聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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最後の聖戦④

 どこからか声が聞こえた。

 

 神が救わぬのであれば、神を信じるな。己が救世主になれと。

 迫る悪を滅ぼし、正義を成せと。

 

『亜人を殺せ』『亜人を殺せ』『亜人を殺せ』

 

 脳に響き渡る声によって体に力が漲り、今なら何にも負ける気がしない。

 目の前で震える亜人共は聖王国に攻め込み、人々を苦しめる悪だ。この亜人共を滅ぼすことが正義であり、聖王国を救うのだ。

 

 

「亜人を殺す。亜人を殺す。亜人を殺す」

 

 

 目の前で震えながら槍を構えたゴブリンに反応し、槍を避けるとそのまま頭を掴む。

 ゴブリンは悲鳴を上げて必死にリリアの腕を殴り続けているが、リリアが手に力を込めると、ゴブリンの頭は鈍い音と共に血を吹き出して弾け飛んだ。

 顔に血が付くと、それまでに感じていた不快感が快感へと変わり、心地よい気分になる。もっと殺せばもっと気持ちよくなれるに違いない。

 

 周りの亜人達は腰を抜かし、ある亜人は逃げ出そうとしていた。

 逃げようとしている亜人に向かって、手に掴んでいるナスレネを勢いよく投げつけるとその射線に入っていた亜人も巻き込み、潰れた亜人達の血のカーペットが出来上がる。

 先ほどまでかすかに動いていたナスレネも、亜人達が持っていた武器や亜人の残骸によって完全に息絶えた。

 

 

「ば、化け物……!」

 

 

 傍らで見ていた亜人が呟いた。

 言葉を発した亜人を睨みつけ、他の亜人が反応もできない速度で近づくと、拳で殴り顔面を吹き飛ばした。頭を無くした亜人は、頭のあたりに手をやると、糸が切れた人形のように倒れ動かなくなった。

 

 

「い、今だ!全員でかかれ!」

 

 

 集団の真ん中に突然現れたリリアに、亜人の隊長が周りにいる亜人に攻撃を指示する。狂乱状態となった亜人は我先にとリリアに向けて剣や槍を突き刺したが、最初の数本を除き、ほとんどの武器は届くことはなかった。リリアの巨大な黒い翼が羽ばたくと、後から襲い掛かった亜人達の武器は瞬く間に粉になってしまったのだ。

 剣や槍を刺した亜人達も驚き直ぐに距離を空けるが、リリアの体には数本の剣と槍が突き刺さっており、重傷なのは間違いないはずだと安堵した。

 

 だが、傷を負っているはずのリリアは何事も無かったかのようにゆっくり立ち上がると、体に刺さっている武器を抜いていく。傷口からは煙が上がり、流れ出した血が元居た場所へ帰るように傷口から体の中へと戻ると、傷口も塞がっていく。

 

 

「な、なんなんだ。お前は……!」

 

 

 亜人の隊長は剣を構えたが、瞬きをするとそれまで見ていた景色が変わり、曇がかかった灰色の空が目に入った。

 

 隊長を失った亜人達は完全に統制を失い、持てる力の全てを使って戦場から逃げ出した。こんな化け物と戦えるはずがないと、武器を投げ捨て、転んだ味方を踏みつけてでも我先にと都市の入り口に向かって逃げ始める。

 しかし、逃げた先の城門には聖王国の兵士が待機しており、通りから姿を現した亜人に向かって矢を射始めた。

 

 進むも地獄、下がるも地獄で逃げ場を失った亜人達はさらに混乱したが、リリアを相手するよりも城門から逃げ出した方が良いと考え、死んだ味方を盾にして逃亡を図る。

 だが、それを妨げるように通りの出口に金色に光る鎖が現れた。亜人達は鎖を何とか破壊しようとするも、触れば火傷を負ったような痛みが走り、剣や槍は直ぐに折れてしまう。

 

 

