「……なるほど。そういうことだったのか」
ルトロに戻ってきた二人から話を聞いて納得がいった。
二人は何も故意に天外の話をしたわけではなく、人命のためそうせざるを得なかったと。
「それならまだ何とかなるかもな」
「さて、それはどうだろうな。ライアのことだから何かしらの処罰はありそうなものだが」
アクトの言葉と裏腹にアストラスはそう簡単にはいかないだろうと否定する。その顔には何故か憂いが浮かんでいた。
「まぁ良いか。とりあえず三人とも、これからライアのいる場所に案内しよう」
「どこに行くんだ?」
「この世界の中心だ」
そう言ってアストラスは水盆の傍に行くと手招きして三人を呼ぶ。
「この水盆に顔を浸けてくれ。そうすればお目当ての場所に移動できる」
「じゃあまず私ね!」
「なぜお前はそんなにノリノリなんだ……」
星がウキウキで水盆に顔を浸けるのを丹恒が呆れ半分の顔で見守る。その後に丹恒とアクトも水盆に顔を浸せば、景色は一変していた。
「これは……」
「ここが『創世の禍心』。オンパロスの中心であり、我ら黄金裔にとって重要な場でもある」
目の前には星座のような紋章が輝く壁画と水盆があり、そこにアグライアが立っている。
アストラスの先導に従って歩き、アグライアの前まで来ると有無を言わせず三人の腕を手錠のように金糸が縛り上げた。
「なっ……!?」
「あれま」
驚愕する丹恒を余所にアクトは試しにと腕を引っ張ってみるがガチガチに拘束されているらしい。どうやっても取れない、駄目だこりゃ。
そしてさらにアクトたちの後ろから白紫の髪に紫の瞳を持つ少女──雲石市場で共闘した『キャストリス』までもが現れた。
「……どういうつもりだ?」
「あなた達は民に天外のことを話しました。私の金糸は聖都のあらゆる場所に張り巡らされている……言い逃れは出来ません」
「既に知られていたのか。だがあれは人命を救うために必要なことだった」
「如何な理由であれ、あなた達が約束を反故にしたことは事実。ですが、破れた絹糸を縫い直すチャンスを一度だけ与えましょう」
取り付く島もないとはこのことか。丹恒の弁明も意に介さずアグライアは詰めてくる。
「そもそも俺たちは天外のことを話せばどのような不都合があるのか説明されていない。知る権利はあると思うが」
「確かに、それを話さなかったのは私の不手際でした。オンパロスでは昔から天外に憧れを抱く人々が多くいました。そのような中でかつて国を挙げて『天船』を創り上げた僭主たちがいましたが……その行いが『天空』のタイタンの怒りに触れ、一つの都市が焦土と化したのです」
アグライアから語られた内容に三人は目を剥いた。あまりにも、あまりにも重い罰だ。ただ宇宙に上がろうとしただけだというのに。
「そしてこれから四つの問いを行います。誠実に答えれば何事もなく、しかし欺きを貫くのなら死ぬことになる」
とんでもない裁判もあったものである。その時、三人の後ろにやってきていたキャストリスが「……またお会いしましたね」と声をかけてきた。
「彼女があなた達の死刑執行人です。キャス、猶予は五歩です」
「……眠りにつくように安らかである事をお約束します」
「そんな事約束されても!」
キャストリスの言葉に星が叫ぶ。それにはアクトも同意する。間違えればあの世行きである、御免被りたい。
そして金糸が辺りに張り巡らされ、尋問が始まった。
「では一つ目の問い。『異邦の者よ、なぜオンパロスを訪れた?』」
「私たちがこれからも旅を続けるために必要だから」
星がはっきりと答える。金糸は震えない。アクトは丹恒と目を合わせこの場は星に任せることにした。
「誠実な答えですね。一つ目の問い、通過とします。では二つ目の問い……『なぜオクヘイマに手を差し伸べた?』」
