魔導王との会談によって決まった、プラートを始めとする各都市の奪還を目的とした作戦の開始日は瞬く間に訪れた。
カルカの下には、ネイアから逐次リリアの状態を伝える報告書が届けられていたが、その内容に問題は見当たらないことから、リリアの従軍を拒否することはできず、渋々認めざるを得なくなった。
「ケラルト、何かいい考えはないかしら……」
「こうなってしまった以上、無理をしないように常に見張っておくしかないでしょう。幸い、前線の指揮は姉様がとってくださるはずですから……。そうだと願っています」
ケラルトと話をしていると、出陣の準備を整えたリリアがネイアと共に会議室へと入ってくる。
リリアの鎧は以前の戦いで使い物にならなくなってしまったため、聖騎士達が使う一般的な鎧を身に着けていた。ただし、背中から生える翼を外に出すために、背中の一部の鎧をはぎ取る独自の改造が施されている。
「姉上、解放軍の準備が整いましたので迎えにあがりました。魔導王陛下も準備は整っているそうです」
「分かったわ。それでは、行きましょう」
カルカも後方にいるとはいえ、戦場に出向くために軽い鎧を装備している。王冠は念のため所持しているが、リリアから使用しないように強く求められているため、あくまでお守りに近い。ケラルトは王宮の戦いで鎧を無くしており、代わりの鎧も準備できなかった。そのため、カルカがケラルトに鎧を貸そうと提案したが、御身が第一と全面的に拒否し、何も装備しないよりはと神官服の下に皮鎧を着こむのみだ。
「リリア、貴方も一緒に馬車へ……」
「姉上。指揮官たるものが馬車で戦場に向かうなど笑い話になってしまいます。私は馬に乗って兵達と共に移動します」
リリアを馬車に乗せようと思った理由は、少しでも万全の体調で戦場に向かわせたいと思ったことと、その姿が王都の者達の視線に触れられないようにするという配慮も含まれていたが、リリアの意思を曲げてまで強制するつもりは無かった。第一、それはリリア自身が望まないことだと理解していたからだ。
「そう……。貴方の好きなようにしなさい。ネイア、頼みましたよ」
「私の身に代えても、リリア様をお守りします」
王宮の外へ出ると、話を聞いていた人々がカルカの下へと集まり出した。当然、カルカの身を案じての事だが、それ以外にも王都の守りを不安に思っているからだろう。
カルカが民に演説を始めている間に、リリアは側にいたレメディオスを連れ、人目につかない場所まで移動する。戦いに向かうにあたって、絶対に言い聞かせておかなければならないことがあるためだ。
「改めて確認しておくぞ。この作戦は魔導国、いや魔導王陛下の協力があって初めて実行できるのだ。決して、無礼な態度をとってはならない。思うことがあっても、その場ではなく、見えないところで不満を吐き出せ。分かったか?」
「承知しています。万が一、魔導王…陛下と話し合わねばならない状況になった際には、礼節を重んじます」
「口にした以上、絶対に守るのだぞ。陛下がどのような行動に出ようともだ。陛下と私達では考えや価値観も違うのだからな。陛下の下には案内と調整役としてネイアをつけているから、うまくやってくれるはずだが……」
「リリア様も心配しすぎです!私はそこまで信用なりませんか!」
「ならないからここまで言っているんだろうが!少しは自身の行動を顧みろ!」
「痛っ!リリア様、そこまで強く殴らなくても!」
「あ、あぁ、すまない。少し力が入りすぎてしまった」
頭に軽く拳を振り下ろしたつもりだったが、思ったよりも力が入っていたらしく、レメディオスは頭をさすりながら涙目になっていた。
だが、ここまで言いつけているのには奪還作戦以外にも魔導王の支援が多岐にわたっており、その影響力が非常に大きいためだ。王都から出撃する解放軍とは別に、魔導国の軍によってアベリオン丘陵に残る敵軍にも攻撃が仕掛けられ、そちらが片付き次第、城塞線の部隊もロイツや南部の諸都市解放に向けて動く手筈になっている。城塞線の方面は完全に魔導国の支援に頼り切っているため、魔導王の機嫌を損ねるような事態になるのはこれまで以上に避けねばならなくなったのだ。
そうこうしていると、カルカの演説も終わり、出立の準備が整った。
「そろそろ行くとしよう。いつもの通り、聖騎士が姉上の乗る馬車と魔導王陛下の乗る馬車の周囲を。その前と後ろはそれぞれ国軍が担当する。問題はないな?」
