千手最強の忍とうちは最強の忍は、個性と英雄が蔓延る世へと生まれ落ちる 作:天叢雲剣を捧げるスサノヲ
・魔獣の森 洸汰の秘密基地付近・
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
岩場が震えていた。
月明かりの下、洸汰の秘密基地の前に広がる小さな崖。
その中心で、二つの力が真正面からぶつかり合っている。
一方は、筋繊維を鎧のように纏った大男。
敵連合開闢行動隊の一人。
マスキュラー。
もう一方は、緑色の稲妻を全身に走らせた少年。
雄英高校ヒーロー科1年A組。
緑谷出久。
緑谷は、両腕を交差させるようにして、マスキュラーの巨大な拳を受け止めていた。
しかし、その衝撃はあまりにも重い。
地面は蜘蛛の巣状に砕け、緑谷の足元が少しずつ沈んでいく。
背後には、洸汰。
逃げ場はない。
退けば、洸汰が潰される。
だから。
退けない。
緑谷「ぐ……っ……!」
マスキュラー「おお、止めたか。いいねぇ。いい反応だ。」
マスキュラーは、笑っていた。
人を殺すことを楽しむ者の笑み。
命を奪う瞬間へ期待する者の笑み。
緑谷の腕に、さらに圧が掛かる。
ミシミシミシ……!!
緑谷「っ、洸汰君……下がって……!」
洸汰「な、何で……。」
緑谷「早く……!」
洸汰は動けなかった。
目の前にいる男。
両親を殺した男。
そして、その男から自分を守るために、たった一人で立ちはだかった少年。
昨日、自分にカレーを持ってきた少年。
ヒーローを好きになれとは言わなかった少年。
その背中が。
今。
自分の前にある。
マスキュラー「いいねぇ、いいねぇ。そういう顔だよ。守りたい奴が背中にいる時の顔ってやつは。」
筋繊維がさらに膨れ上がる。
緑谷の腕へ伝わる圧力が、跳ね上がる。
緑谷「ぐあっ……!」
バキィッ!!
左腕に、嫌な音が走る。
緑谷は歯を食いしばった。
ここで痛みに負ければ終わる。
今ここで。
この場で。
洸汰を守れなければ。
何のために、合宿で鍛えてきたのか。
何のために、オールマイトから力を受け継いだのか。
何のために。
ヒーローを目指しているのか。
緑谷「っ……デトロイト――」
マスキュラー「あ?」
緑谷「スマッシュ!!」
右拳が、マスキュラーの腹部へ叩き込まれる。
緑色の衝撃が夜の岩場へ広がり、木々が大きく揺れた。
ドゴォォォォォォォン!!!!
マスキュラーの身体が吹き飛ぶ。
岩壁に激突し、巨大な亀裂が走った。
土煙。
砕ける岩。
散る小石。
緑谷は、洸汰の前に立ったまま、荒い呼吸を繰り返す。
緑谷「はぁ……はぁ……洸汰君、今のうちに……逃げて……!」
洸汰「……。」
だが。
土煙の向こう。
笑い声が聞こえた。
マスキュラー「ハハッ……ハハハハハハッ!!」
緑谷の瞳が、見開かれる。
マスキュラーは、立っていた。
腹部へ攻撃を受けたにもかかわらず、平然と。
いや。
むしろ、先ほどよりも楽しそうに。
マスキュラー「効いたぜ。今のは、ちゃんと効いた。」
マスキュラー「でもよォ。」
彼の身体から、新たな筋繊維が噴き出す。
腕。
胸。
肩。
首。
筋肉の上に、さらに筋肉が覆いかぶさる。
マスキュラー「もっと来いよ。」
ドンッ!!!!
地面を蹴る音がした瞬間。
マスキュラーの姿が消えた。
いや。
緑谷の眼が、追いつかなかった。
次の瞬間。
正面。
緑谷「っ――!」
マスキュラーの拳が、緑谷の胴体へ叩き込まれる。
ゴシャァァァァッ!!!!
