法国からの来訪者達は全員が部屋に入り終えると、黒髪の青年が代表して前へと出る。
「聖王女様に挨拶申し上げます。私どもは神官長の命により、法国より派遣された『義勇兵』です。名前をお教えすることはできませんので、どうかご容赦ください」
「法国には心からの感謝を。神官長様にもよろしくお伝えください。ところで、『義勇兵』……というのは、表立って協力しているように見せないためと理解してよろしいでしょうか」
「そう捉えていただいても構いません。しかし、法国としては聖王国が滅亡することは望んでいないのは確かです」
「でも、貴方達が負けそうになったら帰らせてもらうから」
黒髪の青年に続いて、壁によりかかったまま暇そうにしている全身鎧の人物が声を出した。声からして、中身は女性であることが分かる。
「し、失礼しました。彼女はこのような性格なので、どうかご容赦ください。しかし、彼女の言う通り、我々はあくまで義勇兵なので頃合いを見て我々の生存を第一に判断させて頂きます」
「それは構わない。事前に連絡を受けこちらも了承した。それで、貴殿らの指揮系統はどう管理すればいい」
「前線の総指揮官はリリア様であるとお伺いしています。私どもは貴方様の指示に従い、与えられた戦線で戦うつもりです。特別な待遇を望むこともありません。全て用意しておりますので」
「了解した。謁見が終わり次第、話し合うとしよう」
その後、黒髪の青年が法国からの書状をカルカに手渡すと謁見は終了し、隣の臨時の作戦室に向かうと机に張られている地図をもとに今後の打ち合わせを始める。
「まず、話し合う前に貴殿の名前……。いや、仮の名でいい。なんと呼称すればよいだろうか」
「それでは……。『隊長』とでもお呼びいただければ……」
「それじゃいつもと変わらないじゃない」
「他にいい名がないんですから。しょうがないじゃないですか」
「……。では、隊長殿。見ての通り、戦線は維持されている。北部と中央は被害が少ないが、南部の被害は大きい」
「それでは、私どもには南部の戦線を担当させていただけませんか?」
「南部は他戦線に比べ兵士も物資も少ないが……。問題ないだろうか」
「平気、私が全部倒すから。だって、貴方にでもできるんですもの」
『隊長』に代わり、全身鎧の女性が答える。先程と代わらない立ち位置で見慣れない四角い箱をいじっている。その口ぶりや態度からしてかなり余裕があるようだ。
「街で聞いたわ。貴方、数万もの敵を一人で倒したんですって?本当?」
「これまでの戦いで倒した敵を数えればそれくらいにはなるだろう。開戦してもう一月になるからな」
「ふーん。あなた強そうね。一戦手合わせしたいところだけれど……。そんな余裕はないものね」
「全てが終われば、手合わせしても構わないがな」
「話を戻しましょう。南部は我々に任せてください。緊急時には他の要塞へ応援に送り出してもらっても構いません。こちらにも転移の魔法を使える者がおりますので」
『隊長』はそう言うと、後ろで待機している巨大な帽子を被った女性の方を見る。装い通り、彼女が
「質問。ここに転移しようとしたのに入れなかった。あの結界はなに」
「あれは王都の防衛を完全なものにするために私が張った。詳細を伝えることはできないが、転移の魔法を使って外部から侵入することはできない。内部に入ればできるが」
「それなら王宮まで歩く必要もなかった。疲れた」
「まだ隊長が話している途中ですよ。質問は後にしなさい」
「部下がすみません。あまり常識に捕われない者達なので……」
「こうした者の扱いは慣れている。気にすることは無い。配置が決まったなら後は質問に答えるだけだが……ほかに何かあるか?」
「敵の強さ。これまでに現れた敵で一番強いやつを教えて」
「間違いなくヤルダバオトだろう。奴の放つ最強の魔法は間違いなく、第九……いや第十位階に近いものだ。この王都の防御魔法や私の防御魔法でなければ耐えられないだろう」
「貴方も中々の人外ね。第十位階の魔法を防御できるなんて、本当なのかしら」
「そこまで信じられないのなら、実力を見せる機会があればいいのだが、あいにくそれ以外の敵は大したことは無いのでな。貴殿らからしても、物足りなく感じるかもしれない」
