ、これはヤルダバオトの攻撃なのか?」

 

 

「アベリオン丘陵はヤルダバオトに支配されていることからも、この大軍は奴が送り込んだものに違いありません。ヤルダバオト自身の姿は未だ確認されていませんが、間違いないかと」

 

 

「現時刻をもって、聖王女の名のもとに国家総動員令を発令します。ロイツやカリンシャなどの前線に近い都市の非戦闘員の避難や南部への応援も直ちに要請しなさい。周辺国への応援要請も忘れてはなりません」

 

 

 カルカの指示を聞いた大臣達はすぐに自分の責務を果たすため、椅子から立ち上がり部屋を後にする。残った大臣達にもカルカは的確に指示を下し、全ての大臣が部屋からいなくなる。

 

 

「姉上。この障壁があれば王都に敵が易々と侵入することは無いでしょう。決してここから離れてはなりません」

 

 

「しかし!聖王女たるもの兵士達の模範となり前に立たなければ!」

 

 

「それは王家の者であれば誰でも良いのです!私が兵たちの模範となり導きます。姉上が死ぬようなことがあれば、聖王国はこの戦争に勝ったとしても未来はありません」

 

 

 リリアがカルカの肩を掴みながら命令にも近い強い口調で話しかける。カルカであれば、自身の責務を果たすためと前に出てこないとも限らない。もしそうなれば、ヤルダバオトやそれに類する魔物などが現れた際に守り切れなくなる恐れがあった。

 

 

「私は要塞へ戻り軍の指揮を執ります。レメディオス、ケラルト。姉上の事は任せるぞ」

 

 

「もちろんです!リリア様!」

 

 

「リリア様も御気を付けて」

 

 

「お前たちもな」

 

 

 二人にカルカの事を託すとその場を後にし、すぐさま城塞線へと向かった。

 城塞線へ戻ると、既に敵の先頭が見え始めていた。多くは亜人だが、中には地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)魂食の悪魔(オーバーイーティング)などの魔獣や悪魔の姿も見える。おそらくヤルダバオトが集めた物だろう。

 

 

「リリア様。これは……」

 

 

「悪魔の群れも見える。それに魔獣もだ。亜人ならともかく、悪魔を相手するとなると聖騎士でなければ厳しいかもしれないが……。とにかく今は耐えるしかない。中央は私も戦闘に加わる。北部と南部に兵を集めさせるんだ」

 

 

 将軍は後ろに待機する副官にリリアの指示を伝える。北部と南部の要塞にも同じ数の敵が来ているとすれば、中央の倍近くの兵士がいたとしても厳しいだろう。アルフレドが率いる国軍が到着するまでの間耐えきることができれば、北部と南部が落ちたとしても押し返せる可能性はある。

 

 

(被害は大きくなるだろう……。だが……)

 

 

 この城塞線が破られることになればヤルダバオトの大軍が障害物がない聖王国の領土に侵入することになる。それだけは絶対に避けなければならなかった。

 

 リリアが様々な想いを馳せる中、敵の群れが割れその中央から赤いスーツを着た悪魔が歩いてくる姿が見える。

 

 

「リリア様!何者かがこちらに来ています!」

 

 

「奴がヤルダバオトだ。全員!警戒しろ!何をしてくるかわからないぞ!」

 

 

 ヤルダバオトは余裕そうな態度で歩いてくると、顔の仮面の模様などが辛うじて見えるところで止まった。

 

 

『聖王国の皆さん、初めまして。私は大悪魔……、いえ、魔皇ヤルダバオトと申します。私はこの国を地獄に変えるためにやってきました』

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