ナルトは激怒した。最も親しい友であるサスケを攫った挙句にその体を奪おうとする大蛇丸の手先が目の前にいるのだ。さらにはその敵はサスケのことを仲間だと語り、自分にはサスケを助けられないと断言する。許せるはずがない。
その怒りに憎悪の塊である九尾のチャクラが感応し、怒りもチャクラも青天井に膨れ上がる。
もはやナルトには一欠片の理性も残っていない。怨敵を八つ裂きにするまで止まらない獣と化していた。
では、それと相対する右近と左近はというと、彼らは至って冷静であった。
右近と左近の心中に、ナルトに対する、あるいは木ノ葉隠れの里に対する憎悪は無い。もしも、直接手をくだしたカカシが死んだ三人を嘲笑うような発言をしたならば話は変わるかもしれないが、そんな未来は来ない。
右近たちは確かに、次郎坊、鬼童丸、多由也の死を悲しんだ。今も彼らのことを覚えているし、忘れることは生涯ないだろう。
しかし、彼らの死と木ノ葉隠れの里への恨みは別の話だと彼らは認識していた。常人からすれば歪んでいると思われる考えだが、彼らの認識ではそうなのだ。
そもそも、今更語るまでもないかもしれないが、右近たちは元は現代に生きた日本人の転生者である。彼らは平和な世界に生きた記憶を持つがゆえに、当然の如く人を殺すことに忌避感を持っていた。だが、大蛇丸の下で生き残り続けるためには自身の手を赤く染める必要があった。
そうやって手を汚して生きてきた右近たちにとって、任務で人が死ぬことは普通にあり得ることである。むしろ、大蛇丸の気まぐれや知的好奇心を満たすための実験台として無惨に殺される方がよほど理不尽な死だと感じられる。任務の末に骸を晒すことは、右近たちにとっては正常な死に様なのだ。
で、あるならば、右近たちがナルトたち木ノ葉隠れの里の忍を恨む必要はどこにもなかった。
右近たちもナルトたちも、お互いに任務のためにぶつかりあった結果である。
もしもあの時、木ノ葉隠れの里の恨みを買うことを覚悟してガイやアスマを人質にせずに殺していれば、もしかしたら三人は死んでいなかったかもしれないが、その判断をしたのは右近であり、恨むべくは自分自身の力不足である。
ゆえに右近たちは三人の死を悲しみ、自分の力不足を嘆き、力を蓄えてきた。
また、あの時の捕らえたガイたちをすぐに殺さなかった判断を右近たちは後悔はしても、失敗だったとは思っていない。
ガイとアスマはあの時点では行動不能であり、戦力的にも下忍たちに負ける要素はなかった。事実として、砂隠れの里から我愛羅たちが救援に来た後も戦況は優勢であったし、ガイが一時的に死力を振り絞って戦線に復帰したとはいえ、カカシという増援がなければ勝っていたのは音の四人衆であった。
さらに、遥か未来のことを見据えるのならば、暁が狙うであろう九尾の人柱力を抱える木ノ葉隠れの里の戦力を削ることへの不安もあった。
戦場の状況判断、原作知識からくる未来への不安、木ノ葉隠れの里という大国から恨まれる危険性、それら全てを見越した判断だったのだ。
そして、あの時の判断は失策だったと思わない、あるいは思えないのかもしれないが、だからこそ右近たちはまた今回も同じ判断をしていた。
もともと、右近左近が大蛇丸から命じられたのはカブトを囮にしてサソリを殺害することであり、木ノ葉隠れの里の忍と戦うことではない。ゆえに、右近と左近はこの場でナルトたちを殺す必要性が微塵もなかった。
だが、九尾の力を暴走させたナルトと戦闘することには大きな意味があった。
(ナルトは九尾のチャクラに呑まれたな……正論で煽ってみたが、効果覿面だったようだ)
(まぁ、サスケを奪った張本人からあんなセリフを聞かされればなぁ……誰だって怒るだろうぜぇ)
右近がナルトに語った言葉に嘘はない。ナルトがサスケを助けられないと右近は考えているし、サスケのことを仲間だと考えているのも事実である。
だが、こんな状況で語る言葉ではなかったし、もっと優しく語りかけることもやろうと思えばできた。それをしなかったのは右近たちにも目的があったからだ。
(別に今しなければいけないことではないが、これで対尾獣戦の経験を積み、木遁によって尾獣を抑制する技術を磨くことができるな)
(そうだなぁ……煽りに乗ってこないなら別にそれでもよかったんだがなぁ……見事に乗ってきてくれたなぁ)
右近たちのこの場での目的、それは対尾獣においての木遁の有用性を確かにすることだった。
原作での木遁の中には『火影式耳順術・廓庵入鄽垂手』という術がある。これは柱間が九尾を従えたマダラとの戦いに使われた術であり、この術により『木遁・木龍の術』で縛り上げても暴れ続けていた九尾の意識を鎮めることに成功している。
また、今回の天地橋での戦いで九尾の力を暴走させたナルトに対してヤマトも使用しており、ナルトが持つ封印石の力を借りながらも、見事に九尾のチャクラを封じ込めてみせた。