話をしていると、『隊長』が間に入り少し待ってほしいと言うと、全身鎧の女性を連れて一度部屋を出る。
「絶死。目立たないようにと神官長から釘を刺されているではないですか。全身鎧で端にいても、あれでは目立ちます!」
周囲の様子を気にしながら、『隊長』は絶死に普段とは違う少し強い口調で話す。今回の派遣において、絶死が行き過ぎた行動をとらないように見張る役目も任されているため、自然とそのような話し方になる。
「確かに目立ったかもしれないけれど、あの女、こちらの強さを知りながら動じていないわ。相当自信があるみたい。手合わせしたくてしょうがないわ」
「リリア様もおっしゃったではないですか。全てが終われば手合わせしてくださると。それまではどうか我慢なさってください!」
「分かったわ。長く話していても怪しまれるから早く戻りましょう?」
強者を目の前にして少し興奮気味な絶死を見ると、ため息をつきながらも絶死の言う通りだと思い、表情を整え部屋へと戻る。そして、『隊長』がリリアに待たせてしまったことを謝罪した。
「他に質問がなければ終わりなのだが、現地までの案内は必要か?転移をするには一度現地に行く必要があるだろう」
「既に『見た』ことがある。転移に問題ない」
「それならばいいが……。先ほども説明したように、おそらく明日は敵の攻撃がある日だ。貴殿らの活躍に期待しよう」
リリアはそう言うと、鈴を鳴らしてメイドを呼び出し、一同を王宮内の部屋に案内するように伝えるも、『隊長』が街の宿を既にとっているため遠慮すると言う。
「それでは、明日。戦闘が終わった後に再び会おう」
「かしこまりました。それでは私どもは失礼させていただきます」
『隊長』は一礼すると仲間たちを連れて部屋を後にした。リリアはそのまま、隣の部屋で待機していたカルカ達の下へ戻る。
「法国の者は街に宿をとっているようで、明日自分達で要塞に向かうようです。私が事前に要塞に連絡を入れておきます」
「それで、リリア様。奴らはどうですか?」
ケラルトの言う「どう」とは、実力や怪しさなどを総合的に考慮した結果を指していた。もし、疑わしいのであれば、対処に向けて動く必要があったからだ。
「見たところ、こちらの救援に来たと言うのは嘘ではない。実力も十分だ。少なくとも、あの場にいた全員が英雄の領域に達していたし、何よりあの黒髪の青年と全身鎧の女性は別格だ」
「それは……。リリア様以上ということでしょうか?」
「それは手合わせしてみなければ分からないな。だが、威圧感を感じるほどではなかった。一対一であれば対処は可能とみている」
「それほどの実力を持っているなら、少しはリリアの負担も軽減できるでしょう。後は帝国とモモンに送った使者の報告を待つだけね……」
帝国と魔導国は王国よりも距離があるため、使者が到着するまではまだ時間がかかるだろう。だが、法国から頼りになる救援が来たことは幸いだった。彼らの戦果次第では、兵士達の被害も、物資の使用量も抑えることができる。
(まだ聖王国は戦える……)
リリアはそれまでの怒りも消え去り、希望を胸に握る拳に力が入った。
「ところで、リリア。法国からの書状の内容なのだけれど……。実は――」
カルカが書状に書かれていた彼らを派遣するための対価を話す。その内容にケラルトは怒りを覚え、受ける必要はないと断言するも、カルカがケラルトを落ち着かせる。
「構いません。私の身はこの国に捧げると誓ったので。法国が望むのであれば受けましょう」
「私は貴方の幸せを第一にしてほしいわ。だから、これは受けなくとも……」
「姉上。そのような事を言っている場合ではありません。法国からの支援を受けなければ、すぐに限界が来てしまいます。私の事は気にせずに……」
カルカは分かったと言ったものの、納得はしていない。すぐに返事を送る必要もないと思うと、その書状は未処理の書類をしまう棚へとしまった。このまま忘れることができればよいのに、そう思いながら。
「随分いい宿をとったのね」
絶死は巨大な帽子を被った第十一席次「無限魔力」の方を見る。
