いつか帰る場所   作:シャケナベイベー

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念の為、『曇らせ』タグを追加しました






念の為だよ?ホントダヨ?


樹庭へ

『これは君がやったのか?』

 

 その声に顔を上げる。驚いたようにこちらを見ている太陽とも月とも思わせる黄金色の瞳が綺麗な大人がそこに立っていた。

 腰には剣が一振り。相当な実力者だと分かる。

 大人の問いに頷けば、彼は『そうか…』とひどく悲しげに呟いてこちらに歩いてくると膝をついて目線を合わせてくる。

 

『どうしてこんな事を?』

『エリュシオンが…僕の故郷が、こいつらにめちゃくちゃにされたから……』

『……そうか』

 

 彼はやはり悲しげな顔をしていたが、どこか人を安心させるような笑みを浮かべると手を差し出してくる。

 

『一緒に来ないか?』

『え?』

『君を迎えに来たんだ、エリュシオンのファイノン。俺はアストラス。聖都オクヘイマで騎士をしている』

 

 あっさりと、当然のように故郷の名を口にした大人──アストラスに呆然とする。そりゃ自分で言っていたけど、エリュシオンは世界から忘れ去られた村だ。だからわざわざ言う必要なんて無いはずなのに。

 

 そうして差し出された掌を見つめる。大きな手、戦士の手だ。いつかそうなりたいと望んでいたもの。己が目指すもの。

 だからだろう。差し出された掌に自分の手を重ねれば、意外なほど優しい力で握られる。そして彼は一つ頷くともう片方の手で自分の頭を撫でてきた。

 

『一人でよく頑張ったな──これからはもう君は一人じゃない。きっと多くの仲間に囲まれるだろう…幸せになりなさい。まだ世界を知らない雛鳥』

 

 ストンと、その言葉が胸に炎を灯らせた。これまでの復讐に灼かれる業火ではなく、暖かな日差しのような篝火が。

 傍にいてくれる?と聞いてしまった。その温もりが嬉しかったから。

 もう、独りぼっちは嫌だったから。

 そして黄金月の瞳の彼は頷いて言葉を返した。

 

 

 

 良いとも、と

 

 

 

 

「………」

 

 パチリ、と目が開いた。頭の中に残る微かな残響をそのままに辺りを見回す。どこかの部屋だ…その時、扉が開いて見知った顔が姿を見せる。己の師だ。先ほどの夢が思い浮かび、なんだか昔に戻ったように思う。

 

「起きたか」

「……アストラス、僕は」

「結論から言えば、試練は失敗。モーディスたちのお陰でお前は連れ戻された」

 

 彼らに礼を言っておけよ、と言って師は手に持っていたフルーツが盛られたバスケットをベッドの横の丸テーブルに置く。

 

「……貴方と」

「ん?」

「貴方と、初めて出会った日の夢を見てた…懐かしくて、浸ってしまいそうで……」

 

 試練で何かあったな、とアストラスは弟子の様子を見て察した。しかし聞くことに努めた…それが最善だと思ったからかもしれない。

 

「今は休め…休んで、また今度から元気な姿を見せてくれればいいさ」

「そうするよ…そういえば、どこか出掛けるのかい?なんだか扉の向こうが騒がしいけど……」

「樹庭の方にな。暗黒の潮の研究結果を聞きに行くのと、サーシスの火種回収に関する会議のためにな」

「そっか」

「後は開拓者…星嬢も連れていくことになった。旅行にはピッタリだろうからとライアがな」

 

 アストラスの言葉にファイノンはさらにベッドに深く沈む。しばらく大きな戦いが無さそうと分かったからか張り詰めていた糸が切れたのだろう。

 

 そしてしっかり休んでいるよう言い含めてアストラスは部屋を出て足早に聖都の外縁を歩く。郊外にいるだろう星たちと合流するためだ。

 

「まったく…何事も無さそうで安心したぞ……」

 

 世話の焼ける弟子だ。まあそんな彼の教育を買って出たのも自分なのだから面倒を見ることに否やはない。

 

 ふ、と冷たい北風が頬を撫でた。エイジリアからのものだろう。常に光に包まれているオクヘイマに北風が吹くことは稀であるが、無いわけではない。

 冷たい…雪…白、そう白だ。ファイノンの髪の色…いや、それよりも誰かの……。ずきり、と頭が痛んだ。

 

「くっ……」

 

 軽くふらつき、壁に手をついて頭を抑える。ほんの瞬きの間、刹那に記憶が揺さぶられる。

 

 白雪の髪をした誰かがこちらに手を伸ばしている。縋るようにも、引き留めるようにも思えて…その空色の瞳から雫が溢れている。拭ってやりたいのに、出来なくて。一緒にいたかったのに、諦めて……。

 

「……体調は整えているつもりなんだけどな」

 

 それは一瞬にも満たないこと。次の瞬間にはアストラスは「ヒアンシーに何か言われるのかもな…」と陰鬱になりながら、いつも通りに歩いていく。

 

 

 

 アストラスは……■■■は覚えていない。魂の奥深く──何人も掘り起こせぬところにその記憶は置き去りにされた。

 海のような、空のような色の瞳の何よりも大切な少女の前で消えたことも覚えていない。

 別の『葉』に渡って旅をしたことも。

 数多の『枝』で己が凄惨な死を迎えていたことも。

 

 

 

 

 彼女の前から消える間際、幸せになりたいと、傲慢にも願ったことも。

 

