時間は少し遡る……。
その日も王都とカリンシャの間にある大都市プラートは、いつもと変わらない日常を送っていた。戦時下ではあったものの、現地から離れられない人々や徴兵された兵士達によってある程度の賑わいはあり、郊外の畑で次の耕作に備え、田畑を手入れする者もいた。
「聞いたか、また敵の侵攻を防いだってよ」
「あの壁が超えられない限りは俺たちも出番はないだろうしな。くじで選ばれてたら俺も前線で奴らを追い返してやれたのによ」
「やめとけやめとけ。お前の腕じゃ逆に殺されちまうよ」
郊外に設営されている見張りの塔に駐屯している兵士達は、今日も暇そうに雑談に励んでいた。塔の間の連絡は狼煙によって行われるため、常に狼煙が上がっていないか警戒はしていたが、この内地まで敵が来ることは考えられず、気が緩んでしまうのも自然なことだった。
その時、外に立っていた兵士の姿が見えなくなっていることに気づいた兵士が扉を開けて確認すると、兵士が首から血を流しているのを発見した。兵士は直ぐに雑談している同僚に声を上げようとするも、突然首から血があふれ出し、力が入らずそのまま倒れこむ。
「ん?おい!どうした……!」
同僚の兵士達が物音で兵士が倒れたのに気づき、手に剣を持とうとした瞬間、影から飛び出した黒い靄の様な何かによって彼らもすぐに動かぬ死体となった。
「そろそろ見張りの連中の一部と交代の時間だが……。なんで来ないんだ?」
「何かあったのかもしれん。一応隊長に報告して……。……!」
プラートの城壁で待機していた兵士は郊外に蠢く何かに気が付き、すぐさま敵の襲来を知らせる鐘の下へと走り出すと、力強く鳴らした。
「敵襲ー!敵襲だー!門を閉めろ!」
「何言ってんだ!ここは内地だぞ!見張りの塔から狼煙だって……」
門の開閉を担当している兵士はそう言いながら門の外を見ると、旗を掲げながらこちらに向かってくる亜人の群れが目に入った。なぜこんなところに敵の軍勢がいるのか理解できないが、今すぐ門を閉めなければ敵は容易にこの都市を占領するだろう。
兵士は直ぐに門を閉め始めるが、郊外から急いで戻ってくる者達がいるため、閉めることができない。
「もう駄目だ!後の者は見捨てろ!閉門だ!」
「しかし!まだ外に一般市民が!」
「今閉めなければ敵が中にいる者達を皆殺しにするぞ!閉めるんだ!」
兵士は門を閉めるレバーに震える手をかけ、それを勢いよく降ろすと、門は徐々に下がり始める。外からは悲鳴にも近い声が聞こえるが、兵士は耳をふさぎ目をそらした。
「隊長。門を閉めたとはいえ、この数は……」
「今すぐ王都に連絡を……。おそらく見張りは既に全滅している。狼煙ではなく伝令を送れ。プラートはすでに陥落したと」
目の前に広がる亜人は少なくとも四万は超えるだろう。カリンシャを守る兵士は凡そ一万。聖騎士や神官が十数人滞在しているものの、この戦力差をひっくり返すほどの力はない。それを加味したうえで、この都市はもう持たないと判断したのだ。いくら立派な城壁があろうとも、守る兵士がいなければ意味はないのだ。
「逃げられる者は王都へ逃がせ。王都には障壁がある。大丈夫なはずだ」
「しかし、王都も攻撃を受けているとなれば……」
「それはもはや我々がどうこうできる問題ではないな。神に祈ろうではないか」
守備隊長はそう言うと、簡単な祈りをして見せる。もはや、神のご慈悲にるほか、有効な手段も思いつかないためだ。
「都市内の市民が避難するまでの時間を稼ぐぞ。そしたら王都まで撤退だ」
「ここで一緒に死のうとは言わないんですね」
「戦いは続くんだ。ここで死ぬわけにはいかないだろう?死にたいのであれば別だが……」
兵士達は隊長の命令を受けると、戦いに向けて各々の持ち場へと動き出した。
王都に向けた伝令は無事到着し、壁内に敵が現れたという情報は直ちにカルカの下へともたらされた。
「一体どこから敵が……。いえ、そんなことよりも、今は対策を練らなければ……。二人はどう思う?」
