聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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零落の王都②

 カルカ達との平和なひと時は、リリアの荒れていた心を落ち着かせた。

 今は決して余裕があるときではないことは十分に理解しているが、リリアにはこのような時間が必要だった。でなければ、到底自身の置かれた状況を理解することは不可能だっただろう。

 

 カルカ達の気遣いや国の状況を見たリリアは直ぐにでも復帰できるよう、翌日からリハビリを兼ねて王宮内を歩き始めた。王宮医は到底歩けるような傷ではないと診断していたが、予想に反し回復が早かったことが幸いしたのだ。しかし、何かあっては困るためネイアが側に着き、何時でも対応できるようにしている。

 だが、最も問題だったのは背中から生えた翼だった。大きく目立つことに加え、リリアに合う衣装がそもそも無かったのだ。その場にいたメイド長によって既存の衣装に細工が施され、その場から翼を出すことで難を逃れたが目立つことに変わりはなかった。

 

 

「しかし、リリア様。その翼はどうやって動かしているのですか?」

 

 

「そうだな……。手を動かす感覚を肩に伝える……、といった感じだろうか。難しいが、頭で思った通りに動くのだから何とも言いようがないな……」

 

 

 物珍しそうにネイアが翼を覗き込むと、リリアはどこか恥ずかしく感じてしまう。

 翼とは本来、隠して歩くべきものでこうして露出させることは無いのかもしれない。そんなことを考えていると、王宮で行われている炊き出しに並ぶ人々の列が窓から見えた。

 

 

「あれだけの人々が王都に……。住居は足りているのか?」

 

 

「軍の備品からもテントを提供し、王宮内のすべての施設を開放してはいるのですが……」

 

 

「……足りないか。食料も足りていないのだろう?」

 

 

 ネイアは静かに頷いた。

 予想していた事態とはいえ、今の状況はそう長続きしないことを考えると、昨晩のカルカ達の疲れた表情も理解できた。自身が体を休めている間も、三人はこの状況を何とかしようと必死に動き回っていたに違いないと。

 

 

(私も早く復帰しなければ……)

 

 

 そう思っていると、正面から歩いてくるメイド達と目が合う。メイド達は直ぐに王族に対する礼をとると、リリアも手を挙げてそれに答え、そのまま何も言わずにすれ違う。

 目が合った時に見えた彼女たちの青ざめた表情から察すれば、この場で長く接することは避けた方がいいだろうと。

 

 

「リリア様。どうか気にしないでください。あの者達もまだ混乱しているようなので……」

 

 

 先ほどのメイド達の表情に気づいていたネイアが慰めの言葉をかける。優しいリリアであれば少なからず心に傷を負ったに違いないと思ったからだ。

 

 

「分かっている。突然、このような災厄に見舞われたのだ。あのような態度も当然だろう」

 

 

 メイド達が顔を青ざめた理由は自身の容姿であることは理解しつつも、この場でそのことを言うのは躊躇われ、今の置かれた状況に混乱していると表現する。

 ネイアは何かを言おうとするも、そのまま口を閉ざしリリアの後に続く。

 

 すると、王宮の警備に当たっている聖騎士が急いでリリアの下へと走ってきた。

 

 

「リリア様。スレイン法国の皆様が会議室にてお待ちしております」

 

 

「スレイン法国……。あぁ、前線にいた者達か。すぐに行こう」

 

 

 聖騎士に先導を任せ、少し早歩きで会議室へと向かう。彼らがここに来たと言うことは、何か重要な話があるに違いない。

 

 

「リリア様。彼らを私室まで来させてはいかがですか?流石にまだ安静にしなければ……」

 

 

「彼らも遠路はるばる来ているのだ。まぁ、転移の魔法だろうが……。それでも来た者に対する礼儀は守らなくては」

 

 

 会議室へと到着すると、『隊長』とその仲間達に加え、カルカやケラルトの姿もあった。法国の一部の者はリリアの姿を見ると、軽蔑に近い視線を送るも『隊長』が咳払いをするとすぐにその視線を閉ざす。

 

 

「お待たせして申し訳ない。未だに体が言うことを聞かないのだ」

 

 

「大丈夫ですよ。リリア様が来られるまでに、大体の事情を聖王女様より説明いただきました。まずは、ご無事で安心いたしましたと言わせてください」

 

 

「あれが無事とは思わないけど……」

 

 

 『隊長』が再び咳ばらいをすると、その言葉を発した第十一席次は帽子を深く被り直し、リリアと目を合わせないようにする。法国の者からすれば、今のリリアの姿は亜人と言っても刺し違えなく、どのような理由でそういった変化が起きたかは不明であったものの、軽蔑すべき対象に他ならなかった。

