「……何か飲むか?」
「いや、お構い無く……」
星穹列車のラウンジで互いにソファに腰掛けながらヴェルトとアクトはそれぞれの顔を見る。その場にはなんとも言い表せない空気が漂っていた。
因みに他の四人は気を利かせて退出している。
「……さっきはすみませんヴェルトさん。つい言葉が強くなってしまいました……」
「いや。君の気持ちは分かるつもりだ、その程度で咎めることはしないさ」
項垂れるアクトをヴェルトは子を見守る父親のような、友人のような不思議な表情で見つめる。
「その……ヴェルトさんは俺の知ってるヴェルトさんなんですよね?ネゲントロピーの盟主で元『理の律者』の」
「その認識で合っている。君も、俺のよく知るアクトなんだな?聖フレイヤ学園の生徒でキアナ・カスラナ、ブローニャ・ザイチク、雷電芽衣の同級生だった」
「そうです。あの……崩壊エネルギーを暴発させて死んだあのアクト・アステルです」
またもやなんとも言えない空気が流れた。二人とも、相手に聞きたいことは山程あった。なぜこっちの世界にいるのか、今まで何をしていたのかなど……疑問は尽きないがそれをヴェルトが破った。
「まさか君が生きているとは思わなかった。あの時……崩壊エネルギー諸共消えたものだとばかり思っていたからな」
「そうですね……俺もそのつもりだったんですが、なんの因果かこっちの宇宙に飛ばされて……それで羅浮に流れ着いたんです」
「羅浮に?」
「はい。そこで羅刹という人に治療してもらって……」
その名前を聞いた瞬間、ヴェルトの顔が苦々しいものに変わった。
「羅刹というのは……その、オットー・アポカリプスに顔と声がそっくりなあの?」
「ヴェルトさんも知ってたんですか?」
「直接会ったことはないが」
「そうですか……まぁそうです。最初は俺も大主教本人だと見間違えたんですが、接すると違うなって感じたんです」
「信用は出来るのか?」
「関わり合いになるくらいなら大丈夫だと思いますよ。一応警戒はしてますけど」
二人は羅刹に似た顔のある男を思い浮かべ、静かにため息を吐いた。
「……君が死んだ時、あのキアナが大粒の涙を流していた。彼女だけじゃない。芽衣もブローニャも、君と関わりのあった人は悲しみにくれたよ」
「そう、ですか……それは悪いことをしたなぁ……」
「本当にあれしか方法が無かったのか?」
「俺の馬鹿な頭じゃあれが最善だとしか思いませんでした。己の命一つで世界が救われるなら安いものだ……ヴェルトさんも覚えがあるんじゃないですか?」
その言葉にヴェルトは押し黙るしかななかった。なにせヴェルト自身もそういう生き方をしてきたからだ。自分が死んで泣く人がいるだろうことを知っていながら、それでも世界を救うために戦ってきたのはヴェルトも同じなのだから。
「そうだな。俺には君を責めることはできない……元より責めるつもりなどないが」
「そうですか」
「だがこれだけは言わせてくれ───生きていてくれて良かったよ」
そう言って微笑むヴェルトの姿にアクトは微かに声を震わせながら「……ありがとうございます」とだけ答えた。
「それで、その……ヴェルトさんはどうしてこっちに?」
「俺か?俺はまぁ……少し長くなるが……」
気を取り直してアクトがヴェルトにこちらにやってきた経緯を尋ねるとヴェルトはここ迄に至る経緯を簡潔に語って聞かせた。
「えーとつまり……その『天上の人』とか言う宇宙人がこっちの世界の姫子先生を狙ってることに気づいたから阻止するためにやって来て、それでその為に乗ってきた宇宙船が壊れて途方に暮れていたらその姫子さんに拾われて今に至る、ってことですか?」
「そうなるな」
「いや何やってんだアンタ」
肯定したヴェルトにアクトは思わず敬語も忘れて突っ込む。そして呆れとも怒りともつかない表情を浮かべながらヴェルトに詰め寄った。
「ヴェルトさん奥さんも息子さんもいるんですよね!?その人達置いて何こっちにやってきてんですか!?」