緑谷の身体が、岩場を転がる。
背中。
肩。
腕。
何度も地面へ打ちつけられる。
緑谷は、歯を食いしばりながら、何とか体勢を立て直した。
緑谷「う……ぐ……!」
洸汰「おい……!」
マスキュラー「どうした。さっきの威勢はよォ。」
緑谷は立ち上がる。
右腕が震えている。
左腕は、既にまともに動かない。
全身が痛い。
だが。
視線は、逸らさない。
洸汰の前から。
絶対に。
どかない。
緑谷「僕は……お前を……倒す……!」
マスキュラー「お前が?」
マスキュラーは、また笑った。
マスキュラー「いいぜ。来いよ、雄英。」
緑谷の脳裏に、オールマイトの姿が浮かぶ。
そして。
訓練で何度も言われた言葉。
相澤の声。
虎の声。
通形の声。
力を途切れさせるな。
分析は動きながら行え。
守る相手を見失うな。
緑谷「フルカウル……!」
緑色の稲妻が、全身に走る。
緑谷は地面を蹴った。
緑谷「5%!!」
月下。
少年と魔獣が激突する。
・魔獣の森 北東区域 薄紫の毒霧内・
薄紫色の霧が、森の地表を這っていた。
まるで低い雲のように。
しかし、それは自然の霧ではない。
吸えば意識を奪い。
肺を侵し。
身体を鈍らせる。
敵連合開闢行動隊。
マスタードの毒ガス。
その中心で。
一人の少年が、防毒マスク越しに冷たい笑みを浮かべていた。
マスタード「個性社会のエリート様ってさ。」
マスタード「結局、肺で息してるだけの人間なんだよな。」
薄紫の毒霧の奥。
複数の足音が聞こえた。
1年B組。
拳藤一佳。
鉄哲徹鐵。
そして、彼らと共に避難していたB組生徒たち。
ガスに呑まれた者たちの咳が、森へ響く。
円場「くっ……これ……吸うと……!」
小森「キノコが……うまく……。」
拳藤「全員、口と鼻を覆って! なるべく低い位置のガスを吸わないで!」
鉄哲「低い位置の方が濃いんじゃねぇのか!?」
拳藤「なら、姿勢を上げて! とにかく止まるな!」
鉄哲「おう!!」
鉄哲が拳を握り締める。
個性、スティール。
全身が鋼へ変わる。
毒ガスの影響は、人間の肉体よりも軽減される。
だが、完全に無効ではない。
目が痛い。
呼吸が重い。
それでも。
鉄哲は前へ出た。
鉄哲「誰だァ!! 隠れてねぇで出てこい!!」
薄紫の霧の奥。
マスタードが、拳銃を構える。
マスタード「馬鹿だな。」
パンッ!!
銃声。
鉄哲の肩へ弾丸が直撃する。
ギィンッ!!
火花が散った。
鉄哲は、歯を食いしばる。
鉄哲「効かねぇよ!! 鋼だからなァ!!」
マスタード「へぇ。硬いんだ。」
パンッ!! パンッ!! パンッ!!
続けて発砲。
鉄哲は両腕を広げ、後方の仲間を庇う。
拳藤は、その隙に周囲を確認した。
敵はガスの中に隠れている。
位置が分からない。
なら、相手が撃つ瞬間の音。
銃声。
火花。
そして。
ガスの流れ。
拳藤は巨大化した掌で、地面の土を掴む。
拳藤「鉄哲! こっちへ下がるんじゃなくて、前へ出る!」
鉄哲「おうよ!!」
拳藤「私がガスを払う! あんたは銃声の方向へ突っ込んで!」
鉄哲「分かりやすくて助かるぜ!!」
拳藤の両手が巨大化する。
その掌が、扇のように大きく振るわれた。
ブオオオオオオッ!!!!
薄紫の霧が一瞬だけ割れる。
視界が開く。
その奥。
防毒マスクを被った少年の姿。
マスタードの眼が、僅かに見開かれた。
マスタード「チッ。」
鉄哲「見つけたァァァァァァ!!!!」
鋼の身体が、一直線に突っ込む。
マスタードは、銃口を向けた。
撃つ。
しかし鉄哲は止まらない。
ギィンッ!! ギギィンッ!!
