聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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英雄と王①

 魔導王が突然、リリアの事を話題に出したため、カルカ達は警戒した。少なくとも、王都に入ってからリリアの事に関する情報は流していないはずであった。それにもかかわらず、魔導王はリリアがこの王宮にいる事を前提としたうえで具合はどうかと尋ねてきたのだ。

 

 

「なぜリリアの事を陛下が気になさるのですか?」

 

 

「私の耳はとても良くてな。街の者の小さな声でさえ聞き取ることができる。幸い王都の負傷者を治療するために、配下の中でも優れた信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を連れてきたのだ」

 

 

 魔導王はそう言うと、ダークエルフの双子の後ろで控えている犬の顔をしたメイドの方を見る。メイドは前に出て挨拶するように促されると、魔導王に一礼して前へと出る。

 

 

「聖王国の皆様、アインズ様よりご紹介されましたペスト―ニャと申します……わん。以後、お見知りおきくださいませわん」

 

 

 カルカは少し不自然な話し方をするペスト―ニャに困惑するも、魔導王の配下の者であれば実力は間違いないのだろうと、挨拶を返した。しかし、問題は何故都合よくそのような能力を持つ者がこの場にいたかだ。我が国に多くの神官がいる事は魔導王も当然承知しているはずである。

 

 

「彼女はこの場にいる誰よりも高位の治癒魔法を使うことができる。それに状態異常に関しても詳しい。子供の面倒を見るのも得意でな」

 

 

「そ、そうですか。それは素晴らしいですね」

 

 

 魔導王がペスト―ニャの事を自慢げに語っている様子にカルカはまたしても困惑してしまうが、それに気づいた魔導王は咳ばらいをすると態度を元に戻し話を続ける。

 

 

「さて、本題だがペスト―ニャであればリリア殿の容態を回復させることができるかもしれない。断言はできないが、今よりはマシになるだろう。どうだね?私に任せてみないか」

 

 

 迷っているカルカにケラルトが近づくと耳元でそっとささやく。

 

 

「カルカ様。魔導王もこのような場に来てまで混乱を起こすつもりはないでしょう。奴が今の聖王国を欲しがるとは思えません。リリア様の容態を考えれば、協力を求めるのもありかと……」

 

 

 ケラルトの意見を受け、カルカは少し考えると意思を固め口を開いた。

 

 

「魔導王陛下の心遣いに感謝します。ぜひとも、リリアの治療をお願いします」

 

 

「もちろんだとも、では早速案内していただこうか」

 

 

 カルカは大臣達にこの場で待つように伝えると、レメディオスとケラルトを供にしてリリアの私室へと向かう。魔導王は再び仮面をかぶり、王宮内の者が不用意に混乱しないよう気を使っていた。部屋の近くまでくると、リリアの息苦しそうな声が聞こえ始めた。

 扉の前で待機していたネイアが近づいてくるカルカ達に気が付くと、一同に対し慌てて王族に対する礼をとる。

 

 

「ネイア殿だったな。久しいな」

 

 

「魔導王陛下、その節は……。ご迷惑をおかけし誠に……」

 

 

「あぁ、気にしなくていい。リリア殿の容態を見に来たのだが、通してもらえるか」

 

 

 ネイアが後ろに立っているカルカの様子を伺うと、カルカも承知していると頷いたため、すぐに扉を開ける。

 

 

「……姉上ですか?このような時間にどうし……!」

 

 

 カルカと共に入って来た人物の姿にリリアは驚いた表情を見せた。魔導国への救援を求めるという議題は今日話し合われているはずであり、魔導王がこの場にいる事は予想していなかったのだ。

 

 

「リリア殿。無事……のようで何よりだ」

 

 

「魔導王陛下……。いつお越しになられたのですか?我が国からはまだ支援の要請は……」

 

 

「このような状況になっているのを放置するほど、私も冷酷ではない。各国が支援しない様子を見て、魔導国として支援することを決めたのだ」

 

 

「それは……。陛下のご厚意に心より感謝を……。ネイア、手を貸してくれ」

 

 

 寝たまま話すのは失礼になると思い、側で待機しているネイアの手を借りて体を起こす。そして、ベッドからも出ようとする。

 

 

「あぁ、リリア殿。貴殿の容態があまり良くないことは理解している。無理に体を起こして話をする必要は無いぞ。今回はリリア殿の容態を少しでも良くしようと、私の信頼できる者を連れてきたのだ」

 

 

「陛下は驚かれないのですね……。私のこのような姿を見ても」

 

 

