「お帰りみんな、無事で何よりだ」
「ファイノン、俺たちが離れてた間なにか問題はなかったか?」
「ああ。他の難民たちも合流して、後は大地獣キャラバンの迎えを待つだけさ」
その時、ノーデスの帰還を待っていたウィルトゥスが駆け寄る。
「ノーデスさん、ご無事で何よりです」
「ウィルトゥス。君の考えにはまだ同意しかねる……だが、それはもう良い。黄金裔を信じることにしよう」
ノーデスの目がトリビーに向く。その視線を受けてトリビーは穏やかに頷きノーデスはウィルトゥスと共に他の難民の下に向かった。
「皆、本当にありがとう。ひとまず安全な場所で休もうか」
「俺たちの疑問は解決していないどころかむしろ増えた。騒ぎが収まった今なら時間もあるだろう。俺たちの質問に答えてくれないか?」
「もちろんだ。こちらに来てくれ」
そしてファイノンの先導で人気の無い場所に移動すると、ようやくこの世界の苦しい事情を聞く場を設けることが出来た。
「さっきは僕たちの事情を察して黙っていてくれたみたいだね。ありがとう、お礼にどんな質問にでも答えるよ」
「ではまず……エスカトンとは何だ?」
「滅びを前に人々が足掻く時代のことだ」
「つまり世界滅亡の危機だと?」
「そう捉えてもらって構わないよ」
その割には危機感が薄いようにアクトには感じられたが、まだ詳しい事情を知らないため深く聞くのは筋違いだろうと口を閉じる。
「色んな人が言ってたタイタンって何?」
「オンパロスの旧神だ。人類がかつて信仰していた神だが、今は敵対している」
「じゃあ黄金裔って?」
「預言によれば、黄金の血が流れる救世主の事だそうだ」
「ならさっきの神跡というのは?」
「「運命の三タイタン」からの贈り物だ。祝福のもと、司祭たちはタイタンの過去の投影を呼び覚まし、現実を変えることができる」
ファイノンの言葉にムッとしたような顔になったトリビーが教え子に言葉をかけた。
「あんまり簡単に言わないでよね!神跡は便利な道具じゃないんだから!」
「そうだぞファイノン。見ろ、彼らもどことなく納得してなさそうじゃないか」
「うっ……申し訳ない、僕は説明するのが苦手でね」
「でも長い説明をされても退屈だよね。う〜ん……そうだ!ウィルトゥスたちはヤヌサポリスの司祭だから、ライアーを上手に弾けるよ!一曲演奏してもらおう!」
「ああ、それは良い。それなら君達も退屈しないだろう?」
アストラスがにこりとしながらアクト達の方を向く。それに顔を見合わせた三人は、そういうことなら、と承諾し、詩を聞くことにした。
ヤヌサポリスの見通しの良い場所で幼い二人の子供がライアーを奏でる。それに釣られて周りの人も集まってきた。
「神々は沃土を見守り、大地に草木が茂る。12の星座は目の如し。巨人たちが盃を交わす。三柱は運命を紡ぎ、三柱は天地を開く。またある三柱は命を創り、他の三柱は災厄をもたらす。
彼らは言う。世は余りに静寂なり。我らが望むのは生きとし生けるものの微笑みのみ。
そうして人々が生まれた。言葉と歌が紡がれ、愛と友人が誕生した。これで創生は終わった。世の人々の足取りは軽く、魂の荷は重く。では魂の重みは誰が背負うべきか」
トリビーは顔を上げ、彼方に見える巨人を見た。
「偉大なるケファレ、全知の父。その体は屈強であるにも関わらず、目を閉じ頭を垂れる事を甘んじて受け入れる。
黎明の光が肩にのしかかり、黄金の血が大地に落ち──やがて集まって河となり、英雄たちの身中に流れる……」
そして詩が終わり少し経った頃。地響きが聞こえ、音のした方を見てみるとそこには巨大な紫色の生物が数匹男たちに引きつられてやってきていた。
「あれは?」
「大地獣キャラバンさ。迎えが来たみたいだ。みんな行こう!」
そして大地獣の前にやってきた人々は一様に安堵の表情を浮かべている。その中で丹恒は学者としての血が騒ぐのか少し目を輝かせていた。
「大きな生き物だな」
「この大きくて温厚な生き物は『大地獣』と言って人類の頼もしい仲間なんだ。オクヘイマまでの道のりは険しいから大地獣の力を借りることになる。大地獣は大人しい性格だから初めてでも簡単に乗りこなせるだろう。さあ、乗ってみてくれ。ただし、リードはしっかり握るんだよ」