弾丸が鋼の身体へ弾かれる。
拳藤が後方から叫ぶ。
拳藤「皆! 今のうちにガスの薄い方へ!」
骨抜「地面を軟らかくして、低い場所へガスが溜まるようにする!」
柳「倒れている人を浮かせる……!」
円場「空気の壁……少しでも、ガスを止める!」
小森「咳が……でも……木にキノコを……目印に……!」
B組が動く。
誰かが敵を倒すためだけではない。
仲間を逃がすため。
呼吸できる道を作るため。
薄紫の毒霧の中で。
B組は、確かに戦っていた。
マスタード「何でだよ。」
マスタード「何で、逃げないんだよ。」
鉄哲「逃げるわけねぇだろうが!!」
鉄哲「後ろに仲間がいるんだぞ!!」
ドゴォッ!!
鉄哲の拳が、マスタードの構えた腕へ届く。
マスタードは後方へ転がる。
だが、ガスはまだ消えない。
むしろ、彼の感情に合わせるように、さらに濃くなる。
マスタード「何だよ……何だよ何だよ何だよ……!」
マスタード「お前らばっかり……学校で守られて、先生に期待されて、ヒーローになるために訓練して……!」
拳藤「鉄哲! 挑発に乗るな!」
鉄哲「乗らねぇよ!!」
鉄哲は前へ出る。
拳藤は周囲のガスを払う。
二人の動きが、噛み合い始めていた。
・魔獣の森 南西外周 親衛財団展開区域・
青い炎が木々を舐める。
薄紫のガスが低地へ流れる。
森の動物たちが、恐怖に駆られて逃げ惑う。
その上空。
ルドル・フォン・ハーストハイムは、翼を大きく広げていた。
周囲には、ハーストハイム親衛財団の猛禽たち。
彼らは編隊を組み、火災区域と毒霧区域の間へ次々と降下していく。
ハーストハイム《large》『全軍、森林火災制圧陣形!! 逃げ遅れた小動物を最優先で回収!! 生徒を発見した場合、即時保護!! ただし、敵個体への過度な攻撃は相澤の許可を待て!!』《/large》
親衛財団員『『『了解!!』』』
ハーストハイム『説明しよう!! 我が親衛財団の森林火災制圧陣形とは、翼圧によって酸素供給を局所的に遮断しつつ、山岳地帯に設置した貯水嚢から高圧散水を行う、超合理的かつ美しい――』
イーグルワゴン『長ぇ!! 生徒が聞く前に燃えちまうだろうがァ!!』
イーグルワゴンが、帽子を押さえながら急降下する。
嘴の先から、強烈な空気の渦が発生した。
青い炎へ向けて、突風が叩きつけられる。
だが、炎は自然火ではない。
荼毘の青炎。
通常の消火では完全には消えない。
イーグルワゴン『チッ、普通の火じゃねぇ!! 匂いが焦げだけじゃねぇぞ!! これは個性の炎だ!!』
ハーストハイム『ならば、燃焼領域を広げさせぬ!! 火災の周囲の可燃物を先に除去せよ!!』
親衛財団員『周辺の倒木を撤去します!!』
親衛財団員『小動物三十二体を回収!!』
親衛財団員『毒霧接近!! 防毒膜を展開!!』
ハーストハイム『毒霧には近づきすぎるな!! まずは風向きを読め!! イーグルワゴン!!』
イーグルワゴン『おう!! 俺の鼻を舐めんなよ!!』
イーグルワゴンは、地表すれすれを飛ぶ。
毒ガス。
湿った土。
人間の汗。
焦げた木。
動物の血。
敵の匂い。
複数の情報が、鼻孔へ突き刺さる。
イーグルワゴン『薄紫の毒は北東から濃くなってる!! B組の生徒の匂いが中にある!! まだ全員生きてるが、長くは持たねぇ!!』
ハーストハイム『救助隊、北東へ!! ただしガスの流れを乱しすぎるな!! 生徒へ向かって毒を押し戻すなよ!!』
親衛財団員『了解!!』
その瞬間。
木陰から、何かが飛び出した。
開闢行動隊の動きではない。
小さな鹿。
足を怪我し、炎に追われていた。
親衛財団員が即座に降下する。
