三代目火影を殺せたことで、大蛇丸の木ノ葉崩しは一応の成功を収めたと言っても過言ではなかったが、その代償は小さくなかった。
「ぐうぅぅ……っ」
木ノ葉隠れの里から大きく離れたアジトの一つに大蛇丸はいた。
幾つかの蝋燭が点々と並ぶだけの薄暗い部屋の中で、大蛇丸は石造りの椅子に座り、苦しげに呻いていた。
三代目火影が最後に施した封印術である『屍鬼封尽』は、大蛇丸の両腕に常に焼かれる様な痛みを与え、まともに動かすこともできない状態へと陥れていた。
「あの老いぼれがぁ!私の腕をよくもっ……!」
大蛇丸は表情が歪むほど歯を食いしばり、力が込められ過ぎた歯茎からは血が流れていく。
「失礼します大蛇丸様。痛み止めをお持ちしました」
「失礼します」
「カブトに右近……早く薬を渡しなさい」
「ただちに」
カブトと右近の二人が大蛇丸へと痛み止めの飲み薬とコップに入れた水を渡すために部屋の中へと入ってきた。
酷い痛みに苛まれていた大蛇丸はその薬を催促し、カブトが薬と水を大蛇丸の近くにまで持って行く。
カブトは両腕の使えない大蛇丸の代わりに飲ませてあげるつもりでいたが、大蛇丸は痛みを早く緩和したかったのか、舌を伸ばして薬と水を絡め取り、奪い取るようにして飲み込んだ。
ごくごくと勢い良く水を飲んだ大蛇丸の表情は、早速薬の効果が出てきたのか、先程よりも幾分柔らかくなっていく。
それを確認したカブトは右近へとハンドサインを送り、右近を大蛇丸の元へと促した。その指示を理解した右近は一つ頷き、大蛇丸に近づいていく。
「大蛇丸様、腕を診させていただきます」
「……ええ、良いわよ」
「では失礼します」
大蛇丸の座る椅子の近くに跪いた右近が、大蛇丸の左腕に自身の右腕を重ねた。重なった腕同士が徐々に混ざり合い融合していく。
右近左近の血継限界『双魔の攻』は他者の肉体に細胞レベルで融合する忍術である。
原作ではこの術は戦闘の際にしか使われなかったが、それだけにしか使わないのは勿体無いと感じた転生者の二人は、それの応用方法を生み出していた。
その一つが、今まさに大蛇丸に対して行っているように、診察することである。
術の練度を上げた右近左近は、『双魔の攻』で融合した患者の肉体を細胞レベルで診察することを可能にしており、それにより得られる知見は熟練の医療忍者であるカブトと同等であり、一部においては上回るほどであった。
「これは……っ」
もともと原作知識から『屍鬼封尽』が魂を封印する術だということは知っていた右近だが、診察で詳細な情報を入手したことで、その術の効果に思わず息を呑んだ。
「何か分かったのね右近」
「はっ、しかしこれは……」
「話しなさい右近」
驚愕に固まり言葉に詰まる右近に対して、報告を促した大蛇丸。それでも伝えるべきか一瞬悩んだ右近だったが、大蛇丸の蛇のような鋭い眼光に睨まれて今の状態を大蛇丸に伝える覚悟を決めた。
「今の大蛇丸様の両腕は、筋肉や経絡系の大部分が機能を停止しており、生きながらに死んでいる状態と言えます。幸いにも生命維持は出来ておりますので、腐り落ちるといったことにはならないはずですが……状態は極めて悪いかと」
「そうなのね……カブトも同じ見立てかしら?」
「はい大蛇丸様」
『屍鬼封尽』により大蛇丸の両腕は魂の通わない肉の塊になっていた。その結果が腕の機能の停止である。これにより、腕を動かすのは勿論のこと、チャクラを通して術を発動させることすら不可能になっていた。
右近左近が持つ『屍鬼封尽』についての原作知識は、腕が動かないので印を結ぶ必要のある術は使えないという表現と、不屍転生をした後の大蛇丸が椅子の肘掛けに頬杖をついて座っている描写があり、『屍鬼封尽』の効力がどのようなものなのかハッキリしない部分があった。
しかし、まさかこのような状況になっているとは思わず、右近は驚きを隠せなかった。
「治療は可能かしら?」
「部分的には可能ではあると思われますが、根本的な治療には至らないかと思われます」
大蛇丸の問いに右近は肯定と否定を組み合わさった返答をした。
「どういうことかしら?詳しく説明なさい」
「はい。まず、両腕の痛みを取ることは可能です。このような症状を診るのは初めてですのであくまでも推測になりますが、激痛は封印によるものだけではなく、封印の時に大きな負荷が掛かったことも原因かと思います。
その治療方法については通常の医療忍術の他に、大蛇丸様の『不屍転生』により肉体を乗り換えることでも可能かと思います」