右近たちは将来的に尾獣と戦う可能性もあると思い、この術を習得しておく必要があると考えており、術の原理もすでにある程度理解していた。
だが、対尾獣戦でぶっつけ本番で使うよりもどこかで一度試したいと思い、今回、その練習台としてナルトが選ばれたのだ。
もっとも、必ずしもナルトでなければいけないわけではなく、襲っても恨みを買いにくい三尾を狙ってもよかったので、ナルトが正論の挑発に乗らなくても右近たちからすればよかったのだが、結果的にナルトは挑発に乗って九尾のチャクラを解放したので、この機会に術を試そうとしていた。
(だが、尾が二本程度では全然足りないな)
(あぁ……たかが二本程度に効果があったとしても、完全な尾獣を抑えられるかは分からないからなぁ。最低でも四本以上に試したいところではあるなぁ)
右近と左近が心中で物騒な相談をしていた。
いかに九尾の力が強大と言えども、四代目火影の手によってナルトに封印された九尾の力は本来の半分であり、今のナルトが身に纏う赤いチャクラの衣は封印から漏れ出したほんの一部にすぎない。
そんな状態のナルトに右近たちの『廓庵入鄽垂手』が通じたとして、完全な状態の他の尾獣を相手にして通用するとは限らない。
(ただ、八本までいくとミナトとの対話が行われる可能性が高い。ペインとの戦いがどうなるか分からないが、俺の練習のためにミナトのチャクラを使い果たしてしまうのは申し訳ない。そうなると、多くても六本か七本の段階で抑え込むのが理想か……)
(そうだなぁ……ミナトから仮面の男ことオビトの情報が聞けたりするが、ナルトがオビトと接触してない状態だと、その情報も聞けないかもしれないからなぁ……)
右近たちは目標である対尾獣戦を見据えながらも、将来起きるかもしれない出来事も考慮して、ナルトがある程度まで九尾のチャクラを引き出すのを待ち、それから『廓庵入鄽垂手』を試す算段を立てていた。
そんな算段が立てられているとは全く知らないナルトがついに右近へと襲いかかる。
「ガァアァァァッ!!」
「きゃっ!?」
「くっ!?」
「うっ……!?」
ナルトは赤い鉤爪と化した右腕を振り上げ、力の限り地を踏みしめて右近に向かって突進した。踏み込みの弾みで地面は大きく捲り上がり、その衝撃でそばにいたサクラたちが悲鳴と呻き声をあげた。
仲間たちの声が聞こえていないナルトは右近に瞬く間に近づき、殺意を持って右腕を振り下ろす。
並の忍なら死を覚悟するしかない獣の一撃に対して、右近は全く焦りを見せない。
「フッ」
飛びかかってきたナルトに対して、右近は鋭く息を吐き、ナルトの右腕を掴んで突進の勢いを殺さぬようにそのまま振り回し、背後にある森の奥へと投げ飛ばした。
「えっ!?」
「はっ!?」
九尾の力を解放したナルトの一撃を無傷で対処した右近に驚愕し、絶句してしまうサクラとヤマト。それとは対照的に、右近の力をよく知るカブトや君麻呂は余裕の表情を崩していなかった。
九尾の力を生で感じたカブトと君麻呂はその力に脅威を感じていたが、それでも、右近左近の力量への信頼の方が勝っていたのだ。
そんなカブトと君麻呂に対して、右近は平然とした態度で語りかける。
「俺たちはああなった人柱力を相手に試したいことがある。危険だと思ったら下がっておいてくれ」
「おい!右近!……チッ、いったい何を考えているんだっ……」
一方的に語りかけ、投げ飛ばしたナルトを追いかけて森の奥に消えていった右近を見送り、君麻呂は舌打ちを一つした。
「彼らなりに考えていたことがあったようだ。任務に忠実な彼らにしては珍しい反応だね」
「カブトさん……」
「とりあえずあちらは放っておいて、僕たちは彼らの対処をしようか……」
いつもとは異なる様子を見せている右近左近を放置し、カブトと君麻呂がこの場に残された三人の忍に視線を向けた。
「気を引き締めろ!来るぞ!」
「はい!」
「……」
カブトと君麻呂が臨戦態勢に入ったのを感じ取ったヤマトが部下の二人に指示を出し、サクラは実直な反応を返し、サイは無言で筆を取り出して構えた。
ナルトのことが気がかりではあるものの、君麻呂の醸し出す只者ではない雰囲気に警戒を緩めることを許されない三人。
原作に無い戦いが始まろうとしていた。
原作に無い戦いが背後で起こっている一方で、仙人状態の感知能力でナルトのチャクラを追って森の中を疾走する右近と左近は、その手のひらを見て心中で話し込んでいた。
(軽く触れただけでこれか……)
(原作どおりとはいえ、結構面倒だなぁ)
右近が見つめる自身の右手は焼け爛れたように傷ついていた。
周囲のことを忘れて暴走するナルトが纏う九尾のチャクラは、触れるだけで敵味方の区別なく人を傷つける。先ほどナルトの腕を掴んで投げ飛ばす動き、たったそれだけのほんの一瞬の接触により、右近の右手は傷ついていた。
