プラートにおける戦いから一夜明けた領主館では、魔導王の提案で次の作戦に向けた会議が開かれることになった。
まだプラートで閉じ込められていた者達のケアや王都への食糧運搬も終わっていない中で、このような会議を開くことにリリアは疑問を感じていたが、カルカも会談に応じたためそれに従い、会議へと出席する。
「私が諸君に提案したいことは一つ、今からカリンシャへと攻撃を開始し、ヤルダバオトとの決着をつける」
魔導王の発言にリリアだけでなく、レメディオスやケラルト、それに各部隊の隊長達も混乱した。昨晩の戦いの後すぐにカリンシャへ、それもヤルダバオトとの決着をつけるなど、戦術的に見ても大きな間違いであることは明らかだ。
「貴殿らが混乱するのも分かる。だから、この戦いは私一人で赴くつもりだ」
「陛下、この戦いは確かに陛下のご助力を求めましたが、お一人で戦わせるわけにはいきません。私も――」
「既にこの件は聖王女殿との会談で決定した。リリア殿と言えど、この決定を覆すことはできないはずだ」
隣に座るカルカへと視線を向けると、事実を知っていたためか、周りの者とは違い落ち着いていた。その様子から確認をとる必要もないが、言葉でその答えを聞きたいため、おもむろに口を開く。
「姉上、事実ですか」
「昨晩、陛下とお話ししました。間違いありません」
「カルカ様!まさかお一人で向かわれたわけでは……!」
「どうして一言いってくださらなかったのですか!」
レメディオスとケラルトが直ぐに強く問いただすも、カルカは黙って頷くばかりだ。どのような会話が交わされたか分からない以上、この場で魔導王に対し強く出ることはできない。だが、カルカが何の目的もなくこのような行動に出ることは無いとリリアは確信していた。
「……。姉上がお決めになったのであれば、私は何も言いません。私は姉上と陛下の判断に従いましょう」
「リリア様!よろしいのですか!」
「良いも悪いも、既に両国が合意に至った内容だ。私達が口を出していいことではない」
ケラルトもリリアの言う通りだと黙って頷くと、レメディオスは納得がいかない様子を見せながらも、黙ってカルカの後ろへと下がる。
「納得したようだな。では、このような行動に及んだ理由を話しておこう。一つは聖王女殿が早期の終戦を望んだこと。そして、もう一つはヤルダバオトがカリンシャで体を癒しているという情報を配下の者から伝えられたからだ。カリンシャを奪還しながらも、ヤルダバオトを倒すことができれば、それだけ早く戦いが終わるだろう」
「だから今すぐにカリンシャを……、理由は分かりました。しかし、カリンシャにもプラートと同様に多くの民が残されている可能性があります。民を救出するためにも我々の同行を許可していただけませんか?」
カリンシャでこの戦いの決着がつくというのであれば、その結末を当事者として立ち会わないわけにはいかない。これだけは譲れないところであり、何かしらの理由をこじつけても向かうつもりだ。
魔導王は少し考えた素振りをすると、背後のダークエルフに何かを話し、再びカルカ達の方へ視線を戻す。
「では、必要最低限の部隊であれば同行を許可しよう。だが、戦いへの参加は認めない。正直に言うが、君たちの実力では足手まといだ。リリア殿も今の調子ではヤルダバオトと正面から戦うことはできない、無駄死にするだけだ」
魔導王に突き付けられた事実に机の下で握る拳に力が入る。
これまでのヤルダバオトとの戦いを振り返っても決して負け続けたわけではないが、勝てたためしはない。だが、それでもいつかは勝てると思い剣を振り続けてきた。それさえも無駄な事だったと否定されたような気がした。
だが、魔導王が言うように今の状況で戦いに挑めば間違いなく命を落とす、これは事実なのだ。
「ゴホン、決してリリア殿をけなしているつもりではないぞ。その実力は私も高く評価している。だが、時期が悪いということだ。今は私に全てを任せるがいい」
「……分かりました。陛下の勇姿を見守っております」
「話はまとまったようですので、出発は何時に致しますか?」
「今すぐ……、とはいえそちらの準備もあるだろう。昼頃には出発したい」
「かしこまりました。間に合うように準備させます」
話を終え退席する魔導王にカルカが頭を下げると、他の者達も頭を下げて見送る。
今まで統治者という対等な立場から話していたことから、カルカがこうして長々と頭を下げることは無かったが、その様子から自分達が今どのような立場に置かれているのかを察した。