「なるほどね」
痛みが取れるという報告に気を良くした大蛇丸。
大蛇丸の両腕の痛みは、封印時に出来たものであり、封印術そのものの影響で痛みが発生しているわけではないというのが右近の見立てであった。
それならば医療忍術による治療は可能であり、原作であったように、ある程度動かすことも可能だと右近は考えていた。
ただし–––
「ただ、元のように印を結んで術を発動するようにまで治療することは、私には不可能です」
「あら、どうしてかしら?」
術が発動出来ないという報告に、眉を顰めて問い直した大蛇丸。
右近はその問いに対して、『屍鬼封尽』についての原作知識を如何に自然に織り交ぜて解答するかを数秒だけ考え、それを纏めてから話し始めた。
「まず、大前提になりますが、あの封印術がただの封印術でないのは大蛇丸様もご理解しているかと思います」
「そうね、あの時現れた死神……三代目曰く魂を封印する術だと言っていたわね」
「
『穢土転生』の術で蘇った初代火影と二代目火影が封印されたさいに、魂が封印され、引き抜かれたことで結果的に『穢土転生』の術が解除されたように見えました。生贄の肉体がその場に残ったのがその証かと」
「確かにね。『穢土転生』は死んだ人間の魂を特定して呼び出し、生贄の体に押し込めることで死人を生き返らせる超高等忍術だけれど、元となった魂そのものが引き抜かれれば解除されるのが道理よね」
右近の説明に大蛇丸が納得して頷く。
『穢土転生』は弱点の少ない非常に強力な術である。特に召喚された穢土転生体の肉体が不死身になるせいで、殺して動きを止めることが出来ず、止めるためには必ず封印することを強要させる点が非常に強力である。
原作でも、魂が成仏するといった例外を除けば、封印する以外の対処法は無かった。
ここで注目されるべきは、原作での封印方法のほぼ全てが物理的に肉体を縛る術だったことだ。その結果、第四次忍界大戦では戦場の至る所で穢土転生体が封印された物が保管されており、イタチがカブトに幻術を掛けて『穢土転生』を解除するまでそのままにしておかれた。
だが、サソリの様に成仏したり、初代火影達のように『屍鬼封尽』で魂が生贄から抜けた穢土転生体に関しては、その場に生贄となった者の肉体を残す結果となっていた。
原作知識を、初代火影達が封印された時に観察した事実で説明することで、『屍鬼封尽』が如何に特別な封印術であるかを説明した右近。
それを大蛇丸に理解してもらうことにより、漸く両腕の治療が不可能なことの説明に移ることが可能になる。
「はい、重要なのは大蛇丸様の魂が封印されていることです。恐らくそれにより腕の機能が停止させられています。ですから–––」
「治すためには封印の解除が必要……と」
「はい。それができるのが一番かと。次善の策としては『不屍転生』を行うことだと思います」
大蛇丸の術に関する理解力は高く、右近の説明の最中に何が言いたいのかを理解し、途中で話に割り込んで結論を語った。
右近はそれに深く頷き同意して、補足説明を行った。
ただ、この診察結果は右近のものである。大蛇丸自身も、右近の語った内容に誤りは無いと感じていたが、熟練の医療忍者であるカブトにもセカンドオピニオンとして確認を取ることにした。
「カブトも同じ意見かしら?」
「はい、僕にも完全な治療は不可能だと思います」
右近にもカブトにも治療が不可能だと言われた大蛇丸だったが、しかし、大蛇丸にはまだ一つだけ希望があった。
「貴方達が治療出来ないのは残念だけど、綱手なら治療できるかも知れないわね」
「三忍が一人、医療忍術のスペシャリストである綱手様ですか。確かにあの方なら……」
大蛇丸と同じ三忍の一人である綱手は、現在の忍界において頂点に位置する医療忍者である。
その医療忍術のレベルの高さは、同じ医療忍者であるカブトが一番理解しており、そんな綱手ならば今の大蛇丸も治せるかも知れないという意見にも同意できた。
実際にやってみなければ分からないが、綱手ならば治せる可能性はある。ただし、その綱手と大蛇丸の間に確執が無ければの話ではあるが。
その事を右近が指摘する。
「お待ちください大蛇丸様。木ノ葉隠れ所属の綱手様が治療してくれるでしょうか?いえ、木ノ葉崩しの件を知られていれば治療は拒まれるでしょう。それどころか大蛇丸様と綱手様で殺し合いに発展してしまうのではないでしょうか?
