木ノ葉崩し編
その男は、気付いたらただ只管に真っ暗な何も無い空間を漂っていた。
体の感覚はなく、海に浮かぶ漂流物の如く、ただそこにいた。
男にある最後の記憶は、すぐ近くを歩いていた制服姿の女子高生に自動車が突っ込む所と、それを助けようと咄嗟に女子高生を突き飛ばしたことだった。
(私は死んだのか、ここは何処だろうか)
そんな事を考えている内に、男の頭に直接声が響いた。
その声は、人から好かれる声の良いところ凝縮した様な、不思議と体に染み渡る様な声であった。女性的に聞こえる事もあり、まるで女神の様な声であった。
『そう、貴方は死にました』
(そうですか)
『驚かないのですね』
(まぁ…死んでしまった以上どうしようもないかと)
男はひどく冷静だった。いや、全ての物事に諦観していた。
男は所謂社畜で、所謂ブラック企業に勤めていた。ブラックコーヒーの様に砂糖一つない真っ黒な会社だった。
毎日の長時間労働と上司からの圧力に疲れ果て、心をすり減らし、感情を失ってしまっていた。
『そんな貴方に朗報です』
(朗報ですか?嫌な予感がするなぁ)
朗報と聞いてもそんな事を考えてしまう男の脳裏には、朗報と言いながらも仕事を増やすだけ増やして、「後は任せた」と無責任に帰る上司の姿が浮かんでいた。
『いえいえ、本当に朗報ですよ。なんと!貴方には異世界に転生するチャンスが与えられる事になりました』
(異世界転生ですか…本当にそんなのあるんですね)
男の同僚にはそう言うジャンルの小説を好む者がいたのを思い出した。いつも仕事のごく僅かな休憩中にウェブ小説を読むことを楽しみにしていた同僚だった。
男は学生時代に漫画をよく読んでいた事もあり、同僚の話を聞く事も多かったので、そういう話の知識も持っていた。
『貴方はそんな異世界転生が出来ることになりました!貴方の意識を保ったまま、転生先も選べます!更に更に!今ならなんと!大判振る舞いで、貴方の望む力を一つだけ与える事もできちゃうんです!何処に行きたいですか!どんな力が欲しいですか!?』
(そんなこと言われましても…)
男には異世界に関する知識など無かった。何処と呼ばれても直ぐには出てこないし、欲しい力など考えても直ぐには思い浮かばない。
『何処でも良いんですよ?漫画やアニメの世界でも、それが実写化された世界でも、適当に希望を言ってくれても良いですよ?』
(そうですね…私に適性のある世界が良いですね)
『適性ですか…なるほど』
男が望んだのは適性のある世界だった。
ある意味で、男が会社にいた時に一番辛かったのはそこだった。
今よりも若く、無駄に行動力もあった男は、給料と働き甲斐という言葉に釣られて会社に入ったが、仕事は、社会は厳しかった。
故に、今度の世界では今の自分が生活しやすい世界を望んでいた。
『では、力は何が欲しいですか?』
(そういうのはいりません)
『良いのですか?今なら何でも手に入りますよ?最強の力でも良いですし、無敵の体でも良いです。何なら最高の伴侶とかでも良いんですよ?』
(いえ、私は社会の営みの中で平穏に暮らせればそれだけで良いですから)
それに、男の中では違和感が大きくなっていた。
同僚が話す異世界転生の話を聞いていた時は、大抵が神様のミスからのお詫びだったり、神様の依頼を受けることを条件に力を貰えたはずだ。
しかし、この声の主は何も謝罪せず、何も要求しようとしない。
そして、その考えは的を射ていた。
『ゲッゲッゲッ!何だ気づいていたのか!』
声の主の言葉使いが恐ろしいものへと変わる。それに応じて声も変わり、良い声だったのは濁声に変わり、この世の不協和音全てを詰め込んだ様な声に変わった。
それは正しく悪魔の声だった。
『お前には素敵な異世界生活をプレゼントしてやろう!泣いて喜べ!』
(そうですか…)
それでも男の心は動じなかった。何もかもを諦めて受け入れようとしていた。
それが、一番楽だから。
『まず転生先はお前に適性のある世界にしてやろう!お前の様な社畜が評価される様な、過酷な環境に耐える事が重要な世界だ!』
悪魔は男の「適性のある世界」という要望は叶えた。しかし、悪魔の言葉通り、過酷な世界に行かされる事で平穏とは程遠い生活になるだろう事は間違い無かった。
『力もある程度与えてやろう!力がなくて直ぐに死んでしまってはつまらんからなぁ…貴様の苦しむ所が見たいのさ!ゲッゲッゲッ!』
(ああ、ありがとうございます)
男は諦めから悪魔に感謝までしてしまっていた。
とりあえず感謝を伝える事で相手を煽てる事により、この場を乗り切ろうとしていたのだ。
『そう…苦しむ所が見たいのさ。だから心を与えてやろう!』
(はい?)
『お前のその無感情が気に食わん!それでは何も面白く無い!』
悪魔の醜い望みにより男には心が与えられた。
しかし、幾ら感情を失ったとはいえ、男の中には心、つまりは人格はある。そこに新たに心を付け加える事がどういう意味を持つのか、悪魔は真に理解していなかった。
だから、こういう事になった。
(まぁ貰えるものなら貰いますか)
(良くねぇよ!何してくれてんだっ!?)
(えっ…誰ですか?)
(お前に与えられた心だよ!)
男の心の中に新たな心が与えられた。心を人格と捉えるならば、男は強制的に二重人格にされてしまったのだ。
しかし、そんな事が起きてもなお、元々あった男の心は揺るがない。
(ああ…これからよろしくお願いします)
(うん、よろしく…じゃねぇよ!?馬鹿かこのヤロウ!)
『ゲッゲッゲッ!随分愉快になったじゃねぇか!』
そのイレギュラーな結果にご満悦な悪魔が男を嘲笑う。
『じゃあそろそろ異世界に送ってやるよ!せいぜい長く苦しんでくれよな!』
(分かりました)
(ふざけんなクソ悪魔!)
