周囲に他の亜人がいる気配はない。この場にいる者達で一斉にかかれば、一体の亜人如きたやすく倒せるだろう。
レメディオスはケラルトに視線を向けると、同じことを考えていたのか、神官達を聖騎士達の後方へと配置させる。
「ヒッヒッヒッ。どうやら危険な状態のようですな。ヴィジャー殿」
突然背後の別の道からも声が聞こえ、レメディオスやケラルトは視線を向ける。奥から抵抗する女性の髪を掴んで引きずりながら、白い体毛で覆われた巨体を持つ
「ハリシャ!この獲物は俺の物だ!余計な手を出すなよ!」
「しかし、神官の姿も見える。お主は魔法に対する耐性をもっておらんじゃろうて。ヒッヒッヒッ」
聖騎士や神官達の間に緊張が走る。先ほどの会話と亜人が名乗った名から察するに、両方ともアベリオン丘陵に君臨する十傑の二体、『魔爪』と『白老』で間違いないからだ。
ケラルトがゆっくりとレメディオスの下まで近づき、耳元でささやく。
「姉様。これは不味い状況です。『魔爪』と『白老』が相手では逃げる時間が…」
「私はそこらへんのことはよく知らん。だが、所詮亜人だ。すぐに片を付けて見せる」
「どうするのですか」
「そっちの猿はお前とカルカ様の魔法で何とかできないか。聖騎士もそちらへ送る。こっちは私だけで十分だ」
「……。分かりました。すぐに終わらせて合流します」
レメディオスも連戦続きでまともな回復も行えていないため、満足な状態ではない。戦いが長引けば危険な状況になる可能性もある。ケラルトは意図を理解し、戦力を一か所に集め各個撃破を狙おうとする。
「ほう。お前が俺の相手になるのか?この俺に一人でかかってくる勇気を称え、その名を覚えておいてやろう!」
「レメディオス・カストディオだ」
「お前がか!お前がこの国の聖騎士団長か!これはいい、お前を倒せば俺の名に箔が付く!」
「その余裕どこまで続けられるか見せてみろ!亜人!」
レメディオスの聖剣とヴィジャーの両手斧が大きな音を立ててぶつかる。すさまじい勢いで武器がぶつかり合い、火花を散らす。実力はほぼ均衡しており、一瞬の油断すら命取りになりかねない。
「口だけではないようだな!人間!だが、甘いぞ!」
レメディオスがヴィジャーの両手斧を受け止めると、空いたわき腹にすさまじい蹴りが直撃し、そのまま壁へと叩きつけられる。あまりの衝撃で胃液が逆流し、口の中に嫌な味が広がる。いや、それだけではない、血の味も感じられた。
(くっ……。亜人如きに後れをとるとは……!)
レメディオスは口にたまった物を吐き捨てながら再び剣を構える。まだ体は十分に動く、動けるならば戦い続けるのみ。その間にケラルトやカルカがもう片方の亜人を片付けてくれるはずだ。
その時、背後から鎧が地面にたたきつけられる音が聞こえる。思わず視線を向けると、送った聖騎士達は地面に倒れこんだまま動かなくなっている。ネイアも壁へと背中を預けたままぐったりとしており、グスターボやイサンドロも同様に地面に倒れこんでいる。無防備になった神官達が近接戦に備え、メイスを構えていた。
(不味い……!神官では相手にならない!)
聖騎士達が束になっても敵わなかった相手に神官達が近接攻撃で勝てるわけがない。ケラルト達が魔法を放っているものの、ハリシャに攻撃が効いている様子はなく、何かしらの手段で攻撃を無効化しているのは明らかだ。
「なぜ魔法が効かない!」
「ヒッヒッヒッ。お主等の魔法は脅威じゃからな。対策するのは当然じゃろう?」
ハリシャは地面に転がっている聖騎士を掴むと勢いよく神官達へと投げつけた。身体能力では劣る神官達はそれを避けきれずに、数人が巻き込まれそのまま倒れる。
「ッ!
カルカもケラルトに続いて魔法を放つも、ハリシャは当たったところを手で払い余裕な態度を見せる。
「だから、言っておるじゃろう。魔法は効かぬと」
ハリシャは袋から宝石の様な物を取り出すと口の中に入れ、音を立てながらかみ砕く。ケラルトはすぐさまカルカの前へと立ち、身を挺して守ろうとする。どのような仕組みかは分からないが、魔法に対する耐性がとてつもなく高いことは確かだ。近接戦となれば、ケラルトと言えども勝てる見込みはない。だが、今ここで戦わねばカルカの命を危険にさらすことになる。
(このような閉所でなければ天使を召喚できたというのに……!)