だが、鹿は恐怖で暴れている。
親衛財団員『総帥! 対象が暴れて――』
ハーストハイム『怯えた命を力で押さえるな!! 進路を塞ぐな!! 横へ道を作れ!!』
イーグルワゴン『こっちだ!! こっちへ逃げろ!!』
イーグルワゴンが地面へ着地し、翼を低く広げる。
鹿は一瞬怯えたが、彼の背後に開かれた安全な道へ駆け出す。
上空から、ナオリの静かな声が落ちる。
ナオリ『南側の斜面に、小型動物が集まっております。親衛財団の一部を誘導に回してください。』
ハーストハイム『承知!! ナオリ、貴様は生徒の気配を優先せよ!!』
ナオリ『はい。』
ハーストハイムは、炎と毒霧の境界を見据えた。
ハーストハイム『敵は、森そのものを武器にしている。ならば、我々は森に生きるもの全てを守る盾となる!!』
イーグルワゴン『言ってることは格好いいんだが、声がデケェんだよなァ!!』
ハーストハイム『貴様もなァ!!』
・魔獣の森 中央南側・
柱間は、峰田を背後へ庇いながら、森の中を進んでいた。
足元から伸びる木の根。
それが、周囲の振動を拾う。
生徒の足音。
敵の足音。
倒れる木。
炎。
そして。
遠くで何か巨大な力がぶつかる振動。
柱間の表情が、僅かに険しくなる。
柱間「これは……緑谷か。」
峰田「緑谷!? デクがどうしたんだよ!?」
柱間「強大な敵と交戦しておる。」
峰田「助けに行くのか!?」
柱間は、足を止めた。
行きたい。
緑谷を助けたい。
しかし。
この森には、他にも生徒がいる。
峰田もいる。
毒ガスも広がっている。
炎もある。
ここで自分が一方向へ走れば、別の場所で救助が遅れる可能性がある。
相澤から出された、あの問題が脳裏をよぎる。
独断で進入した場合に発生する問題。
救助活動全体の遅れ。
柱間「……峰田。近くに負傷者役ではない、本物の負傷者の気配がある。まずはそちらを助ける。」
峰田「でもデクは!?」
柱間「緑谷は強い。」
柱間「そして、彼奴は守るべき者のためなら、必ず立つ。」
峰田「……。」
柱間「俺は、俺の届く場所を守るぞ。」
峰田は唾を飲み込んだ。
いつもの軽さは消えている。
震えている。
それでも、柱間の背中を見て。
短く頷いた。
峰田「オ、オイラも……やる。逃げるだけじゃなくて……手伝う。」
柱間「うむ! 頼りにしておるぞ、峰田!」
峰田「本当に頼りにされると、怖ぇな……!」
柱間が印を組む。
地面から、細い木の蔓が伸びる。
それは、道標のように地面へ這い、煙の薄い方向へ生徒たちを誘導する。
柱間「木遁・導き蔓。」
木の蔓が、炎の熱を避けるように進路を作る。
峰田は、その蔓の上へ自分のもぎもぎを付着させていく。
峰田「これで、敵が踏んだら足止めできるはずだ!」
柱間「よい工夫ぞ!」
峰田「オイラ、今ちょっとヒーローっぽくね!?」
柱間「かなりヒーローぞ!」
峰田「かなり!?」
その瞬間。
木々の間から、叫び声が聞こえた。
A組の誰かではない。
B組の生徒。
柱間は即座に走り出す。
柱間「行くぞ、峰田!」
峰田「おう!!」
・魔獣の森 移動中 爆豪・轟・障子合流地点・
爆豪と轟は、施設へ向かって走っていた。
周囲には、薄く煙が漂い始めている。
青い炎の光が、木々の影を大きく揺らしている。
轟は左手を抑え、炎を出す準備をしながらも、森へ燃え移らないよう使用を抑えていた。
轟「炎は使いづらいな。」
爆豪「だったら氷で道作れ。」
轟「広範囲に氷を出すと、逃げる生徒の足元を奪う可能性がある。」
爆豪「チッ。面倒くせぇ森だな。」
轟「敵は、それを狙っている。」
爆豪「分かってんだよ。」