「カルカ様。伝令がプラートを立ってからそれなりの時間がたっています。それに、敵が突如現れた理由も分かっていません。今は王都の防備を固めるべきです」
「ケラルト!プラートの兵士達を見捨てるというのか!」
「プラートからは多くの者が避難してきていると聞いています。避難民の誘導だけでも多くの兵士が必要です。増援を送る余裕などありません!」
ケラルトも見捨てたくはないと思っているが、今から彼らをどうにかできる戦力は手元にはない。城塞線の部隊に連絡を送ることができれば、どうにかなるだろうが、連絡をするための手段はすでに潰されてしまっている。となれば、戦力を小出しにし各個撃破されることは避けるべきだと。
「カルカ様!私が聖騎士を率いて侵入した亜人共を殲滅します!命令を!」
「姉様!絶対に向かってはなりません!敵の数も戦力も不明なのです!今は王都の守りに徹してください!カルカ様!」
ケラルトは必死にカルカに嘆願し続ける。決してカルカを苦しめようという目的からの進言ではなく、その身を護るためにはこの非情ともいえる措置を認めなければならないと。
「プラートに敵が来ているということは、カリンシャやロイツさえも襲われている可能性があるということです!それはもはや姉様であってもどうにかできる規模ではありません!リリア様が御戻りになるまで王都を死守する事こそが……」
「報告します!リムンから伝令が参り、敵の襲撃を受けていると!増援を求めています!」
「リムンもですか!」
連続する襲撃の報告にカルカは驚きを隠せない。大都市プラートに続き、港湾都市リムンも敵の攻撃を受けたとなれば、今安全なのはこの王都のみと言うことになる。いや、何らかの意図をもって生かされていると考えてもおかしくはない。
「ケラルト!どうなっているんだ!何故奴らがこの奥地まで侵入している!」
「私にもわかりません!そのような魔法さえ聞いたことも!」
「このような大規模な侵攻が起きているということは、前線の者達も直ぐに気づくはずです。そうなればリリアがすぐに戻ってくるでしょう。それまで耐えることができれば……」
「カルカ様。敵が都市に近づいているのにも関わらず、見張りの塔から狼煙すら上がっていない様子です。おそらくですが、この異変に気付くとしてもそれはロイツが攻撃を受けた際になるでしょう」
「それでは……。このわずかな戦力で王都を守り切らなければならないと?」
「一応、ネイアに指示をだし、義勇兵を城壁に送っています。もし戦闘になったとしても、精鋭の聖騎士や神官団に冒険者達もいます。数は少ないですが戦力で見れば問題はありません」
「それに王都には障壁があります。相手がこれを超える攻撃をしない限りは問題ないでしょう」
異変に気付いた二人は既に行動を起こしており、王都の守備は万全に整えられていた。後危惧すべきことはこの障壁を破るほどの存在が王都に現れた場合にどう対処するかということだ。
「姉様。もし障壁が破られることになれば、私が神官団を率いて時間を稼ぎます。その間にカルカ様と共に王都から避難して南部に亡命を……」
「それは聖騎士である私の仕事だ!ケラルトがカルカ様と共に逃げろ!戦闘に慣れているのは私だ!」
「もし逃げ出した先に強敵がいたらどうするのですか!姉様がついていた方がカルカ様は安全です!」
二人が考えることは多少の違いはあれど、カルカを護るという目的は同じだ。それに加え、レメディオスはケラルトに、ケラルトはレメディオスに生き残ってほしいという思いもあるため、互いに譲ることができない。
「ケラルト。そのような場合にこの王都から逃げるのをヤルダバオトが見逃すと思う?このような計画を練るような悪魔のことだから、王都から逃げ出したとしてもその先で待ち構えているでしょう」
「では……。どうするというのですか?」
「もはや逃げ場はありません。この王都で戦い抜くしかないでしょう。昔も四人でこうした修羅場を乗り越えたでしょう?今回も協力すれば勝機が見えるかもしれないわ」
