聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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最後の聖戦③

 亜人の雄たけびが木霊すると、建物の陰や屋根上から不可視化の魔法によって隠れていた亜人達が姿を現した。

 城門での戦いとは全く異なり、屋根上に留まったまま弓や魔法を放つ山羊人(バフォルク)魔現人(マーギロス)が、地上で近接戦を挑む人蜘蛛(スパイダン)半人半獣(オルトロウス)を支援するような連携が行われ、数が少ないとはいえ苦戦を強いられるのは必至だった。

 

 次々と襲い掛かってくる亜人達に、軍士や聖騎士達も果敢に抵抗し、通りは少し前までの静けさが夢であったかのような激しい戦いが繰り広げられる。奇襲攻撃であったことから聖王国軍は圧されつつあったが、神官達が召喚した天使によって屋根上の亜人達が地上の支援に手が回らなくなると、その練度によって何とか劣勢から巻き返していた。

 

 

 

「先ほどまでの敵とは違うな!かなり連携がとれている!」

 

 

「つまりどういうことですか!」

 

 

 レメディオスが目の前の人蜘蛛(スパイダン)を薙ぎ倒しながらリリアへ尋ねた。リリアも向かってきた半人半獣(オルトロウス)を一刀両断すると、レメディオスの方へ近づき背中を合わせる。

 

 

「敵の指揮官がいる可能性が高いということだ!」

 

 

「それは良い機会です!ここで決着をつけてやりましょう!」

 

 

 レメディオスに向かって放たれた矢に反応し、その矢をリリアが手で掴むと、そのまま屋根上にいた亜人に向かって投げ返す。矢は弓から放たれるよりも早く飛んでいくと、手前の山羊人(バフォルク)の眉間を貫通し、その奥で魔法を放っていた魔現人(マーギロス)の胸へと突き刺さる。

 

 

「ほう。人間にしては中々やるようだな」

 

 

 二人が声のする方へ視線を向けると、見事な彫刻が施された鎧と立派な兜で身を包み、巨大な騎士槍を手に持つ半人半獣(オルトロウス)が立っていた。その様相は明らかにこれまで相手していた半人半獣(オルトロウス)とは違い、騎士然とした雰囲気も相まってこの亜人が指揮官であることが一目で分かる。

 

 

「私の名はヘクトワイゼス・ア・ラーガラー。貴殿の名を聞いても良いだろうか」

 

 

 ヘクトワイゼスが槍をリリアに向けながら尋ねる。このような騎士然とした雰囲気と気質を持つ亜人とは会ったことがなかったため、リリアは少し動揺したが、一人の騎士として面と向かって答える。

 

 

「私の名はリリア・ベサーレスだ」

 

 

 その言葉を聞くや、ヘクトワイゼスは兜の中で目を見開きリリアを見つめる。ヤルダバオトからの最後の連絡の中で、目の前に立つこの女騎士によってヴィジャーが討ち取られたという情報があり、これが偶然の出会いだったとしても、仇敵である相手との迎合に驚きを隠せない。

 

 

「そうか、貴殿が聖王国最強の騎士か、これは良い死に場所を得たものだ。ここで相まみえたのは偶然ではない。貴殿を討ち取り名を挙げさせてもらうとしよう」

 

 

 ヘクトワイゼスが槍を構えると、レメディオスもリリアの隣に立ち剣を構える。だが、レメディオスの前にリリアが手を出した。

 

 

「いや、レメディオス。お前は下がっていろ」

 

 

「相手は一人です。こちらが複数でかかれば……」

 

 

「あの者の気風はまさに騎士のそれだ。騎士として一人に複数で挑むのは愚の骨頂。その証拠に、後ろの半人半獣(オルトロウス)も手を出す様子はない」

 

 

 だが相手は亜人なのだから、そのような騎士の通りを通す必要はないのではないか。レメディオスはそう思ったが、リリアの真剣な表情を見ると、一度剣を下ろし後ろへ下がる。屋根上の亜人達も手を出す素振りはなく、リリアの言うことが正しいのだと判断したからだ。とはいえ、手を出す様子が見られれば容赦はしない。