自身に強化魔法をかけ、少しでも戦闘における劣勢を覆そうとする。こんなことになるのであれば、もう少しレメディオスから近接戦の手ほどきを受けておくべきだったと今更ながら思う。
「彼方もそろそろ片が付きそうだからな!こちらも終わらせるとしよう!安心しろ!お前たちは生きて捕えろと言われているからな!命までは奪わない!」
「生きて捕まえられると思うな!」
ケラルト達を一刻も早く救わねばならないため、レメディオスは隠していた秘儀を使用する。強敵の出現に備え温存していたが、今こそ使うときだろうと。
言葉にならない雄たけびを上げながら、心で聖剣に命令を発する。それと同時に聖撃を流し込むと、聖剣に神聖な光が宿り、刀身の倍以上の光が伸びる。この聖剣サファルリシアによる大技は、防御や装甲を無視してダメージを与える聖なる波動だ。
「これで終わりだ!」
眩しさによって目がくらんだヴィジャーにレメディオスの一撃が振り下ろされると、回避することもできず、光の波動がヴィジャーの体を吹き抜ける。それと同時に聖剣に宿っていた光も消える。
だが、ヴィジャーは倒れる様子もなく不思議そうに体を見回しており、その光景にレメディオスは目を見開く。
「なぜだ。何故倒れていない……」
「……なんだ?派手な技だったが……ほとんど痛みはないな。見た目だけなのか?確かに驚きはしたが……」
レメディオスは事実を受け入れることができない。この一撃をくらわなかったということは、目の前にいるこの亜人は悪の位相を持っていないということだ。
すると、背後からケラルトの悲鳴が聞こえ、レメディオスは呆然とした意識が戻り、ケラルトの方向へ目をやる。地面へと倒れこむケラルトの鎧は砕けており、床に広がる血だまりから見てもかなりの重傷を負っていることが分かった。
「ヒッヒッヒッ。ヴィジャー殿も無事なようじゃな。こちらは先に終わったぞ」
「ちっ!後れを取るとは!だが、こっちもすぐに……」
「カルカ!ケラルト!」
ヴィジャーが話を終える前に、レメディオスが倒れているケラルトとその背後で震えているカルカの前に立つ。もはやまともに戦える者はこの場に自分しかおらず、この二体を相手にしなければならない。
「この小娘はこの状況でもまだ戦うようじゃぞ」
「おい!手は出すなよ!それは俺の獲物だ!それにその傷じゃ長くはもたないだろう。早くケリをつけないとな」
ヴィジャーはそう言うと、片手で勢いよく両手斧を振り下ろす。レメディオスが二人を守って動けないことを理解した上で、片手と言う操作が効かない状態の攻撃を繰り出したのだ。レメディオスはその攻撃を両手で持った剣で受け止めるしかなく、ヴィジャーの空いた片手がレメディオスの首を掴むと、空中へ浮かせ、そのまま地面へと叩きつける。
「レメディオス!」
カルカの悲鳴にも近い声が響き、レメディオスは直ぐに立ち上がろうとするも、ヴィジャーが足で押さえつける。叩きつけられた衝撃で先ほど負った怪我が悪化したのか、口から大量に吐血し、もはや力さえも入らない。
「ヴィジャー殿。少しやりすぎたのではないかな?」
「お前こそ、そこの人間はもう死にかけだろう。神官の一人でも生かしておけばよかったものを」
「ヒッヒッヒッ。それじゃあ、そこの小娘に回復させるとしよう」
ハリシャの巨大な手がカルカへと迫る。ケラルトが必死に体を起こそうとするも、もはやどうすることもできない。カルカは目の前へと迫る手に恐怖のあまり体を動かすこともできず、ぎゅっと目を閉じた。
その時、角から何かを引きずる音が聞こえ、ヴィジャーとハリシャが目をやる。
角からは見慣れた虹色の光彩を放つ鱗を持った蛇の姿が目に入った。この王都侵攻軍の司令官を任じられた十傑の一人、『七色鱗』ロケシュだ。
「ヒッヒッヒッ。ロケシュ殿。ずいぶんと遅かったのう」
しかし、ロケシュは何も答えない。ヴィジャーが不審に思い目を凝らすと、ロケシュの顔から剣が突き出しているのが見える。
「ハリシャ!すぐに離れ……!」
