昨晩、リリアが魔導国への正式な救援要請を送るべきと提案したことに関して、大臣達も交えた会議が開かれた。この会議には、普段は出席することがほとんどないカスポンドの姿もあり、残った大臣達は警戒していたが、全ての知識を集める時だというカルカの発言によってその警戒心も少しは和らいだ。
「私はリリアの提案通り、魔導王陛下にお越しいただき、ヤルダバオトと戦ってもらうべきだと思っています。皆はどう思いますか」
「カルカ様がそうお決めになったのであれば……。気乗りはしませんが……」
「私も姉様と意見を同じくさせていただきます」
レメディオスとケラルトは昨晩、二人で十分に話し合ったうえで、カルカの意思に従うという決断を下した。レメディオスは最後まで反対し続けたものの、これ以上リリアに無理をさせるわけにもいかないというケラルトの意見を受け、自身の力のなさを悔やみながら渋々納得した。
その一方で、大臣達もこれまで通り、アンデッドを聖王国に招き入れるのには反対するだろうとカルカ達は考えていた。しかし、帰って来た返答は予想に反するものだった。
「もはや魔導国に救いを求めるほかありません。すぐにでも使節を送るべきです!」
「その通り!これ以上ヤルダバオトに国内を荒らされては聖王国は存亡の危機を迎えますぞ!」
ヤルダバオトとの戦いの前まではあれほど反対していた大臣達は手のひらを反す様に賛成の側へ転じた。自身が一度死を体験したことや亜人達の恐怖を目の前で体験したことで、もはや主義主張すら放棄してまで救いを求めようとしているのだ。
その光景にレメディオスは怒りを覚えたものの、こぶしを握り締め必死に我慢する。
「反対する者はいないとして、では魔導国にどのような見返りを与えるべきでしょうか」
すると、すぐにカスポンドが手を挙げた。カルカが発言を許可すると、カスポンドは立ち上がる。
「諸君らは大事なことを見落としているのではないか?我が国は既に魔導王に大きな貸しを作ってしまっている。エ・ランテルの英雄、漆黒のモモンを我が国の戦いに巻き込んだ挙句死なせてしまっているのだ。魔導王が救援を飲む可能性すら低いとみるべきではないか?」
漆黒のモモンは英雄であると共に、魔導国の統治において重要な人物だと認識されていた。モモンは自身の義憤に狩られて聖王国に救援に来たが、魔導王の意思に背いて訪れたことに違いはない。その勝手な行動を容認し、聖王国の戦いに参加させていたとなれば国家間の問題となるのは明らかだ。
「しかし、モモンは自分の意思で来たのだろう?我が国は強制はしていないではないか」
「姉様。モモンはリリア様との約束を果たすために来たと言っていました。それを理由に魔導王が我が国の責任問題にする可能性もあるのです」
「ケラルト殿の言う通りだ。カルカ、確かに昨晩のあの場では私もリリアの意見に同意した。だが、改めて考えれみれば魔導王が支援を行ってくれる可能性はほぼないと言わざるをえない。」
「……では、聖王国が救われる道はもうないということですか……?」
会議室に重い空気が流れる。リリアが最後の頼みの綱として挙げた魔導国すら使えないとなれば、もはや打つ手は無しだ。
すると、会議室の扉がノックされ、グスターボが部屋の中へと入って来た。その表情はどこか明るく見えるも、どこか不安そうな様子も見え隠れしていた。
「会議中に失礼致します!帝国からの支援物資が到着しました!それに城塞線からの応援部隊もです!」
「グスターボ!それは本当か!冗談では済まされないぞ!」
「間違いありません!第二軍の旗と帝国の旗が掲げられていました!ですが……」
帝国からの物資の到着と国軍の増援という、これまでの暗い状況を一変させるような報告に会議室は明るさを取り戻したが、言い淀んだグスターボを見てカスポンドが不審に思う。
「グスターボ。報告には続きがあるのではないか?」
「はい、第二軍と帝国の旗だけでなく……、魔導国の物と思われる旗が上がった馬車と護衛の姿もあり……。周囲に亜人が現れないとも限らないため、ひとまずは城門の中へと招き入れたのですが……」
「魔導国の馬車を中に入れたのか!許可も無しに!」
「しかし!あのまま城門の外で待機させていては亜人の攻撃を受ける恐れもありました!それに、魔導国の使者に対し下手な扱いをすれば……!」