悪魔の声が遠くなっていく。
男の意識も遠くなり、やがて何も考えられなくなった。
二重人格の男は『NARUTO』の世界に生まれ落ちた。
しかし、二人の生まれは普通の出生とは随分違う形となっていた。
悪魔により強制的に二重人格にされた所為だろうか、男は二つの体が一つにくっついた状態で生まれてしまっていた。
この様な生まれ方は前の世界でも実際にある。だが、類稀な確率な事は確かであり、世が世なら忌み子として処分される事だろう。
この世界でも普通の家系で生まれたならそうなる筈だった。
しかし、良くも悪くも男が転生した家系は普通では無かった。
二つの体がくっついて生まれた男を、天賦の才のある子供だとありがたがった。
実は、この男が生まれた家系はある特別な忍術、血継限界を会得した忍者の家系であった。
その術の名は『双魔の攻』。
術の効力は、他者の肉体に溶け込み、融合する事。
男達はすぐに理解した。自分は『NARUTO』の右近左近に転生させられたということを。
転生先について生まれてすぐに分かったのは、男が学生時代に『NARUTO』を最終巻まで読破しており、チャクラや血継限界という言葉で、転生先が『NARUTO』であると理解したのだ。
男の生まれた一族は、生まれ持った段階でその術と同じ状態で生まれてきた子供を天才として大事に育てる事に決めた。
そして、月日が経過した。
あまり泣かない子を右近、激しく泣く子を左近と名付け、一族が育て始めてから早5年。
二人は常に物理的な意味で一緒に行動していた。
二人で生活し、二人で組み手を行い、二人で忍術の修行に励んだ。
その結果、一族始まって以来の神童と呼ばれる様になり、それ程多くもない人数の集落の外にまで噂が広まってしまった。
だから、怪物に目を付けられる事になってしまった。
「この子が噂の神童かしら…」
双子の前に現れた怪物は、真っ白な肌に長い黒髪を持ち、蛇を思わせる女性的な男性であった。
少年ジャンプの看板漫画であった『NARUTO』の世界の中でも、かなりの知名度を誇っていた男性を、双子は知っていた。
「…大蛇丸」
「あら、私の事を知っているのね…好都合だわ」
目の前で自分を眺めて舌舐めずりする大蛇丸を前にして、双子はさながら蛇に睨まれた蛙が如く、身動き一つ取る事が出来なかった。
当然である。幾ら神童などと呼ばれていようともたかだか五歳の子供と比べて大蛇丸は既に一騎当千の強者であり、忍界において“三忍”と謳われる程の存在だ。
むしろ、恐怖で悲鳴を上げないだけ理性がある方だと言えるだろう。
「貴方、私のモノになりなさい」
「…はい、分かりました」
「そう…良い子ね」
遥か格上の怪物の望みは、普通の者にとっては命令に等しい。それは双子の事だけではなく、この双子を生み出した一族にとっても同じである。
大蛇丸の部下となる事を善しとした者だけが部下となり、大蛇丸に反抗的な者は実験台として、死よりも恐ろしい結末を迎える事となった。
かくして物語の通り、双子の神童は蛇の怪物の部下となった。大蛇丸が立ち上げる音隠れの里の一員となり大蛇丸の目指す立派な忍者になるべく修行を重ねる事となる。
各人の得意な性質に応じた果てしなく多彩な忍術の研鑽に加えて、その身の血継限界を研究する為の拷問にも思える実験と、鍛え上げられた音忍同士による血で血を洗う過酷な洗礼の果てに、音忍四人衆最強の称号を冠する事となる。
その修行は、本来の物語よりも苛烈で過酷であったが双子は乗り越えた。
乗り越えられた要因は幾つもあった。
一つ目は、右近左近の精神が前世の知識があるが為に成熟していた事。特に右近は、社畜生活によりストレスに高い耐性を持っていた。
二つ目は、『NARUTO』という漫画の知識により忍術に対しての理解度が元となった右近左近よりも高かった事。それにより、忍術を身に付ける質、速度共に優秀であった。
三つ目は、悪魔によりその身に強化が施されていた事。原作よりも頑丈で生命力に満ち溢れた肉体は、本来よりも遥かに過酷な修行と任務に耐え抜いた。
四つ目は、その身に宿した血継限界の応用を開発した事。前世の知識を用いる事で、他者との細胞レベルでの融合という秘技を一段上の能力へと生まれ変わらせた。
五つ目は、上記四つの理由から、忍者としての才に溢れる双子を大蛇丸が気に入ってしまった事。それにより、怪我をした際には優秀な医療忍術を施され、禁術も含めた強力な忍術が収められた巻き物の閲覧を許され、音隠れの里において重要性の低い人材を実験台として使い潰す事を許された。
そして、最後の六つ目。この忍界において、弱いという事がどれほど危険であるかを知っていた双子は、同じジャンプの看板漫画であるBLEACHの浦原喜助の名言の如く『死なない為に死ぬほど準備すること』を座右の銘にして、死ぬ気で修行に励んだ。
故に、原作通りに、或いは原作以上に、右近左近の二人組は音の五人衆最強として、また五人衆の実質的な指揮官として様々な任務に就く事になった。
それは当然、原作通りに大蛇丸が起こした“あの”事件の時もである。
右近左近が大蛇丸の元へ来てから八年以上が経過していた。
右近左近は十四歳となっている。
それはつまり、原作である『NARUTO』の物語がスタートしている事を意味しており、『NARUTO』少年編の中で最も大きな事件を大蛇丸が起こす時が近づいている事の証でもあった。
その大蛇丸が起こす事件、通称“木ノ葉崩し”を、右近左近は止めるつもりが無い。
それは、原作知識持ちの転生者によくある、原作の流れを守る為という理由では無かった。
右近左近は
原作はタイトルの通り、主人公うずまきナルトを中心とした物語である。
その為、登場する人物の大半は木ノ葉隠れの里出身であるし、他里出身の人物は抜け忍で暁にいる人物か各里の影とその周辺人物ぐらいである。
それはつまり、この忍界を生きる殆どの忍びの描写が無いという事である。そんな状態でこの世界を知っているとは到底言えない。
