聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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英雄の到来④

 モモンはリリアを救出すると、そのままレメディオス達を攻撃しているヤルダバオトにもう片方の手で握る大剣で攻撃を仕掛ける。しかし、もう一体のヤルダバオトを掩護する必要があると判断したのか、すぐさま転移でその場から逃れたため、剣は何もない空間を斬った。

 

 

「たしか……。カストディオ団長だったな。リリア殿を預けるぞ」

 

 

「か、感謝する!貴様は……」

 

 

「私が漆黒のモモンだ。リリア殿との約束を果たすため、遅れながらも参った次第だ」

 

 

 すると、その場に後から追いついたカルカとケラルトも到着する。リリアの心配と急いできたことで息がとぎれとぎれになりつつも、モモンに感謝を伝える。

 

 

「モモン様。リリアを救っていただき、感謝の言葉も……」

 

 

「そのような礼はヤルダバオトを撃退してからにしましょう。今はお下がりください」

 

 

 モモンはそう言うと、回復しつつあるヤルダバオトに大剣を構える。空からナーベも到着し、戦闘の用意は整った。

 

 カルカ達はぐったりして意識を失っているリリアを抱きかかえたまま、一度その場を離れ、王宮の付近まで避難する。

 

 

「治癒魔法をまだ使える者はいるか!治癒のポーションでもいい!」

 

 

 レメディオスが叫ぶと直ぐに神官が到着したが、リリアの無残な姿を見て思わず顔を青ざめる。何度も殴打された上半身は鎧が砕け散り、掴まれていた際の火傷と殴打された際に負った火傷は全身に及んでいた。わずかな胸の上下によって、辛うじて息をしていることが分かるといった程度だ。

 カルカはすぐさま治癒魔法をかけ始めるも、あまりに傷が深いため治癒をかけ続ける必要があった。

 

 

「カルカ様……。この傷は……」

 

 

 ケラルトはリリアの容態を確認するために、体の各所を確認していた。顔にかかっていた髪をかき分けると、隠れていた右半分が黒く変色しているのに気づく。焦げているという様子ではなく、そこから流れ出る液体は最初に見た黒い液体と酷似していた。

 ケラルトがそっと触れようとするも、液体は手につくことも触ることもできず、拭き取ろうとしても液体が布にしみこむことは無い。

 

 

「ケラルト様。この傷では背中の方も相当ひどい火傷を負っているはずです。一度、体を起こしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 女性の神官の助言を受け、ケラルトはゆっくりとリリアの体を支えたまま起こし、レメディオスが残っている鎧の残骸を取り除く。すると、突然下の鎖帷子がはじけるように吹き飛び、中から黒い羽根を持つ巨大な翼が飛び出した。

 

 

「なっ!なんだこれは!」

 

 

 ケラルトが恐る恐るサーコートの残骸をめくると、両肩の下のあたりから翼が生えているのが確認できた。見たこともない状況にその場にいた者達は混乱し、リリアに起きている異変を理解することができない。

 

 

「ケラルト!どういうことなんだ!」

 

 

「わ、私に言われても!」

 

 

「今はとにかく治癒魔法を!そんなことを気にするのは後にして!」

 

 

 訳も分からず混乱している二人に対し、カルカは怒りにも近い声を上げる。それを聞いた神官達はすぐさま治癒を再開した。

 

 

「レメディオス。戦いに影響が出ないよう、民を全員王宮の中まで避難させなさい。ケラルトは引き続き治療を」

 

 

 指示を出された二人は直ぐに行動を開始しようとした。

 その時、背後で二つの火柱が上がり、その奥からモモンとナーベが歩いてくる姿が目に入る。多少、火で衣装が焦げ付いていたものの、目立った傷もない。リリアを運び込んでからまだそれほど時間もたっていなかった。

 

 

「モ、モモン様!ヤルダバオトは……」

 

 

「ナーベの雷の魔法がどうやら効果的だったようです。火は厄介でしたが、思ったよりも早くケリをつけることができました。リリア殿が相手の体力を削ってくれていたようですね」

 

 

 紹介されたナーベは黙って頭を下げる。

 モモンの報告にレメディオスは驚きのあまり言葉が出ない。リリアがいくら体力を削っていたとしても、この速さで倒せるわけがないと。

 だが、目の前に立つこの二人はリリアがその実力を認めたアダマンタイト級冒険者、漆黒の二人組であることを思い出し、これが事実であることを認識すると次第に落ち着きを取り戻す。

 

 

「ところでモモン殿。どうやって王都まで来られた?王都の周辺に限らず、国内には亜人がいたはずだが……」

 

 

