これはアクトが列車組と会うより少し前のこと──
「あ」
「……ああ」
アスデナ星系にある星の一つにて。
そこで懐かしい顔にバッタリ出くわしたアクトは軽く腕を上げた。
「久しぶりだな──『黄泉』」
「貴方だったかアクト。久しぶりだ」
軽く笑みを浮かべながら挨拶を交わす。
お互いに『良く似た友人の顔』を彷彿とさせるだけにどこか懐かしいものを見る目になっているが。
「この前ピノコニーで自滅者が云々とあったみたいだけどもしかしてお前か?」
「ああ。少し宴の星に用があってな……旧友との約束を果たすために立ち寄ったんだ」
「『永火官邸』を襲撃したのもお前が?」
「ピノコニーに入るための招待状が必要だったからな。冥火大公とその家族と戦い、その後にピノコニーに向かった」
「随分な大立ち回りというか何というか……そんな思い切りの良さは似なくて良いだろうが……」
「何か言ったか?」
「いや何も」
腕を組み訝しげにする黄泉にヒラヒラと手を振って何でもない、と返す。
それにしても、とアクトは改めて目の前に立つ女性を見る。紫の髪と『虚無』に魅入られた者特有の人間が見せる瞳の色を宿した彼女。初めて会ったときと何ら変わらないその在り方にも何かと助けられたものだ。
◆
あれはアクトがこちらの宇宙にやってきて暫くした頃。この頃のアクトは羅浮を飛び立ち、果てのない宇宙へと漕ぎ出した。
様々な世界に行き、様々な人と出会いながら故郷へ帰る方法を探していた。めでたく二十歳の成人を迎え、その矢先にスウォームに襲われたりして大変な思いをしていたそんな時に、アクトは黄泉と……否、『雷電 忘川守 芽衣』と出会ったのだ。
「……大丈夫か」
「死ぬかと思った……何はともあれありが──」
スウォームが群れを成して襲いかかってくるとかいう悪夢を何とか目の前の剣士の助けもあり乗り越えられたアクトは彼女にお礼を伝えようとして、その顔を見て動きを止めた。
「……芽衣?」
その顔は男がよく知る親友によく似ていた。そしてその名前を聞いた彼女もまた、不思議そうに首を傾げた。
「何故私の名前を知っている?」
「何故って……お前、『雷電芽衣』って名前じゃないのか?」
「──ああ、なるほど。そういう事か……私は確かに貴方の言う雷電芽衣という名前だが、私の本名は雷電 忘川守 芽衣だ。今は黄泉と名乗っている」
「忘川守……?」
「貴方の知っている人と私は似て非なる者だ」
淡々と虚ろな目をしてそう言った目の前の女性を見て、アクトは納得したように頷いた。
「どうやらそうみたいだ……悪い。あまりに友人と似ていたものだからつい」
「気にしていない。私も貴方と似た感覚を経験したことがあるからな」
アクトの謝罪に黄泉は首を振る。
それがアクトと黄泉の最初の出会いだった。
◆
「あれから何かと縁があったな」
「私自身、こうして長く縁が続くとは思わなかった。虚無に浸り、故郷を脱したあの日から何かと人との縁は切れやすかったから」
「なら俺は長続きしてるんだな」
「そうなるな……私も様々な場所を旅してきたが、似た姿の『旧友』とここまで長く付き合えるというのは珍しい」
その時、黄泉が刀の柄を握り、鞘から軽く引き抜く。それが彼女の『虚無』によって抜け落ちていく記憶を鮮明にするためのルーティンなのだとアクトは理解していた。
初めて見た時はすわズンバラリンにされるのかと戦々恐々としたものだが。
そしてアクトはそんな黄泉を見て目を細めた、
「より深く『虚無』に浸かってるな……大丈夫なのか?」
「ああ、心配いらない。完全に消える前に私は目的を果たす」
そういう意味じゃないんだが……とアクトは苦笑しながらも言葉にはしなかった。
「私のことよりも貴方は自分の心配をした方が良い。貴方は昔『虚無』に落ちかけたことがあるだろう。それもあってか貴方の精神は少しだけ変質している」
「大丈夫さ。『IX』に一瞥された訳じゃない」
そう語るアクトの瞳孔が『虚無』のそれとは異なる紫の光を宿したことに気付いた黄泉はため息を吐きながら彼の頬にそっと触れる。
「……ん?」
「少し失礼する」
首を傾げるアクトに謝罪を述べてから黄泉はその刀を抜き、刃をアクトに軽く突き刺す。
そして黄泉の髪が抜け落ちたような白に変わり、服にも赤が混じる。