「グスターボはよくやった。魔導国に対する配慮も十分だ。レメディオス団長、ここは素直に褒めておくべきだろう」
「ですが!連絡も無しに他国の者を勝手に王都の中に入れるなど!」
「今は緊急時なのだ。形にとらわれていては余計な火種を生むことになる。グスターボが現場で下した判断に間違いはなかったのだから」
レメディオスはカルカの許可なしに行われたことに不満そうな表情を浮かべるも、カスポンドにこれ以上強く意見することもできず、黙ってカルカの後ろへと下がる。
「それで、魔導国の馬車は今どこに?」
「城門の入り口で待機しております。護衛の者が言うには、不法入国に近いためここで待機すると……」
「少なくとも自覚はあるようです。カルカ様。ここはまず相手の者と会うのがよろしいのではないでしょうか?」
「カルカ様と魔導国の使者を会わせるだと!急に襲い掛かってきたらどうする!代わりの者が行けばいいだろう!」
レメディオスは会議室に列席している大臣達を睨みつける。先ほどまであれほど肯定的な意見を示していた大臣達はそろいもそろって目を逸らす。魔導国への支援を求めながら、代表として赴くことには否定的なのだ。
「レメディオス。相手が魔導国においてどのような地位に就く者かすら分かりません。もし相手の身分の方が上であるのに、こちらがそれにふさわしくない人物を送れば摩擦を生むでしょう」
「姉様。リリア様がいない以上、私と姉様でカルカ様をお守りするのです。まさか、怖がっているのですか?」
「何を言う!魔導国の者に恐れをなすほど臆病に見えるか!カルカ様!直ぐに行きましょう!」
レメディオスの扱いを心得ているケラルトは巧みに意思を操作すると、それまでの反対姿勢とは逆に積極的な姿勢を見せる。ケラルト自身も、ここまで単純なのもどうかと思ってはいるが、レメディオスの存在は絶対に必要であることも確かだ。王都にいる者達にとって、カルカとリリアと言う二人の精神的支柱の内、リリアがいない今はレメディオスがその代わりとして心の支えになっていた。
カルカ達はグスターボに案内されるまま、護衛の騎士達と共に魔導国の馬車が待っている場所へ向かう。カスポンドや大臣達も列席し、最大級の礼をもって応対する準備が整っていた。
「この先でお待ちになっております。今声をかけてまいりますので」
グスターボが相手への連絡を済ませるために一足先に現地へ向かう。既に立派な馬車と禍々しい気配を放つ護衛の姿が目に入っており、レメディオスが警戒のためカルカの乗る馬車の近くへ寄る。
到着すると、カルカがレメディオスの手を借りて馬車を降り、共に魔導国の馬車へと近づいてく。ある程度まで近づくと、魔導国の馬車の扉が開き、中から出てきた人物に心当たりのあるレメディオスは手をカルカの前に置き警戒する。
「……レメディオス?どうしたの?」
「カルカ様。あのアンデッドが魔導王です」
馬車から降りてきたアンデッドが魔導王であると知ると、カルカも驚きのあまり目を丸くする。その様子に馬車の付近で待機しているケラルトも異変に気付き、周囲の神官に警戒するよう指示を出す。魔導王と共に馬車から降りてきたのは以前も目にしたダークエルフの双子と犬の様な顔に縫い目が施されているメイドだった。
「お初にお目にかかる、聖王女陛下。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王である」
「魔導王陛下にご挨拶申し上げます。私は聖王女、カルカ・ベサーレスと申します。陛下は此度はどのようなご用件で聖王国に参られたのでしょうか」
目の前に立ち、恐怖のオーラを放つ魔導王にカルカは少し震えながらも堂々とした態度で話しかける。
「言わなくても分かるだろう。一つはモモンの件。もう一つはヤルダバオトの件だ。帝国が貴国に物資を送ると聞いてその護衛もかねて丁度良いと思ってな」
レメディオスが更に警戒した様子を見せ、カルカの側に近寄るとそれを見た魔導王は感心したような視線を送る。
「以前であれば剣を抜いていてもおかしくはなかっただろうが……。危機に瀕すれば人も変わるということか」
レメディオスは何も言わずにただ必死に黙り続ける。剣の柄に手をかけないよう、片手はカルカの側に置き、もう片方は剣から遠ざけていた。
「魔導王陛下、ひとまずこのような場では話し合いもできないので、王宮の方へご案内します」
「あぁ、そうしてくれると助かる」