そこへ、木々の間から巨大な影が現れる。
障子目蔵。
複製した腕の一つに、負傷したB組生徒を抱えている。
障子「爆豪、轟。」
轟「障子。緑谷は?」
障子「洸汰の秘密基地へ向かった。」
爆豪「あのクソナード、一人で行きやがったのか。」
障子「俺が止めても行った。3分で戻らなければ追うと約束した。」
轟「秘密基地の方角は?」
障子が、一つの腕で方向を示す。
爆豪は舌打ちした。
爆豪「行くぞ。」
障子「待て。施設へ戻る生徒の誘導も必要だ。」
爆豪「あ?」
轟「障子の言う通りだ。緑谷の所へ全員で向かえば、こっちの避難が薄くなる。」
爆豪「じゃあ、どうすんだよ。」
障子「俺は索敵しながら避難誘導を続ける。轟は氷で火の進行を止められる。爆豪は機動力がある。緑谷の方向へ向かうなら、お前が一番速い。」
爆豪「指図してんじゃねぇ。」
障子「事実を言っている。」
爆豪「……チッ。」
轟「爆豪。緑谷を見つけても、敵を追いかけすぎるな。」
爆豪「半分野郎に心配される覚えはねぇ。」
轟「心配ではない。戦術だ。」
爆豪「余計うぜぇ。」
その時。
森の奥から、奇妙な音が聞こえた。
ギチギチギチギチ……。
骨が軋むような音。
歯が伸びるような音。
人間の声とは思えない呟き。
ムーンフィッシュ「肉……肉……肉ゥ……。」
木々の間。
拘束衣のような服を纏った男が、ゆらりと現れる。
口元から伸びる刃のような歯。
月明かりを反射する白い狂気。
ムーンフィッシュ。
轟は即座に氷を構える。
轟「敵だ。」
爆豪「見りゃ分かる。」
障子は、抱えていたB組生徒を背後へ下ろす。
障子「俺が避難させる。二人は足止めを。」
爆豪「命令すんな。」
ムーンフィッシュ「若い肉……歯応え……。」
轟「爆豪、近づくな。射程が読めない。」
爆豪「テメェこそ凍らせすぎて足場潰すなよ。」
ムーンフィッシュの歯が、突然伸びた。
槍のように。
枝のように。
空間を裂いて、三人へ迫る。
ギャリギャリギャリギャリッ!!!!
轟「氷結。」
地面から氷壁が生える。
伸びる歯を受け止める。
しかし。
歯は氷を貫き、砕きながら進んでくる。
轟「硬い……!」
爆豪「邪魔だァ!!」
爆破。
轟の氷を避けながら、爆豪が横から爆風を叩き込む。
ムーンフィッシュの身体が揺れる。
だが倒れない。
ムーンフィッシュ「もっと……もっと……肉……。」
障子「こいつを放置すれば、避難中の生徒が危険だ。」
爆豪「だったらここで潰す。」
轟「殺すな。動けなくする。」
爆豪「分かってるわ!!」
・魔獣の森 暗所訓練洞窟付近・
常闇踏陰は、口田甲司と共に、動物たちを安全な方向へ誘導していた。
口田が個性で小動物へ声を掛ける。
常闇は、黒影を使い、倒れた枝や岩を払い除ける。
しかし。
夜。
炎によって生じた濃い影。
毒ガスの薄紫色の煙。
森全体の混乱。
それらが、黒影を少しずつ刺激していた。
黒影「フミカゲ……。」
常闇「抑えろ、黒影。今は敵を倒すより、動物と仲間の安全を優先する。」
黒影「分かってる……けど……暗い……強くなる……!」
口田「常闇君……大丈夫?」
常闇「問題ない。」
言葉とは裏腹に。
黒影の身体が、通常より大きく膨らんでいた。
腕は太く。
爪は鋭く。
眼はギラついている。
常闇「黒影、俺を見ろ。」
黒影「フミカゲ……!」
そこへ。
風を裂くような音。
遠くで戦う轟と爆豪。
そして。
ムーンフィッシュの狂気じみた声が届く。
ムーンフィッシュ「若い肉……若い肉ゥ……。」
黒影の眼が、さらに鋭くなる。
黒影「敵……敵がいる……!」
常闇「待て。まだ位置が――」
ガガガガガガガッ!!!!