「そうは言うが、俺達が行かなければこの宇宙に奴らが攻め込むことになっていた」
「それはそうかもしれないですけどねぇ……」
ぐぬぬ、と口を噤んだアクトは再びソファに座るとジト目でヴェルトを睨んだ。
「……帰ったらテスラ博士とジョイスくんに真っ先に会いに行ってくださいよ」
「勿論そのつもりだ……それに君こそ月にいるキアナに会いに行ってやるんだ」
「当然ですよ。まぁ半殺しにされそうですけど」
今更どの面下げて帰ってきたのかと終焉の律者のキアナにボコボコにされそうだ、勘弁してほしい。
崩壊エネルギーを限界まで取り込んで、半分理性が消し飛んでいたあの状態で尚凄まじい痛みを感じたのだ。正気の今なら多分俺は真っ先に意識が飛んでることだろうとアクトは自問自答した。
「それにしてもキアナは地球の神様で芽衣は聖フレイヤの教官でブローニャはアニメ会社のゲームプロデューサーか……皆ちゃんとした道を歩んでるなぁ。いやキアナは例外かも」
なにせ彼女は月で自分が消し切れなかった崩壊エネルギーを封じながら過ごしているのだ。それは日常とは程遠いだろう。
「まぁそんなキアナに興味を持つのもある意味当然ってことか……」
「どういう意味だ?」
「……とあるメモキーパーがキアナに接触したことがあるそうで」
その事実にヴェルトの目が見開かれる。さすがに予想打にしなかったのだろう。アクトはそんなヴェルトの反応が当然であるかのように話を続けた。
「昔、ブラックスワンっていうメモキーパーが俺の記憶に興味を持ったらしくって……とりあえず快く提供したんですが、それを見た他のメモキーパーが俺の記憶を頼りにしてキアナに記憶を提供してもらおうとしたみたいです……失敗したそうですが」
「メモキーパーが……ガーデンからあちらの世界を観測したということか?」
「詳しいことは俺も分かりません。ブラックスワンから聞いた話ですし、俺もあまり踏み込みはしませんでしたよ……すみません、少し席を外します」
こればかりは向こうの領分だからとアクトは両手を上げた。そして一言ヴェルトに断りを入れてから立ち上がり、ラウンジを出た次の瞬間には、アクトは真っ暗闇の中にいた。
しかしアクトは慌てることはなかった。こういった手法を取る人物を知っているから。
「……今度は何の用だ『葬儀客』」
アクトが振り返り目線を後方へと移すと、そこにはいつの間にか喪服を着た巨大な女の人形が顔を手で覆いながら佇んでいた。
「こんにちは私達の同胞──『終焉』の愛し子」
「俺は『葬儀客』じゃないぞ」
「えぇ。ですが貴方もまた其の一瞥を受けた者……ならば同胞と呼んで差し支えはないはずです」
顔をしかめて言い返すアクトに彼女は抑揚のない呟きで答えた。
「貴方もまた、人が『終焉』に向かって歩いていると知りながらその意味を探し求めているのではありませんか?」
「悪いな、哲学はサッパリなんだ」
「そうですか……ですが貴方の在り方は『終焉』を受け入れながらもその過程を重要視しているようですね」
「そりゃ終わりなんていつか来るんだからそれまでに何をやるかってのは考えるもんだろ」
何を当然な事をと言わんばかりにアクトが見上げる。それを受けて女は──エレジーは肩を揺らす。笑っているようだ。
「そうですか、それが貴方の『運命の行人』としての在り方なのですね。其が目を向けたのも必然でしょう」
「もう良いか?待たせてる人がいるんだ」
「えぇ。お時間を取らせてしまい申し訳ありません……遥かな
エレジーの存在が薄れていき、瞬きをした次の瞬間には元の列車の風景に戻っていた。
「『終焉』派閥ってのはどいつもこいつも分かりづらいよなぁ」
そんな愚痴にも聞こえる言葉を発してから、アクトはラウンジへと引き返した。
はい、皆さん分かってたかもしれませんがアクトに一瞥を与えたのは『終焉』のテルミヌスです。