ヌース君狙われすぎじゃない?
全盛期の力を取り戻したニカドリーの力は先程と比べて遥かに隔絶していた。
星とキャストリスが合流したことで人数は増えたものの、それは力を取り戻したニカドリーもまた同じであり、故の互角。
「あっぶな…!?」
神速で以て突き出された一撃を剣の腹で止める。そしてがら空きとなったニカドリーの横腹にファイノンとモーディスが追撃を仕掛けるがニカドリーはその場で跳躍して左右からの攻撃を躱す。
そこに第二陣として放たれた星の槍とキャストリスの大鎌の一撃が白い甲冑を砕いた。
「濁悪よ、呑まれろ!」
丹恒が雲吟の術による津波が如き濁流で地に叩きつけられたニカドリーを押し潰す。
「合わせろアクト!」
「ああ!」
アストラスとアクトが槍を折るように斬りつけ、ニカドリーの手から弾き飛ばす。さらに斬りつけた姿勢のまま体を捻って胴体をX字に斬りつけた。
『───!!!』
「ッ…!まだまだ余裕ときたか」
吹き飛ばされたのを利用して槍を取り戻したニカドリーが咆哮する。そして槍の柄が地面を叩いた瞬間、何かが身体から抜けたような感覚に襲われた。
「霊魂の一部を奪ったか…!」
「どうするの?」
「取り戻すまでだ」
モーディスが突貫し己の霊魂を解放しようと霊魂に突き立てられた槍に拳を振るう。当然それをニカドリーが見逃すはずもなくモーディスに向けられて槍が迫るがアストラスがそれを防ぐ。その隙に各々槍を砕いて霊魂を取り戻した。
◆
あれからそれなりの時間が経った。ニカドリーの猛攻は止まらないものの確実に体力を削れている。だがその最後の一押しが中々決まらない。
その時、ニカドリーのエネルギーが爆発的に高まる。
「これは…!!」
「来るか、あの一撃が──お前たち!全力で対処しろ!!」
モーディスの声に警戒するようにニカドリーを見上げる。
神はその黄金の翼を広げ、槍を眼下の人間たちに向けている。そして今までの比にならないエネルギーを帯びた巨大化した槍が凄まじい速さで迫ってきた。
「躱すにしても…!」
「なら弾くか受け流すしかないな」
アクトが剣を構える。そして溢れ出す崩壊エネルギーが彼の肉体を覆った。
「簡単に降せると思うなよ戦神!!」
──劫滅天火
そして眼前にまで到達した槍に、アクトは業火を纏う大剣をぶつけた。
衝撃が迸り、地面が陥没する。拮抗しているように見えたそれはしかしアクトが徐々に押し込まれていた。
「アクト!」
「構う、な…!」
助太刀しようとする星達を制し、アクトはさらに崩壊エネルギーの出力を上げ『愚なる業魔』へと変身する。
それによって熱量の上がった劫滅天火の炎が青へと変化する。
「───オォォォォオオオオッッッ!!!」
裂帛の気合いと共に振り抜かれた剣が槍を押し返す。その反動で身体が吹き飛び業魔も解除されるがアストラスがその背を受け止めた。
「良くやった──機を逃すな!!」
アクトへと労いの言葉をかけたアストラスの号令でその場の全員がニカドリーへ突貫する。
最強の一撃を防がれたニカドリーは大幅なエネルギーの消耗から身動きが取れずにいる。そこに各々の一撃が突き刺さり、ニカドリーがついに膝をつく。
「これで最後だ!」
トドメを刺そうとファイノン、モーディス、アストラス、丹恒が動く。しかし数瞬早く、頭上の『天罰の鋒』が一際強く光を放つ。
そして聖都に留まっていたアグライアもまた、金糸が張り詰めたことにより事態を察した。
「我が師──」
予想通り『天罰の鋒』からケファレの神体目掛けて極光が放たれている。ならば後は運命の三つ子の仕事だ。
「今です!」
その声と同時に『黎明のミハニ』の前で待機していたトリビー、トリアン、トリノンの三人が『百界門』を展開し『天罰の鋒』からの極光を防ぐ。
本来『百界門』を開くだけならば門職人であるトリアンのみで事足りるのだが、今回はニカドリーによる一撃を別の場所へ送るということもあり三人で開くこととなった。
やがて『天罰の鋒』のエネルギーが尽き、輝きを失う。結果としてケファレの神体は無傷。三つ子はしっかりその役目を果たした。
そしてそれは同時にクレムノスでの戦いが終結した証でもある。
「──もう剣を振るう必要はない」
燐光が降り注ぐ中、ファイノン達はゆっくりとニカドリーに向けて歩みを進める。最後まで紛争の名に恥じない戦いぶりを見せたニカドリーの神体は既に光に溶けていた。
「世界から『紛争』が消えた」
後に残されたのはこの戦いの目的であった『紛争』の火種だけ。また一つ火を追う旅が前進したことをようやく実感したファイノンが静かに息を吐く。
「ここは静かすぎて息が詰まる…鎮座するタイタンを喪っただけだと言うのに、この城はすっかり変わってしまった」
