あ〜、こころがしんどい……けどまあ希望はあるし……あるよね?
「アクト、彼らをどう見る?」
オンパロスに事故のような形でたどり着いたアクト達はそこで出会った現地の人達、ファイノン、トリビー、アストラスの先導によって石崩れの神殿を歩いていく。
そんな中で丹恒はこっそりとアクトに耳打ちしてファイノン達の背を見つめた。
「あの白髪の青年……ファイノンの言葉に嘘はないだろう。だが全てを話しているとも考えにくい」
「彼等からは敵意のようなものは感じなかったからな……相応の警戒はされているようだが」
それに、と辺りで蹲る人々に目をやる。その彼らは自分達……というより目の前を歩く彼ら……もっと言えばアストラスの方を見てヒソヒソ囁き合っている。
「おい、あれって……」
「間違いない、『黄金殺し』だ……」
「なんでここに……」
畏怖、恐怖、警戒……とても助けに来た相手に向けるような眼差しでないのは確かだ。当のアストラスは僅かに肩を竦めるだけで大した反応も見せていないが。
「アスちゃん……」
「そんな悲しそうな顔をしないでくれトリビー先輩。俺は大丈夫だ」
「でも……」
「知ってるだろ?あの黄金戦争で俺の両手は数え切れないくらい命の火を消してきた。何も知らない人にとっては『紛争』の眷属と大差無いだろう」
「アストラス。僕はアグライアから聞いただけだけど、それは決して貴方が背負うようなものじゃ──」
「さてなファイノン。お前が拭い切れない過去を背負うのと同じように、俺もまた過去から逃げられていないだけのことだ」
アストラスはファイノンにそう告げた後、神殿をさらに進んでいき、彼らは言い争う二人の司祭の姿を見た。
「ウィルトゥス。君は私に異郷であるオクヘイマへ行けと、私が生涯信じ続けてきた信仰を捨てろとそう言うのかね?」
「それは違いますノーデスさん。けどここにいたら『暗黒の潮』に全てが呑まれてしまう……そうなる前に唯一の生存圏である聖都へ向かうべきなんです。僕は他の人達にゆっくり眠れる場所を与えてあげたいだけなんです」
「だとしても私は行かない。君達だけで行くと良い……たとえエスカトンが訪れようとも私がここを離れることはない」
切実に訴える青年──ウィルトゥスの言葉を老人──ノーデスは切って捨てる。さてそうとう気難しい老人なんだな、とアクトは前に立つ三人を見た。彼らはどうするのだろうと。
「ごきげんようノーデス司祭殿。ご機嫌如何かな?」
「これはこれは黄金裔様。このノーデス、日々ヤーヌスへの祈りを捧げております……故にその司祭としてここを離れる訳には参りません」
口調こそ穏やかだが目には断然とした黄金裔への懐疑とアストラス個人への軽蔑が見て取れた。それを感じ取ったファイノンが前へ出ようとするのを制し、アストラスは穏やかに告げる。
「そうか。しかし司祭殿、貴方のお仲間は貴方も含めた同胞のために聖都に向かうべきと進言している。どうかそれは聞き入れられるべきだと俺は──」
「私の考えは変わりませんとも」
そう言ってノーデスが奥へと消えていく。アストラスは肩を竦め、後ろに振り返った。
「やれやれ、信仰心厚いようで何よりだよ……さて、どうする救世主様?」
「茶化さないでくれよアストラス……さて、ウィルトゥス、だったね?何があったか聴いても良いかい?」
「黄金裔様達に名前を覚えていただけるとは光栄です。それで、そちらの御三方は?」
「彼らもまた遠くからやってきた人たちだ。僕らが助けになると約束する」
「そういうことでしたら……私たちはヤヌサポリスの司祭です。先日、仲間が化け物に殺されるのを目の当たりにし、安寧を求めて聖都オクヘイマへ祈りを捧げに……つまり移住の許しを求めたのです。返答はもっと先だと思っていて、それまでにノーデスさんを説得できると考えていたのですが、こんなに早く来てくださるとは思いませんでした」
ウィルトゥスが語った内容は切実なもので、確かにここにいては安心できないだろうと納得できた。そんなウィルトゥスに丹恒が声を掛ける。
