あの災厄の日々以降、聖王国は変わった。いや、正確には変化せざるを得なかったというのが正しいだろう。
魔導王は北部の奪還を見送ると、物語の広まりを聞き、これ以上聖王国に滞在するつもりもない意思をカルカに伝え、自身を称える催しのすべてを拒否した。そして、それまで共に行動をしていた配下の亜人軍を連れて足早に聖王国を去ったのだ。
これは、聖王国で未だ亜人達に対する偏見は未だ残っていることと、彼らを管理していた自分が去るのであれば、彼らを連れて行くのが当然であること。そして、亜人達と共に歩みを進めるのは嫌だろうという、魔導王からの配慮の結果だった。
南部の平定は特に問題もなく進み始めていたことから、これを拒否する理由もなく、リリアを始めとしたごく少数が魔導王を見送る形で事を済ませようとした。しかし、この動きに気づいていた民達は告知がないのにもかかわらず、魔導王を見送るために王都の通りに集まり盛大な歓声でもって英雄王を見送った。
「聖王国は未だ全てを奪還するには至っていない。そんな状況で私のために貴重な物資を消費する必要などないのだ。それに式典で王としてふさわしい振る舞いができる自信がないからな。リリア殿が見送りに来てくれただけでも十分に感謝している」
「陛下もご冗談をおっしゃるのですね」
「ま、まぁ、冗談だな。正直な話をすれば、私がすべきことは済ませ終えたからな。これでも魔導国に残る者達に無理を言って残っていたのだ。だが、長らく玉座から離れていては宰相であるアルベドに叱られてしまう」
その時の会話は今でも忘れられない。いついかなる時も王としての威厳を失うことは無かった魔導王の冗談めいた発言に思わず笑みをこぼしてしまった。
魔導王が去った後もリリアは先頭に立って南部の諸都市を奪還していった。
その点だけを見れば、聖王国の将来は明るく思える。だが実際には戦いによる食料の不足、全人口の四割に当たる人々が亡くなったことによる人的資源の不足、そして、それに伴う大量の孤児が社会問題となっていた。
加えて、更に大きな問題となっていたのは、親魔導国派の影響力拡大だ。
亡くなった大臣達の後釜に入る形で急遽任命された貴族達は、ほとんどが城塞で指揮を執っていた者達や城塞近くに領地を持つ者。つまり、魔導王の力をその目で直で感じた者達と言うことだ。そんな彼らが魔導国に接近を図るのは当然であった。しかし、その動きは決して褒められる者ではなく、口には出していないものの帝国と同じように従属し、魔導王の配下になるべきだとさえ考えている。
そして、親魔導国派の象徴とされたのが私だった。戦前より聖王国内の中では珍しい親魔導国派であったこと、そして国内で広まった英雄譚に魔導王と共に出て来ていたことで民の間でも依然として人気が高かったことがこうした結果を招いたのだ。彼らが会議のたびに私を持ち出し、姉上に圧力をかけていることはケラルトからも逐次報告を受けていた。
こ
私はそうした状況に我慢がならず、南部に残る都市数か所を奪還するのみとなった時、指揮をアルフレドに託し王都の会議に出席した。思いもよらぬ人物の登場に、親魔導国派の大臣達はこぞってお世辞を言ったが、姉上の統治を最優先する大臣達からすれば良い光景とは言えなかっただろう。だが、この会議に出席して自身の立場を明確にしておく必要があった。
「間もなく南部の奪還も完了し、聖王国に平和が戻ります。ですが、未だ多くの問題を抱えているのも事実です。そんな中、我々が協力せずに分断していては民も迷います」
「その通りだ!だからこそ我々は魔導国に――」
「魔導国に従属するなど言語同断だ。我々は帝国とは違った道を歩みながら、魔導国と関係を持つことができた。これも聖王女様の御心があってこそ。これを蔑ろにする愚か者はいないな?」
自分達が掲げてきた者とは思えぬ発言に、口を挟んだ大臣も目を丸くしていた。あの顔はいつ思い出しても笑いがこみ上げてしまう程だ。
「所謂、親魔導国派の象徴として私が担ぎ上げられているのも知っている。だが、私を口実に聖王国が分断されるのであれば、私はおとなしく政治の場から身を引く覚悟だ。いや、今日をもってこの大臣職を降りるつもりだ」