そもそも、この世界に転生した右近左近という人物が存在している時点で原作とは違う世界になっている。
その上で、右近左近はバタフライエフェクトという言葉がある様に、人一人が世界に与える影響は莫大な物であると考えていた。
更に、『NARUTO』という話は、うずまきナルトが周囲の人間に影響を与え、変えていく物語である。その話を知っている人間が、人の影響力を馬鹿に出来る訳がない。
故に、右近左近は原作の流れを守るつもりは無い。原作の知識は、各人物のある程度の戦力分析と、世界観や忍術に関する知識のみを当てにして行動していた。
ならば何故、右近左近が大蛇丸に従うのか。それには彼等なりの複雑な理由があった。
まずは大蛇丸への“恐怖”。死ぬ気で鍛え上げた右近左近とはいえ、まだまだ若者である。幾ら大蛇丸の得意な忍術などを知っていても、今はまだ確実に大蛇丸に勝てるという確信もなく、例え勝てたとしてもその時自分が無事であるという確信も無かった。
それでいて大蛇丸という人物は裏切り者に容赦が無い。その末路を知る右近左近に反抗する気は起きなかった。
次に、大蛇丸への“恩義”。恐怖と相反する様だが、この気持ちも確かにあった。
そもそも、右近左近の知るこの世界は過酷な世界である。その世界を生きる上で最も重要な“力”を大蛇丸は与えてくれた。その恩義に報いる程度には、大蛇丸への忠誠心を持っていた。
そして最後に、大蛇丸の部下、右近左近からしたら同僚への“友情”。
右近左近は八年もの長い間大蛇丸の部下として修行して任務に就いていた。それはつまり、同じ飯を食らい、同じ場所に住み、同じ任務に就き、程度の差はあれど過酷な修行を耐え抜いたという事である。その様な暮らしをしていれば、情も芽生えるというもの。
纏めると、冷酷な大蛇丸へと忠誠を示しながらも仲間への情を合わせ持つという、複雑な人間になっていた。
そして、そんな男の現在はというと、木ノ葉隠れの里の中にある、前世のコロッセオを彷彿とさせる場所、その観客席に座っていた。
身長は原作と比較して10センチ程伸びて165センチになり、漫画では華奢そうに見えていた肉体は、筋肉が付く事により明らかに太くなっていた。
そして原作との一番の違い、
服装も原作とは違う。音隠れの忍びとして額当てをその名の通り額に装着し、肌着の上から鎖帷子を着て、更にその上から大きめのサイズの黒い外套を羽織っていた。外套は膝下ぐらいまで伸びており、下に履いているズボンを半分程隠していた。
その姿を原作、いや、暁という組織を知る者が見たならば、その組織の者かと疑う程には服装が似ていた。
最も、本人にその意図は無く、鎖帷子とズボンは忍びとして適当な物であるし、外套は戦術的に有効だから着ているだけであった。
「平和だなぁ…」
右近が、この後に起きる事を知っているにも関わらず呑気な台詞を呟き、中忍試験の本戦であるトーナメントをボーっと眺めていた。眼下で行われている同年代の戦いを見つめるその瞳は、周囲の熱狂とは程遠い冷めた眼差しである。
今行われているのは実質的に今回の中忍試験の最後の戦い。我愛羅とうちはサスケの戦いであった。
方や風影の息子であり、一尾の人柱力。方や写輪眼を持つうちは一族の生き残り。そんな同年代屈指の血筋、力量の持ち主同士の戦いではあるが、今の右近からすれば欠伸が出る様な温い戦いであった。
それは、彼の中にいる左近も同じ気持ちであった。
(くだらねぇ試合だな、殺し合いですらねぇとは…)
(それが木の葉だろ?)
(あぁ…相変わらずの平和ボケ集団だな)
心の中で二人が話している間にも、眼下で行われている戦いは進んでいた。
幾度かの攻防の後、我愛羅が砂のドームの中に潜み、サスケが闘技場の壁に足を付ける。
そして、最後の攻防が始まる。
サスケが印を結び、その左手から雷が迸ったかと思えばそのまま走り出す。
雷が壁と地面を抉りながら、高速で我愛羅が籠る砂のドームへと迫る。
そして、サスケの千鳥が砂の守りを打ち破った。
痛みから声を上げる我愛羅。その声を掻き消す様な観客の歓声。
「そろそろか…」
興奮のあまり立ち上がる観客に紛れて、右近左近を含めた音忍達が動き始める。
ボフンッと音を立てて会場の一番高い場所、天守閣の様な場所から白い煙が噴き出る。
その白い煙の中から、三代目火影と四代目風影に化けた大蛇丸が飛び出てきて、屋根の天辺、ちょうど真ん中の辺りに着地する。
その光景をすぐ近くで見ていた右近左近をリーダーとした音忍四人衆が、木ノ葉の忍の邪魔が入る前に、火影と大蛇丸を囲む様に配置に着く。
「やれ」
音の四人衆が配置に着いたと同時、大蛇丸の指示が飛ぶ。
それを合図にして、四人の力を合わせた結界忍術『忍法・四紫炎陣』が発動した。
四紫炎陣は四人で発動するだけあって、効力は絶大である。
結界へと暗部の忍が接触したが、結界に触れた途端に炎に包まれて焼け死んだ。そして、それを見た残りの暗部は結界に手出しが出来なくなった。
更に、四人衆それぞれが内側にも結界を張る事により、内側からも破壊し辛い様になった。
こうして大蛇丸の狙い通り、大蛇丸と三代目火影の一騎打ちの決闘場が作られた。
大蛇丸が変装を解き、かつての師匠である三代目火影と語り合い、そして、伝説同士の戦いが始まる。
大蛇丸の禁術『口寄せ・穢土転生』の術により、故人である初代火影と二代目火影が黄泉の国より呼び出される。
そこから始まるのは初代から三代目までの火影同士の、そして同じく火影クラスの大蛇丸までも含めた極めて高度な忍術合戦。
土遁、火遁、水遁と複数の性質変化を使い熟し、口寄した老猿、猿魔と共に戦う
そして
全盛期の頃を知る人間であれば、弱くなり過ぎている火影同士の戦い。しかしそれでも尚、この忍界にて上澄み中の上澄みの戦いである事に異論は無い。
その戦いをじっくりと観察していた右近と左近は、その心中でこの戦いの後の事を相談していた。
(そろそろ決着だな……チャクラは?)
