王都の内側にある城壁内では運び込まれた負傷者がカルカやケラルトも手伝いながら、神官達によって治癒魔法をかけられている。そこへ負傷したネイアと聖騎士達が現れる。
「ネイア!その傷は……。姉様はどこ!」
「団長は我々を撤退させるために殿を務められました……。ですが……」
聖騎士の報告にケラルトは黙ってもいられず、すぐに治療所を飛び出した。一人で殿をするなど、もはや生きることをあきらめた者のする事だ。おとぎ話では英雄譚だとしても、現実ではそんなことはない。
城壁を駆け上がり、外縁部の城門の方角を見ると、馬に乗ったままこちらに向かって走ってくるレメディオスの姿が目に入った。後方からは
「魔法で援護しなさい!城門を開けて!」
「しかし!あれほどの敵がいては!」
「開けなさい!敵は私が何とかします!」
兵士はケラルトの今までに聞いたことのない怒声に門を開ける。ケラルトは門から身を乗り出し、
「
大気を歪ませながら迫る不可視の波動を放つと、先頭を走る
「しつこい!
ケラルトが残りの
無事、レメディオスが城門をくぐると、兵士が直ぐに門を閉める。目標に逃げられた
「姉様!すぐに治癒魔法を!」
帰還したレメディオスは至る所に切り傷を負っており、サーコートも血にまみれている。被っていた兜もなくしていたことから相当な激戦を繰り広げてきたことが分かった。
ケラルトは直ぐに側によると治癒魔法をかけ始める。
「ケラルト、助かったぞ。私も流石にあぶなかった」
「なぜ、殿など!他の者と共に下がればよかったのに!」
ケラルトも頭では理解していた。レメディオスが殿を務めなければ、追撃によって更に多くの被害が出ていただろう。
「レメディオス!怪我は……!大丈夫なの!」
カルカも騒ぎを聞きつけ治療所から姿を現した。傷だらけの姿を見て顔が青ざめるも、ケラルトが静かに頷いたことから、重傷ではないと知り安堵の表情を浮かべる。
「レメディオス。よくやりました。多くの者を救った活躍は見事です」
「カルカ様、ケラルト。まだ戦いは終わっていません。そのような事はあとでやりましょう。今は……」
そう話していた矢先、一息つく暇もなく、城門で爆発が起きる。見張りの兵が敵の本隊の襲来をまだ知らせていないため、別の要因で爆発が起きたのは確かだ。爆発の煙が収まると、ちょうど亜人が通れるほどの大きさの広がった穴が目に入る。
(ふむ。亜人達が弱すぎるのか、あの騎士団長が強くなったのかは分かりませんが、随分と時間がかかっていますね……。これ以上時間をかければ、あの者がこちらに気づく可能性もある。仕方ありませんね)
デミウルゴスは見張りに当たっているプレアデスの一人、シズに連絡を取る。
「デミウルゴス様……。呼んだ……?」
「あぁ、君は今王都内の城門近くにいるだろう。その門を壊して亜人達に有利になるよう調整してほしいんだが」
「私は魔法が使えない……。でも、大丈夫……。任せてほしい」
連絡を終えると、シズはすぐに城門の前まで移動する。不可視化の状態であるため、見張りの兵士は一切気づく様子もない。インベントリから、創造主であるガーネットから与えられたアイテムの一つである粘着爆弾を取り出し、それを自身の手が届く範囲に正方形になるよう設置すると、距離を空けて起爆スイッチを押した。
「すぐにあの穴をふさげ!敵が来たら止めれなくなるぞ!」
ケラルトの治癒魔法を受けているわけにもいかなくなったレメディオスは立ち上がり、周りの兵士に指示を出す。しかし、修繕に使えるような資材はほとんどなく、兵士が奥から探してきた木の板でふさごうとしている。
「ケラルト、もはやこの門は使い物にならない。こうなれば王宮に立てこもるしかない」
「でもレメディオス!王宮に民を全て収容できる余裕は……!」
「するしかありません!ここにいても死ぬだけです!廊下でも会議室でも、何をしてでも民を避難させなければ!」