「私たちはナナシビト。見ず知らずの人でも目の前の命を見捨てるなんてできない。そんなことをしたら私たちの旅が続けられないから」
「金糸の震えはありません。この問いは通過とします」
星がホッと息を吐き出す。しかしアグライアの目は依然として細められたまま。
「三つ目。『たとえ情勢が変わろうともオクヘイマとその民に刃を向けないことを保証するか?』」
「私は……保証できない。もし何か恐ろしいことがあって彼らが怪物になってしまったりしたら……きっと武器を向ける」
星の言葉にアグライアの光の無い目がさらに細まる。答えを間違えたかとアクトと丹恒が身構える中で聖都のラプティスは口を開いた。
「金糸の振動はありません。この問いも通過とします」
これで四つの問いの内の三つはクリアした。残る一つの問いだが……アグライアの目が星ともう一人、アクトを捉える。
「異邦の者たちよ。あなた達の体内には荒れ狂う未知の力が秘められている……その力を以てオンパロスの神殺しに協力する意思はあるか?」
「今のままじゃ、私は協力したくない!」
「……俺たちの内に眠る力を感じ取ったなら分かるだろう。これはおいそれと悪用していい力じゃないと」
辺りに静寂が満ちる。やがてアグライアは息を吐き出し、「とても誠実な答えでした。四つの問い、終了とします」と告げた。
「これまで通り、聖都で過ごしていただいて構いません。ただし、今後はより慎重に行動してください」
「悪いが、何の説明もなく拘束された挙げ句に尋問を受けたようなところにいつまでも留まるつもりはない。オンパロスだけが俺たちの唯一の選択肢というわけでもないからな」
丹恒が目つきを鋭くし、刺々しく答える。
「ライア。彼らを試す、とは聞いたが尋問をするとは思わなかったんだが?」
「この方がより効率的だと判断したまでです」
「……お前なぁ……」
本当に残り僅かだな、とアストラスは肩を竦めた。かつての彼女であればこのような強引な手段は取らなかっただろうから。
「みんな、ちょっと待ってくれ」
その時、新たな声が禍心に響く。振り返るとそこにはファイノンが立ってこちらに歩いてきていた。
「……ファイノン?」
「アグライア。一番最初に彼らと出会ったのは僕だ。だから僕の意見を聞いてくれないかな……深淵で初めて彼らと出会った時、もちろん警戒したし、聖都に着くまでもずっと警戒は解かなかった。でもオクヘイマのために戦う彼らの眼差しを見て僕は彼らが真に盟友足り得ると確信した……僕のこの戦士としての直感を信じてくるかい?」
ファイノンの真剣な眼差しを受けて、軽く息を吐き出したアグライアはキャストリスにも意見を求めた。
「キャス、あなたはどうですか?」
「私としては『死』は罰ではなく……静かなお別れであってほしいです」
その言葉を聞いてアグライアは首を横に振った。まさかこうも早く黄金裔を味方に──それも二人も──つけるとは思っていなかった。彼らの人徳ゆえの成果なのだろう。
「アストラス。あなたの意見は如何でしょう?」
「当然彼らの味方だ」
「……昔の貴方であれば素性の分からない者など即刻首を刎ねそうなものですが」
「昔は昔、今は今だ……それとも親愛なる『金織』殿は『カイザー』に仕えていた『
「さて、どうでしょう」
ファイノンが三人の異郷人に禍心について説明しているのを眺めながら千年の時を生きる黄金裔たちは言葉を交わす。
こうしてかつての『カイザー』時代の話を出来るのも、今となっては
「で、ニカドリーの居場所は特定できたのか?」
「我が師トリアンから報告がありました。明日出発させようかと」
「そうか」
いよいよ火を追う旅が再開するのだとアストラスは気を引き締める。加えて今回は天外からの異邦人たちもいる。どのような展開になるのか……予想はつかない。