この発言にはその場にいた誰もが反対した。聖王国の護りの象徴だったリリアが大臣を辞めた場合、その後釜には一体だれがふさわしいのかなど考えることもできなかったからだ。だが、この立場に収まっている限り、どのような意見を表明しても巻き込まれるのは目に見えていた。
結果として、大臣職を辞することは認められたものの、軍の最高顧問と言う名ばかりの職に収まり、非常時における招集には応じるという、大臣達の想いもくみ取る形で幕を収めることになった。
職を辞した後、私は国内に溢れた孤児を救うため自費で各都市に大きな孤児院を立てた。戦争で夫を亡くした妻などを職員として雇い入れたことで人材が不足することは無かったが、これを維持するための費用をどう工面するかという問題が浮上した。しかし、この孤児院の話をどこからか聞きつけた魔導王が運営のために必要な資金の一定額を非公式に補助する旨を伝えてきたことで、当面はどうにかなりそうだ。
表から見れば、私が親を亡くした子供達を慈愛の精神からただ助けるだけのように思えるが、実際の目的はこの孤児達を育成し、未来の聖王国で使える人材に育て上げること。そして、類まれなる優秀な才能を持つ者を発掘し、欲を言うならば自身の後釜に相応しい人物を見つけることだ。
人間としての限界に迫ることができるのは、人類の中でも数えるほどしかいないが、ほとんどの者はそれに気づくことなく生涯を終える。姉上の政策によって、平民からでも登用される機会は増えたが
今の段階では、各都市から発見した
彼らには『剣の扱いが上手くなりやすい』異能を持つ者には剣術を、『魔法の習得が早くなる』異能を持つ者には魔法学を、『薬草を見つけやすい』異能を持つ者には薬学をといった具合に、基礎教育に加えて専門的な教育を受けさせることで
いつか彼らがその才を存分に生かし、この崩れかけた聖王国を立て直してくれる日が来ると信じて――
「先生ー!お客様が来たよー!」
開け放たれた扉から顔を覗かせた少女がリリアへ話しかける。
日記を書く手を止めて棚へとしまい、椅子から立ち上がって振り返る。
「ヨハンナ、いつもノックしてから扉を開けなさいと……。まぁ、いいでしょう。お客様はどちらに?」
「外の門で待ってる!鎧を着た女の人とネイアさん!」
元気よく答えるこの少女の名はヨハンナと言う。
リムンの出身であり、両親は兵役に従い従軍し戦死。この子はリムンの自宅で隠れていた所を発見されたのだ。孤児院に来た当初は無口な子供であったが、同じ境遇の子供達と触れ合っている内に性格は徐々に明るくなっていった。彼女の持つ
「先生?お客さん帰っちゃうよ?」
「あ、あぁ。そうね。案内してもらえる?」
頭をなでられたヨハンナは嬉しそうに手を挙げて返事をすると、リリアの手を引き、孤児院を訪れた客の下へと案内する。
リリアが予想していた通り、孤児院を訪れたネイア以外の客はレメディオスだった。
ネイアは孤児院が設立されて以来、定期的に寄付という形で集めた物資を届けに来てくれているため、子供達の間でも眼つきの悪いお姉ちゃんということで知れ渡っている。
「ヨハンナ、ありがとう。先生は今からお客様とお話をしないといけないから、皆の下へ戻ってもいいわよ」
「はーい!皆様、ごゆっくりどうぞ」
ヨハンナは軽く頭を下げて挨拶をすると、走って部屋から出て行った。そして、扉を閉め忘れたことに気づいたのかすぐに戻ってくると再び頭を下げて挨拶をし、静かに扉を閉めていく。
「レメディオスが来るとは珍しいな。何かあったのか?ん、なんだその驚いた顔は」
「い、いえ。いままでのリリア様とは思えないような変わりように」
「子供達の前でこの言葉遣いをしていては怖がられてしまうだろう。時と場に応じて姿を変えるのも大事なことだ。まぁ、ネイアのおかげなんだが……」
「どうやれば子供たちに懐かれるかなんて聞かれるとは思いませんでしたよ。でも、ここまで変わられるとは思いもよりませんでした」
「『凶眼の射手』に褒められるとは嬉しいな。聞いているぞ。また功績を称えられたそうじゃないか」
ネイアは顔を引きつらせて作り笑いをする。