「まだ静寂に耳が慣れていないだけだ。しばらくすればいつも通りになる」
「どうだかな…で、これからどうする?」
鼻を鳴らしたモーディスが再びファイノンに視線を向ける。そこにキャストリスが近づき声を掛けた。
「あのタイタンと約束したのです。火種は黄金裔が持ち帰り、その光で未来を照らしていくと」
「ニカドリーと…話をしたのか?」
「うん。彼の暴走には外的要因があったの」
「外的要因だと?なんだそれは」
星の言う「外的要因」という言葉に目の色を変えたモーディスが詰め寄ろうとしてアストラスにやんわりと制される。
「焦ることはありません、モーディス様。オクヘイマに戻ったら、私からご説明させていただきます」
「…そうか」
その後、ニカドリーの火種は創世の禍心に着くまでの間、ファイノンの体の中に保管されるということに決まり、一行はクレムノスを後にした。
◆
「…帰ってきて早々俺だけ『昏光の庭』送りとか虐めか何かか?」
「そんな事ありませんよ。ただアグライア様はアストラス様のことが心配なだけなんだと思います」
「それなら俺よりファイノンやモーディスの方を気にかけるべきだと思うがな」
アストラスは自身を診察する医師──『昏光の庭』の首席看護師のヒアンシーに気怠げに目を向けた。
クレムノスから帰還してアグライア達に報告を終えたアストラスはアグライアに言い負かされてオクヘイマに急遽立てられた『昏光の庭オクヘイマ支部』にやってきていた。
「アストラス様は定期検診があるんですからそれを兼ねての事なんじゃないでしょうか?それにファイノン様達曰く特に無茶をしたと聞きましたよ!身体を労ってくださいと言ったばかりですよ?」
「…善処はしたさ」
「そこはしっかり『これからは無茶をしません』と言い切ってほしいです…」
ションボリと肩を落とすヒアンシーを見てアストラスは「うぐっ」と息を詰まらせた。どうも彼女のこの顔には弱いのだ。
「分かった分かった、これから無茶は控えるよ…まったく、セネオスの末裔がこんなに強かになるとはな」
「そう言えばアストラス様はセネオス様とお会いしたことがあるとトリビー様からお聞きしましたが…」
「大昔にな。俺がまだ故郷で暮らしていた頃にセネオスが父に…王に目通りを叶ってきた事があってな。その時にチラリと目にしただけだが凄まじい覇気を感じたものだ」
一言二言会話をしただけではあったが、なるほどこれほどの人物ならエーグルさえも下せるだろうと強く感じたものだ。
そんな風に過去に浸ったからか、アストラスはぼんやりと空を眺めながらポツリポツリと懺悔するかのように言葉を紡いでいく。
「父も母も民達も…誰もが暗黒の潮と愚かで救いようのない隣国の虫けらどもに踏み躙られた。戦って戦って戦って、結局全部がこの手からすり抜けていったんだ」
「アストラス様…?」
「だから俺はあの日、跡形もなくなった故郷の前で人々に約束した。どのような代償を払ってでも──必ず人類と暗黒の潮の戦いを勝利に導くと」
その為の千年。その為の人生だった。
結局のところ、再創世が果たされる時には自分は既に死んでいるのかもしれない。それでもその時が来るまでは戦い続けよう。
「ヒアンシー。俺は後持ってどのくらいだ?」
「え……そ、それは……」
「言い辛いのは分かっている。だが口にしてくれて構わない。俺はとっくに覚悟は出来ている」
その言葉にヒアンシーは大きく息を吸い、意を決したようにアストラスの目を見て告げることにした。とてもとても残酷な真実を。
「恐らくですが……最大限延命して、残り一年、かと……」
「……そうか。辛いことを言わせてしまったな」
患者の前では泣かないのだと強く決めている少女の肩を叩く。
大丈夫、いずれ世を背負う事になるだろう弟子には教えることは全て教えた。火追いの旅も天外からやってきた盟友たちの助力もあってようやく終わりを見せ始めている。
ならば後はこの身を再創世の為の薪とし、炉に焚べるまでのこと。
アストラスについて:その一
光歴3830年、自由の月に産まれる。故郷はオロニクスを信仰する都市国家であり、かつてヤヌサポリスとは同盟関係にあった。
父は国王で、その王妃であった母はオロニクスの預言を聞くことのできる巫女であった。
そして黄金の血を持って産まれた息子アストラスの事を彼らは慈しみ、やがてそのためにやってきたトリスビアスの分裂した内の一人を快く迎え入れた。
しかしそれを快く思わなかった隣国と暗黒の潮の襲撃が重なり、都市国家は滅亡。自ら戦線に出ていたアストラスは父母と守ると誓った民達の死を知り、胸に宿ったどす黒い炎に焼かれながら単独で隣国を一人残らず滅ぼし、やがてとある女皇に拾われるまでは暗黒の潮の造物を狩り続けていた