 

 

「ヘクトワイゼス。悪いがこちらも時間がない。すぐに決着をつけさせてもらう」

 

 

「小癪な!私とてそう簡単に負けはせぬ!いざ尋常に勝負!」

 

 

 言葉を言い終えると同時にヘクトワイゼスは猛烈な速さで槍を突き出しリリアに向かって迫る。

 避けるのは簡単だが、ここで避けても戦いが長引くだけだと、リリアは正面からヘクトワイゼスを迎え撃つ。剣を構え『急所感知』と『流水加速』によって、必要な準備を整え終えると、槍の先が自身を捉えたのをを感じた。普通の者であれば、この攻撃を避けることができずに貫かれて死んでしまうだろう。だが、リリアにとってこの攻撃は目で追えるほどの速度であり、恐怖を覚えるものではなかった。

 

 

「超斬撃!」

 

 

 槍が届く寸前に剣を振り下ろす。その剣筋から確実に槍に当たったはずであったが、剣は何もなかったかのようにそのまま地面へと振り下ろされ、ヘクトワイゼスはそのままの速度でリリアの脇を通過し、突然足を止める。そして、振り返ることもなく、手に持つ騎士槍が半分になるのと同時に体が縦に真っ二つに割れ、死体は左右に血を吹き出しながら倒れた。

 

 

「亜人の大将、ヘクトワイゼス・ア・ラーガラーはこのリリア・ベサーレスが討ち取った!」

 

 

 リリアの声が響き渡ると、その場で戦っていた誰もが視線を向ける。地面に倒れているヘクトワイゼスと血に濡れた剣を掲げたリリアの姿を見た亜人達は、指揮を執っていたヘクトワイゼスが本当に殺されたのだと知ると、士気が一気に低下する。

 逆に、軍士や聖騎士は敵の士気が下がったことに気づき、ここぞとばかりに反撃に転じた。

 

 

「リリア様。お見事です」

 

 

「レメディオス、残りの亜人共は任せる。もはや戦う意思もない奴らだが油断はするな?あと前進もするな。私は一度姉上と合流する」

 

 

「了解です。この場はお任せください!一匹残らず殲滅してみせます!」

 

 

 ヘクトワイゼスの死によって混乱状態に陥った亜人達にレメディオスの容赦ない一撃が振り下ろされた。この都市で蛮行を働いた亜人共を、カルカの愛する王国の民を傷つけた亜人共を一体足りとも許さないという決意の下振り下ろされる一撃は、亜人達を倒すには過剰ともいえる威力だ。その鬼気迫る表情に、武器を捨てて逃げ出そうとする亜人もいたが、すぐに追いつかれるとそのまま動かぬ物となった。

 

 部隊の前方から移動し、カルカ達がいる中央へと向かうにつれて、亜人の数が多くなっていることに気づく。道中の亜人を難なく斬り伏せ、聖騎士や軍士を救いながら向かうと、護衛の聖騎士に囲まれて壁際に追い込まれているカルカとケラルトの姿が目に入った。二人は聖騎士達の背後で怪我をした軍士や聖騎士の手当てをしているようだ。

 

 

「亜人共!そこから失せろ!」

 

 

 カルカ達を取り囲んでいた亜人の群れに声を上げながら突っ込むと、縦横無尽に駆け回り、すれ違う亜人達を次々と倒していく。その傍らで、倒した亜人の武器を拾い上げながら、屋根上に陣取る亜人達に投擲を行い数を減らしていく。リリアから投擲される剣や槍は誘導されているかのように亜人達を貫き、槍が投げられれば三体がまとめて串刺しになるほどだ。

 一人でかかって来たリリアに亜人達は余裕の表情を浮かべていたが、次々と倒されていく仲間を見ると顔が青ざめ、圧に押されじりじりと後ろへ下がるも、結局逃げ出すことができずに首をはねられる。

 