(キッチリ練ってあるぜ)
(なら良い。この後大蛇丸が負傷して撤退戦に移るが、その時にどれだけ追撃が来るか分からないからな……)
(漫画じゃあ、その辺の事は分からなかったからなぁ)
そんな二人の相談を尻目に、大蛇丸の戦いが遂に決着を迎えようとしていた。
三代目火影が生み出した二体の影分身による封印忍術『屍鬼封尽』が、初代火影と二代目火影の魂を封じ込めた。
そして、三代目火影本人による『屍鬼封尽』が大蛇丸に襲い掛かる。
三代目火影の腹部から伸びた死神の腕が大蛇丸の腹部に突き刺さり、大蛇丸の魂を引き抜こうとする。
魂を引き抜かれそうになっている大蛇丸も必死に抵抗する。己の剣を遠隔操作して、三代目火影の背中に突き刺した。その刃を必死に掴み、傷口をそれ以上広げない様にする猿魔。
魂を引き抜こうとする三代目火影と、その前に命を奪おうとする大蛇丸に、更にそれを止めようとする猿魔。
原作では、大蛇丸が両腕の魂を引き抜かれる結果に終わったこの勝負だが、今この場には三者の勝負に介入出来る者がいた。
それを思い出した大蛇丸がその
「右近!左近!貴方達も手伝いなさいっ!!」
「何ッ!?」
「何だとっ!?」
そう、右近が主体となって結界を張っていたが、その間左近はチャクラを練る以外の行動をしていなかった。故に、動こうと思えばいつでも動けた。
「了解。行け左近」
「おう」
右近の声に応じた左近が、右近の体より這い出て来る。
師匠である大蛇丸は蛇の脱皮を模した様な、口から新たな自分を生み出す技を使うが、やはり弟子は師匠に似るのだろうか、左近は右近の首筋から頭を生やし、そこから徐々に体を出していった。
左近の体が完全に現れると同時、右近が内側の結界を解除して、左近から大蛇丸までの道が開ける。
「くっ!」
「チィッ!このタイミングで新手かよ!」
「フハハハッ、そうよ絶望なさい!」
その光景を見た火影と猿魔が渋面を作り、大蛇丸が喜びから声を上げ、更に二人を煽る様に言葉を重ねる。
「もう終わりですよ猿飛先生、無駄な足掻きでしたねぇ……」
「グッ……こうなっては仕方あるまい……」
「そうよ……潔く死になさい!」
火影が諦める様な言葉を口にしたことに対して、大蛇丸が勝ったと思い込んでいたが、それは早とちりだった。
「大蛇丸ッ!せめて貴様の腕は貰っていくぞ!!」
「なにっ!?」
三代目火影の宣言に大蛇丸が驚く。
宣言から間髪入れずに死神に短刀を振り下ろさせた火影。大蛇丸の引き出されていた腕の部分の魂が切り裂かれ、火影の体へと封印される。
火影の覚悟が、左近が介入する前に決着を済ませたのだ。
「このおいぼれがァァ!!」
苦痛に顔を歪めながらも火影を罵倒する大蛇丸。
さいごまで自分のかつての弟子に散々な目に遭わされた火影はしかし、その顔は安らかなものであった。
「グウゥゥッ!!」
両手に齎された封印によりうめく大蛇丸。
最早、先程までの力が発揮出来ない事は誰の目からも明らかだった。
それを最も分かっているのは両腕を封印された大蛇丸本人であった。
「撤退するわよっ!!」
「「「「「了解」」」」」
大蛇丸の指示に従い、音の四人衆はすぐさま撤退に移る。
最も力のある次郎坊が大蛇丸を担ぎ、多人数を相手に出来る鬼童丸と多由也が前方の警戒と露払いを担当し、最も強く攻撃されるであろう後方には音の四人衆で最も強い右近と左近が配置された。
そして音の四人衆による大蛇丸護衛任務が始まった。
襲いくる木ノ葉の暗部を中心とした忍の追撃を躱しながら逃げる大蛇丸達。
しかし、こんな大事件を起こした中心人物をただで逃す程木の葉の忍は甘くない。
特に、今の木ノ葉にはある男がいた。火影クラスの実力者である男が。
もう直ぐで木ノ葉の里の外に出ようとした大蛇丸達の前に、突然巨大な何かが降って来た。
降って来た何かはそこにあった建物を踏み潰し、特大の砂埃を巻き上げた。
「くっ、一体何ぜよ!」
突然の事で足を止められた大蛇丸一行。その中の一人、鬼童丸が思わず悪態を吐いた。
何が起きたか分からない人間が多い中で、鍛え上げられた右近だけは何が起きたか理解出来ていた。それ故に、いち早く周りに指示を出すことが出来た。
「チィッ!お前らは大蛇丸様を連れて他の場所から逃げろ!ここは俺が足止めする!」
「逃すわけないのう」
右近の指示に返答したのは周りにいた音の四人衆や大蛇丸では無く、煙の中にいた人物からであった。
右近の指示ですぐに動き出したい音の四人衆であったが、返答と同時に煙の中から発せられた圧倒的な威圧感を伴った殺気に足がすくんで動けなかった。
砂埃が晴れる。まず現れたのは三階建ての建物よりも巨大な大蝦蟇であった。その巨体と威容に驚きを隠せない右近左近を除いた音の四人衆。
だが逆に、その巨大蝦蟇の姿により、大蛇丸は自分達の前に現れた忍を確信した。
「クックックっ……久しぶりねぇ自来也」
「そうだのう大蛇丸」
大蛇丸の挨拶に蝦蟇の上に乗っていた人影が応えた。砂埃が完全に晴れて、その姿を大蛇丸一行の前に現す。
白髪を腰まで伸ばして腰に大きな巻物を差した初老の男。大蛇丸と同格の“三忍”の一人であるガマ仙人の自来也であった。
「お前は此処で儂が殺す」
元々険しい顔をしていた自来也の眼光が鋭くなり、殺気は更に大きくなる。
その殺気に、音の四人衆は自分に対して直接向けられた訳ではないにも関わらず、冷や汗を流し身動き一つ取れなくなってしまった。
ただし、自来也が現れた瞬間から戦闘になる覚悟をしていた右近左近を除いてである。
一行の最後尾にいた右近が歩き、先頭へと赴き、自来也の前に立ち塞がる。
「行けっ!」
右近の後ろ姿と突如として出された大声に、ビクリと大きく反応した音の四人衆が自らの職務を思い出して、大蛇丸を連れてその場から離脱する。
「儂から逃げられると思うなァ!!」
それを見た自来也がすぐさま追撃するべく大蝦蟇の頭を強く蹴って大きく跳躍したが–––
「いや、逃げさせてもらう」
その追撃を阻む様に、跳躍中の自来也に対して右近が襲いかかった。