不敬ですが、幾ら大蛇丸様といえどその状態での戦闘は避けた方がよろしいかと思います」
大蛇丸は綱手、自来也と一緒に三代目火影に育てられた忍であったにも関わらず木ノ葉隠れの里を抜け、更には襲い、師匠である三代目火影を殺した張本人である。
更に言えば、三代目火影死亡という特大の報は、既に忍界中に広まっていると考えるべきであり、それを綱手が知らないとは考えにくかった。
それ故の指摘であったが、大蛇丸は無策で治療を依頼するつもりなど毛頭なかった。
右近の指摘に対して、大蛇丸は喉を鳴らして笑いながら応えた。
「クククッ……大丈夫よ右近、心配することは何も無いわ。交渉の札はあるし、もし戦闘に発展してもアイツには弱点があるもの。必ず勝てるわ」
「交渉札に弱点ですか……」
「ククッ……ええ、だから手下を使って綱手を探し出しなさい。情報を持って来た者には新たな力を与えると言えば直ぐにでも探し出せるでしょう」
「綱手様の目立つ特徴などはありますか?」
「綱手は賭け事が大好きだけど、とんでもなく運が無いのよ。だから、賭場で大負けしている女性の情報を追わせなさい。それで見つかるはずよ」
「分かりました。手配しておきます」
そんな大蛇丸とカブトの会話を聞いていた右近は結局は原作通りの展開になったと考えていた。
(綱手への交渉札も綱手の弱点も特徴も、恐らくは原作知識とそう変わらないだろう。原作どおりに進むなら治療は拒まれて戦いになり、自来也とナルトが参戦して撃退される。だから、あわよくば綱手探しが無くならないかと色々口を出してみたが……無理だったか……)
右近の今までの発言は、その全てが綱手探しを諦めさせるためのものであった。
自分では治療できないと告げたことも、封印解除の方法を探すのを提案したことも、大蛇丸と綱手の関係性から生じた懸念点を挙げたことも、全てはそのためのものだった。
ただし、これは右近が大蛇丸が憎くて企んだことではなく、無駄なことに時間を使わないようにという気遣いからだった。
「二人とも、もう下がっていいわ。綱手捜索の件、頼んだわよ」
「はい、お任せください大蛇丸様」
「それでは失礼します」
大蛇丸の指示のもと、右近とカブトの二人は部屋から退出してその日の話は終わった。
大蛇丸達の話し合いから数日後。カブトが手配した綱手捜索隊から、それらしき人物を発見したという報告が大蛇丸へとされた。
その報告を受けた大蛇丸は直ぐにカブトと右近左近をアジトの中にある自室に呼び出した。
「貴方達直ぐに準備しなさい。準備が完了次第、綱手と接触しに行くわよ」
「「はっ」」
大蛇丸が右近左近とカブトにそう命令を下した。
この時、何故大蛇丸がカブトだけでなく右近左近にも命じたのか。それは、前の話し合いの際に右近左近が「今の状態での戦闘は避けた方が良い」と進言したことで、より万全を期すために、仙人の力を使い熟す右近左近を戦力として同行させることを決めたからである。
無駄なことを避けようという過去の発言が裏目に出た結果、余計な任務が増えた右近左近は綱手との交渉の場に連れて行かれることになった。
綱手らしき人物の目撃情報があったのは原作どおりの場所、短冊街だった。その場所に大蛇丸、カブト、右近左近の
「さて、情報どおりなら此処に綱手がいるはず……右近左近、仙人状態の感知能力で一気に探しなさい」
「綱手様のチャクラの特徴などはありますか?」
「綱手は千手一族の女だから、チャクラ量の多い女を探しなさい」
「分かりました」
大蛇丸は歓楽街に着いて早々に右近左近に感知を要求して、右近に聞かれた綱手の具体的な特徴まで説明した。
綱手のチャクラの特徴は、千手柱間とうずまきミトの孫である事に起因している。祖父母共に身体エネルギーに優れており、その血を引く綱手のチャクラ量もかなりの量だった。
それだけの条件なら他にもいそうなものだが、この短冊街が忍の少ない街であり、大きなチャクラの持ち主という存在がまずいなかった。
大蛇丸の指示に従い、短冊街の入口で仙術チャクラを練り始める右近左近。
十秒ほどで仙人状態になった二人は、直ぐに綱手らしき人物のチャクラを感じ取ることが出来た。
「……見つけました」
「クククッ……流石に早いわね。それじゃあ行きましょうか、懐かしい顔を見にね」
右近が感知しているチャクラを頼りに短冊街を先導して行くと、城がすぐ近くにある塀に挟まれた道の一つで、綱手とお付きのシズネに出会うことができた。
「随分と久しぶりだね……何の用だ?大蛇丸」
「実は少々お願いがあってねぇ……」
睨み合う旧知の間柄の二人。その途中、綱手は一瞬だけ大蛇丸の部下に視線を向けた。
綱手からして大蛇丸の部下二人は、中々の腕の持ち主に見えた。特に右近からはただならぬ雰囲気を感じており、綱手は警戒レベルを引き上げた。
そんな警戒状態の綱手に対して、カブトが口を開いた。
「貴方ならもうお分かりのはず、大蛇丸様の両腕の傷は普通では治せない。医療忍術のスペシャリストである貴方以外には」
「……その腕……ただの傷じゃないわね。一体何したっていうの?」
カブトの言葉に、綱手は大蛇丸の包帯で隙間無く巻かれた両腕を見た。そして、そのただならぬ腕の様子とカブトに医療忍術の知見がある事を見抜き、質問した。
しかし、それに対する大蛇丸の答えは、綱手とシズネの度肝を抜くものであった。
「三代目を殺した時にちょっとねぇ……」
その答えに思わず息を飲む綱手とシズネ。二人の大蛇丸を睨む表情が一瞬で殺意のこもったものに変わる。
それを見て意外そうな顔をしたのは大蛇丸だった。
「あら、知らなかったの。そう……ククッ」
「このォッ!!!」
大蛇丸が知らせた三代目火影の死と、それを知らなかった二人を煽るような言葉と笑いに、怒りを我慢できなくなったシズネが攻撃を仕掛ける。
シズネは服の袖を捲り左腕を露出させると、そこに装着していた忍具のワイヤーを引き絞り、五本の毒付き千本を勢い良く射出した。
狭い通路では避けづらく、加えて千本は細いので防ぎにくい。掠れば毒で弱体化も狙える良い攻撃だが、生憎とその程度の攻撃をくらう者はここにはいない。