 

 

「本日参りましたのは、我々はこの辺りで撤収することを伝えるためです。神官長様からも指示がありましたので」

 

 

「なっ!しかし前線の状況は……!」

 

 

「そちらは問題ありません。敵が王都に侵攻を始めた初日以降、今までの侵攻の規模よりも縮小された攻撃が行われています。今城壁にいる部隊だけでも応戦は可能と判断致しました」

 

 

 いくら敵の規模が小さくなったとはいえ、亜人や悪魔が相手であることは違いない。戦えばそれなりの被害を受け、長くはもたない可能性が高い。

 

 

「私が回復するまでの間だけでもいい、あと少しだけでも……」

 

 

「……どうやら王都の方には情報が伝わっていないようなのでお教えいたしますが、既に南部はヤルダバオトの手勢によって壊滅しています。逃れてきた兵士達から聞いた情報なので確かなものかと」

 

 

 『隊長』の言葉にカルカ達は絶句した。頼りの綱の一つであった南部も王都の侵攻と同時に攻撃を受けており、既に壊滅しているとなれば、聖王国内で無事なのはこの王都と城塞線を残すのみということになる。

 南部との関係は決して良いものではなかったが、それでも聖王国の一部であることに変わりはなく、彼らが全滅したとなれば対策に乗り出す必要があった。

 

 

「そ、それは……本当なのか?」

 

 

「城塞線にも大勢の避難民が押し寄せています。奴らはどうやら殺さずにあえて生かしているようですから」

 

 

「こちらに食料の余裕がないことを見越して……?まさか……」

 

 

 ケラルトは考えうる最悪の状況が脳裡に浮かぶ。食料が少なくなれば、そのうちわずかな食糧をめぐって人間同士で争い始めるかもしれない。これこそヤルダバオトの狙いの一つなのかもしれないと。

 

 

「正直に申しますと、例えリリア様であってもここから挽回を目指すことは難しいでしょう。現に、ヤルダバオトもまだ生きており、漆黒のモモンは戦死したと聞き及んでおります。当初お話しした通り、我々も自国を守らなければならないので」

 

 

「私はまだ戦ってもいいのだけれど……。神官長達の命には背けないから」

 

 

 これ以上彼らをこの国に留め置くことはできない。それは理解しているが、いま彼らに去られれば、もはや聖王国に奴らと戦える戦力はいなくなることも事実だ。リリアは何とか言葉をひねり出そうとするも、彼らを引き留めるだけのいい策を思いつかない。カルカ達も同様に必死に何かを話そうと考えているが、妙案はない様子だ。

 

 

「それから、神官長様より以前お渡しした書状の件も白紙にしてもらって構わないと連絡を受けております。こちらの都合で撤退するわけですから」

 

 

「そう……ですか……」

 

 

 呆然とするリリアを見ると、これ以上伝えることは無いと判断した『隊長』は席を立ちあがり、仲間の下へと行く。

 

 

「それでは、皆様の武運を祈っております」

 

 

 『隊長』が頭を下げるのと同時に巨大な帽子を被った魔法詠唱者(マジック・キャスター)が魔法を唱え、法国の者達はその場から消えた。

 

 聖王国は神から見捨てられたのだ。

 

 リリアの中に負の感情があふれ出し、一人ではどうしようもない状況に思わず笑いがこみ上げてくる。神がいるのであれば、どうして救いの手を差し出してくれないのか。なぜ、このような災厄が聖王国に降り注ぐというのか。

 

 

「リリア様?大丈夫ですか……?」

 

 

 震えるリリアに気づき、ネイアがそっと背中に手をかけるとリリアは突然咳き込み始め、赤黒い体液を吐き出すとそのまま胸を押さえて苦しみ始めた。

 すぐにカルカとケラルトが側により治癒魔法をかけ始めるも、一向に快方に向かう様子はない。異変に気付いた聖騎士が中に入ってくると、ネイアが直ぐに担架を持ってくるように指示を出す。

 

 

「リリア!大丈夫!?しっかりして!」

 

 

 痛みと苦しさで意識が朦朧とするリリアの耳にカルカの声が聞こえるも、返答するだけの余力もなく、次第に意識が薄れゆく。そして、自分に一体何が起きたのか理解する間もないまま、リリアは目を閉じた。

 意識を失ったリリアはすぐに私室へと運び込まれ、王宮医が到着すると診断が開始された。

 

 

「おそらく、感情が高ぶったことによって内臓の傷が開いたのかと……。ですが、リリア様の体に何が起きているか分からない以上断言できません」

 

 

「治癒魔法が効かなかったのですが、それもリリア様の体の異変に関係が?」

 

 

