月におめでとうを
「……」
目の前に広がるのは何でもない街並み。ビルが立ち並び、アスファルトで塗装された地面があって人が往来する……だが少女からすればこの光景は可笑しい。
何故なら今の自分は人っ子ひとりいない故郷の青い星から離れた小さな天体の上に居るはずなのだから。
「ここは……長空市?」
街の外見からそう判断する。だが長空市の大部分は水没して雨が降り続いていた筈……それによく見てみれば今の自分の服装は終焉の律者としての衣装を私服的に改造していた奴なので周りからすれば浮くのではなかろうか。
「とりあえず前に進まなきゃ……だね!」
くよくよするなんて自分らしくない。一歩ずつ前に進んでいこう。そう決意して足を踏み出す。往来を抜けて街を見て回り、そこにある景色に想いを馳せてまた歩き出す。かつて敬愛する芽衣先輩と戦った屋上や芽衣やブローニャたちと出会った懐かしい場所にも赴いた。
「あれから約十年くらいかぁ……早いなぁ」
そんな呟きを誰に聞かせるでもなく少女は最後の場所を訪れた。そこはとある街を一望できる丘の上だった。
当時、この場所に来て間もなかった自分が街を見渡すために来たこの場所で『彼』に出会ったのだったか───
「……あ、れ……?」
そして訪れた丘の上で少女は──キアナ・カスラナは一つの影を視界に収めた。黒いコートを着て黒い髪は短く。体型は細身だろうか。その後ろ姿を見たキアナの心臓がトクンと小さく跳ねた。
知っている。自分は彼を知っている。後ろ姿だし、自分の知っている彼より幾分か背が伸びているだろうがそんなことは些細な問題だ。
「ア、アク、ト……?」
震える声でその背に声を掛けた。違ったらどうしようとか、自分を見て『誰?』と言い出したりしないだろうかとか、髪や服装は変ではないだろうかとか(あんまり自分らしくない少女らしい考えに思わず苦笑したのは内緒)……そんな事を頭の中でグルグルと考えていたら声を掛けられた彼がゆっくりとこちらの方を向いた。
夜空に浮かぶ月のように輝く黄金の目、黒髪は一房だけ白く染まっているが間違い無い。
「アクト……だよね?」
「……あぁ」
確信を持って問い掛ければ返ってきたのは穏やかで静かな肯定。
なんで、とかどうして、とか言いたいこと聞きたいことは沢山あった。だが彼を前にしてそれを問えるほど今のキアナは準備が出来ていなかった。
静かに佇む彼の懐に飛び込み胸元に顔を埋めた。
「アクト……アクト……ッ!!」
「おっとと……おいキアナ、いきなり飛び込んでくるのは流石の俺も苦し──」
言葉を続けようとしたアクトは自分の胸に顔を埋めて静かに涙を流すキアナを見て言葉を止めた。その代わり彼女の頭に手を置いて雪のように白い髪を撫でる。
「ったく……ほら。存分に泣けキアナ。俺はここにいてやるから」
「ぐすっ……泣いて、ないもん……!」
「嘘つけよ。それは無理あるぞお前」
「もう!知らない!!」
ドン、と胸に軽い衝撃が走りアクトは軽くよろめいた。地球の神の一撃だ。照れ隠しとはいえその一撃は見事。
やがて目元を擦ったキアナはその紫に変化した目でアクトを睨み、小さく呟いた。
「なんでアクトがここにいるの……夢なら、私は見ないはずなのに……!」
「あー……それはまぁ、少し俺がズルをしたというかなんと言うか……」
言い淀むアクトに怪訝な顔をする。流石のアクトもこちらにアクセスした方法が方法なのでおいそれと口に出すわけにもいかなかったのだ……『繭』に目を付けられても面倒なので。
「とにかく!ここは長空市だが現実の長空市じゃない。いわば夢幻の世界、バーチャルリアリティ的な?」
「まぁ何となく分かったけど……なんでアクトがいるの?生きてたの?」
これが夢だとするならなんと残酷なのか。好きだった人の姿を見せるなんて質が悪い。
だが目の前の彼はそんなキアナの問いに指を口に当てて『シーッ』とジェスチャーした。
「あんまり多くを語ってやる事はできないんだ。ホントは全部話してやるべきなんだろうけどな……でも一つ答えるとするなら、俺は生きてるよ。遠い遠い群星のその先で」
その言葉にキアナは崩れ落ちそうになった、涙も流しそうになるがグッと堪える。
生きている。アクトが、親友でいつの頃からか親愛とも恋ともつかない感情を抱いていた彼が今も遠いどこかで生きている……それだけでキアナの心は救われた。
「そっか、生きてるんだ……良かったぁ……」
「色々あってな。今はこっちに戻るために旅をしてるんだ。ヴェルトさんとも会ってさ」
ゆるゆると穏やかに微笑むアクトの顔がかつての彼そのままだったので、キアナはなんだか懐かしい気持ちになる。
昔はこうやって笑いあって日々を過ごしたものだ。芽衣先輩から料理を教わったり、ブローニャと一緒にゲームをしたりフカ委員長に稽古をつけてもらったり、姫子先生とテレサ学園長に戦乙女(アクトの場合は戦士と呼ぶのが良いだろうか)としての心構えを教えてもらったり……かつての聖フレイヤ学園での思い出が蘇ってくる。
だがそんな中でキアナはある重要なことをアクトから聞いていないことを思い出した。
「あ、そうだアクト。アクトはどうしてこんな事をして私に会いに来たの?」
「?何でも何も、今日はお前の誕生日だろう」
「……え?」
誕生日……誕生日?そういえば確かに今日は十二月七日。自分の誕生日だが……わざわざそれだけのために?
