アクトが渡世の羽で夢幻に沈んだあと、愚なる業魔は何をするでもなくただそこに立っていた。腕を組み、何かを持つようにジッと一点を見つめている。
やがてフッと息を吐き、呆れたような笑みが溢れた。
『やれやれ。やっとか』
瞬間、黄金に包まれた世界をより輝かしい光が裂き、一つの斬撃が愚なる業魔を横一文字に切り裂いた。
身体が吹っ飛び、何度も地面に叩きつけられながら何とか疑似・天火聖裁を地面に突き刺すことで勢いを殺しようやく停止した。
『オレにしては遅かったな』
「ハッ、言ってろ戯け」
軽口を叩き合いながら愚なる業魔はその男を見つめた。以前と違い、その目にはどこか炎が踊っている。
殻を破ったな、と愚なる業魔は笑った。
夢幻に堕ちる前と明らかに纏う覇気が異なっている。これを変化と言わずして何と言おうか!
『過去と向き合えたか?』
「これ以上無いくらいにな」
『それは良かった。お陰でお前は踏み出せたわけだからな』
愚なる業魔はそう言って穏やかな目つきになる。まったく。キアナ達と離れたからと、どこか周囲にうっすい壁を作っていたコイツが気に入らなかったのでその尻を蹴り上げたが間違いではなかったらしい。
「最初は気に入らない自分の顔を殴ってやろうってだけだったのにまさか過去の自分にお膳立てされるなんて思わなかったな」
『不服か?』
「多少はな。けどまぁ、感謝してる」
照れくさそうにそっぽを向くアクトに愚なる業魔はまたも笑う。そして業魔の肉体が崩れ、元のアクトとしての形に戻った。
同時に虚空万象によって展開されていた結界も崩れ、辺りの景色は夢境の地のものへと戻っていく。
「ったく……未来のオレがこんなんとかどうなってんだよ」
「ははー、将来こーなるぞ」
「うわ嫌だ」
過去のアクトは未来の自分の姿を改めて見せつけられてゲンナリした。誰だって歳は取りたくないものなのだ。
「……丁度向こうも終わった頃合いかね」
「サンデーのことか?」
「おう。オレらと似た感じなんじゃねぇの?」
過去のアクトはグッと背伸びをし、夢境の空を眺める。
「覚めない夢っての、お前はどう思うよ」
「お断りだな。夢は覚めるからこそ夢なんだ。永遠に覚めない夢なんて、それはもはや牢獄と変わらないよ」
空に浮かぶ星に手を伸ばし、アクトは溢す。それに僅かに目を見開いた過去のアクトはマジマジと未来の己を見る。
「なんだ?」
「いや、お前って言っちゃあれだが後悔だらけだろ? 両親のことしかり、姫子先生のことしかり、キアナのことしかり……幸せな気分に浸りたいってなんねぇの?」
「そりゃ後悔だらけだ。今も昔も変わらずな。でもそういうのも全部引っくるめての『今』なんだ。ずっとずっと助けられなかった人達のことを夢に見てきた。夢で罵られたことだってある……でも何だかなぁ。それを聞いて俺はどこか安堵したんだ」
「安堵?」
「あぁ」
アクトは頷く。そして懐から一枚の写真を取り出した。
「それは……」
「覚えがあるだろ?」
そこに写っていたのはまだ聖フレイヤ学園に入学して間もない頃の自分とキアナ、芽衣とブローニャ、フカと姫子先生にテレサおばさまが笑顔で並んでいる姿だった。
「それ、キアナとの戦いの時に灰になってなかったんだな」
「俺も驚いたな。ずっと仕舞ってあったけどまさか綺麗な状態で出てくるとは思わなかった」
宝物に触れるかのようにそっと写真を撫でる。写真の中の彼らは皆幸せそうに笑っていた。『崩壊』という危機があって、この時は長空市で『第三次崩壊』が起きたばかりだったが、それでも皆幸せそうだ。
「この写真を見てたらな、何か分かんねぇけど夢で誰も俺のことを罵らなくなったんだ。そう思い込んでるだけなのかは分からないけど、俺の解釈としてはあの人たちは『忘れるな』って言いたかったんじゃないかな」
「何を?」
「絆をだ」
その言葉に過去のアクトは目を見開く。
昔、自分は一人ではないと言ってくれた人がいた。手を取って笑いかけてくれた人がいた。背を叩いて励ましてくれる人がいた。沢山の人がいて、沢山の絆があった。
「そうやって今日に至るまで俺のことを支えてくれてた人達のことを、その人達との絆を忘れるなって叱責しに来たんじゃないかってさ」
「都合良すぎじゃねぇか?」
「夢だからな。夢なら奇跡なんて起こり放題だ」
そう言って空を見上げたアクトに過去のアクトは肩を竦めると同じように空を見上げた。
「……日が昇るな」
「夢は覚めるものだって言ったろ?美しい夢だとしても夜明けは訪れるんだ」
「夢の中なら永遠に夜にしておける筈だろ?」
「さぁな。そこら辺は分からん。ただ……どんな人間も当たり前が無くなったらいくら美しい夢でも楽しめないだろ?それと同じだ。朝が来て昼になって夜になって、そしてまた朝が来る。この繰り返し」
───そんな当たり前が、何より美しいんだよ
アクトは日が昇り始めた空を見て心の中でそう呟いた。昼夜があるのは人にとっては当然で当たり前のことだ。でもだからこそ、そう言った当たり前が何より尊いものになり得るのだとアクトは星々の旅を通して知ることが出来た。
「いつの間にロマンチストになったんだお前」
「旅をしてたらそういう感情に目覚めたんだよ。何処ぞの