勢い良くぶつかった二人は跳躍の勢いを殺し合い、一瞬の拮抗の後、反発する様に大きく距離を取った。
二人は、それぞれ崩れていない建物の屋上に着地し、睨み合う。
「チィッ!」
大蛇丸を取り逃し、大きな舌打ちをする自来也。
その脳裏では苛立つ心とは裏腹に、冷静な戦力分析を行っていた。
(この男、儂の攻撃を止めてみせるとは。まだ若いというのになかなかやるのう)
一般的な上忍の実力があろうとも自来也を止めるのは簡単では無い。それなのに、一見中忍試験を受けに来た受験者に見える若者に止められたという事実に、自来也の警戒度は上がった。
だが、警戒度を上げたのは右近左近も同じ事であった。
(三忍の一人、自来也。大蛇丸様と同格以上の相手だ。舐めていた訳では無かったが、やはり強い)
右近の腕は自来也の跳躍を受け止めた衝撃で軽く痺れていた。
たかが跳躍、されど三忍の跳躍と言うべきか。並の上忍よりも実力を付けた自信がある右近であったが、自来也の想像以上の実力に警戒度を引き上げていた。
「邪魔をするというのなら手加減はせんぞ」
「お構いなく、容易くはないつもりです」
「よくぞ言った!」
互いが互いの実力を認めた上で煽り合い、本格的な戦闘に移る。
初手を取ったのは自来也であった。
「忍法・毛針千本!!」
素早く印を結び、その長い髪を振り回して髪の毛を高速で、広範囲に飛ばした。
飛ばされた鋭い毛髪はチャクラで硬質化されており、容易く人体に突き刺さるには十分な威力を持ちながらも広範囲で、高速で飛翔した。
この術だけで幾人もの忍を屠れるのは間違いなく。毛髪にチャクラを込めて飛ばすだけの簡単な術をこれ程の術に昇華しているとは、流石は三忍と言った所であった。
(これは躱せないだろう)
右近が印を結ぶ動きも見せず、毛針が襲う範囲から逃げようともしないのを見て、
しかし–––
「水遁・水衝波!」
「何っ!?」
印を結ぶ動きも見せずに水遁の術を発動させた右近の口から勢い良く大量の水が吐き出され、自来也の飛ばした毛針の勢いを殺して押し流した。
その術に自来也は驚きを隠せなかった。
術の難易度は高くない。だが、印を結ぶ動作が見えなかった事が、自来也には不可思議でならなかった。
(何かカラクリがあるはず……)
そう考える自来也の予想通り、印を結ばずに術を発動できたのにはカラクリがあった。
そのカラクリは右近左近を知る者にとっては至って単純で、右近が身に纏う大きめな外套の中で左近が印を結んでいただけであった。
左近が隠れて印を結び、右近が術を発動させる。この一連の動きこそが右近左近が身に付けた原作外の力の一端であった。
(近接で確かめるか……)
自来也がもう一度仕掛ける。腰を落として力を溜め、足にチャクラを集中させて右近へ向けて跳躍した。
その跳躍の勢いは、大蛇丸を追おうとした時の比ではなく、瞬く間に二人の距離を潰した。
更に、一瞬の飛躍の最中に自来也は新たな術を発動させていた。
「螺旋丸!!」
「ッ!!?」
自来也の右手に高密度のチャクラの塊が出現した。
その技を右近左近はよく知っていた。四代目火影波風ミナトが開発した高難易度の忍術であり、ミナトの師匠である自来也が教えられて、その自来也がミナトの息子であり原作の主人公であるナルトへと継承した忍術。
その破壊力を右近左近はよく知っていた。直撃すれば良くて戦闘不能、自来也の熟練度を考えると高確率で即死させられるだろう。
(受ければ死ぬ、避けるには時間が無い。相殺するしかない)
そんな一瞬の判断の元、右近が動く。
右近の左手の途中から左近の左手が生え、二つの左手が掌を向かい合わせに構えた。
片方の左手がチャクラが生み出し、もう片方の左手がそのチャクラを乱回転させる。
その動きを見た自来也は動揺した。左手が急にもう一本生えた事もそうだが、それよりも作り出したその技が間違いなく、自来也のそれと同一の物であったからだ。
「何じゃとっ!?それは–––!!?」
「螺旋丸!」
二人の、否、右近左近が協力して作り上げた、原作でのナルトのやり方を真似た螺旋丸と自来也の本家本元の螺旋丸がぶつかりあった。
技は同じであるがしかし、その威力は互角では無かった。
「オオォ!」
「グゥッ」
自来也は一瞬動揺したとはいえ、同じ技をぶつけ合った事で技量で自身が上回っている事に気が付いた。
右近左近の螺旋丸は、出すのが遅れた上に技の完成度がそもそも自来也に劣っていた。
それを一瞬で見抜いた自来也が押し切ろうと力を込めるべく咆哮を上げており、それに押された右近からは呻き声が上がっていた。
しかし、そのギリギリの拮抗を放っておく左近では無い。
螺旋丸を形成している下側の左手から右腕を生やして自来也の右腕を掴み、上側へと持ち上げた。
それにより、ギリギリ拮抗していた螺旋丸同士のぶつけ合いの力のベクトルが上側に向き、真正面からのぶつかり合いから変化した。
その結果、螺旋丸はその力を上空へと解放した。バァッン!と巨大な破裂音と共に二つの螺旋丸は弾け、その勢いに押し出されて右近と自来也が後ろに飛んだ。
「ぬぅ」
「クッ」
着地した両者の顔は共に苦いが、どちらかと言えば右近の方が苦しい顔をしていた。
自来也は右近が螺旋丸を使った事と、右近の体から急に腕が生えた事を認識して、その厄介な術を使える右近の戦闘力を計算しているが故の苦い顔だ。しかし、既に印を結ばぬ忍術の正体も察しており、それを計算に入れるとまだ圧倒的に強いという確信もあった。
一方の右近の苦い顔は、左近という手札を早々に見せるしか無かった事と、螺旋丸同士のぶつけ合いからその力の差が思ったよりも離れている事を認識したからであった。
今の状態での力の差を感じた右近と左近がその心中で会話を行う。
(このままだと負けるな)
(あぁ、それも結構な差があるなぁ……逃げるのも簡単じゃあねぇぞ)
(自来也にとっての俺は大蛇丸へと繋がる人間だ。簡単には逃してくれないだろう)
(じゃあどうすんだよ?)