「カルカ様……。あの時と今では規模も強さも……」
ケラルトが言いたいことも分かり、こじつけに過ぎないことはカルカ自身も十分に理解している。だが、こうした希望にすがるほかないのだ。リリアが少しでも早く戻ってくることを祈りながら。
「カルカ様がお決めになったのであれば、私は全力でお守りします」
「姉様!私もです!お一人の意見のように言わないでください!」
「二人とも……。私のわがままの様な物だというのに……。ありがとう」
ちょうど今後に関する動きがまとまった執務室に聖騎士が走りこむ。その様子から見てただ事ではない何かが起きたのは明らかだ。
「団長!王都の外に侵攻軍の姿が見え始めました!奴らから逃げ延びたプラートの兵を収容し、すぐに門を閉めたところです!」
「よし!私もすぐに向かう!障壁を超えてくることは無いと思うが、戦闘の用意をしておけ!」
聖騎士は敬礼をすると直ぐにその場を後にするが、それと入れ替わるようにネイアが姿を現した。ネイアも急いで報告に来たためか息を切らしており、本人が来ていることからも重要な報告があるようだ。
「カルカ様……!壁外に……ヤルダバオトを名乗る者が……、きております!」
ネイアの報告に三人は顔を見合わせる。前線ではなく、この王都に直接現れたということは、敵の狙いはやはり王都にあるということなのか。相手の動きが読めないためどうしたものかと対処に困る。
「レメディオス。ケラルト。すぐに聖騎士と神官を集めなさい。そして、私と共に城壁に向かうのです」
「カルカ様はこの場にお残りください!私とケラルトが前線に!」
「先ほども言ったでしょう。協力し合えば勝機が見えるかもしれないと。私一人が生き残ったとしても、もはや意味はありません」
カルカはそう言いながら立ち上がり、ネイアにも共に来るように言い伝える。ネイアは返事をしながら騎士の礼をとると、部屋から退出する。
「カルカ様。王冠はどういたしますか?奴の狙いではない可能性もありますが……」
「私が所持しておきます。もしもの場合には王冠を使用することも考えるべきね……」
王冠を使用した際にカルカの身がどのようになるかは分からない。王冠を使用するのはまさに最後の手段なのだ。それを理解しているケラルトは何かを言おうとするも、カルカの覚悟を尊重し静かに頷いた。
「これがアウラやマーレが言っていた結界ですか。確かに見たことがありませんね。貴方達はこれを見たことは?」
デミウルゴスは共に引き連れてきたプレアデス達に問いかけるも、誰も見たことがないため答えようがないというように首を振る。本来は六人だが、ナーベラルはモモンと行動を共にしているため、残りの五人が出演者となっている。
「デミウルゴス様。こうした良く分からない物はとりあえず殴るのがよいと創造主であるやまいこ様はおっしゃっていました」
「至高の御方の……!なるほど、ではそうしてみましょうか。これがあっては物語が進みませんからね。それはさておき、亜人共に指示は伝えてくれましたか?」
「はい、デミウルゴス様。各亜人の代表者に特定の人物を殺さないように気を付けるよう指示はだしてあります。仕方なく殺してしまった場合はその命で償うようにとも」
「正直に言えばこの者達を使いたくはないのですが……。アインズ様のお手を煩わせてまで軍勢を用意するのも失礼ですからね。度重なる我々の失態を挽回するためにも、今回の計画は王国以上に完璧に遂行してください」
プレアデス達はデミウルゴスの指示に「はっ」と返事すると、深く頭を下げた。
「さて、そろそろでしょうかね」
デミウルゴスはそう言いながらスーツを整える素振りをして城壁の上に視線を送る。物語は登場人物が揃わなければ進まないのだ。
そこへ、護衛の神官や聖騎士を連れたカルカ達が姿を現した。デミウルゴスは少し興奮しながらも、冷静さを保ち口を開く。
『貴方が聖王女ですね。お初にお目にかかります。私は魔皇ヤルダバオト、王都に地獄をもたらしに来ました!』