(この程度なら問題ないが……近接戦は面倒だな)
心中でナルトとの戦闘方法を模索しながら、右近は右手の細胞に意識を集中させ、傷ついた組織に陽のチャクラを集中させた。たったそれだけの行動で、右手の火傷のような傷は時間が巻き戻ったかのようにみるみるうちに小さくなり、やがて完全に元の肌へと戻った。
今、右近が使用したのは、原作で柱間や綱手が使用していた印を結ばない再生忍術、それを『双魔の攻』と陽のチャクラにより再現したものであった。傷の状態を『双魔の攻』で把握し、傷ついた細胞へ向けて柱間細胞由来の豊富な陽のチャクラをピンポイントに流し込むことにより、右近はこの術の再現に成功していた。
だが、右近たちはこの術の再現度に納得がいっていなかった。
右近の使う再生忍術は、柱間本人が使う莫大な陽のチャクラを背景にした治癒力には及ばず、綱手の持つ豊富な医療知識と長い年月をかけて培ったチャクラコントロール技術からくる再生精度にも及ばない。
通常の医療忍術とは一線を画す高い治癒能力を誇るものの、その程度では満足いっておらず、他の医療忍者からすれば垂涎の的である『双魔の攻』と豊富な陽のチャクラを持ちながら、それを活かしきれていないと感じていた。
右近は火傷の跡一つ残らない右手を見て再生忍術の出来栄えに思うところがありながらも、ナルトへと向かう足を早めた。
「グルルゥゥ……」
右近が森の中にいたナルトを視認した時、すでにナルトの背中で揺れる尾の数は三本にまで増えており、その喉からは獣の呻き声としか思えないものを発していた。
キョロキョロと周りを見渡すように首を振って、さらにはギョロギョロと縦長の瞳孔を持つ眼球が動かして、理性のないナルトは右近を見失って探していた。
もうしばらく放置すれば、右近を探すために周囲の森を手当たり次第に破壊していただろうが、それよりも早くナルトの前に右近が姿を現した。
「ヴァアァァァッ!!」
右近を見つけた途端、咆哮をあげながら再び突撃するナルト。
それを迎撃するために、素早く左近が印を結び、右近が術を発動した。
「仙法・水遁・水衝波の術!」
「ヴワァ!?」
右近の足元から大量の水が噴き上がり森の中に急流の川を生み出した。右近を害そうと近づいていたナルトは水に行手を阻まれ、勢いが殺され、逆に押し流されていく。
突如として出現した激流に身を流されて困惑するナルトを油断なく見ながら、右近はさらに術を重ねる。
「仙法・水遁・水龍弾の術」
右近が次の術を発動した瞬間、森の中を無秩序に流れていくだけだった激流が、右近の術により明確にナルトを狙う水龍となって襲いかかる。
森に生える巨木すらも一息に噛み砕けるであろう水龍が大口を開けてナルトを噛み殺そうと迫った。
「ガァアァァァッ!!!」
ナルトは水龍に噛まれる直前、閉じようとする水龍の口に両手を差し込み、雄叫びをあげて力任せに押し広げようとした。
水龍の咬合力とナルトの腕力が拮抗する。
喰われるものかと激しく抵抗するナルトに対して、右近は素早く『水龍弾』を操り、水龍を激しく回転させた。
身を捩り、ナルトを噛み殺そうと暴れ回る水龍。その様子はワニが獲物を食い殺そうと激しく回転するデスロールと同じだが、規模が段違いに大きい。
水龍が一回転するごとに森の中の巨木は抉られ、体重を支えきれなくなった巨木がへし折れ、森中に響く轟音を立てながら地面に倒れ込んでいく。
巨木が次々と倒れていく森の中には雨のように木の葉と枝が降り注ぎ、舞い上がった砂煙で視界は茶色く染まっていく。
「グルゥアアァァッ!!」
荒れ果てた景色を作り出し、なおも暴れ狂う水龍だったが、ナルトが咆哮と同時にその全身から凄まじい量のチャクラを放出したことで頭部は弾き飛ばされ、水飛沫となって飛散し、残った首から下も無惨にも辺り一面に打ち捨てられた。
衝撃波により舞い上がった土埃も木の葉ごと周囲一帯の地面までもが吹き飛ばされ、水が溜まったクレーターの中に三本の尾を持つナルトが立ちすくむ。
「グルルゥッ……」
水龍を破壊し尽くしたナルトは、ブルブルと全身を震わせることで、衣服についた邪魔な水滴を振り払い、自分を水浸しにした右近を睨みつけた。
「ウラァッ!」
ナルトが両腕を右近に伸ばす動作をすると、ナルトが身に纏う赤いチャクラが腕の動きと連動して、鋭い爪を持つ双腕となって右近目掛けて一直線に勢いよく伸びた。鋭い爪で肉を切り裂き、剛腕で骨をへし折ろうと半透明な赤い双腕が右近に迫る。
その双腕を素早く横に転がることで避ける右近。
「アアッアアァァッ!!!」
避けられたとナルトが認識した瞬間、双腕を出鱈目に振り回し始めた。
ナルトが両腕を左右に広げたまま大きく体ごと回転して横の薙ぎ払いを仕掛ければ、暴風を伴って周囲を蹂躙し、そこに生えていた巨木がいくつも宙を舞い上がった。
