聖王国に派遣された漆黒聖典の面々は、リリアとの打ち合わせ通り、昼前には南部要塞へと到着していた。既に将軍への話が通っていたためか、大きな問題も起きずに『隊長』は顔合わせを終えると、要塞の状況や軍の説明を受ける。
「将軍。リリア様からお伝えされていないかもしれないので、予め言わせていただきます。私どもが戦闘している際には余計な事……つまり、手を出さないで頂きたいのです。万が一と言うことがありますから」
「リリア様からも法国の方々の意見を尊重するように命令を受けています。そこまでおっしゃるのであれば任せますが……、責任を取っていただくことになります」
「もちろん、構いません。そうでなければ納得しがたいことでしょうから」
将軍は敬礼すると、戦いに備え要塞の指揮所へと戻っていった。用も終わり、仲間の下へと戻ると暇そうに空を眺めている絶死の姿が目に入る。
「まだ敵は来ないの?あれほど来るっていってたのに」
「まだ昼を過ぎていませんから。あともう少しだと思います」
「隊長、それで今日はどのように致しますか?」
第五席次が今日の作戦について尋ねると、その背後から第十一席次も顔を覗かせて第一席次の方を見る。二人は同じ疑問を持っているようだ。
「まずは私達の実力を示さなければなりません。そうしなければ、ここでの発言力も持てませんから」
「つまり、好き勝手やってもいいってこと?」
「味方に被害を出さないことと、奥地まで攻め入らない限りは構わないと思います」
それを聞いた絶死は、今までに見たことがないほどの笑顔を浮かべる。これまで法国の奥深くで監禁と言ってもいい扱いを受けており、外で戦闘する機会は滅多にないため、こうした大規模な戦いで制限なく戦えるとあればうれしく思うのは当然だ。間違いなく今日は聖王国の兵士達や敵の亜人にとって忘れられない日になるだろうと、第一席次は確信した。
そして、その予想通り、他の漆黒聖典の獲物さえ奪うように、絶死はその手に持つ『カロンの導き』で次々と亜人や魔物を倒していく。今日まで聖王国軍を苦しめてきた侵攻軍が、壁外で蜘蛛の子を散らす様に蹂躙されていく光景に、聖王国の兵士達は驚きのあまり声を出すことができない。前進してくる侵攻軍は後からどんどん押し寄せる味方に押され、次々と絶死の戦果に数えられていく。
「隊長。私達の出番は今日はなさそうですね」
「取り残しを確実に処理してください。後で文句を言われるのも嫌ですから」
「や、やっぱり、あの人ヤバイ……」
絶死の鎌から奇跡的に逃れることができた亜人や魔物も、後ろで待機している第一席次の槍や第五席次の召喚したギガント・バジリスクの餌食となる。
やがて、敵の侵攻軍も後が途切れ始めたことで、敗走に近い形で撤退を始める。しかし、絶死は逃げようとする亜人にも容赦なく鎌を振り下ろし、全てが終わったころにはある位置から奥には敵の死体の山ができた。
「絶死、満足されましたか?」
死体の山の上で座りながら、鎌についた血を落としている絶死に話しかける。これだけの敵を倒したのであれば、少しはいい運動になっただろうと思うも、見る限りではどこか不満そうな表情を浮かべている。
「はぁ……、雑魚ばっかり。もっと、強い相手と戦えると思ったのに」
「所詮、亜人ですからね。いたとしても、中位の悪魔が数体程度、貴方じゃ相手にもなりませんよ」
「これだけ倒したんだから、次はもっと強いのを送ってきてほしいわね」
「望むのであれば、もっと激しい戦線に送ってもらうよう頼みますが」
「侵攻軍は数で押し切ろうとしてるみたいだし、どこの戦線も同じ。ヤルダバオトと一戦交えてみたいわ」
血を拭き終え、死体の上から立ち上がると身軽な動きで死体の山から駆け降りる。他の仲間も後片付けを終え合流したのを確認すると、報告のため要塞へと帰還した。