「カルカ様!姉様の言う通りです!すぐに避難しましょう!」
ケラルトはただちに護衛の神官に指示を伝え、負傷者も含めたすべての非戦闘員を王宮へ誘導するように指示を出す。しかし、負傷者の数も馬鹿にならず、けがの程度がひどかったとしても歩いて移動できるのであれば、補助なしで移動させるしかない。
「まだ戦える者は弓でも槍でも何でもいい!武器を持て!」
指示を続けているレメディオスの下に、ネイアが弓をもって近づく。まだ、ここに退避してきたばかりであるため、治療を受けているはずもなく、肩の出血を抑えている包帯は先程よりも赤く染まっている。顔色も普段より良くはない。
「ネイア。負傷者は呼んでいない。お前は直ぐに下がれ」
「まだ戦える者は武器を手に取れとおっしゃったはずです。私は戦えます」
ネイアはその鋭い目でレメディオスを見つめる。これ以上逃げることはしたくないという強い覚悟を持った目だ。例え、この戦いで弓が引けなくなったとしても、今戦わなければいつ戦うというのだろうか。
「グスターボ!ネイアの補助についておけ。この馬鹿が気を失ったら共に下がれ」
「なっ!馬鹿とはなんですか!私は団長のように……!」
「自身の怪我の具合も知らずに戦い続けるなど馬鹿ではないか。お前も私も」
ネイアは納得していないような表情を見せるも去り際に笑みを浮かべ、グスターボと共に城壁の上へと駆け上がっていった。以前であれば力もないことを理由に一蹴していたかもしれないが、今となってはそのような気も起きない。同じ主君に使える身として、対等に話し合える相手がいるという感覚は悪くないものだとわずかな時間で感傷に浸る。だが、そんな時間も迫りくる亜人の声によって終わりを迎え、レメディオスは腰に差している聖剣サファルリシアに手をかけた。
王都の最後の守りである城壁の戦いは、王都の入り組んだ路地や壊れた建物なども味方し、敵が大軍を同時に展開できないため防衛側が有利に進んでいた。しかし、敵の攻撃により破壊された門が決定的な要因となり、レメディオスが抑えていたものの、破壊された門をさらにこじ開けられたことで限界が来た。外縁部の城門に比べ横に広く、全ての亜人を抑えることはできないのだ。
「全員、王城まで下がれ!先に下がった者達が野戦陣地を作っているはずだ!」
レメディオスの指示を元に城壁に展開していた兵士や聖騎士、神官達も後退を始める。ネイアがふらつき始めていたため、グスターボはネイアを荷物のように抱え上げると、そのまま馬に乗りレメディオスも共に急いで下がる。最後の悪あがきとして城門に用意していた爆薬に火をつけて。
大きな爆発によって城門は完全に崩壊したが、群がっていた亜人達も爆発によってかなりの数が巻き込まれた。負傷した仲間を交代させようと、がれきの中から掘り起こし、攻める部隊と下がる部隊で亜人達は大混乱に陥いるも、一際大きい
「ヒッヒッヒッ、ヴィジャー殿の指揮は見事ですな」
「なんだいたのか。俺が最速だと思ったんだがな」
「いやいや、儂も今来たところじゃよ?ロケシュ殿は後から来るといっておった。ヒッヒッヒッ」
「ふん!弱り切った人間を狩るなど、俺一人で十分だ!骨のある人間と戦えていないからな!強き者がいれば俺に譲ってもらうぞ!」
「ヒッヒッヒッ。それはもう、是非とも戦ってもらうとしよう」
亜人達がレメディオスが起こした爆発によって時間をとられたことで、聖王国軍は迎撃の用意を整えることができた。とはいえ、王宮を守る壁はなく周囲は柵で囲まれているため、王宮に使える者達が土嚢や木材でできた仮設の防壁を整えた。門にも木材が縛り付けられており、敵の攻撃が通らないような工夫がなされているが、頼りになるとは言えないだろう。
「皆聞け!我々にはもう後がない!ならば、最後は聖王国の者として恥じぬ戦いをしよう!」