こうした感覚には鈍いレメディオスでさえも、ケラルトと同様にその意図を読み取っており、頭を下げていたもののその体は震えていた。
魔導王の姿が見えなくなったのを確認すると、ケラルトの指示にとって出席していた部隊長達は退席を促される。部隊長達がカルカへ一礼しながらその場を後にすると、ケラルトがおもむろに口を開いた。
「カルカ様……、説明していただけますか……」
「貴方達に相談もなく、一人で行ったことは謝るわ。でも、これは聖王国の民にとって悪いことではないと思うの」
「姉上がいつも民の事を想っているのは知っています。今回の件もその想いから行ったことということも。どのような話をしたのですか?」
カルカは大きく息を吸い込んでゆっくりと吐くと、顔を下げたまま、少し間を置いて口を開く。
「魔導国の庇護下に入りたいと、陛下に申し上げたわ」
「庇護下に……ということは帝国と同じように従属する旨を伝えたのですか?」
「なっ!魔導国にひれ伏すなど聖王国の騎士として――」
「ちょっと、姉様静かにしてください!まだカルカ様の答えを聞いていません」
リリアの発言に重なるようにして声を上げたレメディオスを、ケラルトが諫める。
カルカはレメディオスの怒声に体を竦めることもなく、こうなることが分かっていたかのように顔を上げて三人を見た。
「従属は陛下が求めていたことではなかったみたい。差し出せるものをなんでも差し出すと言っても、陛下はそれらを受けずに、元より支援は惜しまないとおっしゃったわ」
「本当ですか……?なぜ、陛下はそこまで聖王国に肩入れするのでしょうか」
「分かりました!これも全て魔導王の計画したことなのです!奴にとってもはや見返りを得ずとも――」
「姉様の考えはよくわかりましたが、それはないと以前も話しましたよね?今日だけは少し静かにしていてもらえますか」
「だがケラルト!それ以外に魔導王が聖王国を支援する理由はないだろう!奴が名声を得るために我々を利用しているんだ!」
「レメディオス!少し黙っていろ!」
あまりにも口が過ぎるとリリアがレメディオスを怒鳴りつけると、それでも納得できないと近くに会った椅子を掴んで音を立てて座った。
レメディオスの考えが分からない訳でもない。魔導王がこの戦いで得られるものは何かを考えれば、そうした意見が出るのも分かる。だが、今重要なのは聖王国が今後、魔導国とどのような関係になるのかということだ。
そんなことを考えながらふとカルカの方を見ると、先ほどとは違い再び頭を下げていた。どことなく様子がおかしいことに気づいたリリアは、レメディオスとケラルトに一度部屋の外で待機するよう伝え、二人が外に出て扉を閉めたのを確認すると、残っている魔力を使い防音の魔法をかけ会話が外へ漏れないようにする。
「姉上、何か隠していることがあるのではありませんか?今は私以外誰も話を聞くことはできません。正直に話してください」
カルカの手を握ると、その手はかすかに震えており、リリアの手を直ぐに握り返してきた。
「リリア、私が私情を優先した愚かな王であったとしても、貴方は見捨てないでくれる?」
「私は騎士である以前に姉上の妹です。家族を見捨てることはありません。周りの者が全員敵になったとしても、私は永久に味方でいます」
リリアの手にカルカが流した涙が落ちる。カルカはゆっくりと顔を上げて、リリアと目を合わせると口を開いた。
「私はもう貴方にこれ以上傷ついてほしくない、傷ついた体で血を流しながら戦い続けてほしくないと、その一心で陛下に頭を下げたわ。民の事よりも貴方の事を優先したの。それが統治者としてふさわしくないことも理解した上で。魔導王陛下は私の答えに機嫌を直し、快く受けてくださったの」
「私の……力がないばかりに……このようなことに……」
聖王国を守るために剣をとった。この力があれば、祖国を守れると信じてきたが、ヤルダバオトを前にすれば、それさえも理想に過ぎなかった。その結果、カルカに苦渋の決断を迫り、聖王国に混乱をもたらしたのだと。この事実がリリアの目の前を真っ暗にした。
その時、カルカの手がリリアの両頬を挟み、俯いていたリリアの顔を上げさせる。
「貴方のせいじゃない。それだけは間違えないでほしいの。ヤルダバオトが現れることも、このような事態になることも誰も予想できなかった。そんな中、貴方があの悪魔に抵抗して剣を振るってくれたおかげで、命を落とすはずであった多くの民が救われたわ」