大蛇丸の右側に控えていた右近が滑らかな動きで大蛇丸とカブトの前に立ち、外套の内側から右手でクナイを取り出して、それを素早く振るうことで飛んで来た千本を全て打ち払った。
簡単に防がれた千本を見たシズネは更なる攻撃に移ろうと、懐のメスに手を伸ばして接近戦を仕掛けようとしたが–––
「止めな!シズネッ!!」
「グッ……しかし綱手様っ!」
動こうとしたシズネは、綱手が大声で呼び止めたことでその動きを止めた。止めたことに対して、綱手の方を向かないままに抗議の声を上げたシズネだったが、綱手はそれを聞き入れるつもりは無かった。
(あの男の動き……やはり只者じゃないな)
警戒していた右近の動きを見た綱手は、自身の直感が正しかったことを理解した。
仙人状態の右近の体術は、綱手から見て若いながらも見事なものであり、あのままシズネが接近戦を仕掛けていたら、高確率で返り討ちに合っていたというのが綱手の見立てであった。
「ククッ……流石ね右近」
「……恐縮です」
その事を大蛇丸も見抜き、これ見よがしに右近を褒めた。
仙人状態の右近にすれば、シズネの一連の動きは毒にさえ気を付ければ余裕を持って対応可能な動きであったので、それで褒められてもあまり嬉しくはなかったが、他ならぬ大蛇丸の褒め言葉だったので素直に受け取ることにした。
「大蛇丸……三代目火影を殺したと言うアンタを、私が治すわけがないだろう?」
「ククッ……そうかしら?」
恐い顔で睨みつけて治療を拒否する綱手。それに対して、余裕そうな表情を崩さない大蛇丸。
「あんまりおちょくってんじゃねぇ……殺すぞゴラァ!!!」
ニヤつく大蛇丸に我慢ならなかった綱手が、ドスの利いた声を出しながら背後にあった石塀に軽く裏拳をした。
拳が塀に直撃した瞬間、綱手の細腕からは想像も出来ないほどの剛力が発揮され、塀を粉々に打ち砕いた。そのあまりの衝撃に、砕かれた塀は飛散し、その後ろにあった瓦屋根の建物が傾くほどに破損させた。
(強い……っ!)
(生で見ると迫力が段違いだな)
カブトはその破壊力に戦慄したが、もともと知識があった右近は呑気な感想を抱いた程度だった。
確かに、綱手の一撃は破壊力がある。彼女は忍界でも一、二を争う程の怪力の持ち主だ。
しかし、仙人状態になっている右近左近からすれば見切れない一撃では無い。なにしろ、仙人の感知能力、危険察知能力の高さもまた忍界で一、二を争う能力であるからだ。
原作では、ナルトが三代目雷影の一本抜き手を回避し、カブトがサスケの須佐能乎の弓矢を回避している。それぞれ回避も難しい速度の攻撃であるはずだが、余裕を持って見切り、回避を成功させていた。
それらの攻撃と比較すれば、綱手の攻撃には速度が足りなかった。
(まぁでも、接近戦はやりたくねぇなぁ……)
(そうだな。何かの拍子に指一本掠っただけでも打撲じゃ済まねぇだろうなぁ)
だがそれでも、右近左近は綱手の攻撃力に脅威を感じていた。
相手はデコピンで人を吹き飛ばし、指一本で地面に深い亀裂を刻み込む綱手だ。指一本でも当たりどころが悪ければ殺されかねない。
「ふふっ……相変わらずの怪力ねぇ」
「大蛇丸、今すぐ私の前から消えろっ……!」
大蛇丸が昔を懐かしむようなことを言い、いい加減に大蛇丸と顔を見合わせているのに我慢ができなくなってきた綱手が低い声で言い放った。
ニヤリと嫌な笑みを浮かべる大蛇丸と、視線だけで人が殺せそうな目付きで睨む綱手。
その綱手の、今にも大蛇丸を殺してしまいそうな剣幕に、咄嗟にカブトが口を挟んだ。
「落ち着いて下さい。貴方にとっても悪くない条件を持ってきたつもりです」
「条件?」
カブトの言葉に綱手が反応する。
原作なら問答無用でカウントダウンを始めている綱手だったが、今は違った。
この場にいるのは綱手とシズネ、大蛇丸とカブトと右近。綱手視点から見れば二対三の状況で、大蛇丸の両腕が無惨な状況とはいえ、右近の実力もかなりのもの。戦えば負けるとは思っていない綱手だったが、勝てると言い切れるほどの余裕がないのも事実だった。
条件という言葉に反応した綱手に対して、交渉する余地があると見た大蛇丸がその条件を口に出す。
「貴方の愛した弟と男を生き返らせてあげるわ」
「っ……!?」
その言葉に、綱手は愛した者達を思い出した。その苦い思い出に、眉間に皺を寄せて苦悩の表情になり、シズネは死者蘇生という禁術を大蛇丸が使える事に対して驚きを隠せなかった。
表情の変化から綱手がまだ死人に未練があることを察した大蛇丸が改めて口を開いた。
「交渉成立かしら?」
「……大蛇丸。もし私がお前の腕を治したら……お前は何をするつもりだ」
「そうねぇ……」
綱手の質問に、大蛇丸は少しだけ考え、数秒後に再び口を開いた。
「私は嘘をつくのが嫌いだから貴方には正直に答えるわね。欲しいものがあるのよ……」
「欲しいものだと?何だそれは?」
「力よ。最近、少年時代の直向きさを少し思い出してねぇ……今よりももっと強く、この世の全ての術をこの手にするため!私には力が必要なのよ!」
そう叫ぶ大蛇丸の視線は綱手ではなく右近に向いていた。
大蛇丸の部下となった右近左近は、この世界で生き残るために貪欲に力を求め、厳しい修行を乗り越えてきた。
その姿を余すとこなく見てきた大蛇丸。そんな彼の心には変化が起きつつあった。
端的に言えば、今の大蛇丸には熱意があった。
三代目火影の下で、自来也と綱手と共に忍術の修行に明け暮れた時のような、純粋に一人の忍者として高みを目指す気持ちを取り戻していた。
だが、暁に参加していた時の経験で、その熱意は歪んでいた。
大蛇丸が見た暁のメンバーには特殊な血継限界の持ち主が多かった。ペインの輪廻眼やイタチの万華鏡写輪眼など、大蛇丸がたとえどれほど修行しても会得できない力が暁にはあった。
だからこそ、力を求める熱意は特別な体を求める執着へ変わり、それを強める結果になっていた。
そんな大蛇丸の姿を見た綱手の心中は穏やかではなかった。
(今のコイツは危険だ……!もともと執着心の強い奴だったがここまでじゃなかったはず!今のコイツが力を手に入れたら何をしでかすか……私にも理解できんっ!)