「一つ聞きたい。先ほど言っていた『エスカトン』とはなんだ?それにオクヘイマが唯一の生存圏であるというのは……」
丹恒の疑問にウィルトゥスが不思議なものを見るような顔になる。そこに割り込むようにファイノンが口を開いた。
「ウィルトゥス。今は一刻も早くノーデスさんを説得してここを離れるべきだ。深淵は危険が多い。いざという時、彼らは自分の身を守れないからね……そこで君達の実力を見込んで頼みがある。ノーデスさんを連れ戻してくれないか? 念の為トリビー先生とアストラスにも同行してもらおう。二人なら君達の疑問に答えてくれるだろうし」
「……少し考えさせてくれ」
丹恒がそう言ってアクト達に目線を向けると彼らはファイノン達から少し離れた場所に移動した。
「ファイノンは俺と難民の話を遮った。それにあの少女たちが疑問に答えるとも……だがこれでハッキリしたな」
「難民に私たちが天外から来たって知られたくないってこと?」
「ああ。理由は分からないが」
「あからさまだったからな。オンパロスは思っている以上に複雑な事情を抱え込んでいそうだ」
「だが今は少しでも多くの情報が欲しい。ここはファイノンの提案を受けるべきだろう」
意見の擦り合せを終えた三人はファイノン達のもとに戻り、了承する旨を伝えた。
「本当に助かるよ!僕はここに残ってウィルトゥスたちを守る。君達の早い帰還を祈っているからね」
ファイノンは安堵したように顔を綻ばせた後、ウィルトゥスを連れ立って他の難民のもとに向かう。アクトたちは残されたトリビーとアストラスに目を向けた。
「三人とも知りたいことがた〜くさんあるんだよね?ねっ?なんで人が少ないところで話すのかって?それはね、静かな場所のほうが、仲良くなるのにピッタリだから!」
「だがこの先は行き止まりだぞ」
「丹恒ってばついにジャンプできるようになったの?」
「もしくはいよいよ空を飛べるようになったのか?」
「何を言ってるんだ……」
軽いコントを繰り広げる三人をトリビーとアストラスは微笑ましいものを見るような目で眺める。
「ふふっ、本当に初めてここに来たんだね。だったら、今から絶対に目をつぶっちゃダメだよ──あ、それから、一緒に来たのはファイちゃんの指示されたからってわけじゃないから誤解しないでね。逆ならあるかもしれないけど。よ〜し、静かにしててね。今から『神跡』を呼ぶから──」
「親戚?」
「多分お前の考えてる奴じゃないぞ」
星とアクトがそんな話をしている前でトリビーは本のようなものが置かれた台座の前に立つと厳かな声で語り出す。
「ヤーヌスの無数の道を越え、我ら敬虔なる末裔は神の前に立ち、天秤の審判を受ける」
「無私なる裁決者タレンタム。法の名の下に我らの無罪を宣言したまえ。そして現世の果実を天秤にかけ、過去に残された甘美を引き換えよ」
「我が呼びかけに応えよ、オロニクス。記憶の幕を取り払い──過去のさざ波を呼び起こせ!」
その祈りが終わり、本が開かれる。そして光が溢れ、先ほどまで崩れ去っていた神殿がかつての荘厳な姿を取り戻した。
「これは……にわかに信じ難いな」
「過去の再現……さっきの謎の生命体がやってたことに似てるな。時間逆行……『終焉』か?だが『其』の力に過去を再現するなんてものは……」
「何してる。早く行くぞ」
ブツブツと呟くアクトの肩を叩き、アストラスは先に進むトリビーの横に立つ。三人も慌ててその後を追い、真ん中辺りに来たところで光が急激に狭まった。
「どういうことだ!?オロニクスの祈言が効かなくなったのか!?」
「三人とも近くにいてね。「あたちたち」から離れちゃダメだよ」
「落ち着いて。あの方の側にいれば大丈夫よ」
トリビーの言葉に従い、先ほどまで道がなかった場所を終えたところで過去の光が収まった。
「とっても不思議でしょ!ここまで来れば、静かに落ち着いてお喋りできるよ……って、なんか静かすぎるような?」
しばらく歩き、扉を2つほど抜けたところでアクト達はノーデス以外にも多くの難民の姿を見つけた。しかし彼らの前にはファイノンたちと出会う直前にも闘った『紛争』の眷属たちが立っていた。