「それを説明する前にまず、謝らせてほしい。私は貴国の状況を知りながら、魔導王陛下の指示によって動かずにいたのだ。だが、交わした約束は守るのが私の信念。魔導王の目を搔い潜り、ここまで来た。しかし、リリア殿がこのような状況になるのを招いてしまった」

 

 

「謝られることはありません。こうしてリリアも何とか生きております。聖王国を救うために危険を冒してまで来ていただいたこと、心から感謝を……」

 

 

 カルカが頭を下げると、レメディオスやケラルト、そして聖騎士や神官達もヤルダバオトを倒した英雄に対する最大級の礼をもって頭を下げる。王宮の中から話を聞いていた人々もモモンに祈りを捧げるような姿勢で礼を示した。

 

 

「皆さん、頭を上げてください。ヤルダバオトは私にとっても宿敵ともいえる存在でした。こうして皆さんを守ることができて良かったです」

 

 

 モモンの謙虚な態度に誰もが関心を示していた。レメディオスは立ち上がると直ぐに、勝利の報告をするべく、カルカに進言する。

 

 

「カルカ様!ヤルダバオトは死にました!民に勝利を……」

 

 

『私はまだ死んでいませんよ。早とちりにもほどがあるというものです』

 

 

 人々が歓喜の声を上げようとした瞬間、空からヤルダバオトの声が響き渡った。モモンの勝利によって、王都における戦いは終わったものと考えていた人々は、ヤルダバオトの声に再び混乱状態に陥った。

 

 

『確かに分身体を倒され、私の力は落ちたかもしれませんが……。この場にモモンが来たのは好都合でした。そこの人間が倒れた今、私の魔法を防御できるものはこの場にいない!まとめて灰にして差し上げましょう!』

 

 

 すると、ヤルダバオトの魔法によって、熱せられた岩がカルカ達の頭上に現れる。この魔法を防御する術を持っていたのはリリアだけであり、カルカ達はもはやここまでかと諦めかけていた。

 

 

「聖王女陛下、これを!直ぐに魔力を流してください!」

 

 

 モモンが水晶を投げる。カルカが言われた通りに魔力を流すと、その場にいた者達を覆うような巨大な魔法の防壁が出現する。

 

 

「私があの岩を跳ね返して見せます!直撃しない限りはその魔法で守られるはずです!」

 

 

「しかし、それではモモン殿が!」

 

 

「今この場でとれる最善の手段です!お任せください!」

 

 

 モモンは防壁の外に出ると、大剣を構える。ナーベがお供をすると言ってモモンの背中へとしがみつく。その表情はどこか照れくさそうに見えた。

 カルカもリリアをかばうように身を伏せ、神へ祈りを捧げる。もしこの魔法が直撃すれば、間違いなく王宮もろとも消滅するだろう。

 

 モモンはナーベの魔法によって飛び上がると、大剣でもって岩を押しとどめる。その光景に誰もが驚き目を離せなくなる。

 

 押しとどめられていた岩は徐々に熱を増していき、巨大な爆発と閃光をもたらした。

 

 爆発が起きてしばらくすると、人々も顔を上げて辺りを見回し始める。煙が徐々に晴れてくると、王宮も至る所が崩壊していたが何とか形を保っており、自分達がまだ息をしているのを確認できた。

 しかし、人々が喜ぶことは無い。

 そこにモモンの姿はなかったからだ。

 

 

『私の魔法を剣で止めるとは……。破壊された時も驚きましたが、流石は漆黒のモモン!我が仇敵!だが、奴は死んだ!』

 

 

 ヤルダバオトの声に人々は動揺のあまり崩れ落ちる。ヤルダバオトに対抗できる英雄の死。言葉にされるまではモモンは生きていると誰もが信じていた。

 

 

「騙されるな!悪魔の策略だ!モモン殿は……!」

 

 

『騙すなど……。では証拠をお見せしましょうか?』

 

 

 すると、空から巨大な大剣が一本降ってくる。レメディオスの言葉を否定するように、大剣は途中から完全に折れており、それがモモンの物であるのは間違えようがない。

 

 

『しかし、私の魔法に対し、呪詛で対抗してくるとは……。私も浅はかでした。これではしばらく動けそうにありませんから……。当分は休ませていただきましょう。それでは聖王国の皆さん。滅びのその時まで、どうかお元気で』

 

 

 ヤルダバオトの声が消えると、王都の上空を囲っていた雲と周囲を囲んでいた炎の壁が消え、月明かりが差し込んだ。

 月明かりがモモンの大剣を照らす様は、モモンが死んだのが事実であると人々に言い聞かせているようだった。

 

 

 