「も、もちろんです。絶死様がお泊りになる宿ですから、一番良い宿を……」
「一日しか泊まらないんだから別にいいのに」
彼女は作り笑いを浮かべながら、へこへこと頭を下げた。自身と絶死との間にある圧倒的実力差を知っているため、こうした態度をとっているのだ。
こうした光景は法国でも見慣れているため、金髪の第五席次と黒髪の第一席次は何も言わず、明日の用意を行っている。
絶死は鎧を脱ぐと、体にたまっていた空気を抜くように大きく息を吐く。
「人目の前ではずっと鎧を着ないといけないなんて、息苦しくでしょうがないわ」
「神官長から本当の姿を見せないように言われていますから。苦しいかもしれませんが、どうか我慢なさってください」
「分かってはいるのだけれど……。貴方もそこのソファーに座ったら?立ってばかりじゃ疲れるでしょ?」
「いえいえいえいえ、私は大丈夫ですよ。絶死様と同じソファーに座るなんて……えへへ」
もはや媚びているというよりも、嫌われているのではないかと感じるほどの皮肉な態度に絶死はそこまで拒絶しなくても……と思ったが、それ以上は何も言わずに第一席次の方を見る。
「ところで、神官長達の思惑はともかく、貴方はどう思ってるの?」
絶死が聞こうとしていることは、書状に書かれた聖王国への要請……、半ば強制に近いものだが、その内容に関する件である。それは、第一席次とリリアとの間で子を成すこと。長い間、神官長達の間で懸念事項であった神人の血を残すための道具探しの果てにたどり着いたものだ。
「神官長達がお望みなら、私は拒否することはできませんから。それに長い間、言われ続けてきたことです」
「あの方達も思い切ったことをするものね。神人の血を残すための器として十分だなんて。でも、私も少し興味があるかも。貴方とあの女の子供なら、相当な力をもって生まれてくるはず……。私が面倒を見てもいいわ」
「それは……。少し複雑な気持ちになりますね。仮にも我が子と言えるのに実験対象のように扱われているようで……」
「それは私達もでしょ。神人の血を引いている以上、この使命からは逃れられない。安心しなさい、私は思ったよりも優しいから」
これまでの『訓練』という名の歓迎を受けてきた漆黒聖典の面子からすれば、その行為のどこに優しさがあるのかという突っ込みを入れたくなるが、鼻っ柱を折られた立場であるため何も言わずに心の中でとどめる。
「本当に羨ましいわ。貴方の方が先に結婚するなんて。私も男だったらよかったのに」
「結婚ではありませんよ。子を残すために協力するだけですから」
「そうだったわね。でも、本当に興味が湧いているの。あの女と私が戦ったら、貴方達はどちらが勝つと思う?」
絶死は部屋の中にいる面子を見ながら、笑みを浮かべ尋ねる。
もし、初めて敗北を教えてくれる存在なのであれば、それは今まで願ってきたことが叶うような、初めての体験をすることができると思うと、興奮のあまり身が震えてしまう。
「私はもちろん。絶死様がお勝ちになると思っていますよ。絶死様が負けるわけがありませんから」
「私も貴方様が負けるわけがないと考えています。隊長はどうお考えですか?」
「私も同じ考えです。リリア様は人類最強と言われていますが、同じ場に立てば間違いなく貴方がその名声を得ていたでしょう。法国最強の存在である貴方が負けるなど考えられませんから」
そうは言ったが、絶死でさえも勝てるかどうか分からないというのが本音だ。先ほどの会議の中で第十位階の魔法を防御できたといっていたが、それが事実であるならば、神人の血を引いた身としても信じられないことだ。神の領域ともいえる第十位階を防御できる魔法を行使できるのであれば、その強さは絶死をも超える可能性があった。
しかし、魔法以外の面の実力を確かめることができていないため、絶死が負けるとも言い切れない。彼女の本質は近接戦闘にあり、その点で勝っていたとすれば勝負はまだ分からないからだ。
(もし、ヤルダバオトがリリアや絶死を超える存在だった場合、我々はどうなるのだろうか……)
脳裏によぎった懸念に、一抹の不安を感じた。