綱手は大蛇丸のことを昔から知っていた。
小さい頃は普通の忍だったことも、両親が殺されて性格が歪んだことも、忍界大戦で悲惨な現実を見て冷酷な
同じく忍界大戦で大切な者達を失った綱手は、大蛇丸の心情をよく分かっていた。
だからこそ、ひたすらに力を求める今の狂気的な大蛇丸を見た綱手には危機感が募っていた。それこそ、愛した者達に再び会えるかもしれないという重要なことすらも頭の片隅に置かれるほどに。
(ここで殺しておくべきかっ……!?)
綱手が覚悟を決めようとした、その心の動きがほんの少し体に表れたのを大蛇丸は見逃さない。
「右近、クナイで自分の頬を少し切りなさい」
「……はい」
一見すると意味不明な指示なので、その意図を知っていた右近だったが、敢えて不自然にならない程度に間を空けて聞き入れた。
右近の頬を濡らす赤色を見た綱手の体が、その意思に反して震えて動けなくなる。
「くっ……」
「綱手様っ!」
「ククッ……まだ変わってないのねぇ、血が怖いのは……」
体の震えが治らない綱手を心配するシズネ。
綱手が血液恐怖症を克服出来ていなかったことに、意地の悪い笑みを浮かべる大蛇丸。
大蛇丸はそれを確認したことで、いつでも綱手を倒せるという確信を持った。
「今日の所はそろそろ帰ろうかしら。一週間待つわ……またね、綱手」
そう言い残して、部下を連れて退がる大蛇丸。
「クッ……くそぉ……っ」
「綱手様……」
その場に残された綱手が吐き捨てた言葉は、血液恐怖症で大蛇丸を殺せなかった悔しさから出たものなのか、それとも、愛した者達との未練を切り捨てられない自分の弱さから出たものなのか。
それは、付き合いの長いシズネですらも分からないことだった。
一方で、短冊街の外れに移動している最中の大蛇丸一行。その移動中に、カブトが大蛇丸に質問を投げかけた。
「良かったのですか?大蛇丸様。あの場で返事を貰わなくて」
「ええ、構わないわ。綱手は愛した者達への未練を捨て切れていないことが分かったし、もしも戦闘になってもあの状態なら力尽くで言うことを聞かせられるもの」
カブトの質問に余裕を持って答える大蛇丸。
戦争で愛した者を立て続けに失い、失意のまま隠居した綱手は未だ過去を引き摺って生きている。もしも、それを拒否できたとしても、血液を見るだけで震えが止まらない相手など恐るるに足りない。
「クククッ……待ち遠しいわね」
約束の一週間後。
大蛇丸と綱手は前回と同じ場所で会っていた。
「それで……答えは出たのかしら?」
「……お前を……治してやる。そうしたら……縄樹とダンに……」
「ええ、そうよ。二人とまた会えるのよ」
綱手の答えに気を良くした大蛇丸は愛した者達との再会を仄めかす。
その言葉を聞き、何かを探すように手を伸ばし、俯いたままふらふらとした足取りで大蛇丸へと近づく綱手。
その様子に、治療する気になったと確信した大蛇丸はニヤリと笑い、三代目火影に封印された両腕を綱手の前に差し出した。
差し出された両腕を目の前にした綱手は、自らの両手にチャクラを込め、大蛇丸の両腕に近づけていく。
綱手の手と大蛇丸の両腕が触れる–––その瞬間、綱手と大蛇丸の間にクナイが二本投げ込まれた。それに気が付いた二人は瞬時に後ろに飛ぶことで距離を取った。
「どういう事かしら……綱手っ……私を殺そうとしたわねっ……!?」
「チッ……バレたか」
大蛇丸が綱手に問いかけると、綱手は自身の失敗を悟って舌打ちをした。
「大蛇丸様っ!ご無事ですか!?」
「ええ、よく気付いてくれたわねカブト、右近」
近くの城の影に隠れていたカブトが大蛇丸の側に現れ、主人の安否の確認をした。それに続く形で右近左近も現れ、大蛇丸達と綱手の間に立つ。
現れた二人は交渉が決裂したさいに備えて、すぐ近くに隠れて見張っていたのだが、二人とも綱手のチャクラに違和感を感じてクナイを投げ込み、綱手の大蛇丸暗殺を妨害をしたのだ。
「交渉は決裂ってことで構わないのね?」
「ああ……お前の治療は断る!!」
大蛇丸の確認にも自信に満ち溢れた表情でハッキリと断言する綱手。
「そう、なら力尽くでお願いするしかないようねぇ……」
「チィッ……」
暗殺が失敗した以上、一対三では流石に分が悪いと考えた綱手は、その場から逃げ出すように駆け出した。
「逃がさないわよ、クククッ……」
そんな綱手を追いかけて大蛇丸達も動き出す。
逃げ続ける綱手の背中を見て、獲物を狙う蛇の様に、大蛇丸はジュルリと舌舐めずりした。
暫くの間逃げていた綱手だったが、草原に着いて暫く走った後、観念した様に足を止めた。
「クソっ!」
「ふふふっ……もう追いかけっこは終わりかしら?」
悔しそうに眉間に皺を寄せ、吐き捨てる様に叫んだ綱手。大蛇丸はその態度を嘲笑い、煽る様に声をかけた。
大蛇丸は最早この状況は覆る事がないと確信して、既に捕らえた綱手にどうやって言う事を聞かせようかを考えていた。
だが、この原作とは全く違う過程をたどりながらも、原作で三忍が戦った草原に来た状況に、右近左近は違和感を感じていた。
(どういう事だ?自来也は?シズネやナルトはどうした?)