(仕方ない……“あれ”をやるぞ。準備は出来ているな?)
(あぁバッチリだぜぇ。螺旋丸同士のぶつけ合いからガマ仙人相手に“あれ”とは……面白ぇなぁ!)
ほんの一瞬の間に右近左近の心中での会議が終わり、現実で右近が自来也に向き直った。
「流石は三忍の一人、ガマ仙人の自来也様だ。体術、忍術共に俺のレベルの遥か上を行く」
「ふん!若造にそんな台詞を吐かれても嬉しくないのう」
「そうでしょうね……だから此処からは俺達二人で相手しよう」
右近の改めての宣言により、左近がその頭を表に出した。着ていた大きめの外套から二つの頭が並んで伸び、四つの目が自来也を正面から睨んだ。
「ほう、奇怪な体をしとるのう」
「俺達を見てその程度の反応なのは大蛇丸様以来かもしれないな」
「そうだなぁ……他の奴はビビって腰抜かすか、気持ち悪いとほざくかだもんなぁ」
その異形の姿を見ても自来也にそれ程大きな動揺は無かった。確かに忍界全てで考えても珍しい姿だが、第二次、第三次忍界大戦を経験した自来也からすれば珍しいがそれだけという感想であった。
(敵が二人いただけ。それさえ分かれば必要以上に恐れる必要性はないのう)
しかし、その考えには少し計算違いがあった。
二人一組の敵がいるのと、二人が融合した敵がいるのには大きな違いがある。
それはガマ“仙人”である自来也自身が知っていたはずなのに、それを計算に入れていなかった。
しかし、それも仕方の無い事であった。
右近左近の若さで“それ”が出来るとは師匠である大蛇丸ですらも予想も出来ない事であったからだ。
「ならこうすれば」「少しはビビるかぁ?」
右近と左近の顔の一部、眼球とその周りにある変化が現れた。徐々に変化するそれを見た自来也の顔が驚愕に変わる。
「そ、それは……まさか……!?」
自来也が驚きで動きを止めてしまった間に、目の周りの変化は終わっていた。
変化を終えた右近左近の瞳孔が蛇の様に縦に長く変化しており、目の周りには紫色の隈が浮き上がっている。隈は大蛇丸の目の周りにある様な切れ長の目の様な形になっているが、大蛇丸のそれとは異なり目の周りを完全に覆い尽くしていた。
自来也はその姿を、その変化の正体を知っていた。
その隈取りは自然エネルギーを集め、仙術エネルギーを練り上げられている証であり、その姿は正しく仙人になっていることが理解出来た。
自来也自身、妙木山にて厳しい修行を完遂して仙人になれる様になったからこそ、ガマ仙人の異名を名乗る様になったのだから。
ただし、三忍の自来也ですら己の力のみでは到達出来ず、二大仙蝦蟇の力を借りて漸くその姿になることが可能な、超高等技術の結晶。
そんな自来也だからこそ、右近左近の仙人としての力量を理解出来た。
(儂がフカサク様達と融合して仙人状態を維持するのと同じ理屈!片方が肉体を動かし、片方が仙術チャクラを練っておる!つまり、仙人状態が切れる事は期待出来ないのう……)
冷静に彼我の戦力差の変化を見極めようとする自来也。
仙人とそれ以外の忍との力の差は歴然だが、元々に実力差がある場合は話が別である。
先程までは確実に自来也の方が強かったが、その差が右近左近の仙人化によりどれ程縮まったのか。或いは逆転したのか、それを見極めようとしていた。
そんな冷静な自来也と仙人と化した右近左近は暫くの間睨み合う。その僅かな時間で右近は、己が仙人の力を得た時の事を思い出していた。
木の葉崩しの三年前。大蛇丸が各地に持つアジトの一つにて、大蛇丸は後に音の五人衆と呼ばれる様になる者達の前に立ち、彼らに新たな力を与えようとしていた。
その力の名は呪印。
呪印とは大蛇丸が習得しきれなかった仙術の力の一部を他者へと分け与える術。部下である重吾の持つ特異体質、周囲の自然エネルギーを吸収するという仙術に通ずる力を解析して作り上げた特別な術であった。
この呪印を与えられ、コントロールする事が可能になった者は、仙術の力を不完全ながら使う事が出来る様になる。
呪印に適合する才能は必要だが、大蛇丸ですら会得出来なかった仙人の力を一部とはいえ使える様になるのは、非常に画期的な術だと言えた。
大蛇丸はこの呪印を数多の実験体の犠牲により完成させていた。
呪印に適合すれば彼らは更に強くなる。それこそ、呪印に適合して力を増したから彼らは他の音忍とは一線を画す存在として、音の五人衆と名乗る様になるのだから。
だが–––