「じゃあ私が乗るよ」
そう言って真っ先に星が大地獣の白い石脊を足場にして登ろうとしたところ、大地獣は不満げな唸り声を上げて星を数メートル先まで吹っ飛ばした。
「これのどこが「大人しい」の!?」
「はは、言い忘れてたけど白い石脊には触らないでくれ。「大地」のタイタンが大地獣に祝福を授けた時、彼らの荒々しさは全部その石脊に押し込まれたからね」
それを聞いて星は今度は石脊に触らないよう注意しながら飛び乗る。今度は無事に乗れたようだ。
そこにノーデスが寄ってくる。彼はこれまでより穏やかな顔をしていた。
「先ほどの演奏はいかがだっただろうか。長い間放浪を続けていたせいで、楽器に触るのは久しぶりでな。拙い演奏を聞かせてしまって申し訳ない」
「そんなことないよ!とっても上手だった!」
「輪になって座り、古い詩を歌うのは久しぶりだ。おかげで平和と栄光に満ちた時代を思い出した。今にして思えば、私は固執し過ぎていたのだろう。君達なら本当に終末からオンパロスを救えるかもしれない。今日六人の英雄が、私の命と信仰を救ってくれたように」
「苦しみは良いものじゃない。苦痛を受けたからといって信仰が崇高になるわけじゃないんだよ。そして皆を苦痛から解放することこそ、僕たち黄金裔の生まれながらの使命なんだ」
ファイノンの言葉を聞き、ノーデスはアストラスに頭を下げた。
「ノーデス司祭?」
「アストラス殿、申し訳ない……私はあなたに対して酷い誤解をしていたようだ」
「……いや、構わないさ。貴方がそう思うのも無理はないし、俺に嫌悪感を抱くのも当然のことだ。とっくに慣れているから気にしなくていい」
その言葉にトリビーとファイノンが悲しげに顔を伏せる。それに気付かないふりをしながらアストラスは言葉を続けた。
「かつての時代、俺は陛下──女皇の名の下、多くの人や都市国家を攻め落とした。その中には保身のために仲間を売った黄金裔も含まれていた……だからといって俺は志を同じくしたはずの同胞を討った事に変わりはない。
「アスちゃん……」
「そんなことが……いやしかし、私は深く知りもせず貴方を嫌悪したのだ。どうか、謝らせてほしい」
「気にしてないと言ったろう?」
仕方ないな、と小さく笑ってアストラスはノーデスの謝罪を受け取った。
「……まずい、空気が重くなってしまったな。とりあえずオクヘイマに向かおうそうしよう」
気持ちを切り替えるようにアストラスが手を叩いてそう呼び掛ければ周りの人達はいそいそと大地獣の背に乗る。
そしてアクト達も大地獣に乗ったところでオクヘイマに向けての旅が始まった。
◆
ヤヌサポリスを出発して数日。そろそろオクヘイマに着く頃だろう。
アストラスは先頭を歩く大地獣に乗ったアクト達を眺めながら横でしっかり彼らを観察しているファイノンに苦笑し、ふと自分と同じ顔をしたアクトの後ろ姿を眺めた。
「……終点にたどり着いた時、汝は抱擁を受けて新生を迎えるだろう。人のまま生を終えられぬ。我が愛し子ゆえに」
「なにか言ったかいアストラス?」
「ん?いや、何も言ってないが……」
「そう?なら良いけど」
変なことを聞くなあ、と言わんばかりの目でファイノンを見たアストラスはふと鼻につく臭いを感じた。
「煙?……いや、火の手か!ファイノン!!」
「分かってる!」
そして見えた聖都は火と煙を上げていた。『紛争』の眷属たちがオクヘイマに攻め入ったのだ。
舌打ちしたアストラスは素早く後方の難民たちの乗る大地獣キャラバンに向かって叫んだ。
「隊列を整えろ!『紛争』の襲撃だ、進路変更!オクヘイマの外縁で待機しろ!!」
前で丹恒とアクトが星を起こすのを眺めながらアストラスは彼らの頭上に降る瓦礫を吹き飛ばし、大地獣から飛び降りる。
「トリビー先輩、俺は一足先に聖都に!」
「こっちは大丈夫!お願いアスちゃん!」
一つ頷いたアストラスは進路上の眷属たちを薙ぎ払いながら聖都に風のような速さで駆けていく。
そしてアクト達もそれぞれの武器を構えて眷属たちと交戦した。