両腕を振り上げ、子供が駄々をこねるようにあちこちへと勢いよく振り下ろし、その幼稚な表現とは反比例するように、腕が振り下ろされた地面がボコボコと大小様々なクレーターを生み出し続ける。
ナルトは九尾の力を持て余しながらも、その動き一つ一つでまるで災害のように周囲に破壊を撒き散らし続ける。
しかし、そんな災害に生身で晒された右近の体には傷一つついていない。右近は暴虐の中心地にいながらも、猛牛を相手にしたマタドールのように暴風を伴って暴れ続ける剛腕をひらりひらりと躱し続ける。
術一つ使うことなく体術のみで災害の如き猛攻から身を守った右近の顔には余裕の笑みすら浮かんでいた。
(確かに力は強いが、強いだけだな)
(あぁ、力をまるで制御できてねぇ。まるで子供の癇癪だなぁ)
(ふっ……随分とヤンチャな子供だけどな)
右近と左近は心中で九尾の力を暴走させているナルトのことを子供扱いした。
九尾のチャクラは確かに強力である。まだチャクラの尾は三本しか生えていないが、そんな状態の攻撃ですら、直撃すれば右近たちですら無事ではすまない破壊力がある。現に、あの自来也ですら、ナルトが四本目まで力を解放した攻撃を受けて瀕死に追い込まれたほどだ。
だが、たとえどれほどの力があろうとも、それが制御されてなければ過剰に恐れることはないと右近たちは考えていた。
原作では今のナルトですら比較にならない力を持っていた十尾ですら、ただ暴れるだけでは歴代火影を含む忍連合に押されていた。だが、人柱力となった時にはその火影たちすらも圧倒したように、力はただあればいいと言うものではなく、その力をいかに制御し、効率よく運用できるかが戦闘において重要なのである。
もちろん、強大な力に対抗するにはそれ相応の力が必要である。その点、右近たちには力があった。それも、とびきりに強力な力が。
右近は暴れ回るナルトの無秩序な破壊を華麗に避けながら、素早く印を組み術を発動させる。
「仙法・木遁の術」
術を発動した右近が両腕の着物の袖がもぞもぞと動き回り、樹木が生い茂る。樹木は枝分かれしながらナルトへ向けて伸ばされて、ナルトのチャクラでできた赤い腕を辿って、本体の両腕に強くまとわりついて、その動きを封じ込めた。
「グルゥッ!?」
ナルトは腕に絡みついた樹木を振り解こうと身悶えた。だが、先ほどまで大木を軽々とへし折った剛腕で暴れたにも関わらず、枝のように細い木が数本折れた程度であり、依然として腕に絡みつく樹木を見て理性のないナルトは困惑の声をあげた。
「簡単に折れるはずの樹木が折れないことが不思議か?それとも木遁を使ったことに驚いたのか?」
「ウラァアアァァッ!!!」
右近が言葉を口ずさむと同時に、それが聞こえたわけではないがナルトがさらに激しく暴れ回った。抵抗が激しくなったことでナルトを縛る樹木はさらに破壊されるが、右近が次々と樹木を生み出したことで、ナルトが樹木から抜け出すことはできなかった。
「ついでだ……仙法・木遁・樹縛柩」
「ヴラァッ–––!?」
右近が我愛羅の『砂縛柩』を木遁で模倣した術である『樹縛柩』を発動すると、ナルトの足元から複数の樹木がナルトの全身を覆い尽くすように伸びていき、数秒と経たないうちに巨大な球状の樹木の塊へと変貌した。
樹木でできた球体に閉じ込められたナルトは雄叫びをあげながら暴れるものの、束縛を振り解くことはできず、その叫びは右近の耳にはくぐもった小さな音としか聞こえなかった。
ナルトを完全に閉じ込めた右近だったが、余裕を保ちつつも警戒状態を維持したままである。
「いくら仙術で強化してるとはいえ、九尾の力はこんなもんじゃないはずだ」
「––––ォォォォッーー!!!!」
右近が目の前にある樹木の球体を見つめていると、中から叫び声が微かに聞こえてきた。徐々に聞こえてくる叫び声が大きくなり、それと同時に球体を形成している樹木からベキバキと木々が折れる音が聞こえてくる。
一秒、二秒と時間が経過するごとに叫び声は徐々に大きく鮮明に右近の耳に届くようになり、木々の折れる音は一つ二つと連続して聞こえてくるようになる。
やがて球体の外殻を形成していた樹木にも大きな亀裂が入り、右近が中にいるナルトが放つ九尾のチャクラが爆発的に増えたことを感じ取り、警戒を強めた瞬間–––
「グルゥアアアァァァァァァァッ!!!!!」
『樹縛柩』が完全に崩壊し、樹木を内側から弾き飛ばしながら、全身の皮膚が剥がれ落ちて真紅に染まったナルトが飛び出してきた。キラービーが言うところのバージョン2の姿へと変貌したナルトの腰から伸びる尾の数は四本。そして、その全身に纏うチャクラの量と質は先ほどまでの比ではない。
「グギャァッ!」
閉じ込めたことでさらに怒りが増しているナルトが地面を吹き飛ばしながら右近へと跳躍した。
(速いなっ!)