「お待ち下さい大蛇丸様」
「何かしら右近」
大蛇丸が右近に呪印を刻もうとした時、右近が待ったをかけた。その事実に大蛇丸は苛立ちを隠せない。
この時点で右近左近は大蛇丸のお気に入りである。が、しかし、その事実は右近左近が貴重な人材であるというだけで、大蛇丸の不興を買った時に絶対に殺されないという訳ではない。
故に、右近はただ否定だけするのではなく、冷静に理知的に大蛇丸を説得しようとしてしていた。
「私は呪印ではなく、仙術の会得を希望致します。恐らくですが私達であれば、左近と私の二人であれば仙人の力を会得することも可能であります」
「へぇ……私にも出来なかったことを……貴方達なら出来ると?」
「はい。大蛇丸様が行った仙術の修行と、重吾の一族の体質研究の結果は私も確認しております。その上で、私達二人なら仙人の力を使い熟すことも可能だと考えております」
右近の確信を持って語られた言葉に、大蛇丸は興味を唆られた。
「そこまで言うからには考えがあるのよね?」
大蛇丸の質問に右近は自らの考えを、原作知識から導き出した結論を、丁寧に語り出す。
「はい。仙術を扱う上で最も重要な点は自然エネルギーを吸収している最中はその場から動く事が出来ないという点にあります」
「そうね」
「その点を私達であれば解消可能であります。体を動かす役を私が、仙術を練る役を左近が担うことで戦闘中でも仙術チャクラを安定して練ることが可能であります」
「そうかっ……その手があったのね!」
「はい。この仙術チャクラを練る行為自体は少量ながら既に確認しております」
右近は大蛇丸のお気に入りであるが故に、ある程度だが大蛇丸の研究成果を見ることを許されていた。
その権利を行使して仙術に関する記述を見た上で、原作での仙人モードに関する知識と合わせて自分達ならば仙人モードを使い熟す事が可能だと考えていた。
仙人モードに必要なのは二つ。一つ目は自然エネルギーに負けないだけのチャクラ、つまりは膨大な量の身体エネルギーと精神エネルギーのことだ。そしてもう一つは、練り上げた仙術チャクラを操るセンスである。
前者の条件は右近左近を転生させた悪魔により原作より強化された事でクリアしていた。強化された右近左近の身体エネルギー及び精神エネルギーは共にかなりの量があった。
後者の条件は原作にて呪印に適合している時点でクリアしている。呪印とは仙術の模倣、劣化品であるが故に、それに適合している時点で大なり小なり仙術を操るセンスが備わっていた。
その上で、原作にあった自来也が仙人モードを二大仙蝦蟇の協力を得て行っていた様に、右近左近が力を合わせれば戦闘中に仙術チャクラを練り続ける事が可能であると確信していた。
「なるほどね……良いわ許可しましょう」
「はっ、ありがとうございます」
大蛇丸は右近の提案について少しの間考え、許可を出した。
この時、大蛇丸の中には一つの考えがあった。
右近左近が仙人の力を使える様になれば音隠れの里の力は大きく増す事になる。更に、仙人の力を使い熟せる様になった右近左近を研究すれば、大蛇丸自身が仙人になることも可能かもしれない。そういう打算があった。
大蛇丸から呪印を受け取らず、仙術の研究の許可を貰ったこの日から、右近左近は仙人の修行に勤しむ様になり、その一年後に仙人の力を使える様にまで至り、その更に二年後の木の葉崩しの時期には完璧に扱えるまで成長していた。
仙術を会得した二人の力は絶大であった。それは、右近左近は君麻呂を差し置いて音の五人衆最強の名を得るに相応しい存在と大蛇丸に認められる程であった。
その力が、右近左近が参考にした本家本元の自来也へ向けて解き放たれる。
仙人となった右近左近と自来也は暫くの間睨み合いをしていた。
自来也は仙人の力を知るが故に迂闊な行動を起こしておらず、右近は大蛇丸を追わせない為の足止めという役割を果たす為に無理に動かなかった。
しかし–––
(睨み合うだけじゃあしょうもねぇ。今の実力をこいつで試して見ようぜぇ)
(それは……)
(素の状態の自来也と良い勝負が出来るんならよぉ、この世界の上澄みにもある程度は通用する事がハッキリ分かんだろうがよぉ)
(一理ある……か。仕方ないな)
左近の提案に右近が応じた。
その瞬間、睨み合うだけで僅かに緩んでいた右近左近の雰囲気が鋭くなる。
その変化を自来也は見逃さなかった。
(来る……っ!)