「もちろんです。グスターボが既に調整を終えています」
またグスターボに任せていたのかと少々呆れそうになったが、下手にレメディオスに任せるよりも今はそれが適切だろう。苦労しているグスターボの姿を想像しながら、この戦いが終われば十分に労ってやらなければなと思う。
リリアが乗る馬を用意した聖騎士から馬を預かって騎乗すると、解放に向けて王都を出発する兵士達を見送るために、多くの人々が押し寄せ通りが埋め尽くされているのが分かった。リリアの号令と共に先頭の兵士が進み始めると人々が歓声にも近い声でもって兵士達を見送る。
しかし、リリアが近くを通るとその声も若干勢いが薄れているのを感じる。いや、誰から見ても明らかだろう。だが、そのような視線や態度を気にすることなく、リリアは姿勢を崩さず胸を張って行進を続ける。
「リリア様!」
通りに並ぶ群衆から聞こえた無邪気な声に反応し、声の聞こえた方へ視線を向けると、小さな少女がどこからか持ってきた小さな花をもってリリアの方を見ていた。
リリアは列から少し外れ、少女の下へ行くと馬上から声をかける。
「こ、これをリリア様に……!無事にお帰りになりますように……!」
「この花を……。私のために……?」
このボロボロになった王都のどこに生えていたのか分からない小さな白い花を、少女が傷ついた手でリリアの方へと差し出した。その手の様子から苦労して探してきたことが分かり、馬を降りて花を受け取ると、心のどこかに温かさとそれまでに持てなかった余裕が生まれたような気がした。
「ありがとう。この花をお守りとして大事にさせてもらう」
「……!はい、頑張ってください!」
少女の頭を軽く撫でると、その保護者であろう老婆も祈りの姿勢をもってリリアに対し礼をしているのに気が付いた。
二人に別れの挨拶を告げ、再び馬へと乗ると列へ戻る。すると、隣を歩いているレメディオスが羨ましそうな顔をしているのに気が付いた。
「私も騎士団長なのに……、花すらもらえませんでした」
「お前がもう少し理知的でカリスマにあふれる団長だったら貰えたかもしれないな」
「むっ、リリア様と言えども流石に聞き捨てなりませんよ。こう見えても騎士達からの評価は良いのですから」
「それは……、いや何も言うまい。だとすれば今回は私があの子の憧れだったというだけだ。他の都市では貰えるかもしれないな」
騎士達がレメディオスの機嫌を損ねないようにうまく話しているだけではないかと指摘しようとすると、後ろにいたグスターボの顔が青ざめたのに気づき、全てを理解した。であれば、ここで事実を指摘するのは野暮という物だと思い、うまく言葉を選んで場を収めた。
そして、少女から貰った白い花に保存魔法をかけると、鎧の中にしまっていては萎れてしまうに違いないと思い、兜を脱ぎその一部に飾った。
プラート近郊まではそう時間もかからずに到着し、予定通り昼過ぎには全軍が配置についていた。
戦闘前の最後の打ち合わせのため、兵士達の背後では一同が集まっている。
「それでは、当初の予定通り陛下が北門を。我々が正面に当たる西門から攻めるということでよろしいでしょうか」
「あぁ、それで構わない。北門が最も警備が手厚いのは確認している。私が圧をかければ、亜人達も動くことはできないだろう」
「かしこまりました。では陛下の攻撃と共に我々も攻撃を開始します。姉上、その際の号令をお任せしても?」
「分かったわ。都市の入り口を確保でき次第、私達も都市の内部へと入ります」
「都市の内部を完全に倒し終えるまで入らないほうが良いのでは?カルカ様がお越しにならずとも」
「亜人達が都市の外に潜んでいたら厄介なことになりますから。姉様が早急に城門を確保すれば、カルカ様の身を比較的安全な内部に移すことができます」
「その通りだ。他に質問もないようなので、この辺りで別れるとしましょう。皆の武運を」
打ち合わせを終えた一同は、各々の向かうべき場所へと移動を開始する。その時、リリアが魔導王から声をかけられた。
「リリア殿。実は提案……、いや、相談があるのだが」
「今回の作戦の事で何か問題が?」
「いや、そうではないのだ。実は馬車の中でネイア殿に敵から奪った装備を預けたいという話をしたのだが……」