そう考えているのが伝わったのか頬を緩ませた彼は指を鳴らす。するとアクトとキアナの間に丸い机と椅子、机の上に置かれたイチゴのホールケーキと紅茶。ケーキにはロウソクも刺さっている。
「ハッピーバースデー、キアナ。群星の彼方からの些細な誕生日パーティーの為にこの場を用意したんだ」
そう言ってアクトは笑う。なんてことのないようにいつも彼が浮かべていた人好きのする笑みを浮かべてキアナを見ていた。
「えっと……私が食べて良いの?」
「勿論。まぁここは夢幻の場所だから実際に食うわけじゃないが……それでも雰囲気は大事だ」
そしてキアナがロウソクの火を吹き消すとアクトはせっせとケーキを切り分けて皿に乗せキアナにフォークと共に差し出す。それを受け取り、キアナは一口口に運んだ。
「ん〜!!すっごく美味しい!!」
「そいつは良かった」
そしてケーキを食べ紅茶を飲みながら二人はこれまでを語り合う。アクトが居なくなってからの地球の様子。アクトが旅をしてきた場所での思い出話……話題は尽きることなくお互いの気持ちを満たし、花を咲かせた。
だが何事にも終わりはある。ケーキと紅茶が空になるとアクトは椅子から立ち上がる。それを見たキアナも立ち上がり、この幸福な時間が終わろうとしているのだと悟った。
「……もう行っちゃうの?」
「あぁ。俺のしたいことは出来たし、久しぶりにお前の顔も見れた……まぁしばらくすればこの出会いも無かったことになるんだろうが」
それは仕方のないことなのだ。アクトがこうしてキアナと対面する機会など今はあり得てはならないのだから。
だがそれでも残るものはあるだろう。キアナはそう信じているしこの再会は無駄ではないと確信している。
「それでも、私はアクトともう一回会えて良かった。またいつか……本当の本当に帰ってきたその時に、この日以上の話をたくさん聞かせてよ」
「フッ……あぁ、約束する」
キアナが突き出した拳に自身の拳を合わせてコツンとグータッチをするとお互いに数歩離れた。
「
「あぁ。
『さよなら』は言わない。またいつかこうしてお互いの顔を見る日がやってくる……この夢幻のような場所ではなく、お互いに何のしがらみもないその場所で。
そして視界が白く塗りつぶされ、二人の意識はお互いの存在から遠く離れていった。
「………ん………」
目を開ける。ここは何処だろう……いや、そんなこと考えるまでもないか。
───?
「あぁ……心配ご無用。俺はピンピンしてますとも」
───、───!
「ん?星がどうしてるか?変わらずゴミ箱に執着したりバッド振ったり『開拓』したりしてますけど……そういえば貴方も視てたんですっけ」
この場にはアクトしか居ない。だが当のアクトは誰かと会話しているようで緩やかに笑んだまま。
「あの子に其の運命を歩かせるんですか?勘弁してやりましょうよ……」
───!!
「はいはい、どうせそれも決まっていることだから、でしょう?」
ヒラヒラと手を振りアクトは立ち上がる。パンパンとホコリを払うと歩を進めた。
「ま、貴方の預言が成就しようがしなかろうが結局俺はバッドエンドなんてゴメンですから。好きにやらせてもらいますよ」
一流のバッドエンドより三流のハッピーエンドを。
という訳でキアナ誕生日記念のお話でした。
キアナはこんな乙女みたいな思いをしないって?でもキアナだって女の子だし恋愛したらこれくらいになるでしょ(ガバガバ推論)
ちなみにキアナは1998年生まれなので今だと26歳になる。