「私の周りには様々な種族がいるからな。リリア殿に翼が生えたとしても、嫌悪感を抱いたりすることは無い。以前にも話した通り、私が目指す国は全ての種族が平穏に暮らす国だからな」

 

 

「……そうでしたね。では陛下、よろしくお願い致します」

 

 

 了承したことを示すため静かに頭を下げると、ペスト―ニャがリリアの側によって容態を確認し始める。包帯を慣れた手つきで外していくと、以前包帯が巻かれた時よりも禍々しい気を放つ黒ずんだ肌が現れた。

 

 

「ペスト―ニャ。その傷に心当たりはあるか?」

 

 

「一見すると呪いのようにも見えますわん。ですが、これは呪いの類と言うよりも種族変化に伴う身体的特徴の変化の一つですわん」

 

 

「ふむ。リリア殿、少し傷を調べるために眠ってもらうことになるが大丈夫かな?」

 

 

「陛下を信頼していますので……。どうぞ」

 

 

 アインズが睡眠(スリープ)の魔法を使いリリアを眠らせると、傷口に触れるようにして手をそのまま額へとかざす。すると、何かを確かめるように手を動かしながら、額に手をかざし続ける。

 

 

「どうやら、ペスト―ニャの言う通りらしい。リリア殿の体には種族変更に伴う身体的変化が起きているようだな」

 

 

「それはつまり……。どういったことなのでしょうか……?」

 

 

 二人の会話から大体の想像がついていたが、その事実が嘘であることを願いつつ、カルカは何とか動揺を隠して魔導王に尋ねる。魔導王はカルカの方に振り向くとおもむろに口を開いた。

 

 

「つまり、リリア殿は見た目通り人間ではなくなりつつあるということだ」

 

 

「そんな馬鹿な話があるか!それは呪いに決まっている!我々を騙すつもりだろう!」

 

 

「カストディオ団長……だったか?私がこの場で嘘をつくことに何のメリットがある。それともあえて嘘をつくべきだったか?リリア殿に異常はないとでも」

 

 

 魔導王の赤い目がレメディオスに向けられると、震える手が徐々に剣へと近づく。それに気づいたケラルトが直ぐにレメディオスの手を掴み、落ち着くように言い聞かせる。

 

 

「レメディオス!下がりなさい!」

 

 

 この場で騒ぎを起こすのは適切ではないと判断したカルカは、ケラルトと共に後ろへ下がるように指示する。レメディオスは怒りの表情を隠さずに、ケラルトに引っ張られるようにしてその場から下がった。

 

 

「魔導王陛下失礼しました。では教えてくださいませんか。リリアはどうなってしまうのですか?」

 

 

「それは私にも分からない。こうした種族変化があることは知っているが、その過程を見たこと無いのだ。リリア殿がどのような種族に変化するのかも想像できないが……、その羽や肌に見える禍々しい気から考えるに堕天使と言ったところか?どうだペスト―ニャ」

 

 

「ご慧眼でございますアインズ様。今行うべきことはまずは体の各所にある怪我を癒すことですわん。種族変化の影響で治癒の魔法も効果が薄くなっていると考えられますわん」

 

 

「ふむ……。では、ポーションを使って治療を試みよ。それでもダメであれば、私のポーションを与えよう」

 

 

「お任せください……わん」

 

 

 ペスト―ニャはメイド服の中から赤色の液体が入つた瓶を取り出すと、火傷を負った部分を中心にポーションをかけていく。傷は瞬く間に回復していき、元の綺麗な肌へと戻っていった。

 

 リリアの容態が安定したのを確認したアインズはカルカ達の方を見ると、側に合った椅子へと座る。

 

 

「残念だが、聖王女陛下。リリア殿を完全に治癒する方法は私も知らない。何しろこのような状態を見るのは初めてなのだ」

 

 

「つまり魔導王陛下にも治すことはできないということですね」

 

 

「あぁ、残念だがこのまま種族変化が完全に終わるまで待機するしかないだろう。その間は体力を消耗し続けることになる。この治癒のポーションは私からの見舞いの品としておいていこう。ネイア殿、リリア殿の容態が不安定になる前にこれを使うのだ」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 ネイアは深く頭を下げる。少なくとも、カルカ達を除いてリリアにこれほど親切に対応した者はこの王宮にはいなかっただろう。聖騎士達の中でもリリアの事を軽んじる者がいるほどだった。

 

 

「しかし、リリア殿がこのような状態であるというのに、メイドが二人しかついていないとは……。私がこれまでにあった貴族であっても、後数人はメイドがついていてもおかしくはないのだが?」

 

 

「それは……。皆、別の仕事に忙しく、今は離れているだけで……!」

 