要塞に近づくと、聖王国の兵士達が歓喜の声で漆黒聖典の面々を迎えた。今まで血にまみれて戦い、多くの被害を受けてきた者からすれば、こうした英雄の姿に喜びを禁じ得ないのだろう。将軍も帰還した『隊長』に敬礼でもって、尊敬の意を示す。
「皆様の活躍、お見事でした。実力を疑っていた私をどうかお許しください」
「どうか謝らないでください。言葉で伝えても信じられるものではないことは分かっていますから」
予定よりも早く敵の攻撃が終わったことで、漆黒聖典の面々は報告と視察のため、一足早く中央要塞へと赴いた。視察と言うのは、リリアの実力は一体どの程度なのか調査をするということだ。中央は現在も戦闘が続けられているためか、城壁の上を兵士達が忙しなく動き回っている。
戦闘の邪魔にならないように注意しながら壁の上へ向かうと、浮遊したリリアが魔法を唱え攻撃を始めようとしていた。地面には既に多くの焼け焦げた跡とわずかな死体が残っており、かなりの激戦が繰り広げられていたことが分かる。
「…思っていたよりも敵が少ない。今日はハズレ」
「隊長、流石に少なすぎませんか?外に転がっているはずの亜人の死体さえ、ほとんど見られません」
南部戦線では、敵の死体を処理しようとしても数が多すぎるため、基本的に死体は野外で放置されている。そのため、壁に近ければ近いほど死体は増え嫌な臭いを放っていた。しかし、中央ではその死体さえもほとんど見られないため不審に感じざるをえない。
そのような話をしていると、敵の増援と思われる軍団が姿を現した。南部で戦った相手とほぼ同数かそれ以上の亜人や魔物だ。だが、浮遊しているリリアや兵士達は動揺する様子もなく、ただ相手を黙って見ている。
敵が壁に向かって走り始めると、リリアが掲げていた剣を振り下ろし魔法を放つ。次の瞬間、敵の軍団は太陽のような輝きを放った半球状の白い光に飲み込まれ、一瞬にして消滅した。軍団の中央から外れた場所にいた残りの亜人や魔物達は武器を放り捨て逃げていく。
「これは……。すごいですね。死体が少ない理由が分かりました」
敵が少ないのではなく、リリアの放つ魔法によって跡形もなく消滅したのだ。どんな魔法を使ったのかは分からないが、あの威力を見てもかなり高位の位階魔法であることは間違いない。
「
絶死は隣で唖然としている第十一席次を見る。その寡黙そうな姿からは想像できないような驚いた顔と額から流れる汗に、聞くまでもなかったとため息をつく。
「し、失礼致しました!わ、私から見ても、あのお方は、最高峰の
「そんなのは見れば分かるわ。……まぁ、いいわ。今の質問は忘れて頂戴」
これ以上敵が来ないことを確認したのか、リリアは要塞へと降り立つと兵士達から歓喜の声が上がり、将軍と何か会話をしている。すると、中央に来ていた漆黒聖典の面々に気づいたのか、話を切り上げてこちらへとやってきた。
「貴殿らがここにいるということは、南部は何の問題もなかったということだな」
「はい。予想よりも早く戦闘が終了したため、こちらに来ていました」
「敵の数が少なかったということでもないだろう。ご苦労だったな」
ねぎらいの言葉を受け、『隊長』は神官長達に対するようなへりくだった態度で感謝の意を述べる。目の前にいるリリアはそれだけの対応をする地位と実力を兼ね備えているのは確実だ。
「最後の魔法。あれは何なのかかしら。個人的にすごく興味があるのだけれど」
「あれは第七位階魔法、
「だ、第七位階……。ここにも化け物……」
第三位階を行使できれば既に
自身と対等に、いやそれ以上に渡り合える存在との出会いに、絶死は鎧の中で先ほど仲間に見せた笑顔を超える満面の笑顔を浮かべる。もし、兜鎧を脱いでいたならば、周りの者は驚いたにちがいない。
「早くこの戦いを終わらせて、貴方と手合わせしたいわ」