「おい!押すな!戻れ!」

 

 

「戻れるか!早く行け!」

 

 

 後から押し寄せる仲間によって、先頭にいた亜人は鎖に押し付けられ、全身に感じる痛みによって悲鳴を上げる。大勢の悲鳴に、押し寄せていた亜人達も勢いが止まり始めるが、歩いて追いかけていたリリアが追いつき、苦しんでいる亜人を見るとその顔に笑みを浮かべた。

 

 

「お前達もそうやって苦しめたのだ。同じように苦しんで死ね」

 

 

 巨大な黒い翼が広げられると一段と大きくなり、通りにいる亜人を鎖に向かって押し付けるように迫る。対峙した亜人達は剣や槍で翼に攻撃するが、触れた場所から武器や体が粉になっていく。それを見てリリアを攻撃したが、剣や槍に刺されても止まる気配はない。

 亜人達は鎖に押し付けられ悲鳴を上げている。空間が狭められていくと翼に触れた者から粉へと変わっていき、やがて悲鳴も聞こえなくなった。

 

 逃げようとした亜人達の哀れな姿を見た他の亜人はその場で武器を捨て、抵抗の意思がないことを示す。そして、すぐに地面にひれ伏し、頭を下げて命乞いをした。

 

 

「ど、どうか!お助けください!もう二度とこのようなことは!」

 

 

 片づけを終えたリリアがひれ伏している亜人達の下へ向かうと、亜人が捨てた剣を拾い必死に命乞いをする亜人に向かって構える。

 

 

 その光景を見ていた軍士や聖騎士、そしてカルカやケラルトはあまりの光景に言葉を失う。亜人達の無残な姿がその要因の一つではあるが、大きな要因は別だった。

 それは、亜人達に向かって力を振るうリリアの姿は、今までの凛々しさや高潔さと言う物が感じられず、ただ笑みを浮かべ作業をこなす様に殺している姿が狂気的に見えたからだ。確かに亜人達は許されない行為をしたが、無抵抗で地面にひれ伏してまで命乞いをしている亜人に対し、剣を振るおうとしている様はその狂気さをより一層際立たせていた。

 その光景に我慢できなくなったカルカは、共に居たケラルトを置いてリリアの下へと走り出す。

 

 

 

「命乞いなどするな。殺しにくくなるではないか」

 

 

 誰にも聞こえないような声で呟くと、剣を振り上げる。この亜人も命乞いをする民の姿を見たはずだ。そのような民をあのような姿にして、自分たちの食糧にしていたと考えると虫唾が走る。なぜ、自分達だけが助かると思い込んでいるのか。

 

 この亜人達は死んで当然だ。死んでもらわなければ困る。

 

 剣を振り下ろそうとしたとき、体に誰かがぶつかり衝撃が走る。顔を向けると、自身を止めるように抱きしめて背中に頭を埋めているカルカの姿がそこにはあった。

 

 

「姉上、まだ亜人を処理している際中です。下がってもらえますか」

 

 

 感情のこもっていない声で話しかけられたカルカが目に涙を浮かべながら顔を上げると、冷たい目をしたリリアと視線が重なった。

 

 

「もうあなたが武器を振るう必要はないの!その亜人は他の者に任せて――」

 

 

「今が一番大事な所なんです。血をつけたくないのでおとなしく下がってください」

 

 

「ならば命じます!ここは他の者に任せ下がりなさい!私は貴方に――」

 

 

 カルカが言い終える前に、リリアが空いている手でカルカを突き飛ばす。

 

 

「リリア様!何を!」

 

 

 ケラルトが直ぐに地面に倒れこんだカルカの下へ寄るが、それを相手することもなくリリアは手に持った剣を亜人に向かって振り下ろす。

 

 しかし、その剣は亜人に届く前に止まった。いつの間にか背後に現れた魔導王がリリアの腕を掴み、寸前のところで止めたのだ。

 

 

「陛下、どのようなつもりですか?」

 