「ですが……、救えなかった者も大勢います……」
「古の英雄でさえ、全ての者を救うことはできなかったわ。そんなことができるのは神々しかいない。貴方は人間として、出来うる最善を尽くしてきたの。力を持つ者として、正しい道を歩んできた貴方は自分の事をもっと誇りに思うべきだわ」
カルカの話を聞いている内に、今まで自分に課せられていた重りや鎖が外れていくような感覚に襲われる。
どれだけ与えられた使命を果たしたとしても、まだ不十分だと、もっと他の方法があるはずだとあらゆる方法を探してきたが、今回の戦争でそれらは全て打ち砕かれ、自身の無力さに打ちひしがれていた。
そんな中、カルカの言葉によって自身の努力や行いが全て認められ、許され、受け入れられたと、今までの全てが報われたことに対する嬉しさでもなく、感激でもない、言葉では言い表せないような不思議な恍惚感を感じたのだ。
「それに貴方だけが負担を負い続けるのは終わりにしたいの。私やレメディオス、ケラルト、それに他の者達も皆そう思っていたわ。けれど、貴方の強さを知っているだけに甘え続けていたというべきね。守られているだけではなくて、自分達でも守れるようにならなきゃいけない」
「私が一人で……守らなくても……いい……?」
「貴方も見てきたはずよ。この戦いで多くの者がこの国を守ろうと必死に戦ったことを。誰も貴方に全てを任せようなどと思ってはいないわ。もし、そう感じさせてしまっていたなら、それは全て私のせいね」
「いえ……全ては私の……思い込み……だったんですね……」
いつからだろうか、この国を守ることは全ての者を守り切ることだという強迫観念に迫られていたのは。だが、今となっては過去を思い起こすことさえ、どうでもよくなっていた。カルカに認められ、許しを得ることができたという事実が何よりも心を軽くしてくれる。
誰かが死んでいる姿を見る度に罪悪感と憎悪が溢れ、殺した相手を、救わない神を、不条理なこの世界を憎んだが、それさえも呪いの様なものだったのかもしれない。
「……。ありがとうございます姉上。私自身も気持ちが整理できました。この話は私と姉上だけが知ることにしましょう」
「そうね。二人だけの秘密にしましょう」
昔のように互いの指を絡めて秘密の約束であることを示すと、互いの心の中へとしまう。二人きりで会った時も、どこか互いの責務を背負って話をしていたが、今ようやく姉妹と言う二人の会話ができたような気がした。
「そろそろ、二人を呼び戻しましょう。きっとわかってくれるはずです」
「貴方が協力してくれるなら私も安心できるわ」
カルカが涙を拭き終えたのを見ると、外にいるレメディオスとケラルトに声をかけ、中へと入らせる。
「待たせてすまなかったな。姉上と話をしたが、どうやら魔導王は姉上の度量の深さに一人の王として関心し、このような対応をしてくださったらしい」
「カルカ様の度量の深さ……ですか?」
ケラルトは二人の様子を見たうえで少し考える。リリアの言っていることは真実とは言い難いが、納得した表情をしている以上、決して大きな間違いだったわけではないようだと。
「分かりました。それであれば納得ですね」
「ケラルト!お前まで!」
「姉様もおっしゃっていたではないですか。魔導王とヤルダバオトを戦わせれば聖王国の被害は少なくできると。何を否定なさるのですか?」
「それは……、そうだが……!これとは違う!」
「姉様も御認めください。お二人もこうして認められているのですから」
レメディオスはそれでもと踏ん切りのつかない様子で何度もケラルトに促されたことで渋々承諾したとかすかに頷く。
「姉様も納得したことですし、派遣する部隊の準備に入ります。姉様行きますよ」
「カルカ様、リリア様。失礼致します」
二人はそれぞれの礼でもって別れの挨拶をすると、急ぎ足でその場を後にした。
「姉上はいかがなされますか?」
「私もこの戦いに出てきた身として、最後を見なければなりません。貴方と共に行くわ」
「分かりました、そのように準備させます」
リリアが先に立ち上がるとカルカに向けて手を差し出し、カルカがその手を取って椅子から立ち上がると、二人は共に部屋を後にした。
あと二話か三話くらいで完結予定です。
ここまで読んでくださり感謝の気持ちで一杯です。
ハッピーエンドとは言えないかもしれませんが、この世界では幸せな部類だと信じています。