「どのような目的であろうと、戦争が早く終わってほしいのは私も願っている」
第一席次は思わず身震いをしてしまう。目の前の二人が戦いを繰り広げれば、最悪、街が一つ、地形が変わっても驚きはしないだろう。両者とも、人類が誇る最高戦力と断言できる。
「先に報告の方を終わらせてもよろしいでしょうか。あちらの将軍から報告書も受け取ってきております」
「それは、客人であるのにもかかわらず、世話をかけてしまい申し訳ない」
リリアは漆黒聖典の面々や将軍達を連れて、今日の戦闘の経過や今後の動きについて話し合うため、会議室へと向かった。
聖王国が派遣した使者は無事帝国にも到着し、ジルクニフと緊急の謁見を行っていた。その場には聖王国の状況を聞くため、帝国の大臣や文官達も同席している。
「ジルクニフ皇帝陛下。聖王国は現在もリリア様が先陣を切って、ヤルダバオトの軍勢と死闘を繰り広げています。未だ我が方の士気は高く、城塞線も突破されておりません!何卒、帝国から支援を……」
「使者殿の話は十分に理解した。すぐに話をまとめるうえ、しばらくは体を休まれるがいい」
聖王国の使者はジルクニフに感謝しながら、案内のメイドと共にその場を後にする。
「陛下。聖王国への支援とはいえ、魔導国の属国となって以来続いている混乱で軍はその機能がほとんど停止しています。どの軍団も定員割れを引き起こし、応援の部隊を送ることなど……」
「あぁ、すべて理解している。一度、一人で考えたい。皆下がってくれ……。いや、お前たちは残れ」
側にいたロウネとバジウッド、ニンブルに留まるように言うと、それ以外の者達は頭を下げその場から立ち去った。
「あの者が言う通り、戦力を送ることはできないだろう。だが、物資の支援は可能だ。戦争の事を考えるならば、前線にいたお前たちの方が何が必要かは分かるだろう」
「そうですねぇ。やはり腹が減っては戦はできぬと言いますから、食料を送る必要はあるでしょうね」
「なるほど……。王国の穀物も価格が上がっていると聞く。聖王国もその影響を受けていると考えるべきか」
バジウッドの意見を受け、すぐにジルクニフはロウネに帝国の国庫にある穀物や市場に出回っている穀物を影響が出ない範囲で送るように指示を出す。今年の帝国は豊作であったため、それなりの量を送ることができる。
「陛下。使者が聖王国を立ってからおそらく三週間は過ぎています。ここから同じ期間をかけて、かつ支援物資も運びながら帰るとすれば、戦争がはじまり二月は経過するとみるべきでしょう。そうなれば、矢や医療品などの軍需物資はかなり浪費しているはずです」
「それらの物資は当然送るさ。その時まで聖王国が持てばいいのだがな……。いや、持ってもらわなければ困る」
対アインズ・ウール・ゴウンの大連合には聖王国の存在は不可欠である。それは国家としてだけでなく、リリア個人としての戦力も高く評価しているからだ。例え、リリアだけを救い出したとしても、守るべき物を失った彼女がどれほどの力で戦ってくれるのかは分からない。
「聖王国が滅びれば、リリア殿ももはや戦意を喪失してしまうだろう。それほど周りの者を大切にしている。つまり、聖王国の滅亡は大連合の破綻と言っても過言ではない」
「陛下のおっしゃる通りです。こうなると、応援の部隊を送れないことが悔やまれます」
魔導国の属国になる前から、騎士たちの間では離職が相次いでいた。それは魔導王の圧倒的実力や恐怖を生身で感じたことで、もはや軍人としてやっていく事に限界を感じたためだ。属国化された後は、その勢いもさらに増している。だが、帝国を守るという点だけ見れば大きな問題はなく、何より魔導国によって安全が保障されたため軍を減らしても良いほどだ。
「皮肉だな。帝国の絶対的な安全をとるために属国となったが……。いや、今更だな」
ジルクニフは天井を見上げ、大きなため息をついた。