先ほどまでよりも段違いに速いナルトの動きに右近は驚愕し、突撃してきたナルトを咄嗟に左腕で受け止めたが、勢いを殺しきれずに後方へと弾き飛ばされる。
「くっ……!」
ただの突撃で十メートルは後ろに飛ばされた右近だが、素早く体勢を整えて次の攻防に備える。
今のナルトの攻撃を受け止めて、十メートルほど弾き飛ばされた程度ですんでいるのは、ひとえに右近が二年半で体を鍛え続けてきたからであり、『加重岩の術』による鍛錬の成果は確かに発揮されていた。
しかし、だからこそ、右近が予想よりも平気な顔をして攻撃を受けたことに対して、ナルトは苛立ち、さらなる怒りを募らせていく。
「グルルゥ……!」
「何か仕掛けてくる気だな」
(気をつけろよ右近……けっこうなチャクラだぜ)
「分かってる」
ナルトが牙を剥き出しにして喉を鳴らし、チャクラを溜め出したことを感知した右近と左近の警戒心がさらにあがる。
右近たちがいつでも術を発動できるように準備しながらナルトの動きに備えていると、ナルトは溜めたチャクラを咆哮とともに吐き出した。
「グルゥアアアァァァッ!!!」
「仙法・木遁・大樹林の術」
チャクラの込められた絶叫が物理的な威力を伴いながら音速という圧倒的な速度で右近を襲おうとしたが、右近の術の発動が間に合い、右近の目の前に多数の大樹が生み出されたことで、木々が盾となり右近への攻撃は防がれた。
さらに、右近が防いだのを確認するよりも早く、左近が次の術を発動していく。
(仙法・木遁・大樹林の術)
右近が使った術と同じ術を左近が使うが、その使い方は守りではなく攻め。右近の足元から次々と生える無数の樹木は、右近が盾として生み出していた樹木を迂回するように左右に別れてナルトを挟撃した。
「アアアアァァァァッ!!」
『大樹林』が左右からナルトの体を飲み込む寸前、ナルトは両腕に纏ったチャクラを秋道一族の『部分倍化の術』のように急激に巨大化させて、左右から迫り来る樹木を手のひらで押さえ込み、そのまま握り潰した。
そして、巨大な両腕を引きずるようにして右近に向けて走り出し、盾として使われた右近の『大樹林』に右の拳を叩きつけた。
バコォンッ!という轟音が響き、たったの一撃で複数の樹木からなる『大樹林』の盾を粉砕してみせたナルトは、次いで左の拳を右近に目掛けて思い切り振り下ろす。
破壊された『大樹林』の破片から顔を庇うように両腕を上げて視界が狭まっている右近では、その一撃を避けることも防ぐこともできないと、本能で動く今のナルトは思っていた。
しかし、ナルトの想定どおりに事態は進まない。
「悪いが、その程度の速さならサスケで見慣れている」
木屑から顔を庇っていた右近はナルトの動きを目視できていなかったが、仙人状態による感知能力と危険察知能力により、ナルトの動きは完璧に把握できていた。
右近はナルトの拳に当たらないように、巨大化したことでできた腕と胴体の隙間に素早く体を捩じ込むことで安全を確保する。
そもそも、右近左近の修行相手であった『千鳥纏い』を使ったサスケは、今のナルトよりも一段速い。先ほどナルトが突撃してきた時は、速度の変化に対応できずに防御に回ってしまったが、一度見てしまえば対応できない速度ではなかった。
「アアァァッ!?」
左右でも後ろにでもなく前に動くことで拳を回避されたナルトが驚愕の声をあげるが、それを右近は無視し、ナルトの巨大化した拳が地面に叩きつけられたことで生まれた衝撃に背を押され、右腕をナルトの左脇腹に向けて突き出して術を発動する。
「仙法・螺旋丸」
右近が発動したのはナルトの得意とする術である『螺旋丸』であり、今のナルトには使えない仙術チャクラにより通常よりも威力の高まった『螺旋丸』がナルトの体に直撃した。
特別に防御に秀でた忍でなければ、一撃で致命傷を負わせられるだけの威力を持つ『仙法・螺旋丸』だったが、今のナルトに致命傷を与えるだけの威力は無い。
ナルトの纏う高密度の九尾のチャクラに阻まれて、『仙法・螺旋丸』の威力は大幅に減衰され、精々がナルトの肋骨にヒビを入れる程度にとどまった。
「この程度では浅いか」
「グルアアァッ!」
右近が『螺旋丸』が今のナルトに大した痛手を与えられなかったことを冷静に分析する中、師匠である自来也から教えられた大切な術で傷つけられたナルトは、無意識に師匠との絆を貶められたと感じて、今まで以上に暴れ始める。
先ほどまでのナルトは両足で地を踏み締めて両腕を振り回していたが、今のナルトは踏み込みで地面を爆発させながら縦横無尽に右近の周囲を動き回り、両腕だけでなく尻尾も振り回すことで、手数すらも増して右近を破壊せんと執拗に狙い続ける。
人肉を容易く切り裂ける爪牙。大地に深いクレーターを刻む剛腕。伸縮自在で強靭な四本の尾。それら全てを兼ね備えた小さな怪物が恐るべき速度で地を駆け抜け、その全てを右近目掛けて殺到させる。
その身に纏うチャクラよりも濃い殺意のこもった猛攻を前にして、さしもの右近と言えど表情から笑みが消えるが、まだ焦りはない。
右近は迫り来る危険を適宜対処し続ける。肉を抉ろうとする爪牙を木遁で防ぎ、骨を砕こうとする剛腕をひらりと躱し、四方から殺到する四本の尾を左近と協力して四本の腕で弾き返す。
「グギャアアアアァァァァッ!!」
ただ敵を討ち倒すためだけに本能で動くナルトが並の上忍であれば数十人は屠れるだけの猛攻を続けるものの、その全てを避け、あるいは防がれ続けることに段々と焦れてくる。理性ではなく本能で動くからこそ、もともと精細に欠けるナルトの動きはより直線的に、より威力に偏った大雑把な攻撃が増えていく。