 体中が痛む中、リリアはゆっくりと目を開けた。

 壁にはヒビが入り、窓は割れてしまっているものの、そこが自分の部屋であることが分かる。

 

 

(ヤルダバオトは……。私が生きているという事は……)

 

 モモンがヤルダバオトを討伐し、王都に平和が戻ったのだろう。であれば、すぐにモモンに礼を言いに行かなければと思い、ベッドから起き上がろうとする。しかし、体を動かそうとすると、今まで感じたことのない感覚を背中に感じた。何とか横を向こうとするも激しい痛みが走り、再びベッドに倒れこむ。

 

 

「リリア様!お目覚めになったのですね!」

 

 

 声の方に目をやると、部屋の入口でネイアが水の入った桶を持って立っていた。

 

 

「ネ…イア……。良かった……」

 

 

 魔法によって蘇ったことを確認できていなかったため、自分の魔法が正常に使用されたのか不安でたまらなかった。だが、ネイアが目の前で生きているということは無事蘇生に成功したということだ。

 

 

「ここは……。あの世…、ではないのだな……」

 

 

「何を言っているんですか!私もリリア様も生きております!」

 

 

 ネイアはリリアの手を掴む。そこには確かに人間の持つ熱を感じ安心感を覚える。

 

 

「申し訳ありません!直ぐに聖王女様に報告を……」

 

 

「ネイア……、あれからどうなった……。ヤルダバオトは倒れた…のだろう?」

 

 

 その言葉を聞いたネイアは先ほどまでの嬉しそうな表情から一変し、顔を青ざめ泣きそうな表情を浮かべる。その反応を見て、最悪が脳裏をよぎったがそうではないと信じ、早く話す様に促す。

 ネイアは重たい口をゆっくりと開いた。

 

 

「リリア様……。ヤルダバオトは……、生きております……!」

 

 

「そんな!だが、モモン殿が来たはずだ……!彼ならば!」

 

 

 興奮したリリアが思わず体を起こすも、激しい痛みによって再びベッドに倒れこむ。

 

 

「モモン様は……!ヤルダバオトの放った魔法に巻き込まれ……!亡くなりました……」

 

 

 モモンが死んだ。

 それは事実とは思えない、いや信じたくもない。いや、今見ているこれも夢に違いない。もしくはネイアが嘘をついているかだ。ネイアの手助けの下、体をゆっくりと起こしあたりを見渡せば、普段と変わらない青空と太陽が見える。このような風景が広がっているのにヤルダバオトが死んでいないわけがない。

 

 

「ネイア…。私を騙そうとしているのか?笑えない冗談も……」

 

 

「リリア様、冗談ではありません。これは事実です」

 

 

「いや、ありえない。モモン殿が死んだ?彼はヤルダバオトと対等に渡り合える存在だぞ?彼と私が協力すればヤルダバオトを殺せると……。ありえないんだ……」

 

 

「リリア様、まずは落ち着いて……」

 

 

 ネイアがリリアの背中に手を置こうとすると、すぐにその手を払いのける。こんな変な夢の世界で甘い言葉をかけるような輩が現れるわけがない。これもヤルダバオトの精神支配を受けているに違いない。

 

 

「騙されない……。私は……。私は……」

 

 

 ベッドの側にある剣を掴み、剣身を抜くとその先を迷わずネイアに向ける。

 ネイアは動揺するも、すぐにその場へと座り込みリリアの方を見つめながら祈りの姿勢をとり必死に懇願する。

 

 

「リリア様、どうか落ち着いてください!起きたばかりでこのような話を聞けば混乱するのも分かります!まずは剣を置いてください!」

 

 

「黙れ!このような虚像の世界、私が叩き斬ってやる!」

 

 

 剣をネイアに振りかざすも、首にかかったところでネイアから血が流れるのに気づく。例え夢だったとしても、ネイアを斬ることはできない。手が震え、思わず剣を落としてしまう。同時に、それまで抱いていた不快感が消えていき、自分がしようとしていたことに嫌悪感を覚える。

 

 

「あ……。ネイア……、いや、違う。私は……そんな……」

 

 

 どうしたらいいか分からない混乱する感情を必死に落ち着かせようと、頭に手をやりかきむしる。すると、その手を優しくネイアが掴み、そっと膝の上へと置く。

 

 

「リリア様。リリア様がお優しいお方であるのは私が一番理解しています。今はもう少しお休みになるのがいいかと……」

 

 

「休む……。そうだな……、疲れているんだ……。私は……」

 

 

 途端に目が重くなり、ネイアに支えられたまま体をゆっくりとベッドに沈み込ませると、そのまま意識を手放した。

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