するとネイアが手をあたふたさせながら慌て始める。その様子を見るに、馬車の中でネイアの権限では対処しかねる話題を提示されたのだろう。
「陛下!ここは私から説明致します!実は魔導王陛下が王都に向かう際中にロイツの近郊で『豪王』バザーを討ち取ったらしく、その装備を聖王国へ返還したいと……」
「『豪王』バザー……。たしか亜人十傑の一体だったな。陛下が倒したのであれば、その装備は陛下がお持ちになっても問題はありませんが……」
「いや、これはあくまで聖王国の戦争だ。それにあの者を討ち取った時はまだこちらに支援する意思を示していなかった。であれば、装備は返却するのがルール……、いや私の中での決まりなのだ」
「そうですか……。それでは陛下のご厚意より預かりたいのですが……、戦いの前ですから……」
今装備を渡されたとしても、どこへ保管しておくのかという問題があった。所在を曖昧にしていると、いないとは思うが何者かが装備を奪うという可能性もある。魔導王陛下から受け取った品を無くしたとなればそれはそれで問題となるだろう。
「よし、ネイア。お前が装備しておけ。後の処遇は戦いが終わった後に考えよう」
「えぇ!そんな!私よりもリリア様が装備した方が……!」
「私は元が強いから問題はない。ネイアが装備しておいた方が私も安心できるのだが……」
「……。承知しました。陛下、装備をお預かりします」
ネイアはリリアの発した言葉にどこか悔しそうな表情を浮かべていた。その表情から、リリアとしては決してネイアを卑下するつもりもなく、そのような言葉を発した覚えはなかったが、何か問題になる発言をしてしまったのだろうかと反省する。
「そうだ。それであれば、この弓も使ってみてもらえないだろうか」
「……陛下、これは?」
「それは『アルティメイト・シューティングスター・スーパー』と言う弓だ。魔導国で研究が進められているルーンと言う文字が刻まれた武器なのだが、その試作品の一つなのだ。ネイア殿のリリア殿に対する忠義心には感服させられた。その称賛として送らせてほしい」
ネイアが手に持つ弓は、帝国や王国でも見たことのない奇妙なデザインをしており、そこには魔導王が言うルーンと言う文字が刻まれていた。ルーン武器に関する話は知識として覚えてはいたが、実物を見たのは初めてであり、興味から珍しそうな目で見つめてしまう。
「へ、陛下!このような貴重な武器は私の様な一介の従者がいただくには!」
「ふむ。では、これはリリア殿にお渡ししよう。だが、リリア殿は弓の扱いに不慣れだったと記憶しているが……」
「このような弓は私が持っていては宝の持ち腐れだ。それでは私はこれをネイアに日ごろの感謝として授けよう」
「そ、そんな!リリア様まで!」
魔導王の満足そうな表情にリリアもひとまず安心する。ここでネイアが断り続けていては逆に不快に思われていたに違いない。ネイアに対し厄介な役を押し付けてしまったという罪悪感が生まれたが、それとは別に、このような魔法の武具を身に着けていれば以前の様な事態には陥らないだろうという安心感もあった。
「戦いの前に余計な話をしてすまなかったな。では、リリア殿の無事を祈っている」
「私も陛下の無事を祈っております。ネイア、陛下に対し無礼な態度をとるやつがいたらその弓で射貫いてしまえ」
「私にそんな無茶を言わないでください!リリア様、ご武運を!」
ネイアは騎士の礼をとると、魔導王の下へと走っていった。ネイアはただ聖王国の者との仲介をこなすだけでなく、監視としてのの役目も与えられている。そのことは口に出さずとも、これまでのリリアとの関係においてネイア自身も十分に理解していた。
(考えていたよりも陛下との関係は順調そうだ……。ネイアまで偏見を持っていたら危なかったが……)
以前であれば、ネイアもアンデッドに対し偏見を持っていたが、ここ最近の様子を見るとそのような考えも薄れつつあるようだ。そうであると分かったからこそ、魔導王の側付きに任命したのだが、同時にリリアの中で一つの疑問が生まれた。何がネイアの心境を変化させる要因になったのかと言うことだ。精神支配を受けている様子も見受けられず、記憶が混乱しているような様子も見られない。となれば、それだけの変化をもたらす出来事があったはずだと。
それが自身に関係がある事だと知らず、リリアはそう思い込んでいた。