だが今は失礼を働いた彼らへ詫びを入れるべきだろうとそちらに歩いていった。
◆
「……ここは」
気が付けば不思議な空間にいた。宇宙が如き蒼穹が広がる場所……かつて『終焉』の一瞥を受けた時に訪れた空間だと悟った。
「どうしてここに……確か禍心での話し合いを終えてルトロに戻ってから眠った筈なんだが……」
ではこれは夢なのだろうか。それにしては嫌に現実味がある。
とはいえ立ち止まってばかりでもいられないだろう。意を決し歩みを進めていく。
『其はあなたを選びました』
『忌々しい『終焉』の信徒め…!お前のような者がいるから…!』
『君はきっと多くのものを手に入れ、そしていつか青い星に辿り着くだろう』
木霊が響く。『終焉』の行人となってから関わってきた人たちの声。
終焉、または終末を司る其は常に未来から過去へ揺蕩っている。なぜ予言を囁くのか誰にも分かっていない。一度
そんなことを考えながら歩き続けて暫く。渦の前にぼうやりとした人影が見えた。それは近づくにつれてはっきりしていき、目の前に立つ頃にはローブを羽織り、深くフードをかぶった男だと判別できた。
「……アンタは?」
「『終焉』の司祭、とでも呼ぶといい」
コツコツと靴音を響かせてこちらに歩み寄ってきた男は掌をかざして小さな火を生み出すとそれをアクトに向ける。
「これを受け取れ」
「これは?」
「篝火。だがやがては暗い闇夜を星のごとく照らす太陽となるだろう」
そしてアクトが反応するより早く彼の眼前に現れた男はその火をアクトの胸に押し当てた。火がゆっくりと沈んでいき、体に完全に吸い込まれたときには既に数歩後ろに下がっていた。
「異物混入はお断りなんだが?」
「黙って受け入れろ。それがいずれ助けになる」
釈然としないアクトにも構わず、男は腕を組んだままジッとこちらを見据えている。
「其はとっくにお前を見定めている──思い出せ、お前が初めて崩壊獣に挑んでいった時に抱いた思いを。忘れるな、お前には帰るべき場所があるのだと」
「なんでそれを……お前は一体……」
瞬間、身体が浮かぶ感覚に襲われる。時間なのだと悟った。だがまだ聞きたいことがあると手を伸ばす。
「すべてに答えを見いだせた時にもう一度ここに来るといい。打ち倒せ、『■■』の運命を深く歩む変質したニューロンを。それを果たすためにお前は新生しなければならない」
「おい、一体何を──」
「最後に問いを残そう──『お前は、一体誰か』」
要領を得ない問いが投げかけられる。しかしそれを思案する間もなく、アクトの意識は急速に浮上していった。
「思い出せ。その答えをお前はとっくに知っている」
アクトが消えるのを見届けた男は小さく呟き、腕を軽く払う。するとそこに三名のミームとなった人間たちが倒れていた。
「さて、ご機嫌いかがかなメモキーパー?」
「うぐ…お前、何者だ。『終焉』にお前のような者は…」
「下らない問答だな。
「まさかお前が……」
「さてな。だが『過去のさざ波』をこうして放置している以上、お前たちも程度が知れるな」
男の横にピンク髪の少女が現れる。その少女は困ったように男を見上げた。
「ねぇ司祭さん。少しやりすぎなんじゃないかしら?」
「これらにはこれくらいやっておかないと後々面倒だぞ……それで、どうする『さざ波』?君をオンパロスに送り返してやる事もできるが」
「あら、ついさっきは『まだその時じゃない』って言ってたのに」
「一応のポーズというものだ」
少女の言葉に肩を竦める。そしてもう一度宙を見上げた。
「間もなく『■■』が目覚める。そうなった時、彼らがどのように立ち向かうのか見ものだな」
「きっと大丈夫よ。なのかの大事な仲間たちなんだもの」