複製された天火制裁が剣の雨となってアクトに降り注ぐ。それを弾き、躱し、掴んで投げ返しながらアクトは愚なる業魔に刃を突き立てようと迫っていく。
『燼滅』
それを愚なる業魔は許さない。『疑似・天火制裁』を地面に突き立て、そこから溢れ出た炎の奔流による広範囲の鏖殺技でアクトを近寄らせない。
アクトは舌打ちを溢し、迫りくる炎を後退しながら躱していく。
そこを、地面から生えた黄金の鎖が絡め取った。
「ッ……『誓約の十字架』か!」
『正解』
「───!!」
『虚空万象』によって再現された第十一の神の鍵、『誓約の十字架』。それが変化した鎖に拘束されたアクトは真上から返ってきた返答に唇を噛む。そして咄嗟に大剣をまるで盾にするかのように出現させ、『誓約の十字架』による一撃を防いだ。
「ぐっ……!」
『流石に防ぐか』
「テレサおばさまやオットー爺が使ってたのを見てたからなぁ!!」
かつて誓約の十字架を振るっていた二人の名を挙げる。アクトにとって年の離れた姉のような人ととりあえず養父。
特にテレサが誓約の十字架を扱う様はこの目でよく見ていた。だからこそこの武器の怖いところもよく知っている。
すぐさま鎖を引き千切り、拘束から抜け出すと大剣を勢い良く振るう。
「呑まれろ!!」
瞬間、崩壊エネルギーを纏った斬撃が幾重にも分かれて嵐と化して愚なる業魔を呑み込む。
『チィッ!!崩壊エネルギーか、厄介な……!』
「オオオオッッッ!!!劫滅天火!!!」
『ッ、ヌゥゥ!?!?』
斬撃の嵐によって身動きが封じられたところをアクトの必殺の一撃が襲う。
咄嗟に『疑似・天火制裁』を挟み込むことで直撃は防いだものの、愚なる業魔の身体が吹っ飛ぶ。
『がッ、ハッ……!!ヌ、グッ……この、馬鹿力めが……!!』
「あれであんまダメージ通ってないとか怪物かよお前」
片翼が切り裂かれ、全身に焼け焦げたような跡がついて尚、愚なる業魔はそこに立っていた。
あまりの耐久力の高さに引いているアクトだが、今こそ勝機だ。まさか全力の一撃を以てしても倒せていないとはかつての自分を恨みたくなるがそこはそれ。
さらに一撃を与えるために踏み出そうとして───直感に従ってその場を飛び退いた。
「危なっ!!」
『躱されたか……』
つい先程まで自分が立っていた場所に槍が突き刺さっていた。咄嗟に退かなければ脳天から貫通していただろう。
自分の直感に安堵の息を吐いたアクトだが、ふと愚なる業魔の表情を見た瞬間、それは仮初だと理解した。
『……やっとその位置に居てくれたな未来のオレ』
「は───ッ!?『渡世の羽』!?」
いつの間にか眼前にあったそれ──紅白の鳥の羽の形をした神の鍵、『渡世の羽』。能力はいわゆる精神干渉。だがそれでいったい何を───
『自分の過去と向き合ってくるんだな』
その言葉が耳に届いた瞬間、アクトの意識は深い闇に沈んだ。
◆
「……ト!アクト!起きなさい!!」
「んあっ!?」
突如として耳元で響いた怒声に思わず身体を起こす。そうして怒鳴ってきた人物を見て、アクトの体は硬直した。
亜麻色の髪を腰まで伸ばし、月のような黄金の目は自分と同じ。
「……母、さん……?」
「もう、まだ寝惚けてるの?学校休みだからって何時までも寝てるわけにもいかないでしょう。ご飯出来ているから早く降りてきなさい」
違和感。
言い表しようの無い違和感がアクトの胸を穿つが、彼は頭を振ってその感覚を消し去る。
ベッドから起き上がったアクトは寝間着から白のシャツとジーパンに着替えて階段を降り、リビングに向かう。
そしてリビングの扉を開けて中に入れば、そこには『いつものように』新聞に目を通す父の姿があった。黒髪黒目の若い顔立ちの男性。だが両親は揃って三十代後半だ。
若作り羨ましい限りだ、出来れば俺もあまり老けたくはないが。
「起きたかアクト。珍しいなお前がこんな時間まで寝てるなんて」