北部と南部における戦いの両方に従軍し、多大なる戦果を挙げたことで今や聖騎士団の一部隊を率いる立場にまで昇格した。魔導王から預けられた装備はそのままネイアに貸与され続けており、その武具を駆使し戦場で亜人達を蹂躙していく様から、容姿をなぞらえて『凶眼の射手』などと呼ばれている。だが、本人はその呼び名が好きではないらしい。
「それはさておき、カルカ様よりお手紙をお預かりしてきました。こちらを」
王家の証が刻まれた手紙を受け取ると、その場で開き中身を確認する。
挨拶に始まり、近況はどうか、何か困っていることはないかなどこちらを心配する内容に続いて、現在の王宮の状況も書かれていた。私が去って以降、王宮では目立った派閥間の争いは減ったため、執務は以前よりも円滑に行えるようになっているようだ。
「手紙の返事を書く間、子供達の面倒を見ておいてくれないか?ネイアは……。まぁ、ヨハンナの相手をしてやってくれ」
ネイアの眼つきは子供達の間でも好き嫌いが分かれるところだった。だが、ヨハンナだけはネイアについて回ることが多く、ネイアが孤児院に来るたびにネイアから戦場の話や弓の扱いなどを学んでいる。
「こ、子供の面倒はあまり見たことがないのですが……」
「将来のためにも子供との接し方を学んでおくのは大事だぞ?鎧は脱いでおけ、ぶつかって怪我でもしたら大変だからな」
「団長、良ければ私からお教えしましょうか?」
「余計なお世話だ!この程度の事、戦場での苦しさに比べれば遥かにマシだ!」
ネイアのおちょくったような表情に顔を背けながら威勢よく答える。その様に少し心配を覚えたものの、ネイアも近くにいるから問題ないだろうとその場を去り、手紙を書くために院長室へと向かった。
手紙の内容を考えるのには多少の時間を要したが、書くのにはさほど時間はかからなかった。
魔導国から援助を受けていることは姉上も理解していることであり、ネイアが送ってきている物資の中には明らかに姉上の御手製と思われる品がいくつか含まれていることも知っている。つまり、あちらもある程度はこちらの事情を知っているということであり、この手紙は王宮の状況を知らせることに要点が置かれている。
「……よし、まぁこんなところだろう」
便箋を封筒にしまうと自身の印をもって封をし、手紙をもって外にいるであろうレメディオス達の下へと向かう。
「……これは一体、どういう状況だ……?……ぷっ」
「リリア様!何故顔を背けているのですか!」
「団長のその姿を見たら……ぷっ。目を背けるのも普通ですよ……くっ」
笑っているのを隠す様に顔を背けた。
レメディオスの頭には遊びに付き合っている少女が作ったであろう花の冠が被せられており、普段の姿からは想像もできない状況にリリアとネイアは必死に笑いをこらえる。
「よ、良かったじゃないか。念願の花を送ってもらえて……ふっ」
「て、手紙はもう書き終わったのですか!預かります!」
手に持っていた手紙を少し前に差し出すと、レメディオスは直ぐに手紙を受け取った。自身の姿が笑われていることに気づいたのか、怒りと言うよりも恥ずかしさから顔はリンゴのように真っ赤になっている。
「騎士のお姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「あ、あぁ。すまない。だが、また来ると約束しよう」
「……うん。分かった」
「皆でお別れの挨拶をしましょう。ほら、皆手を振って」
レメディオスは残念そうに俯いている少女を慰めると、ネイアと共に馬へと乗り、子供達に手を振ってその場を後にした。花の冠をそのままにしている事にはあえて突っ込まずにいたのは言うまでもない。その方がきっと面白い展開になるはずだとリリアだけでなくネイアも必死に笑いをこらえていた。
「ふふっ……、レメディオス……。その冠は……ぷっ。どうしたの?」
「カルカ様まで!この花の冠は私が初めて受け取った大切な物ですよ!いくらカルカ様でもお笑いになることは許しません!」
「ご、ごめんなさいね……ふっ。それで、受け取って来た手紙は……?」
「……こちらです」
少し不貞腐れた様子を見せながら、レメディオスは受け取って来た手紙をカルカへ差し出す。
一通り目を通すと、安心した様子を見せ手紙を机の上に置く。
「うまくいっているようで安心したわ。貴方の様子を見ても大丈夫そうだもの」