 しばらくすると、リリアの活躍によって包囲が崩れ、前方から応援に来た軍士達も合流し、一気に亜人達を押し返し始めた。

 

 

「姉上、怪我はありませんか?ケラルトも大丈夫か?」

 

 

「私は大丈夫よ。けれど、ケラルトが私をかばって腕に矢を受けてしまって……」

 

 

「かすっただけですから、問題はありません。それよりも、後方の部隊が孤立しているようなのです」

 

 

「分かった。すぐに応援に向かう。前方は片付いているから、姉上を連れて前に向かうと良い。レメディオスが確保してくれている」

 

 

 ケラルトが頷き、負傷者を連れた神官達と共に移動を開始しようとしたその時、前を歩いていた神官が悲鳴を上げる。

 直ぐに視線を向けると、都市に生えていた蔦が意思を持った生き物のように、神官の脚に巻き付きその動きを拘束していた。すぐに蔦を斬り救出するも、後ろから聞こえたカルカとケラルトの悲鳴に振り替える。

 

 

「姉上!ケラルト!」

 

 

「リリア!」

 

 

「カルカ様!くっ!こんなもの!」

 

 

 体に巻き付いた蔦によってカルカとケラルトが拘束され、ケラルトが袖に隠し持っていた短剣で蔦を斬ろうとするも、すぐに蔦がその腕を抑え身動きができなくなる。

 

 

「全員、動くのではないぞ。私の魔法がそこの人間を焼き払うのが先か、私を倒すのが先か。どちらが早いのかはいうまでもないな」

 

 

 後方に向かって移動していた軍士や聖騎士も蔦で拘束されており、その間をかき分けるように一体の魔現人(マーギロス)が姿を現す。三つの魔法陣が展開されており、その一つは火球(ファイヤーボール)がいつでも放てるように準備が為されていた。

 魔法を放とうとしている魔現人(マーギロス)との距離はそう遠くはない。本来であれば武技と魔法の強化によって容易に届き、その頭を瞬時に斬り落とすことができる距離だが、今は武技しか使用できずいつものようにとはいかない。

 

 

(魔力の回復を待って……。それかもう少し距離を詰めれれば……)

 

 

「何をしておる。この状況が分からないのか?武器を捨てないということはその者がどうなってもいいのだな」

 

 

「皆、武器を捨てるのだ。変な行動をするんじゃないぞ」

 

 

 リリアの指示によって、その場にいた者達が次々と武器を捨てる。襲い掛かろうとしていた天使達もすぐに距離を空け後ろへと下がった。下手に刺激をするよりも、今は使える手段は全て使って少しでも時間を稼ぐ必要がある。

 

 

「お前は何者だ。ヘクトワイゼスが指揮官だと思っていたが」

 

 

「ヘクトワイゼスの事を何故知っている。お前こそ何者か名乗るべきではないか?」

 

 

「私の名はリリアだ。ヘクトワイゼスは私が斬り殺した」

 

 

「リリア……。はて、どこかで聞いたような……。そうか、お前がヤルダバオト様の言っていた人間じゃな?あの方はお前を大層気にしておられたようだからな、ここで捕えたとなればあの御方から褒美をもらえるに違いない。それにお前程の者が守ろうとしている人間となれば、そこで捕まえておるどちらかが聖王女だろう。何たる幸運だ」

 

 

 魔現人(マーギロス)は魔法陣の一つをリリアに向けると、上機嫌な笑い声を上げる。

 

 

「お前にはよく注意するように言付かっておるからな。ひとまず装備は全て脱ぎ、私が送る使いの言う通りに動け。もし怪しげな動きをすれば……、そこの聖王女がどうなるかは分かるな?」

 

 

 カルカの正体までバレているとなれば、相手の油断を誘い行動するのも難しい。ここはおとなしく従い時を見計らうべきだと考え、黙って頷く。

 

 

「私の鎧を外せ。なるべく時間をかけてな」

 

 

「しかし……!」

 

 

「リリア!そのような命に従わなくとも……!むぐっ!」

 