「ほら、昨日キアナちゃん達とカラオケに行ってたそうだからそれで疲れたんでしょう」
「成る程それでか。アクト、キアナ以外だと誰が居たんだ?」
「んあ?ええっと……芽衣とブローニャとフカと、後は星となのと丹恒だな」
指折り数えて父に伝えれば「大所帯だな」と苦笑していた。その時、母がトーストとスクランブルエッグ、焼かれたウインナーが盛られた皿をテーブルに並べ、牛乳が注がれたコップを手渡してくる。
「そう言えばアクト。お前、結局就職か進学かどちらにするか決めたのか?」
「悩んでたものね。私達はどっちでも良いわよ。貴方の好きな方を選べば良いもの」
「ん〜……ケビン先輩からは自分が通ってた大学に来ないかって誘われてるんだよな」
「ケビンと言うと……前に言ってたバスケ部の先輩だったか?」
「そうそうそのケビン先輩」
中高一貫校の我が校ではバスケ部が全国優勝の常連だった。中学の頃はバスケをしていてその頃に何度かケビンのプレーを見たことがあった。
「……って、やべ。そろそろ行かないとキアナとの集合時間に遅れる!」
「何かあるのか?」
「昨日のカラオケ勝負で負けたから買い物に付き合えって言われたんだよ!」
「あらあら……ねぇリスタ。赤飯炊いたほうが良いかしら?」
「かもなぁ」
「だー!!うるせぇうるせぇ!!とにかく行ってくるからな!」
チャッチャと朝食を食べ終え、黒のジャケットを羽織ってから扉を開く。
「アクト」
その時、母の呼び止める声が聞こえてアクトは思わず足を止めてそちらに振り返った。いつの間にか両親が廊下に立っており、アクトを優しげな目で見つめる。
「なに?」
「身体には気を付けてな」
「無茶しちゃだめよ?」
「買い物で無理なんてしないだろ。キアナもあんまり高いものは強請らないだろうし」
いやどうだろう。キアナのことだ。新しいホムぬいぐるみとかが出ていたらそれがどれだけ高かろうが強請ってくるかもしれない。その時は財布と要相談だろう。
両親はそんなアクトを見て顔を見合わせて笑う。そしてもう一度アクトに声を掛けた。
「いってらっしゃい」
瞬間、アクトは何故か涙が溢れそうになった。理由は分からない。つい昨日も交わした何の変哲もないやり取りだ。そしてそれはこれからも続いていくだろう。それでも無性にアクトは泣きたくなった。同時に、絶対に声を返さねばならないと心の奥から込み上げてきた。
「あぁ……行ってきます!!」
だからアクトはそう返した。手を振って、目一杯の笑顔で。
そして玄関の扉を閉め……そこでアクトは崩れ落ちた。尻もちをつき、泣き笑いの顔になりながらあふれる涙を止めようと目を擦る。
「父さん……母さん……!!」
知っている、これは幻だ。
知っている、これは夢だ。
知っている、これは二度と見ることはないと思っていた望みだった。
だってアクトの本当の両親は彼が幼い頃に二人とも亡くなっている。
父は天命組織の闇に気付いたことで大主教により命を絶たされた。母はテレサやジークフリート・カスラナと共に『K-423』を天命本部から連れ去る事態の中で彼らを逃がすための囮となって命を散らした。
だからこそ、アクトは思い出した。ここが『渡世の羽』によって作られた幻の世界であると。
夢ならば覚めなければならない。覚めない夢などただの虚構だ。
「ったく……過去の俺のやり口ってのはどうも悪辣だ」
手を掲げれば、そこに大剣が収まる。
大剣に崩壊エネルギーと焔、そして『終焉』の虚数エネルギーをも纏わせ、一気に振り抜いた。
極光を帯びた斬撃が遥か地平線まで薙ぎ払われ、やがて硝子が砕け散るかのように世界が音を立てて崩れていく。
「…………」
世界が終わる間際、アクトはもう一度家に目を向け微笑む。
それが残酷な夢だったとしても、それでも確かに幸せではあったのだ。
そして偽りの世界が、完全に砕け散った。
次回で八日目の旅立ち編は終わる
その次は、火を追う旅へ