異変に気付いたヴィジャーがハリシャに声をかけるも、目をそらした一瞬の間までその場にいたはずのハリシャはおらず、視線を移すと壁にたたきつけられた衝撃で顔が吹き飛んだ死体があった。そして、顔があった部分から手をゆっくりと引き抜くリリアの姿が目に入る。
リリアから放たれる威圧感はヴィジャーの直感に作用し、絶対に相手をしてはならないという野生の感が発動する。
「…リ…リア…?」
「姉上、こんなに体を震わせて……。申し訳ありません。すぐに対処します」
リリアは剣を抜き、ヴィジャーに向かって歩き出す。薄暗くなった王宮の中でリリアの黄色に光る目がゆらゆらと揺れる炎のように見える。
「ま、待て!俺にも訳がある!訳を聞けばお前…、いや、貴方様も納得なさるはずです!」
「いや、亜人と話すだけ無駄だ。ここまでやっておきながら、弁明の余地を与えるつもりなどない。お前達は私の逆鱗に触れた。超えてはならない一線を越えたのだ」
ヴィジャーはそれでも懇願を続けようとするも声が出ない。天井と床が反転し、自身の視界が揺らぐのを感じる。なぜそうなったのか分かった時には意識は途切れた。
ヴィジャーの頭は目にも止まらぬ速さで送り出されたリリアの斬撃によってずるりと音を立てながら床へ落ち、頭をなくした巨体も力なく倒れこんだ。リリアは足元で倒れているレメディオスを抱きかかえると、ケラルトの側へゆっくりと降ろす。
「
二人の傷は瞬く間に回復し、レメディオスは死の直前まで体感していたことから、息を切らしながらも体をゆっくりと起こし、ケラルトは出血による疲労でふらつきながらも起き上がる。
リリアはネイアの側へも行くと容態を確認し、祈りを捧げ薄く開いた目を両手でそっと抑える。
「遅れてすまなかった。姉上を守ってくれたことに感謝する。治癒したとはいえ、今は話すのも大変だろう。後は任せろ」
リリアは立ち上がり剣をしまうと、王宮の入り口へ向けて歩き出した。
「リリア!」
カルカが呼び止めると、リリアは振りむき笑みを浮かべる。
「姉上、大丈夫ですよ。全て元に戻りますから」
カルカが言葉の意味を尋ねる前にリリアの姿は角へと消えて行った。
カルカの下へたどり着くまでに出会った亜人は全て斬り殺した。中には人質を取った者もいたが、その亜人の剣が届く前に首をはね、次々と殺した。王宮の至る所を捜索し、王家の私室が連なる廊下には見覚えのあるメイド達が小さなナイフを持ったまま血を流して倒れていた。最後まで抵抗しようとしたのだろう。
助けられた人々はリリアに感謝を伝えようとするも、言葉にはできない圧を感じ、その場へと座り込む。こうして王宮内を移動している今も、血だまりの中を歩いているリリアに声をかけようとするものはいない。
血にまみれた王宮から出ると、空高く舞い上がり王都を見下ろす。建物はほとんどが倒壊し、立派な城壁も崩れ、未だ王都内では亜人達が跋扈している。かつて見たあの華麗な王都の面影はもはやない。
リリアは大きく息を吸い込んで吐き出すと、拡声の魔水晶を取り出す。
『亜人達に告ぐ。貴様らはこの神聖なる大地を血で汚し、多くの民の命を邪悪な目的をもって奪った。その代償は命で償ってもらう。逃げることは許さない』
リリアの声が王都に響き渡ると、その頭上に王都を囲うほどの巨大な魔法陣が展開される。見るからに危険な状態に亜人達は逃げ出そうとするも、見えない障壁によって外へと出ることも中に入ることもできない。
「神よ……。祖国に仇成す邪悪な敵を滅ぼす力を与えたまえ……。邪悪なる者の魂をもって、善良なる者達の命を還したまえ……。『絶対神域』」
魔法陣の中心に空から神々しい光が降り注ぐ。日が暮れて暗くなっているのにもかかわらず、昼間と変わらないほどの光によって王都は明るく照らされる。その光は徐々に範囲を広げていくと、障壁を突破しようとしている亜人の下まで広がった。
光に触れた亜人は次々と糸が切れた操り人形のように倒れていき、それを見た亜人達は悲鳴にも近い叫びを上げながら、必死に障壁を攻撃する。しかし、そんな抵抗もむなしく、光は障壁内を満たし、王都内に残っていた亜人達は一体も残さず全滅した。