聖王に即位する以前から深いつながりを持っていた神官長が、聖王国民を使って不老不死の実験を行っていたという事実を父は未だ信じられずにいる。神官長と聖王は年齢もさほど離れておらず、聖王国を共に護ろうと誓ってきた仲であった。
「父上!神官長が行っていることは明確な反逆行為です。神殿勢力の長であると言えど、許されるものではありません!奴のせいでリリアは亡くなり、カルカは苦しんでいるのです!」
カスポンドが対応を決めあぐねている父を見て、直ちに責任を追及するよう強く願い出る。
「分かった、神官長を呼んでまいれ。今ここで問いただそう」
「問いただすも何もすでに証拠が!」
「呼んでくるのだ!」
カスポンドは納得しきれない表情で「はい…」と言うと、神官長を呼ぶために会議場を後にする。そして、すぐにカスポンドと共に神官長が会議場へと現れる。
神官長はいつものように穏やかな表情で「お呼びでしょうか陛下」と尋ねる。
「神官長、まずは席についてほしい」
父に促され、神官長はおとなしく席に着き、カスポンドは父の隣に立ったまま待機する。
「率直に問う。此度の事件、首謀者としてお前の名が挙がっている。加えて、不老不死の研究のために多くの民を犠牲にしたと……。心当たりはあるか」
父の言葉に、神官長の眉間がピクリと動き、表情が若干曇ったように見える。そして、一息つくと、父の方を向き頭を下げる。
「はい、陛下。まことに申し訳なく思い……」
「どうしてだ!神官長になってから、不正を正し、民を救済するために心身を注いできたお前が!」
最も信じていたものの裏切りに対し、やり場のない怒りが溢れ、神官長の言葉を遮りながら強い言葉で問いただす。
「これは陛下の……。この国のためなのです!」
「何の罪もないものを実験に利用し、苦しませ、私の娘を殺害することが私の!この国のためになると申すか!」
父は机を強く叩く。神官長は頭を上げ目を見開くと父を強く見つめる。
「陛下、この国はすでに限界を迎えています!陛下という象徴がおられるおかげでかろうじて国体を保っているのです!陛下がおられる限り、この国が明確に南北に分断される事態は防ぐことができるでしょう!しかし、陛下が倒れられカスポンド様かカルカ様のどちらかがこの国の新たな聖王になられた場合、破滅は避けられません!」
「お前は私を買いかぶりすぎだ。私の代になってからこの国の分断はより早まった。王妃のおかげで一時期は安定していただけなのだ。見るがよい、私が行った南北融和政策は全て失敗し、求めていたものとは逆の結果を招いているではないか」
「それでもです!陛下がおられる故、南部貴族は表立って反乱することができないのです!陛下の治世は国民に広く評価されております!故に陛下には永久にこの地を治めていただくほかないのです!神の力によって生かされているとすれば、陛下の威信は高まりこの国を一つにまとめることもできるでしょう!」
「民の命を、娘の命を犠牲にして得られた命でどうしてこの国を治めることができようか……。神官長……」
「陛下、リリア様のことは私も予想していなかった事態だったのです。まさかあのような禍々しい魔道具であったなど!」
カスポンドが魔道具という言葉に反応し、口を開く。
「その魔道具は法国から送られたものなのだろう。違うか」
カスポンドの発言に父のみならず、神官長も目を丸くしている。反応を見たカスポンドは「やはりか」と頭を抱える。以前より国内に法国の影響が及びつつあることは理解していたが、神殿勢力の頂点までもが染まっているとは思っていなかったからだ。
「神官長!どういうことだ!」
「バハルス帝国のフールーダパラダインが不老不死の魔法で生き続けていることは知っていましたが、その魔法を私の持つ知識や力で実現することなど到底不可能でした……。しかし、神殿を訪れていた商人が法国の者とつながりがあり、魔法技術が進んでいた法国ならばと思い……。研究によって得られた知識を共有することを条件に協力体制を結んでいました……」
「なんということだ……」
問題は神殿勢力という国内にとどまらず、スレイン法国をも巻き込む大きな火になろうとしていた。聖王国とスレイン法国は同じ宗教国家ではあったものの、教義や宗教的価値観の違いから敵対してはいないという程度の関係である。
「魔道具はあくまで住民を魅了の術にかけるもので、訪問した王女様方に怪しまれないように対応させるものだと言われ……」
「それで何の確認もせずその魔道具を使ったのか」
「いえ、魔道具は商人が集落を訪れるついでに発動していくと……。付き添いの者が
「たかが商人の付き添いに第五位階の魔法を使える
すかさずカスポンドが神官長に問いただした。雇った冒険者の一人が保持しているタレントの解析能力により、使われた魔道具が上位のアンデッドを召喚するために低位のアンデッドを素材とするものであったこと。少なくとも第五位階以上の
カスポンドの発言に言葉が詰まってしまった神官長は「そんな…」と顔を下げる。