 

「無抵抗の者を殺す場を目の当たりにしながら止めないわけにはいかないだろう」

 

 

「この亜人共は無抵抗の民を殺しました。殺されて当然です。手を離してください」

 

 

「……。その殺害にどのような意味がある。周りの者は納得していないようだが」

 

 

 周囲の軍士や聖騎士は剣を振るおうとしているリリアの姿に恐怖したのか、王都で似た視線を感じた。少なくとも聖騎士達は自分の事を理解してくれていたはずだと思っていたが、それは勘違いだったということだろう。

 

 

「これは力を持つ者がすべきことです。陛下もそれは否定しなかったでしょう」

 

 

「その通りだ。だが、これは君の姉を裏切ってまですることなのか?少なくとも聖王女殿は望んでいないようだが」

 

 

「姉上は関係ありません。私が亜人を、悪を殺すことが正義だと信じているから――」

 

 

「無抵抗の亜人を殺すことは正義なのか?無抵抗の亜人は悪なのか?」

 

 

 魔導王の一言一言が頭に響く言葉を否定するような不快感を感じさせる。なぜ他国の王が口を出すのか。さっさと亜人を殺してしまえばこのような話をすることもないはずだ。

 

 

「亜人は悪だ!これまでに大勢殺したんだ!殺されて当然だ!さっさと手をどけろ!」

 

 

「どうやら種族変化の影響が出始めているようだな……。沈静化(カーミング・ダウン)

 

 

 魔導王が魔法を唱えると、それまで頭に響いていた声が止んでいき、心臓の鼓動も穏やかになっていく。体の力が抜け、手に持っていた剣が石畳に音を立てて落ちる。それと同時に、自分が行っていた行動が思い起こされ、自分ではない誰かがその行動に快感を得ていた事実に混乱し気分が悪くなる。

 

 

「わ……、私は何を……」

 

 

「落ち着いてきたようだな。後の事は任せるぞ」

 

 

 アインズはネイアの方を見ると、待機していたネイアが直ぐにリリアの側へと駆け寄り、アインズに代わってリリアの体を支える。

 

 

「精神状態を安定させる魔法を使った。しばらくは混乱状態が続くだろうが、問題はないだろう」

 

 

「陛下……。本当にありがとうございます。リリア様、参りましょう」

 

 

 ネイアは混乱しているリリアに代わって魔導王に感謝を告げると、そのままリリアを支えてカルカ達の下へ戻る。

 

 

「私はなんてことを……。姉上に対しても……」

 

 

「リリア様、大丈夫ですよ。聖王女様も怒ってはおられません」

 

 

 ネイアに連れられたままカルカの下へ行くと、手に傷を負っているのが目に入った。その傷が突き飛ばした時に負った物であるのは間違いなく、騎士として主君に怪我を負わせてしまったという事実を突きつけられる。

 ネイアから手を離し、その場に膝まづいて頭を地面へこすりつけ、カルカに頭を下げた。

 

 

「姉上……、私は騎士でありながら……、この罪、どのようにして償っても……」

 

 

「リリア、そのような真似は止めなさい。一度、二人で話をしましょう?ね?」

 

 

「お前達!何を見ているのです!直ぐに姉様の所へ行き、指示を伺いなさい!」

 

 

 カルカが膝をついてリリアに顔を上げさせると、リリアの目からは涙が流れていた。

 ケラルトは周りでそれを見ている兵士達を下げさせようと、周りの者を見ながら指示を伝える。このような場はあまり見られていい物とは言えないからだ。

 

 

「カルカ様、ひとまずリリア様と共に移動しましょう。先の安全も確保できているはずですから」

 

 

「そうね。リリア、立てるかしら?安全な所へ移動しましょう」

 

 

 黙って頷くと、ゆっくり立ち上がろうとするも、体にうまく力が入らず姿勢を崩しかけたが、すぐにネイアが側で支える。

 

 