「誰のことだよ」
「どっかの誰かさんさ」
答える気が無いと知って過去のアクトはため息を吐く。
と、そんな彼の身体が柔い光を発し始めていた。
「あ、タイムオーバーだ」
「マジ?お、ホントだ。へぇ、時間制限とかあったのか」
あのピピシ人、どうやら一応の制限は設けていたらしい。
「ま、何はともあれこれで一件落着ってわけだ」
「ったくよ……オレが出てきた意味あるか?」
「あるよ。嫌いな自分の顔を一発殴るっていう大義名分を得ることが出来た」
「すげぇ理不尽だ。訴えたら勝てるだろこれ」
お互いに軽口を叩きながらもその顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。そして完全に夜が明ける頃、二人はグータッチを交わした。
「未来のオレ。キアナ達のところに帰ったら思う存分に殴られとけよ」
「半殺しに遭うくらいは覚悟してるさ」
「どうだか……まぁ、なんだ。あんまり大切な奴のこと泣かせんなよな」
「その姿の時の俺が一番泣かせてたろうが」
「うるせぇばーか」
ニッ、といつぞやの少年らしさの残る笑みを浮かべて過去のアクトが消える。その光はアクトの内に流れ込んでいき、彼は小さく息を吐いた。
「これにて一件落着……ってな」
その後、アクトは列車へと戻り、色々あったらしいサンデーが列車組の一員となったり末っ子を卒業できるとはしゃいだ星が『でもアンタって性格的に一番末っ子だよね』というなのかの一言で撃沈したりとあったが、いよいよ次の行き先を決める航路会議の時間となった。
とはいえ新入りのアクトとサンデーはこの航路会議に割って入る余地はないと各々自ら辞退し、目的地が決定するまでの間、パーティー車両で過ごすことになったのだが……
「はぁ〜………」
『おや。どうかされましたか?このパーティー車両でため息を吐くと幸せが何時もより三割増で逃げてしまいますよ?』
「なんだその仕様……じゃなくてだな。なんだってここでもその声を聞かなきゃならんのだ」
注がれたカクテルを揺らしながらアクトはこのパーティー車両のバーテンロボ……『シャラップ』を睨みつけた。
外見はまぁロボなので良いとして、問題はその声だ。何故よりにもよってあの野郎の声帯をしているのか。
『それは私の前のマスターが自身の声を参考に私にボイス設定をしたからでございます』
「その前のマスターの名前は?」
『虚空万象でございます』
「(地球スラング)が!!あの野郎あん時に粉々にしとけや良かった……!!!」
アクト・アステル一生の不覚だ。ヴェルトの話では今頃どこかしらの宇宙を放浪しているだろうとのこと。会ったら木っ端微塵にしてやると固く誓いながらカクテルを飲み干した。
「そのお酒、随分と度数が高いものだけど大丈夫かしら?」
ふと、先ほどまでいなかったはずの隣から声が掛かる。胡乱げにそちらに目をやればそこに座っていたのは一人の女性だった。
紫を基調とした服に身を包み、その妖しげな風貌からはミステリアスさをヒシヒシと感じ取ることができる。だがアクトは知っている。この女性は『記憶』のためなら平然と危険地帯に飛び込んでいく異常者だと。
「ブラックスワンか。お前がこの列車に乗ってるなんてな……大方、星の記憶目当てか?」
「ご明察。でも、今回の星穹列車の行き先については私が助言したのよ」
「お前が?」
「えぇ。列車の燃料が足りないならあのアキヴィリでさえ到達したことのない世界に行ってみたらどうかって」
フフフ、と妖艶に笑うブラックスワンだが、その瞳の奥は未知の『記憶』への好奇心で溢れていた。
昔と何も変わっていないなこの記憶大好き女は……と呆れながらアクトは今頃航路会議をしているだろうラウンジへと視線を向けた。
「………オンパロスね」
恐らく次の行き先はそこになるのだろう。そこでどのような冒険が起こるのか、アクトにはてんで予想がつかなかった。
◆
「……ん?」
とある場所。崩れかけている道を歩いていた男は何かを感じ取ったのか顔を上げる。その視線の先には変わらない夜の帷があるだけだ。
『晨昏の目』がその瞳を閉じてから、この世界は聖都を除いて永遠の闇夜に閉ざされてしまったのだから。
「
「……いや。何でもない、気の所為みたいだ」
「何だそれ?」
「本当に気にしないでくれ。僕の勘違いだから」
「アグライアに相談するかヒアンシーに診てもらったらどうだ?」
「そこまでしてもらわなくても良いさ。ほら、そろそろ行かないとトリビー先生に怒られそうだ」
「……はぁ、分かったよ」
ファイノンと呼ばれた白髪の青年が歩き出すと
「あ、そうだ
「アグライアに説教食らって終わりだろうが。モーディスは断らないだろうし俺が止めないと俺まで怒られるんだからな?」
「はは、冗談冗談!」
「冗談に聞こえないんだよ馬鹿救世主」
ファイノンの快活とした笑い声にアストラスと呼ばれた男は頭を抱えるが、その口元には小さく笑みが浮かんでいた。
光曆4931年のことであった。
オンパロス編に入る前に掲示板回やらなんやらをやる予定
多分アクトが実装されたら『壊滅・炎』か『壊滅・虚数』辺りなんじゃねぇかな(適当)