(さぁなぁ……俺達もいるから勝ち目が無いと判断して逃したとか?実際ここまではそうやって逃げて来たわけだしなぁ)
(それはないだろう。勝ち目が無いと思っていたなら初めから逃げているはず。それに、勝ち気な性格の綱手が一戦も交えないまま逃げることを選ぶとは思えない)
(だが、この辺りに他のチャクラは感じないぜぇ……精々小動物がいる程度だなぁ)
(そう、そこが変だ。街の方でも自来也のチャクラは感じなかった)
二人が感じた一番の違和感は、仙人状態ですらも他のチャクラが感じ取れないことであった。
それなりに感知能力の高い者は、一度会ったことのある人間のチャクラを識別することが出来る。ましてや既に仙人状態になっている右近左近が自来也ほどの忍のチャクラを感知できないはずがない。
二人が心中で考えていた間に、現実では大蛇丸が綱手へと近づいていた。大蛇丸がろくろ首の様に首を長く伸ばし、綱手に噛みついて身動きを封じる呪印を施そうとする。
それを見た綱手は迎え撃つために構えた。
「綱手ぇっ!」
「大蛇丸っ!」
カブトと右近が見守る中、二人が交錯する直前–––
「ゲコッ」
綱手の足元からカエルの鳴き声がした。綱手の足元、そこにあった大きめの石の裏から。
(しまったっ!)
「大蛇丸様っ!罠ですっ!!」
「……っ!?」
右近はカエルの鳴き声が聞こえた瞬間、綱手のこれまでの行動が全て作戦だった事を悟り、咄嗟に叫びながら動き出すが、もう間に合わない。
右近の声に驚き、一瞬だけ動揺して動きが鈍った大蛇丸の長い黒髪を綱手が逃がさないように強く掴み、大声で叫んだ。
「今だっ!自来也!!!」
「おうよっ!!」
「何ィッ!?」
綱手の叫びに呼応するようにカエルの口から自来也が這い出てきた。
それを見た大蛇丸が驚き、なんとか綱手から逃げようともがくが綱手の怪力で髪を掴まれては逃げることはできない。
「大蛇丸様っ!!」
その段階になって漸く事態の深刻さを悟り、大声で大蛇丸の名を呼びながら動き出すカブト。
「逃すかオラァッ!!!」
「うおぉぉっ……!」
勿論それを綱手が許すはずもなく、グイッと怪力を遺憾無く発揮して大蛇丸の頭を振り回して引っ張ると、大蛇丸の体がそれにつられて、綱手と自来也の近くに勢い良く引き寄せられた。
「クッ……間に合わないっ!」
カブトよりも早く動いていた右近だったが、完璧に罠に掛かった状態から助け出せるわけがない。右近が綱手と自来也の所へ辿り着くよりも前に、綱手と自来也の攻撃が大蛇丸へと炸裂した。
「オラァッ!!!」
「螺旋丸っ!!!」
綱手が左手で大蛇丸の頭を掴んだまま、その顎に渾身のアッパーカットを叩き込み、引き寄せられた大蛇丸の胸に自来也の『螺旋丸』が直撃した。
「グハァッ!」
「「大蛇丸様っ!!」」
血反吐を撒き散らしながら、螺旋丸の回転で錐揉みし、綱手の怪力で上空へと吹き飛ばされる大蛇丸。
空から降って来た大蛇丸を右近が受け止めた時には、大蛇丸は見るも無惨な姿を晒していた。
綱手の拳が直撃した下顎は完全に砕かれ、衝撃が脳を揺らした事で脳震盪を起こしていた。それに加えて、自来也の『螺旋丸』を受けた胸には広範囲に火傷の様な傷が出来ていた。
もはや大蛇丸は、この戦いに参加出来ないほどのダメージを負っていた。
「……っ!」
「大丈夫か綱手!」
「あぁ……」
大蛇丸の血を見たことで血液恐怖症が再発して体が震え出す綱手。
その様子を見て心配した自来也に対して、綱手は先程までの声とは打って変わって、か細い声で返した。
その様子を見て、自来也は作戦が成功したことを喜びながら、綱手とした昨夜の会話を思い出していた。
前日の夜。
自来也と綱手は二人っきりでおでん屋で飲んでいた。
原作どおり、自来也は綱手に五代目火影の打診をしており、それにナルトが反発して綱手と賭けをする事態になっていた。
その賭けの締め切りは大蛇丸が指定した日と同じ日であり、その前日の夜に自来也が綱手を飲みに誘ったことで、今に至っていた。
自来也は、綱手と大蛇丸が接触していたことをシズネから聞いており、綱手が大蛇丸と組まないように釘を刺すつもりでいた。
しかし、その会話の流れは原作から変わった。
「大蛇丸がどんな取引を持ち掛けて来たか知らんが……木ノ葉を裏切るような事をしてみろ……その時は儂がお前を殺すぞ」
綱手に脅しをかける自来也。
原作どおりなら、適当にはぐらかして自来也に痺れ薬を飲ます綱手であったが、今はそんな事をするつもりは無かった。
「そんなつもりはないよ。お前……最近大蛇丸とは会ったか?」