 

 

 

 出発の際、暗黒の潮による被害を受けた人の救護にヒアンシーが当たるため、ヒアンシーとは別れる事になったものの一行は神悟の樹庭に向けて出発した。

 

「う〜ん……」

「トリアン先輩?眠いのか?」

「だ、大丈夫だぞ!」

「かなり歩いていますし、トリアン様はずっと飛んでいましたから休息が必要かもしれません」

 

 樹庭まであと少しというところでうつらうつらとするトリアンにアストラスとキャストリスが声を掛ける。年長者としてか、頑張って起きようとしていたトリアンだったが、結局アストラスに背負われるとすやすやと眠ってしまった。

 

「さて、樹庭まではもうすぐだ。星嬢、ミュリオン。慣れない道だが大丈夫か?」

「問題ないよ」

『あたしも大丈夫よ!』

 

 振り返り、疲労の確認をしてくるアストラスに星とミュリオンは手を挙げて応える。こうしていると姉妹みたいだな、なんて微笑ましい気持ちになりながらアストラスとキャストリスは歩を進める。

 

「アストラス様、お身体の方は大丈夫でしょうか?」

「心配いらない。ヒアンシーのお陰で安定しているからな」

「それなら良かったです…ただ、アストラス様も今回の旅に同行するとは思いもしませんでした。貴方とアナイクス先生が顔を合わせることにアグライア様は良い顔をしないものとばかり……」

「教授殿に聞きたいことがあったからな。錬金術のことについて彼以上に詳しい人はいないだろう?」

「錬金術を…ですか?それは何故……」

 

 キャストリスの疑問に片目を瞑る。秘密、ということらしかった。

 その後、樹庭に続く小道の前まで辿り着いた一行はここで一夜を明かすこととなった。女性陣には固まってもらい、アストラスは一人、周囲をよく見渡せる場所で寝ることにした。

 

「樹庭の方向がやけに静かだ…それに、オクヘイマにいた暗黒の潮の被害を受けた彼、樹庭の人間だな。何事も無ければいいが……」

 

 樹庭に滞在する人が各々の研究の為に遠出をするのはそう珍しいことではない。件の彼も、偶々オクヘイマ付近に来ていて、そこで暗黒の潮に遭遇してしまったという線もあり得なくはない。

 しかしニカドリーが討伐されて以降、暗黒の潮の拡がりが急速に進行しているのを感じていた。『黎明騎士団』を率いてその実態をしっかり確認したのだから。

 

「あそこにはサーシスの火種がある。万が一、暗黒の潮の襲撃に遭ったとして…樹庭の現状の勢力だけでは暗黒の潮を抑え込むので精一杯…どこかでその均衡が崩れることもあり得る、か……」

 

 アナイクスもいるので早々酷いことにはならないと思いたいが──何せ彼は火を追う旅に異を唱え、アグライアと意見の対立が絶えない男である。彼の性格からして、自身の知的好奇心を優先させる可能性だってあるのだ。

 

 用心はしておくべきだろうと、微睡みに浸りながらアストラスはぼんやりと永夜の空を見上げる。

 

 

 

 青白い光を帯びた月が、人の子の行く末を見守るように浮かんでいた。




アストラスについて:その二

故郷を失った彼は、長らく放浪の身となった。暗黒の潮の造物を狩り、復讐の業火で全てを灼き尽くした。怒りのままに。嘆きのままに。

『ほう、「黄金月の炎魔」とはお前のことか』

そんなある日。いつものように暗黒の潮の造物を灼き尽くした彼の前に一人の少女が現れた。小柄な体躯に銀の髪に王冠を乗せた少女。後ろには数多くの戦士を従えている。
小柄といえどその身に纏う覇気は己の父を思い出させた。即ち、『王』としてあるべき者だと。

『ボクは多くの戦士を欲している。貴様ほどの力ならこれ以上ないだろう』
『……戦争でもするつもりか。小さな王』

己の言葉に小柄な王は目を細めた。それが合図であるかのように彼女の後ろに控えていた屈強な戦士が三人、槍や剣等各々の武器を構えて向かってくる。
掌を翳せば、そこから業火が溢れ、龍を形取る。焔で創られた龍は一瞬にして戦士たちの武器を灰にすると瞬く間に消えていく。
それを見た王は不可解そうな顔をした。

『なぜ殺さない?』
『理由が無い』
『貴様に武器を向けたぞ?』
『殺意が無かったからな。大方、俺の実力を試すためだろう。そこで死ぬならそこまで、三人を殺したならそれで良し。手懐ければ良い…こんなところか』
『ふ…はは、はははははは!!!』

王は大笑を響かせた。復讐に身を焦がす流浪者かと思ったがまさか!この男は冷静だ、この上なく。その上で冷徹に暗黒の潮を狩っているのだ。まさに狂気的、しかしこれ以上ないほどに純粋だ。なるほど、自分の身長を言及したことは不問にしてやろう。面白いものが見れた。

『ボクのものになれ、「剣聖卿」』
『……それは俺のことか?』
『そうだ。炎や月を指す言葉でも良かったが、貴様には単純な方が似合うだろう』

王の言葉に彼は小さく笑う。なるほど、まさに王足り得る器なのだ。そしてアストラスはこの王の──『カイザー』ケリュドラの手を取った。


これが、王族であったアストラスが仕えた唯一人との出会いだった。
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