「カルカ様、私がリリア様をお支えます。御身の安全を第一に」

 

 

 どことなくたくましくなったような印象を覚えるネイアがリリアの体を支え、一同はプラートの中央にある領主館に向けて移動を開始した。

 とはいえ、道中で亜人はほとんど姿を現さず、いたとしても武装を整えていないゴブリンが数体のみだったことで、残っていた亜人達のほとんどが捕縛された。

 

 

「カルカ様、領主館の安全も確保できました。どうぞ中へ」

 

 

 制圧を終えたレメディオスが部下の聖騎士と共にカルカの下へ報告に訪れた。

 通りや領主館の下に位置していた繁華街は目も当てられぬ光景が広がっていたが、食糧庫や領主館はそれらに比べ被害も少なく、十分に使用できる状態だ。本来の目的であった食料も亜人達が使用したのか量は少なくなっていたが、それでも王都の備蓄よりははるかに多く残っていた。

 

 カルカはリリアと共に休憩できる部屋へ向かうと、そこにあった来客用のベッドにリリアを横にさせる。

 

 

「ネイア、しばらく二人きりにしてもらえますか」

 

 

「かしこまりました。部屋の外で待機しております」

 

 

 ネイアは二人に一礼すると、音を立てずにその場を後にした。

 ベッドの上で横になっているリリアは腕を目に当たりに当て顔も見せられぬと言った様子を見せている。カルカがそっとその手をどかすと、リリアは抵抗することなくその手をカルカに預ける。しばらく泣いていたためか、目のあたりは赤くなっており、顔には疲れが色濃く見えた。

 

 

「姉上、私のお願いを聞いていただけませんか」

 

 

「珍しいわね。貴方からお願いがあるなんて。なにかしら?」

 

 

「どうか……、一生のお願いです。私が死ぬことを許していただけませんか……」

 

 

 手を掴んでいるカルカの手に力が入るのが分かった。受け入れられぬ願いでもあり、突然の発言であったことから力が入るのも理解できた。しかし、カルカは怒るような様子は見せず、視線を合わせると優しく微笑んだ。

 

 

「……どうして、そのような願いを?」

 

 

「私は怖いです。このままでは周りの者の……、姉上の命さえ奪うかもしれません。そうなる前に、人間でなくなる前にどうか人間として殺してください」

 

 

 魔導王の言う種族変化による影響が精神的な面にも変容をもたらしているのだとすれば、以前の様な自分を保つことが難しいことは今回の件で十分理解できた。俗にいう二重人格とも言える状態でいる事は、精神的にも肉体的にも想像以上の負荷がかかっている。だが、カルカとの約束として死ぬことは決して許されないため、この苦しみから逃れる方法はこれしかないのだ。

 

 

「リリア、私はこれまで誰一人として本当の意味で救いを与えることはできなかったわ。全部、貴方やお兄様、それにレメディオスやケラルトが影で動いてくれていたおかげ。知らないふりをしていたけれど、当然理解していたの」

 

 

「お怒りにならないのですか?」

 

 

「これは私の罪。統治者でありながら、その覚悟が足りていなかった。でも、このままでいるのは私も嫌。一番身近にいる者さえ救えないのなら、統治者としても家族としても失格だわ」

 

 

「姉上は……。よくやっています……」

 

 

 そんなことは無いと、カルカは静かに首を横に振った。

 

 

「私はもう貴方達に十分助けられた。だから、毎日祈り続けているの。私ではなく、貴方達が救われてほしいと。そして、今ならリリアをこの苦しみから救ってほしいと祈るわ」

 

 

 カルカはリリアの頭を優しく撫でた。

 もう、リリアにはどんなことがあっても武器をとって戦ってほしくはない。もうこのような姿を見たくないと。それがリリアの意思に反していたとしても、この戦争が無事終わった後はその鎧を脱ぎ、剣を置いて穏やかな生活を送ってほしいと、心からそう願った。

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