魔導王が馬車に戻るのを見送ると、警戒するレメディオスと共に馬車へと戻り、すぐに王宮に向けて出発した。王宮に近づくにつれて、人々の視線が多くなり、人外の魔物の姿が見え始めると人々は恐怖の視線でもって魔導国の馬車を見送る。
王宮に着き、魔導王が馬車から降りてくると先ほどとは違い、見慣れぬ仮面をかぶっていた。
「仮面をかぶっていた方が、いらぬ心配をかけずに済むだろう。それとも外した方がいいかな?」
「陛下のお好きなままに……。会議室はこちらです。未だに瓦礫が残っているので足元にはお気を付けください」
カルカ達は魔導王と共に会議室へ向かう。カルカの側に立つ人物に心当たりのないメイド達は外国からの来客だと知ると、道の端により頭を下げる。もし仮面をかぶって居なければ、恐怖のあまり思わぬ行動に及んでしまったかもしれない。
会議室へと入ると、魔導王は仮面を外し素顔のまま会談へ望む。カルカは、奥の見えない暗闇の中で光る赤い目を恐ろしく感じたが、決してそのような態度を出さないように気を引き締める。
「まず、今日運んできた物資なのだが、八割は魔導国からの支援だ。帝国の物資はどうやら王国の港で足止めをくらっているらしいのでな。貴国の状況が相当苦しいことは十分に理解しているつもりだ」
「魔導王陛下の心遣いに感謝申し上げます。それで陛下は聖王国に何をお望みなのですか?」
「私が望むものか?この支援はあくまで困っている国に対し一国の主として行った支援に過ぎない。そこに相手からの礼を求めるのは愚か者のすることだ。私は貴国の状況に対し大変心を痛めている」
魔導王からの思わぬ言葉に大臣達も裏があるのではないかと疑った様子を見せるが、その視線を快く思わなかったダークエルフの双子が大臣達を睨みつけると、その圧から黙り込んでしまう。魔導王が咳ばらいをするとその圧も消え失せる。
「部下が失礼した。貴殿らが私の行動を疑問に思うのも当然だ。何の見返りも求めなければ怪しむというのであれば、こちらも最低限の要求をしても構わないのだが……。今の現状を見るに貴国から要求できるものはない。そこでだ、私はこの地でヤルダバオトと戦うために入国する許可をもらおう」
「その程度のことでよろしいのであれば構いませんが……。先ほどもおっしゃっていた、モモンの件というのは……」
「あの者が私の許可を得ずにこの国の戦いに参加し、ヤルダバオトとの戦いで戦死したと聞いた。本来であれば私自身が赴きたいと思っていたのだが、貴国からは入国を拒否されていたからな。使者にも話したのだが、それが認められない以上、表立った支援ができなかったという訳だ。これに関しては以前にもリリア殿と話したはずだがな。残念ながら、貴国の神殿の影響もあって綿密な協力体制を築くことはできなかったが……」
ケラルトは魔導王の視線が自分に向けられたことに気づき、思わず体が強張ってしまう。確かにリリアが提案した魔導国との更なる関係強化は神殿の圧力によって失敗に終わったが、その事実は聖王国内部の一部しか知らない事実のはずだった。それを知っているとなれば、この国の中に既に魔導国の関係者が潜んでいるということになる。
「だが、私は貴国の国柄についてもよく理解している。アンデッドの私を認めないのも当然と言えよう。だから、そこを問題にするつもりはない。私が言いたいのは、このような状況になっても何故、我が国に支援を求めなかったのかだ。使者はこのことを知りながら我が国への支援を要請せずにエ・ランテルの宿屋で時間を潰している始末。もっと早くに支援を要請していれば、城塞線の兵士達も犠牲にならず被害は少なかったはずなのだがな」
「城塞線で何かあったのですか?」
「あぁ、王都は今も孤立状態なのだったな。城塞線の南部は既にヤルダバオトの軍勢の手に落ちた。私はその南部の要塞戦の奪取を手伝い、アルフレド殿から王都への増援にと貴国の軍を預けられたのだ。私が付いた時には南部の兵士達は全て死んでいた」
カルカの脳内は混乱していた。送った使者が王都の状況を知りながら何もせずにいたこと。南部の要塞の全滅とその奪取。国軍を管理しているアルフレドが魔導王に何故軍を預けているのか。全ての想定外の事態に思わず顔を下に向けてしまった。
「混乱するのも無理はない。ところで、リリア殿はどうされているのかな」
魔導王の一言に会議場は凍り付いた。