「本当に人が変わられたようで私もびっくりしました。子供達からの人気も凄かったです」
リリアが大臣を辞すると言った時は、その立場から反対の意見を表明していたが、武器を置くことができるならばと本心では賛同していた。その結果が今のこの状況であるなら、この決断は間違ったものではなく、最善の物だったと言えるだろう。
「失礼します。カルカ様、本日の報告に……」
扉をノックして入って来たケラルトはその場の光景に数秒の間固まる。
「失礼しました。出直してきます」
「待てケラルト、何も帰る必要はないだろう。それに何故震えている」
「いえ、忘れ物をしたので私は一度……ふふっ」
「今笑っただろう!こっちを見ろ!こら、逃げるな!」
「きゃっ!姉様何をするんですか、はしたないですよ!笑ったのは謝りますから!」
抱え上げられたケラルトはレメディオスの背中を叩きながら顔を真っ赤にしている。
その光景にカルカも堪えていた笑いがこみ上げ、声を出して笑ってしまう。今考えれば、あの辛く苦しい時にこのような光景が見れるとは思いもしていなかっただろう。こうして、日常を実感する度に平和のありがたさを感じることができる。
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ヤルダバオトの襲来、これは聖王国の大きな転換点となった。
南北に分断されていた聖王国は、皮肉にもヤルダバオトの南部大虐殺によって真の統一を果たし、救国の英雄王『アインズ・ウール・ゴウン』による絶対的安寧を得ることができた。
戦後の改革の一環である革新的な人材養成制度、そして、魔導国のもたらした新たな技術は、諸国が目を見張るほどの『奇跡の復興』を聖王国にもたらし、聖女王の統治の下『黄金の繁栄』を享受することになる。
だが、この戦いとその戦後の改革の過程において、多くの者の献身がなければこれらの歴史が刻まれることは無かっただろう。この場を借りて、改めて感謝を述べると共に、夢半ばで命を落とした者達へ、そして『真の救世主』に追悼の意を示す。
『国史』著:ネイア・バラハ 編:ヨハンナ・アマビスカ 「あとがき」より抜粋
すっきりしない終わり方かもしれませんが、本編はこれで終了となります。
実はこの後も戦後編(王国や法国が登場)があるのですが、主要キャラの何人かがこの戦争が原因で亡くなっていく事になり、再編するにあたって大きくカットすることを決めました。そうじゃないと、あまりにも救われない展開に思えてしまうので。
後日譚の最後の文章でなんとなく伝わる程度に書いておいたので、察する程度に察しないでください(?)
これって結局、マッチポンプの結果だしハッピーエンドじゃないだろっていう意見もあるかもしれないのですが、そもそもあんな化け物たち相手に命あるだけ凄いと思うんです。相手の状況が分からない中、必死にあがいて本来死ぬはずだったカルカ達が救われたなら個人的にはハッピーエンド……です。
また、当初描いていた展開ではこの戦いの中でリリアも死んでいく結果になってしまうのですが、それだと残された者達結局救えないじゃんという考えに帰結し、作品中ではあえて死なせないようにしました。なので、今後掲載するかもしれない番外編でも死ぬことはありません。
番外編は基本的に日常編となるので本編よりもほのぼのした世界観が提供できるかも?
最後の挨拶が長くなりましたが、ここまで本編を読んでいただきありがとうございました。シリアス作品が苦手な私の初投稿作品であったこともあり、文章が安定していませんでしたが、今後も掲載を続けようと思うのでまた別の世界でお会いしましょう。
今の生きる希望となっているオーバーロード作品を生み出してくれた丸山くがね先生に心よりの感謝を。
聖王国編の円盤待ってます。
今後の展開について→番外編か新規作品か
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番外編
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新規作品
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どっちも!