「お前も私も歳をとったな。昔のお前であればそのような愚かな考えもしなかっただろう。第一、法国であれば不老不死の魔法など既に完成されていてもおかしくはないと考えるべきだ。そうであれば、目の前の物にすぐ飛びつくようなこともなかった。しかし私も、お前の異変を見抜くことができなかった」
父はそう言ってカスポンド小声で指示を出す。カスポンドが両手を叩くと会議場の外で待機していた聖騎士が入ってくる。
「神官長を離れの塔へお連れしろ。見張りを付けるのを忘れるな。何人たりとも面会は許されない」
カスポンドの指示に聖騎士は「はっ!」と返事を返し、神官長の両脇を掴むと椅子から立たせる。神官長は父の方を向き「陛下…!」と声を上げるも、父が神官長の顔を見ることはなく、そのまま会議場から連行されていった。
「あの者は本当に神官長だったのか。あやつの言動はあのように理論が成立しない話し方をするものではなかったが……」
「神官長も第四位階の
「我々は法国の手の上で転がされているのではないか。その狙いはわからんがな」
父はそう言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、扉へと向かう。
「今日は疲れた、私は部屋で休む。会議に出席していたものには後日、集まってもらうように伝えてくれ。神官長に関しては、病気により神殿で聖務を行うことが困難になったと」
カスポンドは「分かりました」と言うと、父のために扉を開ける。その場を後にする父の背中はどこか寂しく見えた。
カスポンドから聖王の指示が伝えられたことで、その日の会議は御開きとなり、翌日、信頼のおける大臣や側近のみを召還し、今回の真相が伝えられた。しかし、この事実は王国の上層部の一部しか知らない極秘事項として処理され、神官長は病により引退することが国民に公表された。
その頃、カルカは付き添いのケラルトと共にリリアの私室を訪ねていた。リリアが来ていた鎧などは既に脱がされ、全身を隠すような白い衣装に着替えさせられている。その姿はただ穏やかに寝ているように見える。
あの日以来、カルカはリリアのことが夢に出て来ては起きるということを何度も繰り返し、十分な睡眠がとれていない。そのため、精神的にも肉体的にも疲労が目立ち、体はやつれてしまった。
「
「カルカ様!おやめください!」
魔法を連続で使おうとするカルカをケラルトが止める。カルカはリリアの部屋を訪れては、「こうしていれば、いつかリリアが目覚めるのではないか」と思い治癒魔法を使う。しかし、治癒魔法は生きている者にしか効果がなく、既に亡くなっている者には効果がない。高位の魔法であれば、死者を蘇生できる魔法もあるが、この国にはカルカやケラルトも含めそこまで高位の
「リリア……お願い……もう一度声を聞かせて……」
カルカの精神は既に限界であった。リリアの遺体は保存魔法の影響で劣化が遅れているため、あの日のままの姿であること、遺体がこの場に残りいつでも会いに来ることができることなどが要因となり、カルカはリリアに対する想いを捨てることができない。
残酷ではあるが、リリアの遺体がこの場から無くなり、カルカの中でリリアは死んだという事実をあらゆる面で認識できれば心の病も回復につながるのだ。
その時、リリアの体に頭をつけたカルカの耳にトクンと小さな音が聞こえた気がした。
カルカは思わず顔を上げリリアを見る。突然、起き上がったカルカを見てケラルトが「カルカ様!どうかなされましたか!?」と心配そうに声をかける。
「リリアが生きてる」
「はい?」
「リリアは生きてるの!」
ケラルトはカルカがついに精神を病んでしまったのだと、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。しかし、リリアの方を見ると動かないはずの指がわずかに動いているのが分かった。
「カルカ様!下がってください!」
「ケラルト!?」
ケラルトの脳内に最悪のシナリオが流れる。リリアがアンデッドになり、カルカやケラルトを襲ってくるということだ。そうなれば、ケラルトはカルカを護るため、目の前でリリアを殺害することになる。アンデッドとはいえ、リリアが殺害される現場を見れば、カルカの精神は今度こそ間違いなく壊れてしまうだろう。
蘇生魔法は誰も使っておらず、この状態で動きだすということは間違いなくこの最悪のシナリオになるだろうとケラルトは確信した。
リリアの瞼がゆっくりと開かれ、その瞳がカルカとケラルトの方を見つめる。
「あ…ねさ…ま……。ケ…ラル…ト…」
「リリア!」
カルカは唖然とするケラルトを押しのけ、リリアに抱き着く。
「リリア!リリア!」
「あ…り……と……ご……ます……」
リリアがかすれた声でカルカに向かって何かを言うも、カルカはリリアが目覚めた喜びに周りの声など何も聞こえていないようだ。
ケラルトは目の前の光景が夢ではないかと頬をつねるが、痛みがあると分かると慌てて部屋を飛び出した。