 ケラルトの言葉に王宮医は少し考えこむと、おもむろに口を開く。

 

 

「あるでしょう。現に吐き出された体液は血液と体から流れている黒い体液が混ざった物のようですから……。こちらでも何とか対処法を探してみますが、期待はしないでください」

 

 

「分かりました。皆、下がりなさい。ケラルトとネイアは残るように」

 

 

 カルカの指示に従い、控えていたメイドや聖騎士、王宮医は部屋を後にする。

 

 

「やはり、彼らの要請であったとはいえ、リリアを同席させるべきではなかったわね……」

 

 

「しかし、支援を打ち切る報告に来たとは思いもよりませんでした。まさかこのような状況で……。人類の守護を自負している法国ともあろうものが……」

 

 

「ケラルト、そういうものではありません。彼らも自国が大事なのですから……」

 

 

 ケラルトを諫めたカルカだったが、今後この状況をどう打開していけばよいのか、先が全く見通すことができず不安で心がいっぱいになった。リリアが再び倒れ、法国からの支援も断たれ、おまけに南部も既に壊滅しているとなれば、もはや打てる手は無かった。

 

 

「もうリリアに無理をさせるわけにはいかない。私達だけで何とかしなければ……」

 

 

「しかし……これ以上は打つ手が……。人々は毎日、神やカルカ様に祈りを捧げています。もはや祈りしか拠り所がないのですよ?」

 

 

「皮肉ですね。民が私に祈っても私は彼らに何一つ恩恵をもたらすことができない……。なんと頼りない聖王なのでしょう……」

 

 

 カルカの拳に力が入る。これまで安定した統治を行い、大きな失敗もしてこなかったことから聖王国を統治しきれていたと勘違いしていた。しかし、実際には重要な問題を先送りにし、カスポンドやリリア、レメディオス、ケラルトなどにその問題を任せっきりにしていたのだと。このような状況に追い込まれて初めて自身が統治者としての覚悟が足りていなかったことを認識させられる。

 

 

「あ……姉上……。そのようなことを……言っては……なりません……」

 

 

 カルカは直ぐにベッドの方へ目をやると、薄く目を見開いているリリアと目が合った。

 

 

「リリア!意識が戻ったの?」

 

 

「大丈…夫です…。私に…考えが…。兄様を…」

 

 

 カルカの返答に答える様子ではなく意識がはっきりしているとは言えない。しかし、リリアの話を聞いたカルカは直ぐにカスポンドを呼んでくるようにケラルトに伝える。

 カスポンドも一時期は亜人によって拘束され、王都から連れ出されようとしていたがリリアが到着したことで難を逃れていた。

 

 しばらくすると、王宮の庭で作業をしていたカスポンドを連れケラルトが戻ってくる。

 カルカがリリアの手を握っているのを見ると、カスポンドもまた空いているリリアの手を握りながら自分が側にいることを伝える。

 

 

「もはや…。私達が…助かるには…魔導国…、いや、魔導王陛下の…お力を…借りるしか……」

 

 

「リリア様!それは……!」

 

 

 ケラルトが口を挟もうとするも、カスポンドがすぐに止め、リリアの話へと耳を傾ける。

 

 

「アンデッド…だからと…忌避している…場合では…ない…。頼れる…力が…あるならば…縋りつく…べきだ…」

 

 

 リリアはそれだけ言うと再び意識を失ったのか、何も話さなくなり静かに目を閉じた。

 寝ているリリアを起こさないようにと、四人は部屋を出ると話を続けるため会議室へ向かった。

 

 

「本当に魔導王に!あのアンデッドに助けを乞うつもりですか!」

 

 

「リリアの言う通りでしょう。魔導王はアンデッドとはいえ、話が通じる人物だとリリアも言っていたわ。それにヤルダバオトを倒す手段を持っていると。頼らない手はありません」

 

 

「王兄殿下も同じ考えですか!アンデッドを招き入れてでも認めるべきだと!」

 

 

「私もカルカやリリアの考えを支持しよう。南部が生きていたならば考えも変わったが、彼らも全滅したとなればもはや使える手は全て使うべきだ」

 

 

「今この状況で魔導王を国内に招き入れることはさらなる混乱を招きます!それに奴が軍勢を率いてくれば聖王国は間違いなく……!」

 

 

「助けを求めなければ我が国に待つのは滅亡のみ。助けを求めればまだ希望はある。統治者として絶対にしてはならない行為かもしれないけれど、私はこの方法にこの国の未来を賭ける」

 

 

 ケラルトも覚悟を決めた表情のカルカにそれ以上の進言を続けるわけにもいかず、その場での決定を先送りにすることはできたものの、もはやこの決定は覆ることは無いだろうと覚悟を決めた。

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