そのような雑な攻撃が増えれば増えるほど、右近は余裕を取り戻していく。一秒毎に回避はより紙一重に、防御はより的確になっていく。
そして、右近が余裕を持って対処していくにつれて、ナルトは余計に焦り、その度に攻撃が雑になっていく。
負の悪循環に陥って攻撃が段々と大雑把になっていくナルト。その攻撃を余裕を持って見切り、右近が反撃に転じる。
「シィッ」
右近は自身の左脇腹を抉ろうと迫るナルトの右腕の横薙ぎを冷静にしゃがんで躱し、無防備な姿を晒すナルトの顎に向けて、右拳で強烈なアッパーを繰り出した。
「グエェッ……!?」
「もう一発いくぞ」
(仙法・土遁・超加重岩の術)
顎を打ち上げられて空を見上げるナルトの腹部に向けて、右近が左の正拳突きを繰り出してナルトに触れる直前、左近が発動した『超加重岩の術』により、ただの正拳突きの重みが数十倍に跳ね上がり、無抵抗にナルトの腹部を打ち抜いた。
「グブェラッ!?」
ナルトの口から唾液とともに無様な悲鳴が飛び出し、その肉体はくの字に折れ曲がった。
二年の歳月で鍛え上げられた肉体を仙術チャクラにより活性化させ、拳が接触する直前に発動された『超加重岩の術』の見事な忍体術による一撃は、四代目雷影のエーが放つプロレスのような忍体術や、五代目火影である綱手の怪力に匹敵する威力を持つに至っていた。
先に受けた『螺旋丸』よりも遥かに重い衝撃がナルトの体を貫き、ナルトは弾丸のような速さで地面と水平に殴り飛ばされた。
吹き飛ばされたナルトが遠く離れていた大木にぶつかっても勢いは止まらず、大木に叩きつけられ、貫通することを数度繰り返し、もとの場所よりも優に百メートルは離れた場所で地面に上半身が埋まりながらもようやく停止した。
地面から下半身を生やしたまま停止したナルトだったが、爆発的にチャクラを放出することで周囲の土を吹き飛ばし、埋没状態からの脱出に成功した。
「ヴアアアアァァァァァァッ!!!」
右近の反撃により与えられた激痛と屈辱に、ナルトは更なる怒りを覚え、それに呼応して九尾のチャクラが爆発的に増加して、新たに五本目の尾がナルトの腰から生えてきた。
「グルゥッ……」
力を増したナルトは喉の奥から低い音を出し、遠方に小さく見える右近を睨みつけた。
「ウオオオォォォォッ!!」
ナルトが天を仰いで咆哮すると、その頭上に黒と白、二色のチャクラが集まっていく。『尾獣玉』というその技は、莫大な量のチャクラを持つ特別な存在の尾獣だけが使える技。『螺旋丸』と同じようにチャクラを高圧縮して放つ遠距離攻撃技ではあるが、『螺旋丸』よりも遥かに高質量、高密度のチャクラで形成されて放たれる砲撃の威力は山脈を地図から消すほどの威力を誇る。名実ともに尾獣にとって最強の必殺技である。
今の九尾のチャクラ量は元の半分であり、そのうえで封印から漏れ出している量も尾が五本分ではあるが、ナルトが形成している『尾獣玉』には山一つ消し飛ばすのに十分な量のチャクラが集まっていた。
「そう来るよな……」
尋常ではないチャクラの量と質が集まっているのを目の当たりにした右近の頬を汗が伝う。
(緊張してんのかぁ?)
「当たり前だろ……」
左近の疑問に対して、右近が素直に頷いた。二人の脳裏には『尾獣玉』に細胞一つ残らないほど消し飛ばされるイメージが浮かんでいた。そんな状態で、緊張しないはずがない。
しかし、二人は緊張でガチガチになっているわけではなく、怖気付いているわけでもない。自分たちなら対処できるという自信と緊張がほどよく混じったほど良い精神状態であった。
(けど、避けねぇし、搦め手で外さしたりしねぇんだろぉ?)
(そうだな……当たらないだけなら色々と方法はあるが……ここは正面から受けて立つさ)
避けるだけなら『軽重岩』で身軽になって動き回ったり、『双魔の攻』で地面と同化して地中深くに逃げればいい。砲撃を外させるなら『地動核』などの土遁でナルトの足場を崩せばいい。
そうしない理由はただ一つ。
「俺たちには受け止める理由が……その必要性がある」
(ちげぇねぇ)
仮に『尾獣玉』を右近左近が防ごうせず、回避したり外させたとしよう。
『尾獣玉』は遥か彼方へと飛んでいくだろう。そこにある全てを巻き込み、大破壊の跡をこの地に刻み込むことだろう。
この場合、何を巻き込むかが重要である。
例えばすぐ近くで戦っているはずのナルトの仲間たちを巻き込んだ場合、ナルトは自身の暴走により引き起こした惨劇を知って、決して癒えない心の傷を抱えて生きていくことになる。あるいは、自身が起こした惨劇に耐えきれず、心を閉ざしたり、自殺してしまうかもしれない。
そうなれば、心を閉ざしたナルトをオビトが唆して『無限月読』に協力させるかもしれないし、ナルトが自殺した後に復活した九尾が簡単にオビトに捕獲され、利用されるかもしれない。
または、『尾獣玉』が付近にある草隠れの里に被害を出すかもしれない。
草隠れの里は突然の被害に慌てふためき、すぐに何が起きたかを調べるだろう。ナルトが惨劇を引き起こした張本人だと知れば、そこからは里同士による戦争に発展するかもしれない。
もしも戦争になれば、これを好機と捉えた各勢力が動き出す。例えば、木ノ葉隠れの里を潰したいと考えている雲隠れや岩隠れ、例えば、傭兵として参戦しながら尾獣を狩るチャンスを窺う暁などが参戦し、様々な勢力の思惑がひしめき合う第四次忍界大戦が勃発する可能性もあった。
