メイド達は目下で繰り広げられている戦闘を静かに見つめている。しかし、何も思っていないという訳ではなく、以前ナーベラルとルプスレギナが倒されたことを気にしており、姉妹を傷つけられた側としては良い印象を持っていない。
だが、リリアの戦闘を見てこちらから手を出そうという気にもならなかった。本気を出す一歩手前のデミウルゴスに対し、不得意な近接戦とはいえここまでの勝負を行える人間に勝てる自信がなかったからだ。
「うひゃー、憤怒の魔将を三体も相手させるなんて。あの人間死ぬんじゃないっすか?」
「ルプスレギナ。声が大きい……。もっと静かに」
仮面の下で笑みを浮かべながら陽気に話すルプスレギナをシズが脇腹を突きながら叱る。ルプスレギナは思わず姿勢を崩しそうになるも、人の目があることからギリギリの所で踏ん張った。
「ぷぷぷ。ルプー、必死に我慢してる~」
その様子にエントマは笑ったふりをする。
「痛いっすよ!とにかく、アインズ様はあの人間を殺さないようにって命令してるっすよね。本当に問題ないっすか?」
「デミウルゴス様の計画に不備があると言いたいの?」
怒りが混じった声でユリが尋ねると、ルプスレギナは慌てた声で否定する。今ここで体を動かすことができれば、普段のように手をあたふたさせながら弁明しているだろう。
「事前の打ち合わせで、憤怒の魔将一体のはずだったっすよね?説明も無しに三体も召喚するなんてちょっとやばくないっすか?」
「そこだけは同意。流石に三体はやりすぎ……。せめて、二体」
「ルプスレギナもシズも、人間の事を心配してるの?」
「私が心配してるのはあの人間じゃなくて、アインズ様がお怒りにならないかって事っす!」
一度、別件であったとはいえアインズの怒りをかったルプスレギナは、二度と同じことを繰り返さないように日々を過ごしている。後からナーベラルに精神的なサポートを受けたものの、謹慎期間はアインズ様のために働くことができない、まさに地獄の日々だった。
「そうね。召喚された悪魔である以上、命令の意図を理解していない可能性もあるわ。一応、デミウルゴス様に確認しましょう。
ルプスレギナの慌てた様子と話を受け、ユリはデミウルゴスへと連絡をとる。
「おや、ユリか。どうしたんだい、何か問題でも?」
「デミウルゴス様。当初の計画と違う状況になっているようなので、確認をしたいと思った次第なのですが」
「あぁ、あの人間であれば一体の憤怒の魔将ではすぐに倒してしまうだろう。次の場面に移るまで、ある程度時間をかけて戦ってもらわねばならないからね」
「それでも三体は多すぎたのでは?流石にあの人間が勝てるとは思えません。万が一、アインズ様のご意思に背くような事態になる恐れがあった場合はいかがしますか?」
「私の方でもコントロールしているから問題はないと思うが……、そうだね……。その時は、少し場面が変わってしまうが、君の判断で援護に回ってもらっても構わないよ。計画に支障はないからね。その時は台本通りのセリフで対応しなさい」
「それは……。憤怒の魔将を相手しろということでしょうか?流石に私たちのレベルでは……」
憤怒の魔将はレベルが八十四もあり、ユリを始めとしたこの場にいるプレアデス達の平均レベルは五十前半だ。最も高いルプスレギナでさえレベルは五十九であり、至高の御方から与えられた装備があるとはいえ、このレベル差は相手をするには問題が多いのだ。
「安心したまえ、君達には伝えていないが、元々予備の計画に含まれていたことだ。召喚した憤怒の魔将達にも同様の指示は伝えておいた。君達を殺すようなことはしないさ」
「……。了解しました。その際には私共の判断で行動致します」
「あぁ、責任はこちらでとるからよろしく頼むよ」
デミウルゴスとの連絡が途切れると、ユリは仮面の下の眼鏡をかけ直す様な仕草をとる。もし、憤怒の魔将と戦闘するとなれば、ある程度本来の実力を出し切らなければならない。さらに種族的な問題やカルマ値等を総合的に考慮した上で戦闘する人員を選抜する必要があった。