レメディオスが兵士達を勇気づけようと声を上げるも、もはや士気はない。義勇兵のほとんどは死を覚悟しており、中には泣き崩れているものさえいる。聖騎士や神官の中でも死んだ際に道に迷わないように、必死に神に祈りを捧げているものもいた。
「レメディオス団長。神の奇跡があると思いますか?」
側に来たネイアが顔を下に向けたままレメディオスに尋ねる。地面には涙が落ちた跡があり、レメディオスはどういうことかとグスターボに顔を向けると、グスターボはある場所を指さした。収容された負傷者……だった者達が安置されている場所だ。ネイアの母親は聖騎士団に所属していたことを思い出し、レメディオスは大体の事情を察した。
「私は最後まで神を信じよう。そして、リリア様を信じる。きっと戻ってきてくださるはずだ。リリア様はケラルトと同様に蘇生の魔法も使える」
ネイアの頭をなでながら、どうにか慰めの言葉をかける。蘇生の魔法を身内に優先して使用したとなれば、問題となるのは明らかだ。ネイアの母親が蘇生の対象となるかは不明であり、あくまで希望的な意見に過ぎない。だが、リリアが帰ってくるという話だけはレメディオスの本心だ。
「ありがとうございます。レメディオス団長」
「いちいち、その名で呼ぶのも大変だろう。呼び捨てにしてもいいんだぞ」
「そんな!私はあくまでリリア様の副官ですし、聖騎士の見習いですから……。呼び捨てになんて!」
「亜人達が来たぞー!」
戦場の中で少し和やかな雰囲気が流れるも、見張りの兵士が叫んだ声によって現実へと引き戻される。
すぐにレメディオスも剣を抜き、正門へと走り出す。王都の中心の通りを悠々と行軍してくる亜人の群れは減ってはいるはずだが、戦闘が始まったころに城門からみた様子と何ら変化がないように感じてしまう。
亜人達の攻撃は間もなく始まり、残存の聖王国軍は必死に抵抗したものの、それらの抵抗もむなしく仮設の防壁は容易に突破され亜人達は王宮内へと侵入した。王宮内には既に溢れんばかりの人が押し寄せていたため、護衛に当たっていた聖騎士が殺されると、亜人達によって襲われ始める。
「人間共を連れ出せ!早くしろ!」
「放してっ!嫌ぁ!」
「助けてくれ!」
人々の悲鳴が聞こえる中、レメディオスはネイアやグスターボ、残りの聖騎士達と共にカルカの下へ急いでいた。ケラルトと事前に打ち合わせし、王宮内に侵入された際には礼拝堂で最後の抵抗を行おうと決めていた。礼拝堂は入口が一か所のみで周囲を石壁で囲まれており、他の場所よりも防衛は行いやすいためだ。
角を曲がると、何者かが走ってくる音が聞こえるため、レメディオスや聖騎士は剣を構える。そこに姿を現したのは護衛の神官達を引き連れたカルカとケラルトだった。
「カルカ様!ケラルト!」
「姉様ご無事だったのですね!」
「私は大丈夫だ。礼拝堂に向かう前に合流できてよかった」
「そうね。下手に混乱が起きる前に合流できたのはよかった、それに……」
カルカが自身の側に目をやると、隅から子供が姿を現した。それも一人だけではなく、背後の神官達の側にもそれなりの数がいるようだ。そのうちの一人はカルカの手を握りながら震えている。
「カルカ様。この子供たちは?」
「民から託されたのです。私達が犠牲になったとしてもこの子達だけはと。民を守れなかったことは私の罪。彼らの願いをかなえなければ私は……」
「話は後にしましょう。とにかく礼拝堂に……」
ケラルトが移動を始めようとした瞬間、レメディオス達が来た通路で後方を警戒していた聖騎士の悲鳴が鳴る。角から聖騎士の頭が血を吹き出しながら転がり込み、レメディオスがすぐに剣を構え、カルカとケラルトの前に出る。
角から姿を現したのは、他の亜人達よりも一回り大きい体に巨大な斧を持った
「ほう?どうやら当たりを引いたようだな。喜べ人間!十傑が一人、『魔爪』ヴィジャー・ラージャンダラーがお前たちの相手をしてやる!」