「ああ、三代目が死んだ時にな。それがどうかしたかのう?」
「この前あった時、アイツは力に執着しすぎていた。今のアイツは危険だ」
綱手の言葉に、木ノ葉崩しの時に見た大蛇丸を思い出す自来也。その時に見た大蛇丸は、三代目火影と死闘を演じた直後とあって疲労困憊な様子が強く、綱手の言うような危険性を感じなかった。
しかし、長い時間を共にした綱手が言うことなのだから、彼女の感じた感覚が間違っているとは思わなかった。
隣に座る綱手をチラリと盗み見る自来也。自来也の目に映る綱手の横顔は覚悟の決まった毅然とした表情をしていた。
その顔に嫌な予感がした自来也は何をするつもりか問いかける。
「……どうするつもりだ?」
「明日大蛇丸と会う。そこでケリを付けるつもりだ」
「何っ?」
綱手の答えに自来也は驚愕した。嫌な予感がした段階で覚悟はしていたが、まさかここまで性急な事を考えていたとは思ってもいなかった。
そもそも、綱手は第二次忍界大戦の時の出来事が原因で血液恐怖症になっている。その状態で大蛇丸が倒せるとは自来也には到底思えなかった。
「いや、お前は血がダメだろう。克服したのか?」
「まだ克服していないが、取引を受けるフリをして誘き寄せれば、今の大蛇丸なら殺せるはずだ」
「無謀過ぎる。成功する確率が低いし、失敗した時のリスクが高すぎる」
「じゃあどうする?お前がいては大蛇丸は警戒して出てこないだろう。それに、大蛇丸の部下にかなりの技量の持ち主がいた。両腕の使えない大蛇丸と眼鏡の奴だけならお前だけでも何とかなるかも知れないが、アイツがいたらいくらお前とはいえ仕損じる可能性がある」
自来也は綱手を説得して思い留まらせ、代わりに自分が戦うつもりでいた。しかし、綱手の言う部下に心当たりがあったので、先にそれを聞いてみることにした。
「どんな奴だ?儂の知る者かも知れん」
「ナルトと同じ年頃の青みがかった灰色の髪の男だが……知っているか?」
「目の周りに隈取りがあったか?」
「ああ、あったぞ」
綱手が話した男の特徴と自来也が木ノ葉で戦った男の特徴が一致した。十中八九自分が戦った男だと認識した自来也は、その男との戦いの内容を綱手に話した。
「まさか仙人の力を使い熟すとは……お前に聞いても信じられん」
「だが、事実だ。大蛇丸の側にあの二人がいる以上、お前の言った騙し討ちは絶対に失敗する。仙人の力を儂はよく知っておるが、その感知能力は桁違いだ。この街程度なら何処にいようとも感知できるし、敵意のあるチャクラを見逃すとも思えん」
「なるほどな……」
自来也の言葉に納得する綱手。自来也の語る通りの感知能力を持つ者を相手にして、騙し討ちが成功するとは流石に思えなかった。
騙し討ちは通用しない。かと言って、直接対決に持ち込もうにも仙人の感知能力を持つ相手がいるならば、わざわざ綱手と自来也が揃っている所に来るとは思えない。
(手詰まりか……)
そう考える綱手であったが、自来也には一つの案があった。
「綱手、儂に一つ案がある。上手くいけば大蛇丸を殺せるかもしれん」
「どういう案だ?」
「まず、お前一人で大蛇丸との取引の場に行き、わざと騙し討ちに失敗する。その後、お前は多勢に無勢と見て逃げるフリをして儂が待つ場所に誘い込め」
「待て、相手の感知能力はどう誤魔化すつもりだ」
自来也の案を聞いた綱手は至極当然の疑問を口に出した。
十中八九失敗する騙し討ちを行うのは、騙し討ちに失敗してから逃走することで、綱手を餌にして違和感なく自然に自来也の元へと誘き出すという意図があった。その意図は綱手にも理解出来たものの、その程度では仙人の感知能力を持つ相手を誤魔化せるとは思えなかった。
だが自来也には、それをなんとかする手段があった。
「そこは当然考えておる。儂の口寄せした潜りガマの中に隠れておれば、感知は誤魔化せる」
潜りガマの口の中は特殊な結界になっており、外から感知をすることは不可能である。原作では、ペインの情報を探る為に雨隠れの里へ侵入する時に使用していたカエルだ。
「不意打ちをして大蛇丸を倒せれば上等、たとえ倒せなくても直接戦闘に持ち込めればそれでヨシだ」
「だが、お前に勝てるのか?相手は仙人の力を使い熟すんだろう?」
不意打ちが失敗して直接戦闘になった時、綱手と自来也の前に立ち塞がるのは大蛇丸と右近左近にカブトの四人。更に、戦闘中に綱手が血液恐怖症に陥れば、自来也は一対四の状況になってしまう。
その心配をした綱手だったが–––
「儂を誰だと思っとる!忘れたのならば覚え直せ!