右近が素早く水遁の印を結び、仙術を発動させる。
「仙法・水遁・水衝波!」
右近の口から水が勢い良く吐き出された。先程も発動した忍術だが、その水の量も勢いも先程の数倍はあった。先程の水衝波が蛇口から捻り出した水道水だとすると、今回のは滝に匹敵する。
単純な水遁と仙術を混ぜた水遁にはそれ程までの差があった。
その水のあまりの勢いの強さに自来也は咄嗟の回避は不可能だと考え、咄嗟に防御に徹する為の忍術を発動させる。
「忍法・針地蔵!」
自来也の長い白髪が更に伸び、その全身を一部の隙間も無く覆い尽くした。
本来なら物理攻撃をしてきた相手に対してカウンター気味に放つのが効果的な忍術だが、防御力を上げる効果も高い。
だが、そんな防御に適した術でさえ強力な仙術の前では効果が薄い。
「ぐうおぉぉ!」
何とか重大なダメージを受ける事は防いだが、その衝撃まで防ぐ事は叶わず、水の勢いに押されて大きく吹き飛ばされる自来也。
それを追撃する様に今度は左近に仙術が発動する。
「仙法・土遁・地動核」
左近の土遁により吹き飛ばされた自来也のいる半径十メートル程の地面が二十メートル程度一気に下がった。
いきなり出来た巨大な穴。その急激な変化に自来也はついていけず宙に投げ出され、そのまま穴の中に落ちていく。
「クソッ!ぬぅ!?」
穴の中で落下中の自来也が悪態を吐きながら空を見上げた時、穴の縁に右近左近が立っているが見えた。
右近は穴に落ちた自来也への追撃のため、素早く穴の縁にまで近付いて来ていたのだ。
自来也が穴の底に着地すると同時に、右近と左近が術を発動させようとそれぞれ印を結んでいたのが完成した。
「「仙法!!」」
「水遁・爆水衝波」「土遁・加重岩の術」
右近の発動した爆水衝波により、右近の足元から大量の水が滝の様に溢れ出し穴を埋め尽くしながら自来也へ向けて降り注ぐ。更にその大量の水に左近の発動した加重岩の術の効果が発揮され、ただでさえ重量のあった大量の水が更に十倍近い重さにまで重くなった。
自来也に迫る大瀑布は、今や莫大な質量のある水害になった。
穴の側面を削り、押し潰すその破壊力が自来也に直撃すれば、幾ら三忍の一人と言えども死は免れない。
だが、この程度の術で素直に殺される程、三忍の力は甘くない。
「土遁・黄泉沼!」
自来也が発動したのは地面を底無し沼に変化させる術。普通は敵忍者を捕え、沈める為に使われる忍術だが、自来也は己のすぐ足元を底無し沼に変化させた。
穴の上に立つ右近左近は、仙人モードにより得た高い感知能力により、泥濘に沈み込んだ自来也へ向けて水が迫っていくのを感知していた。
自来也が沈んだ沼ごと押し潰せるだけの質量を水は保持しており、術の勢いそのままに穴の底へと殺到した。
水が穴の底へと接触した音は、最早音ではなく衝撃としか認識出来ず、地響きとなって木ノ葉の里中に響き渡った。
そのあまりの揺れは、少なくない数の忍達がその場に立っていられなくなる程であった。
圧倒的な破壊音を響かせた右近と左近の合わせ技だったが、その破壊力も虚しく、二人の感知能力は穴の底よりも遥かに下の地中から自来也のチャクラを感知していた。
(何という繊細な術の使い方だ。やはり三忍か)
右近は高められた感知能力により、自来也が何をしたのか正確に把握出来ていた。
自来也は黄泉沼を発動させたが、その術の効果範囲と効果時間を極めて短く設定していた。そうやって発動された黄泉沼は自来也だけを沈めた後、すぐさま元の硬い地面へと戻った。
それを瞬間的に行った事により、自来也は重力に引かれて地中深くにまで泥の中を進んだが、右近が生み出した水は硬い地面を大きく砕いたものの阻まれ、自来也にまでは届かなかったのだ。
地中深くにて自来也が生きていることを知った右近は、更に追撃を加えるべく土遁を発動しようとチャクラを練るが、その時–––
「チィッ……潮時か」
「派手に暴れすぎたなぁ」
右近左近は強いチャクラが複数人迫って来ていること、更には木ノ葉の里内部での戦闘が殆ど終了しているのも感知した。それにより、悠長に戦闘していられる時間が無くなったことを察したのだ。
この場に接近しているのは木ノ葉の暗部に所属している忍達だった。
彼らは自来也と右近左近の激しい戦闘を感知、或いは戦闘音を聞いて、自来也への援軍として駆け付けて来ていた。
「大蛇丸様のチャクラを感じない。足止めは果たせたと考えるべきだな」
「だな」
仙人となった右近左近のチャクラ感知範囲はとても広い。それは、里の外縁部に位置する現在地からでも里全体を感知出来るほどに広範囲である。
既にその範囲内に大蛇丸のチャクラがないことを確認した右近の言葉に、左近は同意した。
大蛇丸の離脱は確認した。右近左近がこの場にいる意味はもう無い。最も警戒すべき対象である自来也が地中にいるうちに木の葉から離脱した。
「ふぅ」
右近左近が木ノ葉を去って数秒後、土中から自来也が這い出て来た。その全身は泥と土で汚れ切っていたが目立つ傷はない。
「やれやれ、あれで十代前半とは……厄介な奴が大蛇丸の部下にいるのう」
自来也はバンバンと服についた汚れを叩き落としながら悪態を吐いた。
ちょうどその時、援軍に来ようとしていた暗部の者達がその場に到着した。
「ご無事でしたか自来也様……良かった。貴方様がご無事で」
「おう、儂は無事だが……何があった?」
自来也の無事な姿を見届け深く安堵した様子の暗部の忍。そのただならぬ様子に自来也は逆に不安を覚えた。
その自来也の問いに対して、暗部の忍の一人が重い口を開いた。
「……三代目火影様が亡くなられました」
「……そうか」
その報告を聞いた自来也の心中は、三代目火影をみすみす死なせた後悔と敬愛していた師匠である三代目火影が死んだ哀愁と、今回の事件を起こした大蛇丸とそれを逃した自分への怒りとが混ざり合い複雑な状況にあった。
だが、自来也は経験豊富な歴戦の忍である。その経験の中には親しい仲の者を亡くした経験も一回や二回では効かない程にあった。
だからこそ、三代目火影の死に嘆き、悲しみに浸るのではなく、今自分が成すべき事を成すために動き出した。
大蛇丸率いる音隠れの里と砂隠れの里による木ノ葉隠れの里襲撃事件は終わった。
事件終了後、砂隠れの里は四代目風影が死亡していた事を確認し、この事を大蛇丸の仕業だと断定し、木ノ葉隠れの里襲撃は大蛇丸に騙された結果だと表明した。
その後、木ノ葉隠れの里に対して賠償金を支払うと共に同盟関係を強化していく事を決めた。
こうして、あわや第四次忍界大戦の勃発かと思われた大事件は幕を閉じた。
大蛇丸が目論んだ木ノ葉崩しは、大凡原作通りの結果に終わった。
しかし、次もまた原作通り終わるのか、それは転生した右近左近にすら分からない。