突然、伸びた歯の一部が、木々を貫いて常闇たちの近くまで届いた。
それは轟たちと交戦しているムーンフィッシュの攻撃が、範囲を広げて飛んできたものだった。
口田の近くにいた小動物が、恐怖で鳴く。
黒影が、それを見た。
影が。
膨れた。
黒影「敵ィィィ……!」
常闇「黒影、戻れ!!」
しかし。
遅かった。
闇が。
月明かりを呑み込むように膨張する。
常闇の背後から、巨大な黒い怪物が立ち上がる。
木々を押しのけ。
岩を砕き。
夜の森へ、禍々しい咆哮を上げる。
黒影「アアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
口田「常闇君!」
常闇「くっ……黒影……!」
常闇は必死に制御しようとする。
だが、黒影は止まらない。
夜。
敵意。
恐怖。
怒り。
全てを吸い上げ、巨大化していく。
常闇「闇に呑まれるな……お前は、俺の半身だ……!」
黒影「フミカゲ……守ル……敵……壊ス……!」
黒影の巨大な腕が、ムーンフィッシュのいる方向へ伸びる。
その余波で、木々がなぎ倒される。
口田は、動物たちを抱えながら後ずさった。
口田「このままじゃ……みんな巻き込まれる……。」
常闇「口田……離れろ……!」
常闇の声にも、焦りが滲む。
今の黒影は、敵だけを狙える状態ではない。
敵も味方も。
近づくもの全てを、闇が殴り飛ばしかねない。
そして。
その咆哮は。
森の別地点にいるマダラ、扉間、ミトの耳にも届いた。
・魔獣の森 B組専用訓練区域付近・
扉間は、飛雷神クナイの一本へ転移した。
腕輪の表示は、残り1回。
周囲には、毒ガスの薄い気配。
炎の光。
そして、黒影の暴走による巨大なチャクラならぬ影の圧。
扉間は、顔をしかめる。
扉間「常闇か。」
ブラドキングの声が、通信器から響く。
ブラドキング『扉間! B組生徒数名が毒ガスに巻き込まれている! 鉄哲と拳藤が交戦中だ!』
扉間「承知しました。俺は毒ガス区域へ向かいます。常闇は――」
扉間は一瞬、遠くの闇を見た。
行けば助けられる。
だが、今はB組の救援要請が先に入っている。
常闇はA組。
だが、仲が良い。
闇の制御訓練にも関わってきた。
扉間の指が、飛雷神クナイへ触れかける。
扉間「……いや。」
扉間は、判断を切り替えた。
扉間「黒影の暴走は、轟の光と爆豪の爆発が近くにある。まずは現場へいる者たちで抑えられる可能性がある。俺は毒ガス区域を優先する。」
自分が全てへ行くことはできない。
今日の訓練で、嫌というほど叩き込まれたことだ。
扉間「拳藤、鉄哲。持ち堪えろ。」
シュンッ!!
扉間の姿が消える。
木の陰。
再び小さな黒い影が、その転移の瞬間を記録していた。
赤い眼が、淡く光る。
飛雷神、戦闘状況下での優先順位変更を確認。
対象、感情抑制時にも術精度低下なし。
次段階、術式転移先座標の模倣へ移行。
・魔獣の森 北東区域 マスタード戦・
拳藤の巨大な掌が、再び毒霧を払う。
その瞬間を狙い、マスタードが銃を撃つ。
パンッ!!
弾丸が拳藤の頬を掠めた。
拳藤「っ!」
鉄哲「拳藤!!」
マスタード「硬い奴ばっかり狙うと思ったかよ。」
マスタード「リーダーっぽい奴から潰すに決まってるだろ。」
鉄哲の眼が怒りに染まる。
鉄哲「てめぇ……!」
拳藤「鉄哲! 前に出すぎるな!」
しかし、ガスが濃くなる。
視界が悪い。
咳が止まらない生徒も増えている。
拳藤は判断する。
敵の位置は大体掴んだ。
でも、倒しきるには一気に距離を詰める必要がある。
その時。
薄紫の霧の中へ。
一枚のクナイが突き刺さった。
カンッ。
拳藤「……?」
次の瞬間。
シュンッ!!
扉間が現れる。
扉間「状況は。」
拳藤「毒ガスを出す敵が一人。銃を持ってる。位置はこの先、15m前後!」
鉄哲「俺が突っ込む!!」
扉間「待て。」
鉄哲「あ!?」
扉間は、毒ガスの流れを見る。
風。
地形。
生徒の位置。
敵の立ち位置。
そして、ガスを発生させている中心。
扉間は即座に印を組んだ。
扉間「水遁・水陣壁。」
ザバァァァァァッ!!!!