妙木山蝦蟇の精霊仙素道人!通称・ガマ仙–––「お客さんっ!」ぬぅっ……」
綱手の心配を振り切る様に立ち上がり、大声でお得意の口上を唱えていた自来也だったが、肝心な部分でおでん屋の店主に止められた。
自来也は残念そうな顔をして店主を見たが、その店主は呆れていた。
「飯も食わずに小声で話してたのは止めなかったけどよぉ……今何時だと思ってんだい。酒も飲んでないのにうるさいよアンタ」
「あっ……あはははっすまんすまん」
「……馬鹿」
店主のその至極真っ当な指摘に自来也は笑って誤魔化すしかなく、そのやり取りがアホらしかった綱手は小声で罵っていたが、その口元は自然に笑みを浮かべていた。
かくして、自来也の考えた作戦は成功した。
綱手が血液恐怖症で動けなくなったが、大蛇丸もまた行動不能なダメージを受けた。
だが、大蛇丸が死んでいない以上、戦いはまだ終わらない。
「ナルト、シズネ、出てこい」
「綱手様っ!」
「やっと出れたってばよ」
自来也が声をかけた二人が潜りガマの口から出てくる。初めに綱手の心配をしていたシズネが慌てて出てきて、その次に、未だに詳しい状況を飲み込めていないナルトの順番で出てきた。
二人は戦闘になった時、高い確率で血液恐怖症で動けなくなるであろう綱手の護衛として連れてこられていた。また、たとえ戦闘にならなかったとしても、宿にいたら人質に取られた時に厄介な事になるので、潜りガマの中に隠れて避難していた方が安全だった。
前日の夜に作戦が決まり、今日の朝に二人が説明された時、シズネは作戦を聞いてすぐに状況を理解していたのだが、ナルトはいまいち理解していなかった。
だが、それも無理はない。螺旋丸の修行で疲れ果てて熟睡していたナルトは、朝起きてすぐの寝ぼけ頭に唐突に説明されたのだ。それも、ナルトにとって理解の及ばない大蛇丸の話や仙人の話など、難しい話ばかりであった。
だから自来也は、「戦闘になるかも知れないから準備をして潜りガマの中で待機」とだけ言って、無理矢理潜りガマの中に押し込んだ。
だが、そんなナルトであっても分かるぐらいに、この場の空気は張り詰めていた。
「予定通り二人は綱手を頼む。奴らは儂が
「分かりましたっ……ナルト君……ナルト君っ!行きますよ!」
「う、うん、分かったってばよ」
普段温厚でエロいことが大好きな自来也の殺気のこもった言葉に、ナルトは直ぐには声が出なかったが、シズネに大声で話しかけられたことで漸く体が動くようになり、慌てて返事をした。
シズネがナルトと綱手を連れて、その場から距離を取った。
自来也達が行動している間に、右近左近とカブトは大蛇丸の容体を診ていた。
大蛇丸が同格の忍二人から受けた傷は深いが、部下の三人は比較的に冷静だった。それは、大蛇丸がこの程度で死ぬわけがないという信頼があるからこそだった。
「傷が深いですが……それ以上に意識が戻らないのが問題ですね」
「そうですね。意識さえあれば傷を治せるはずなのですが……」
大蛇丸の研究目標は不死だ。その研究成果により、様々な手段で肉体を治すことができる。例えば、口から新しい自分の肉体を生み出すような術がそうだ。
だが、意識がなければそれも使えない。
「カブトさん。貴方は大蛇丸様の治療を……私は自来也様の相手をします」
「ああ……頼むよ右近、左近」
「任せておいてください」
(チッ……しゃあねぇなぁ)
自来也を目の前にして悠長に作戦会議などしている時間は無い。短い話し合いでお互いの役割を決めた三人は、それぞれ動きだす。
カブトは大蛇丸の治療のために大蛇丸を連れて後ろへ下がり、右近左近は大蛇丸を追わせないために自来也の前に立ち塞がった。
「また会ったな……この前の木ノ葉の時のようにはいかんぞ。前回は里の中で周りの被害に気を使っておったが、ここは草原……手加減してもらえると思うなよ」
「分かっていますよ自来也様。あれで勝ったなどとは思っておりません」
自来也は木ノ葉の里で戦った時は、周りの被害を気にしてかなり手加減していた。得意な火遁の術は一度も使用していないし、口寄せしたガマとの連携攻撃も使用していない。
だが、この場は街から離れた草原であり、自来也は大規模な忍術を気兼ねなく使用することができる。
その事は右近左近も理解していた。そもそも、木ノ葉の里で戦った時にあのような結果になった理由は、右近左近の力を自来也が知らなかったことが大きいと、右近は考えていた。
『螺旋丸』を使ったことも、右近一人だと思っていたら左近もいたことも、仙人の力を使ったことも、全て自来也にとっては予想外のことの連続であり、驚きから後手に回ってしまった。
「もう一人は今日はおらんのか?」
「それを言う必要性はないですよね?」
言葉で牽制しあいながらも、目の前の敵だけを見据える自来也と右近。
次の瞬間–––
「行くぞっ!!」
「こいっ!!」
三忍が一人"ガマ仙人”自来也と、音の四人衆“最強の男”右近左近の戦いが始まった。