もちろん、その引き金となってしまったナルトの負う心の傷は計り知れない。
これらはあくまで仮定である。本当になるかは誰にも、それこそ神や悪魔ですら分からないことだ。
だが、人の闇に付け込んで、物語を都合の良い方向に動かそうとする者たちがいるこの世界では、起こりうる可能性の高い未来でもあった。
流石の右近たちも、そうやってナルトが絶望した状態で原作よりも良い未来を作れるなどと自惚れてはいなかった。
つまり、右近たちには被害を出さずにこの場を収める必要性があった。
そして、それと同時にナルトに対しての罪悪感もあった。たかだか『廓庵入鄽垂手』の練習のためだけにナルトを挑発し、暴走するように仕向けた。その罪悪感を解消するために、ナルトを必要以上に痛めつけたくないと思っていた。
前世の平和な国で生きた経験と、今世の残酷な忍として生きる経験から、右近と左近は歪な思想を確立しようとしていた。
前世でごく平凡な一般人として生きた記憶を持ち、人を傷つけて殺害することに忌避感を持ちながらも、この世に生を受けて忍として生きる以上は生死をかけた任務のために人を殺し、殺されるのは仕方がないと考えるようになっていた。だが、必要があるのなら殺すが、必要ではない殺しはしないし、必要以上に恨まれることもしない。
善悪を基準とした常識的で温かみのある前世の判断基準と、必要なことであれば殺しですら割り切って行える冷酷な忍としての判断基準。両極端な二つの判断基準を右近と左近は併せ持つようになっていた。
ゆえに、二つの基準で物事を測る右近と左近は、目的のために必要だからとナルトを利用しながら、そのナルトを必要以上には傷つけないようにする。ナルトを傷つけたくないなら、初めから利用しなければいいのに、目的のために必要だからと挑発して暴走させた。
大蛇丸の部下を続けているのもそうだ。大蛇丸への恩や義理もあるが、効率的に成長する必要があったので大蛇丸の庇護下に収まり続け、その状態を維持するために木ノ葉崩しなどの任務もこなした。だが、与えられた任務以上の殺人や傷害は行おうとはしなかった。
もともとそういう思想の傾向はあったが、二年半前に仲間が死んで以降、余計にその思想は強まっていた。仲間の死を悲しむ心があったがゆえに、敵対者の心にも気を配れてしまう。
だから、冷徹な仕事人でありながらも、甘い判断で敵対者に温情を与えてしまう。
いっそのこと善悪の基準を捨て、忍としての基準だけで生きていければ、罪の意識を持たずに人を傷つけられたのかもしれない。
(ふっ……本当に、俺たちは何をやっているんだろうな……)
(まったくだ……呆れちまうほどに馬鹿な行動だよなぁ……)
(けど、必要だと思って行動した。なら……)
(あぁ、自分のケツは自分で拭かねぇとなぁ)
自分の馬鹿な行動に自嘲する右近と左近。ただ、始めてしまった責任は取らなければいけない。
右近と左近が改めて決意したのと時を同じくして、ナルトの『尾獣玉』の準備が整った。
超高質の膨大なチャクラが直径二メートル程度の大きさの球体に超圧縮されている。離れたところにいる右近の肌がビリビリと震えるほどの圧力を放つ『尾獣玉』。解き放たれれば最後、周囲を焼け野原にして破壊し尽くせるだけの力の塊。
それが今、放たれる。
「ガアアアアアァァァァァァッ!!!!」
「(口寄せ・五重羅生門!)」
咆哮とともに放たれた『尾獣玉』の射線上に、五枚の『羅生門』が現れた。鬼を模した重厚な鉄の門が圧倒的な破壊力を受け止めるべく立ち塞がった。
『尾獣玉』が『羅生門』の一枚目に接触した瞬間、轟音が鳴り響いて一枚目は跡形もなくこの世界から消滅した。
『尾獣玉』は勢い落とすことなく続いて二枚目に激突し、その威力を少しだけ削られながらも容易く破壊した。
『尾獣玉』はまだまだ破壊力を保ったまま三枚目に衝突し、一瞬だけ拮抗するものの、大して威力を殺されずに貫通した。
『尾獣玉』は少しだけ勢いが落ちた状態で四枚目に接触し、勢いのまま突破することはできず、大きく威力を削がれながらこじ開けた。
『尾獣玉』は大きく勢いが削がれた状態で五枚目に当たり、重厚な鉄の門を大きく凹ましたものの、突破することは叶わなかった。
絶大な破壊力を誇る『尾獣玉』の一撃を、文字通り鉄壁の防御力を持った五枚の『羅生門』はなんとか防ぎ切った。
その勝負を行った双方はというと–––
「ガッ……アアッ……」
一撃に多くのチャクラを込めて破壊衝動を解放したからか、それとも、その一撃を防がれたからかは分からないが、ナルトは放心し、呆然とした様子で声を漏らしていた。
「ふぅー……少し焦ったな」
(なんとか羅生門だけで防ぎきれたなぁ)
右近は多量のチャクラを消費した疲労感と緊張から解放された安堵から大きく息を吐き、左近は『五重羅生門』が万が一突破された時のために準備していたのが無駄になったことを残念に思いながらも防いだことに安心していた。
両陣営の明暗は完全に別れた。
右近は用済みとなった『羅生門』の口寄せを解除し、呆然と佇むナルトを見据えて、その動きを注意深く観察する。
(尾獣玉を防がれたことに腹を立ててさらに暴れるか、それともさらなる力を求めて尾の数を増やすかと思ったが……何も動きがないな。いったい、どうなっている……?)
(さぁなぁ……案外、呆然として一時的に怒りを忘れてるんじゃあないか?)