地面から水の壁が立ち上がる。
水が毒ガスを完全に消すわけではない。
しかし、霧の流れを変える。
薄紫のガスが、一方向へ押し流される。
扉間は続けて印を組む。
扉間「風向きは任せる。拳藤、巨大化した掌で水壁の後方を扇げ。」
拳藤「了解!」
拳藤の巨大な掌が水の壁の背後を叩く。
水霧と風が混ざり、ガスの濃度が一瞬だけ落ちる。
扉間「鉄哲。今だ。」
鉄哲「おう!!」
鋼の身体が突っ込む。
マスタードは焦って銃を構える。
しかし。
扉間の姿が消えた。
マスタードの背後。
マスタード「なっ――」
扉間「遅い。」
捕縛布ではない。
扉間の手から伸びるのは、細いワイヤーと封印札。
マスタードの腕を絡め取り、拳銃を弾き飛ばす。
カランッ!!
鉄哲の拳が、マスタードの腹部へ叩き込まれる。
ドゴォッ!!
マスタード「がっ……!」
マスタードが膝をつく。
拳藤がその身体を押さえ、ガスマスクを外させないよう固定する。
拳藤「自分の毒を吸わせるつもりはない。動くな。」
鉄哲「よっしゃァ!!」
扉間「油断するな。個性の解除を確認するまで距離を取れ。」
マスタードは、地面に倒れながら、悔しそうに扉間を睨んだ。
マスタード「何なんだよ……お前……個性じゃないだろ、それ……。」
扉間「説明する義理はない。」
鉄哲「でも助かったぜ、扉間!」
拳藤「ありがとう。来るのがあと少し遅かったら危なかった。」
扉間「礼は後だ。負傷者を施設へ運ぶ。拳藤は指揮を継続、鉄哲は前衛。俺はガスの流れを切る。」
拳藤「了解!」
鉄哲「任せろ!!」
扉間は、倒れた生徒たちへ短く視線を向けた。
自分が全てをやるのではない。
仲間を動かす。
必要な箇所だけを押さえる。
今日の訓練が、もう実戦へ変わっていた。
・洸汰の秘密基地付近・
ドゴォッ!! バキィッ!! ズガァァンッ!!!!
緑谷の身体が、再び岩場へ叩きつけられる。
右腕は痛みで痺れ。
左腕はほとんど使えない。
呼吸は荒く。
視界が揺れる。
だが。
洸汰はまだ背後にいる。
だから、倒れない。
マスキュラー「いいねぇ。折れても立つか。」
緑谷「はぁ……はぁ……!」
マスキュラー「でもよ、守るってのは大変だよなァ。」
マスキュラーは、ちらりと洸汰を見る。
洸汰の身体が強張る。
マスキュラー「お前が倒れたら、あのガキは潰れる。」
緑谷「やめろ……!」
マスキュラー「俺が狙いを変えれば、お前は庇うしかない。」
筋繊維が、マスキュラーの脚へ集まる。
次の瞬間。
彼の身体が、洸汰へ向かって跳んだ。
緑谷「っ!!」
緑谷は、痛む脚で地面を蹴る。
フルカウル。
5%では足りない。
もっと速く。
もっと強く。
それでも、身体が壊れる。
だが。
それでも。
間に合わなければ意味がない。
緑谷「ワン・フォー・オール――」
緑谷「フルカウル!!」
出力を上げる。
限界を越える。
筋肉が悲鳴を上げる。
だが、緑谷は跳んだ。
マスキュラーと洸汰の間へ、再び割り込む。
ドゴォォォン!!!!
マスキュラーの拳を、緑谷が受け止める。
今度は両腕ではない。
右腕一本。
その腕へ、凄まじい衝撃が集中する。
バキバキバキッ!!!!