(アインズ様へも連絡を入れておくべきね……。もし間に合わなければ……)
「シズ、ルプスレギナ。緊急の際には私と共にあの人間と憤怒の魔将を相手しますよ。デミウルゴス様からの許可は下りています」
「げっ!私っすか!」
「私、お腹が痛くなってきた……。ルプスレギナ、後はよろしく」
「頑張ってね二人とも」
「がんばれ~。がんばれ~」
露骨に嫌そうな態度を言葉で示すシズとルプスレギナに対し、エントマとソリュシャンは応援を送る。ルプスレギナからすれば人間と共に戦うことが、シズは憤怒の魔将の相手をすることが嫌だと思っている。
「おふざけはそこまでにしなさい。ほら、もうすぐ始まりますよ」
プレアデス達が話をしている間に、目下ではリリアが剣を構え直し、憤怒の魔将と対峙していた。
目の前で対峙するヤルダバオトは炎が体中から放たれている。
以前、戦闘した際に
加えて、先ほど転移の魔法を使った様子から見ても、かなり高位の位階魔法を使えるのも確実だ。
「
魔法を唱えている際中に、空から不気味な喇叭の音が鳴り響いた。
自身が使用できるだけのありったけの強化魔法と武技を使用し、能力を極限まで高める。これだけの強化を行えば体にかかる負荷も相当なものとなり、既に心臓の鼓動は普段の倍近くまで早くなっているのが分かった。
(既に五回目の喇叭が鳴っている……。多少無理しても決着をつけねば……)
その時、一体の憤怒の魔将が手をリリアに向け、魔法を発動しようとしているのに気づき咄嗟に身構える。
「
「
ほぼ同時に魔法を唱えると、ヤルダバオトが発動しようとしていた魔法は発動せずに混乱した様子を見せる。
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「おのれ!
ヤルダバオトから放たれた黒い波動がリリアを飲み込むと、これまでの戦いで負った傷口から言葉に表せないほどの痛みを感じる。痛みで顔が歪むも勇ましい叫びを上げながら距離を詰め、一気に剣を振り上げる。
「超聖撃!」
神々しい光を宿した聖剣フラガラッハがヤルダバオトの体を真っ二つに切り裂くと、ヤルダバオトは悲鳴を上げながら、傷口を回復させようと試みる。
「人間が!」
「よくも!」
両側面に立つヤルダバオトが直ぐにリリアに拳で襲い掛かるも、『不落要塞』で殴りかかる拳を防ぐ。剣で防御した上からも感じる熱気で一気に体温が上昇していくのを感じ、すぐに拳を押しのけるとそのまま剣を振り上げ、先ほど攻撃したヤルダバオトに視線を向ける。
「超斬撃!」
再生しきれない体を必死につなげようとしていたヤルダバオトに容赦のない二撃目が振り下ろされると、斜めに切られたことで体が四等分され、何かを呟くと大きな火柱となった。爆発に近い火柱が発生したことで、至近距離にいたリリアも吹き飛ばされたが、空中で体勢を立て直すと、そのまま地面に着地する。
空から先ほどよりも一音階高いような甲高い音へと変化した、不気味な喇叭の音が鳴り響いた。
「
吹っ飛んだ建物へと魔法を放つと、清浄な青白い光が柱のように降り立ち、建物を飲み込んだ。
だが、休む間もなく二体目がリリアの側に転移してくると拳を振り上げる。剣を構えようにも間に合わないと判断し、カルカの護衛に付けていた天使に代わりに防御させる。天使が押し込まれるのをリリアも片手で抑えこむと、敵の力が弱まった隙に懐へと入り込み、剣を振り上げる。
この攻撃は防御され、ヤルダバオトは空に飛び上がったが腕には裂傷を負っており、絶え間なく溶岩に近い血液が流れ出ていた。この隙を逃さまいと、リリアは魔法を放とうとする。
「その剣は非常に厄介だな。だが、こちらばかり気にしていいのか?」
すると背後に現れた気配に気づき、咄嗟に振り返るも間に合わず、横からの強烈な拳を受ける。
「―――――ッ!」
声にならない悲鳴を上げながら、先ほどのヤルダバオトと同様に勢いよく吹き飛ばされると地面を転がる。すぐに立ち上がろうとするも、支える腕が震えており、予想以上のダメージを負っているのは確かだった。
(一撃でッ……!これほどの……!)