(そう……なのか……?何か違和感があるが……)
ナルトの心境を予想し合う二人。
だが、この時、ナルトの精神世界では二人の予想外の会話が行われていた。
ナルトと九尾の精神世界。そこは薄暗く、床一面が水浸しになった檻であった。
檻の看守はナルトであり、檻に閉じ込められているのは九尾であり、ナルトに封印されている九尾という構図を象徴する精神世界である。
普段なら床を濡らす水は曇りのない透明な色をしていたが、今はナルトの怒りに呼応して九尾のチャクラが漏れ出していたことで血のような赤に染まっていた。
そんな世界で今、ナルトは床に膝をついて天井を見つめており、その目は虚であり、その口は半開きのまま固まっていた。その様子ほまるで抜け殻のようであり、現実世界で我を忘れて大暴れしているのとは対照的な姿であった。
現実世界のナルトは怒りに呑まれて無意識のままに暴れ回っていたが、精神世界のナルトは怒りにより思考が無くなって抜け殻のように呆けていた。
そんなナルトの姿を見て、九尾もまた苛立っていた。
普段の九尾ならば、ナルトの憎悪をもっと煽り、勢いのまま封印を解除しろと唆していたはずだったし、事実として右近左近との戦いをニヤつきながら鑑賞し、封印が解かれるのを今か今かと待ち望んでいた。
しかし、右近左近が木遁を使ったのを境に、その態度は一変した。
「オイ!小僧ッ!!いい加減にしろ!」
「あ、ああ……」
九尾が威圧的な態度でナルトに声をかけると、ナルトは呆然としながらも返事をした。
「小僧!!なぜワシの力を使っているのにあの程度のヤツに遅れをとっているのだ!!」
「そんなこと知らないってばよ……」
九尾の理不尽な叱責にナルトが弱々しく返答する。
「さっさと正気に戻れ!ワシの力を使うのならばあんな猿真似に負けるでないわ!!」
「猿…真似……?」
九尾が発した贋作という単語に反応したナルトが聞き直した。
「そうだ!初代火影と同じ木遁使いだが、初代火影に比べたらヤツの木遁など貧弱すぎる!……そんなヤツに貴様はワシの力を使って負けておるのだ!」
九尾はかつて起きた柱間との二度に渡る敗北の記憶を思い出し、怒りに震えていた。
一度目はただの獣として暮らしていた時に自身の力を危険だと語り、うずまきミトに封印するために捕えられた記憶。二度目はうちはマダラに操られて戦い、巨大な千手観音像に打ちのめされ、その後に取り押さえられた記憶。
どちらも柱間を相手にして一方的に敗北した屈辱の記憶だった。
木遁を使う右近左近が九尾の力の一端を使うナルトを押さえ込むという構図は、九尾に柱間に敗北した記憶を思い起こさせたのだ。
「そう言われても……てばよ……」
「黙れっ!ワシの力を使ってアイツに負けることは許さん!!」
ナルトが反論しようとしたのを一刀両断して、九尾は一方的に勝利を要求する。
「むちゃくちゃ言いやがるってばよ……だいたい!テメーの力がへぼいから負けてんだろうが!!」
「何を言う!貴様の使い方がなっちゃいないんだろうが!!」
九尾に理不尽に怒られたことで、ナルトの怒りが九尾に向かい、柵ごしに睨み合うナルトと九尾は言い争いを始めた。
「化け狐とか呼ばれてるくせに!敵一人倒せないのかよ!」
「黙れ!友一人も救えない小僧が!」
「うるせぇ!!サスケは絶対に俺が大蛇丸の所から連れ戻してやる!」
「ハッ!その大蛇丸とやらの部下に負けているのはどこのどいつだ!?」
醜く言い争う二人だったが、次に放ったナルトの言葉が決定打となった。
「じゃあ!それだけ言うならこっちにもっと協力しろってばよ!!」
「何……?」
「なんでかは知んねえけど、お前はアイツに負けたくねぇんだろ!!だったら俺に協力しろってばよ!」
「…………………ハァ……協力はしないが、邪魔もしないでおいてやる……」
ついさっきまでいがみ合っていたにも関わらず、俺に協力しろと語るナルトに対して、九尾は負けることと協力することを天秤にかけ、長い沈黙の末に苦渋の決断を下した。
「ただし!この戦いだけだ!それも、貴様が次に不甲斐ない姿を見せれば問答無用でその肉体を奪ってやるからな!!」
「へっ……お前は俺が勝つところをそこで黙って見てろってばよ!化け狐!!」
「このクソガキがっ……!」
最後まで言い争ったまま、ナルトの意識は現実へと戻っていった。
ナルトの意識が現実に戻り、体の調子を確かめるように両手を開け閉めするのを見て、右近と左近は状況が一変したことを察した。
(なんでかは知らないが、ナルトの意識があるな……)
(あぁ、さっきまでとは様子が違うなぁ。気を引き締めていくぞ)
右近と左近がナルトの動きを何一つ見逃さないように最大限に注意深く観察する。その顔からは完全に余裕が消え、そこにあるのは目の前の敵に集中する精悍な戦士の顔である。
「うおおぉっ!」
ナルトが雄叫びをあげ、右近に向かって駆け出す。ナルトは五本の尾を振りながら『尾獣玉』により大きく抉られた大地を疾走し、百メートルはあった距離を瞬く間に詰めた。
「おりゃあ!」
「ふんっ!」
(仙法・土遁・超加重岩の術)
十分に助走をつけたナルトの右拳と『超加重岩』で威力の増した右近の右拳が正面から激突した。ガンッ!と鈍い音が響き、一瞬の硬直の後、両者が右拳を押さえて後ろに下がった。
右近は痛めた拳を『双魔の攻』と陽のチャクラで癒し、ナルトは九尾のチャクラが持つ再生能力により癒した。
「こっからが本当の勝負だってばよ!」
「何があったかは知らないが、いいだろう。相手をしよう」
(こっからは手加減抜きだぜぇ)
理性を以て九尾の力を振るう、人柱力としてあるべき姿になったナルト。
敵が獣から忍になったことで甘い考えを捨て、全力を以て討ち倒す敵として見るようになった右近と左近。
万全の状態に戻った両雄が睨み合う。第二ラウンドが始まろうとしていた。