 

「いや、ネイア殿を責めているわけではないぞ?ただ疑問に思っただけだ。これだけの犠牲を払いながら祖国を守った者に対する扱いではないだろうと。我が国であれば、メイドを数十人付けてもいいほどだ」

 

 

 すべてを見透かされている。魔導王の放つ一言一言が、カルカの心に突き刺さる。どれだけカルカ達がリリアの事を大事に思っていたとしても、行動の結果として表れていないと言われればその通りなのかもしれないと。

 

 

「少し言い過ぎたようだな。今後の事についてはまた明日、リリア殿を交えて話すとしよう。私は馬車に帰らせてもらう」

 

 

「王宮内の使用可能な部屋をご用意していますが……」

 

 

「いや、大きな被害を受け忙しくしている貴国に手間をかけさせたくはない。それに私の馬車は魔法をかけているから快適に過ごせるのだ」

 

 

 魔導王はカルカに軽く頭を下げると、ペスト―ニャを連れてその場を後にした。

 今までの苦しそうな表情から穏やかな表情で眠っているリリアを見ると、少なくとも魔導王の治療によって効果があったことが分かる。

 

 

「なんと無礼な奴だ……!やはり、あのような者に支援を求めるなど……!」

 

 

「姉様、我慢してください。カルカ様もこうして我慢なさっているのです。それにリリア様の事もあります」

 

 

「しかし、レメディオス団長。魔導王陛下のリリア様に対する扱いはこの王宮内の誰よりも紳士的でした。それだけは事実です」

 

 

「それとこれとは話が別だ!あの骸骨は悪態をつかねば死ぬ病気にでもかかっているのではないか!」

 

 

「レメディオス。リリアが眠っているのに大声を出してはならないわ。一度会議室へ戻り、大臣達と明日の会談に向けて必要なことを話し合っておきましょう」

 

 

 眠っているリリアを背に、カルカ達は一先ずこの場を後にした。

 

 そして、その夜。リリアは窓から差し込んでいた月明かりが急になくなったことに反応し、ゆっくりと目を開く。壊れた窓には、寝る前に会っていた魔導王の姿があった。

 

 

「魔導王陛下……。こんな夜分にどうされたのですか?それにそんなところから……」

 

 

「あぁ、女性の部屋にこのような形で忍び込むのは失礼だということは理解している。そこは謝罪させてもらおう。だが、こうでもしなければ話しにくい内容なのでな」

 

 

「ひとまず中へどうぞ。お茶などを出すことはできませんが」

 

 

 軽くなった体でベッドから起き上がると、部屋の中にある机へと歩いていき椅子を二つ用意し、片方を魔導王へと差し出す。

 

 

「それで陛下。話と言うのは何でしょうか」

 

 

「うむ。リリア殿は自身が今置かれている状況は理解しているだろうか」

 

 

「それは私の身体的な事でしょうか。それとも環境的な事でしょうか」

 

 

「環境的なことだ。正直に伝えよう。この国の者の多くは今のリリア殿の事を決して良く思ってはいないぞ。そのことは……」

 

 

「理解しております。亜人の被害を受けた者達からすれば、今の私の姿は畏怖の対象でしょう」

 

 

 自身の黒い翼をなでながら話すと、魔導王は意外そうな表情を浮かべた。特におかしな事を言ったつもりはないのだが、魔導王はリリアの発言に疑問を持ったようだった。

 

 

「では何故、憎まない?リリア殿がこれだけの想いで守った者達がこのような扱いをしてくるというのに。それまでの努力をすべて否定しているようなものだぞ」

 

 

「私はこの国を守りたいという思いからこの力を望みました。その代償として身を犠牲にするのは覚悟の上です。ですから、民が私の事をどう思おうと気にすることはありません。今まで通り、全ての民を愛し守っていく所存です」

 

 

「それはあまりにもお人好し過ぎないか?愛すべき者達に剣を向けられても黙って受け入れると?」

 

 

 魔導王は怒りからか戸惑いからか、体を震わせながらリリアに尋ねる。だが、リリアは動揺することなく自然と対応することができた。今までであれば、少なからず恐怖や警戒心をもって対応していただろうが、今となってはそのような心情を持つことは無い。

 

 

「陛下にも愛すべき者達はいるでしょう。もし、愛すべき者達に剣を向けられれば、陛下は何の容赦もなくその者達を殺すことはできますか?」

 

 

 たとえ話を聞いた魔導王は答えを求めているのか、体を微動だにせず考え込んでいるように見える。

 

 二人の間に静寂が訪れた……。

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