「貴方はそこに留まり続けてはいけない」
◆
アクトの意識が沈んでいく。暗く深い場所に。様々な光景が彼の前を通り過ぎていく。
──幼い頃に逝ってしまった両親の微笑み
──自身を引き取り養子としたオットーとその孫娘にして義姉にして恩師のテレサの顔
──かけがえのない人達だった芽衣、ブローニャ、姫子、フカ
それ以外にも多くの人の顔や声がアクトの前を通り過ぎていき、最後にその背が見えた。
「……キアナ……」
懐かしい姿だ。もう見ることはないのかもしれないと、最期には酷い姿を見せてしまったと悔やんでいた、何よりも愛おしいと思っていた少女の背。
そして、その背の向こうにある『ソレ』はアクトを見据える。
地面に埋まったような紫色の球体の形をしたナニカ。それをアクトはよく知っている。実際に目にした訳では無いが、あの最期の戦いの折に色々と理解してしまったのだ。
「……終焉の、繭……」
この宇宙には存在しない筈のそれ。『創造主文明』とかいう傍迷惑極まりない輩が残していった負の遺物。
それがアクトを見ている。まるで試すように、おいでおいでと手招くようにその訪れを待っている。
「俺にその価値は無いと思うんだが……」
アレらが望む存在に自分はなれないだろう。自分と同じ存在が欲しいと、孤独を拒んだ『創造主文明』の思惑に乗ってやるつもりは端から無いし、そもそも死ぬなら自分はあの日に死んでいるはずだったのだ。
謂わば今の生は数多の幸運によって与えられた余暇とでも言おうか。それならやりたいことをやって、好きなように生きて好きなように死ぬのだと。
「お前らの力は……『終焉』には懲り懲りだよ……何かと欲してはいるけど同じ存在にまでなるつもりはない」
「──なら、ここに留まる意味もないだろう」
その時、聞こえてきた声と共に世界が塗り替えられる。
一抹の赤と雷鳴が轟いた
足元には海のような水が張り、眼前には巨大なブラックホールのような何かがある。
そして背後に感じた気配にアクトは振り向いた。
「……ここが虚無の狭間か?」
「存在の地平線とでも言えば良いのか……『虚無』に落ちた者を引き上げ、目覚めの世界へと送り返す為の場所だ」
「成る程。どうやら手間を掛けさせたみたいだな」
「気にするな。少なくとも貴方はこうしてここに存在している。それで十分だろう」
「……そうか」
彼女が言うならそうなんだろうとアクトは納得した。今までの彼女との語り合いで、こういう場面において彼女を信用しない手はないとよく知っているから。
「貴方の心の中には沢山の鮮やかな色彩がある。それを『虚無』に呑み込ませるのはあまりに不条理だ」
「そうだな……もし俺の存在が吹けば消えるほど儚くなったとしても、あいつらの顔と声だけは絶対に忘れないでいたいんだ」
だって大好きだから。
アクトの目は月のような黄金色に輝いていて、それに黄泉もまた笑みを見せた。
「……本当に私の知っている旧友とソックリだな」
「世界には似た顔の人間が三人いるとか何とかって言うだろ?」
「そうかもしれないな」
黄泉が手を差し出す。帰る時間なのだろう。アクトはその手を取り、握り返す。
「これから先、私や貴方には多くの困難が待ち受けているかもしれない。だが信じてほしい。その先には、必ず一抹の赤が見えると」
「信じてるさ。昔からずっとその手の事はな」
片目を瞑り、そう告げたアクトに黄泉は頷く。
そして光が溢れた。
◆
「一先ず、お帰りと言うべきだろうか」
「迷惑かけたな」
目を開ければ、そこは先程まで黄泉と話していた広場だった。どこか心配そうな目を向けてくる黄泉に問題ないと手を振る。
その時、端末に一つの通信が入った。それに目を通して踵を返す。
「行くのか?」
「ああ。こう見えて最近は何かと忙しいんだ。傭兵紛いのことをしてるとな」
「そうか……この星には良い景色があったから一緒にどうかと思ったんだが」
「このイケメンムーブ俺が女だったら惚れてたね……まぁ良いか。それはまた今度に取っておくよ。またいつか、この星空の下で会おう」
そしてアクトは歩き出す。黄泉もまた彼とは反対方向へと歩いていく。
この時のアクトは予想もしていなかっただろう。その先で新たな出会いと再会、そして新たな旅が待っていることを。
ポポン……俺のポポン……