 

「カルカ様!貴様このような無礼な真似を!むっ!」

 

 

 騒いでいる二人が面倒だと言わんばかりに魔現人(マーギロス)が魔法によって二人の口を蔦でふさぐ。

 

 

「止めろ!お前の言う通りにしているではないか!」

 

 

「うるさい雛を黙らせただけじゃ。歳を取るとあのような声が煩わしくてな」

 

 

 聖騎士は今の状況を見て、続く言葉を飲み込むと黙ってリリアの指示に従い、なるべく時間をかけて鎧を外していく。

 魔法が使えない今、鎧を外せばほとんど生身の人間と大差はないが、リリアは目の前に立つ亜人達に負ける気はしていない。寧ろ、こちらが身軽になれば相手が油断し勝機が見いだせると言う物だ。

 聖騎士が鎧を脱がし終えたのを確認すると、魔現人(マーギロス)が一人の亜人を送り込む。

 

 

「そうじゃ。儂の名前を伝えていなかったな。ナスレネ・ベルト・キュールとだけ言えば分かるだろう?」

 

 

「亜人の事はそこまで詳しくないが、魔現人(マーギロス)の長と言ったところか」

 

 

「儂の事を知らぬとは悲しいのう。今や十傑は儂と数人しか残っておらぬのだからな。さて、無駄話をしている暇はないのだ。その亜人と共にこちらへ来い」

 

 

 ゴブリンの亜人が持ってきた縄でリリアの手を後ろで縛ると、そのままナスレネの前まで連行する。カルカとケラルトが塞がれた口を必死に動かして止めようとするが、その声が届くことは無い。

 連れてこられたリリアの顔をナスレネが空いた手で掴むと物を見定めるような視線を送る。

 

 

「お前のような小娘に他の者が負けるとはな。油断とは怖いものだ」

 

 

「安心しろ、お前もすぐに仲間の下へ送ってやる」

 

 

「やれやれ。捕らわれた雛が喚きよるわ。無傷で捕えよとは言われておらんからな」

 

 

 ナスレネは展開していた魔法陣の一つを発動し、雷爆騎士槍(ショックランス)をリリアの脇腹へ向けて放つと、リリアは声を上げその場で膝をついた。

 それを見たカルカやケラルトが声にならない悲鳴を上げ、必死に拘束から逃れようとするも蔦は魔法によって強固に固められており、抜け出せそうにはない。

 膝をついて顔を地面に向けているリリアをナスレネが覗き込むように姿勢を変える。

 

 

「先ほどまでの威勢のよさはどうしたのやら。死ぬほどの傷ではないから安心するがよい」

 

 

「あぁ、この程度の傷で痛んだ振りをする方が大変だった」

 

 

 見た目から予想した苦痛に悶える声ではなく、至って平気そうな声を出したリリアに驚きすぐ体勢を戻そうとするが、それよりも早く縛られていたはずのリリアの手がナスレネの頭を掴み地面へと叩きつける。

 

 

魔法解除(マジックディストラクション)

 

 

 必要な魔力を回復し終えたリリアが魔法を唱え、ナスレネが唱えていた魔法陣が全て破壊されると、聖騎士やカルカ達を拘束していた蔦がほどけていく。

 リリアに掴まれているナスレネからは掴まれている力と叩きつけられた際の痛みによって、悲鳴に近い叫びが上がっている。ナスレネを救おうと他の亜人がリリアに向かって武器を構えるも、一体の亜人の武器を残る片手で受け止めると、その亜人を振り回して襲い掛かろうとした亜人を追い払う。

 

 

「鎧も剣もないからと言って侮るなよ亜人共。今の私にとって殺すだけなら何の支障もない」

 

 

 人質がいなくなり亜人達に遠慮をする必要がなくなったリリアはゆっくりと顔を上げる。

 その表情を見た亜人達は顔を青ざめると同時に、今目の前にいるのが人間なのかと疑う程の圧を感じ、恐怖によって震える手で目の前に立つ化け物に武器を構えた。

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