ヤルダバオトがその隙を逃さずにリリアに近づき、踏みつぶそうと足を上げるも、リリアは直ぐに横へと転がるとそのまま体を起こし、迫りくる二体を同時に相手する。二体からの攻撃を同時に剣で防御すると、その勢いを使い一気に距離を空けながら空中で魔法を唱える。
「
こちらに向かって来ようとした一体のヤルダバオトが鎖で動きを封じられると、着地した瞬間にもう一体のヤルダバオトへと剣を向ける。激しい打ち合いが数回続くと、聖剣の攻撃で腕が傷ついたことで、反応が遅れたヤルダバオトに聖撃が直撃し、そのまま吹き飛ばした。
(これで終わりだ!次の奴に!)
リリアが拘束した状態のヤルダバオトの胸に向かって剣を突き立てようと構えたが、途端に足に力が入らなくなり、その場に倒れこむ。それだけではない、顔の右半分が焼かれたような痛みに襲われた。苦痛のあまり顔が歪んでいるのに対し、心臓の鼓動は徐々に穏やかになる。
興奮状態が収まってくると、戦闘に集中するあまり聞こえていなかった七度目の喇叭の音が鳴り響いていたことに気づいた。
(こんなッ……。ところで……)
必死に体を起こそうとするも、力は全く入らない。意識だけははっきりとしており、視線を動かすと先ほど攻撃したヤルダバオトが起き上がり、拘束されているヤルダバオトの鎖を引きちぎっている。
「リリア様!」
レメディオスの叫び声が聞こえ、視線を移すと、こちらに走ってくるレメディオスやケラルト、そしてカルカの姿が見えた。防御魔法の範囲外に出てしまえば、カルカの身を守るものは召喚した天使しかいなくなる。こちらに来るなと言うことを伝えようにも、声もまともに出せず、ただ黙って見ていることしかできなかい。
すると、自身の頭上が炎で明るく照らされ、ヤルダバオトが近づいてきたことが分かった。ヤルダバオトはリリアを掴み上げると笑みを浮かべ、大きな笑い声を上げた。掴まれた体が炎で熱せられると、炎耐性を得ているのにも関わらず、体の至る所から火傷による痛みが走る。なけなしの力で剣を使い脱出しようとするも、このような状態ではもはや意味もない。
「よくも私を痛めつけたな人間」
ヤルダバオトは振り上げた拳を掴んでいるリリアに向かって振り下ろす。
一撃目は剣で防御したもののそこで力を使い果たし、剣を掴んでいるのもやっとの状態だ。しかし、ヤルダバオトは容赦なく拳を振り下ろし、二撃目で鎧が砕け散り、鮮血が宙を舞った。普通の人間であれば、体が引きちぎれていてもおかしくはない。
何度も繰り返し強烈な攻撃を受けたことで、意識は次第に薄れゆく。辛うじて保っている意識の中で、カルカ達の叫びがうっすらと聞こえる。
今ここで自分が死ねば、カルカ達も死に愛すべき聖王国も滅びに向かうだろう。この状況を打開してくれる誰かの助けが必要だった。
(誰でもいい……。誰でもいいから……)
――助けてくれ。
目の前が暗くなっていく中でそう思い続けた。
その時、目の前のヤルダバオトに真っ黒な大剣が突き刺さり、それと同時に体が別の誰かに抱え上げられる。目の前にはヤルダバオトではなく真っ黒な鎧が見え、その鎧にリリアは心当たりがあった。この場にいるはずのない人物の登場に薄れゆく意識の中で声を出す。
「モ……モン……」
二体のヤルダバオトと対峙していた聖王国の面々の前に、アダマンタイト級冒険者。漆黒のモモンが姿を現した。
病院の中から失礼します。
あとがきのお知らせを見てくださった方には以前、病院にフリーwifiがないという話をしたのですが、長期の入院が決定し、小説を書いていることを知った兄が病院に確認した上でポケットwifiを借りてきてくれました。
体調のよい日と診療日程の相談になりますが、一日に一話程度(不定期)更新できればよいなと考えています。とはいえ、集中力がかなり落ちているので文章が安定しなくなってくるかも……。と不安ですが皆さんと共に完結まで進めていければと思います。よろしくお願いいたします。