「ひゃあ!やっぱりこうなっちゃうんだね。三人とも、歴史のお勉強はもうちょっと後になりそう……まずはノーデスさん達を助けなきゃ!」
「任せて。『開拓』の道に立ち塞がる奴らはバットの錆にしてやる!」
「アスちゃんもお願いできる?」
「もちろん。か弱きものを守ることこそ騎士の本懐だからな」
各々得物を手に(丹恒だけは槍を折られたので雲吟の術だが)『紛争』の眷属たちへと向かっていく。
「銀河打者の一撃を喰らえ!」
「ふっ!」
「よっと、せいっ!」
星のバットが眷属の頭を砕き、丹恒の雲吟の術が纏めて押し流したところをアクトの烈火の斬撃が薙ぎ払う。それを見たトリビーはパチパチと拍手した。
「三人とも、つよーい!」
「武器があればもっと良かったんだがな」
「……あ、ごめんなちゃい」
丹恒の言葉にトリビーは申し訳なさそうに顔を伏せる。アクトはそんな彼らに苦笑いを浮かべながら自分そっくりの顔をしたアストラスの戦闘を眺めていた。
「何あれ、本当に俺の同位体か?戦闘技術が桁違いすぎるだろ」
「驚いた?アスちゃんはとっても強いんだよ。今のオンパロスであの子の剣の腕を超える人はいないって断言できるくらい!」
その言葉通り、アストラスの剣の腕は隔絶していた。瞬時に一体を切り捨て、そのまま返す刀で背後の二体を捻じ伏せる。そして身体を反転させて振り抜いた蹴りが一体の胴に風穴を開けた。
「『紛争』の眷属もずいぶん衰えたな。かつての方がよほど脅威だったぞ」
倒れた眷属に剣を突き立て、どこか不満そうにアストラスは溢す。そこにノーデスが寄ってきた。
「ふぅ……五人とも、助けてくれたことに感謝する」
「ノーデスさん、ウィルトゥスの言う通りだよ。ここは危ないから「あたちたち」と一緒にオクヘイマに行こう」
「結構だ。先ほども伝えたと思うが今一度言おう。異郷で生き延びるくらいなら、司祭たちは信仰の道で死ぬことを選ぶ」
「ノーデスさんが自分たちのタイタンを信じてるのはよーく分かってるよ。ノーデスさんにとって、ケファレって異邦の神みたいなものだもんね。でもね、「あたちたち」は「万路の門」ヤーヌスの名のもとに約束するよ。黄金裔が生きてる限り、オクヘイマはタイタンの民を守るってね。「あたちたち」はお互いを区別したりしない……」
「ヤーヌスの名の下に?君は一体、何者なんだ……」
「忘れてしまったの、ノーデス?私は、「トリスビアス」よ」
「なっ、大司祭様!?」
ノーデスの疑問に答えるトリビーの雰囲気が変わる。それに目を見開くアクト達と反対にアストラスは胸に手を当て僅かに頭を垂れた。
「なぜそのような幼いお姿になっておられるのですか?ああ、それよりも私のような一介の部族の司祭があなた様の前で信仰を語るなど、愚かでした。どうかお許しを……」
「ノーデス、「私たち」はオクヘイマへ行くことを強制するつもりはないわ。でも貴方は、同胞のことも考えるべきよ。あなたが私を信じるように、若い人たちはあなたのことを信じているわ。もしあなたがここから離れることを拒めば、彼らもここに留まり、ニカドリーの矛によって亡霊となるでしょう」
「これがあなた様の『神託』てあれば、従わない理由はありません……大司祭様……我々が再び遠くまで羽ばたけるよう、どうかお導き下さい」
ノーデスはトリビーに頭を下げた後、他の難民を呼びにその場を立ち去る。そしてそんなトリビーにアストラスが近寄り、手を胸の前で組み、膝を付く……古式ゆかしい騎士の礼を取った。
「ご立派でした」
「もう、やめて頂戴アストラス……「あたちたち」はもう同士でしょ?アスちゃんが仕えるのはあの子だけなんだし「あたちたち」に畏まらなくても良いんだよ」
「かつての貴女を知るものなら尚の事、とでも言っておきます……まあ今は頼れる先輩ですからね貴女は」
立ち上がったアストラスはアクト達の方を向いて笑みを浮かべた後手招きして呼び寄せる。
「ノーデス司祭達が戻ってきたらファイノンのところに戻ろうか。ここに長居するのは良くないだろう」