緑谷「がああああっ!!」
洸汰「やめろ!!」
洸汰が叫んだ。
しかし、マスキュラーは止まらない。
マスキュラー「いい悲鳴だ。」
緑谷の右腕が軋む。
意識が飛びそうになる。
だが、緑谷はマスキュラーの腕を掴んだ。
離さない。
洸汰へ向かわせない。
緑谷「洸汰君……!」
洸汰「何だよ……何で……!」
緑谷「逃げて……!」
洸汰「何でそこまで……!」
緑谷は、振り返らない。
振り返る余裕などない。
それでも。
声だけは。
洸汰へ向けた。
緑谷「君が……助けを求めていなくても……!」
緑谷「君が……ヒーローを嫌いでも……!」
緑谷「それでも……!」
マスキュラーの力がさらに増す。
緑谷「助けるのが……ヒーローだからだ!!」
その言葉に。
洸汰の胸が、強く揺れた。
両親の姿。
誰かを助けるために出ていった背中。
帰ってこなかった背中。
嫌いだった。
ヒーローなんて嫌いだった。
でも。
今、自分の前にいる背中は。
あの日の両親と同じだった。
怖くても。
痛くても。
誰かを守るために立っている。
マスキュラー「ヒーローねぇ。」
マスキュラー「そういう奴から壊すのが、一番楽しいんだよ。」
彼の筋繊維が、最大まで膨張する。
緑谷の身体が押し潰されそうになる。
その時。
洸汰の手から。
小さな水が溢れた。
洸汰「やめろ……。」
洸汰「そいつを……!」
水の弾丸が、マスキュラーの顔面へ飛ぶ。
バシャッ!!
威力は小さい。
マスキュラーには傷一つない。
だが。
ほんの一瞬。
視界が遮られた。
緑谷は、その瞬間を逃さない。
緑谷「ありがとう……洸汰君……!」
右腕。
壊れている。
左腕。
動かない。
それでも。
拳を握る。
全身の力を、残った一点へ集める。
オールマイト。
相澤先生。
通形先輩。
虎さん。
皆の訓練。
今までの全部。
この一撃へ。
緑谷「ワン・フォー・オール……!1000000%…!」
マスキュラー「来いよォ!!」
緑谷「デラウェア・デトロイト――スマァァァァァァッシュ!!!!」
拳が炸裂した。
緑色の衝撃波が、岩場を貫く。
マスキュラーの筋繊維の鎧が、内側から吹き飛ぶ。
衝撃が空へ抜け。
雲が裂ける。
巨体が、岩壁へ叩き込まれた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
マスキュラー「!?ぐはァ……!!」
岩壁が崩れる。
土煙。
落石。
沈黙。
緑谷は、震える膝で立っていた。
両腕は限界。
身体中が痛む。
だが。
マスキュラーは、動かない。
洸汰は。
ただ、緑谷を見ていた。
洸汰「……何で……。」
緑谷は、荒い息を吐きながら。
ようやく振り返る。
顔は傷だらけ。
腕は見るからに痛々しい。
それでも。
笑おうとしていた。
緑谷「無事で……よかった……。」
洸汰の瞳から。
何かが溢れた。
洸汰「……ばか……。」
洸汰「ばか野郎……!」
遠くで、森の炎が揺れている。
戦いは、まだ終わっていない。
だが。
この場所で。
一つの命は、確かに救われた。
・魔獣の森 ムーンフィッシュ交戦地点・
黒い暴風が、森を揺らしていた。
常闇の黒影。
暴走状態。
巨大な腕が木々を薙ぎ払い、ムーンフィッシュの歯を砕く。
だが、その拳は、敵だけでなく周囲の地形までも破壊している。
黒影「敵……壊ス……!!」
ムーンフィッシュ「歯……肉……影の肉……!」
ムーンフィッシュは歯を伸ばす。
だが、暴走した黒影はそれを掴み、粉砕する。
バギィィィィン!!
爆豪と轟は、距離を取りながら黒影の動きを見ていた。
爆豪「何だありゃあ!!」
轟「常闇の黒影だ。夜で制御が効かなくなっている。」
障子「常闇は中にいる。攻撃はできない。」
爆豪「分かってる!!」
轟「光だ。強い光を当てれば、黒影は弱まる。」
爆豪「だったら、俺の爆破とテメェの炎か。」
轟「森へ燃え移らないよう、方向を上へ逃がす。」
障子「俺が常闇へ声を届ける。」
轟「うちはや扉間は?」
障子「別地点で救助中だ。今すぐは来られない。」
爆豪「だったら俺らでやるしかねぇだろうが。」
黒影の腕が、三人の近くへ迫る。
障子が常闇の位置を探る。
複製した目。
複製した耳。
影の奥。
必死に黒影を抑えようとしている常闇の姿。
障子「常闇! 聞こえるか!」
常闇「障子……! 近づくな……!」
障子「聞こえているなら、まだ戻れる!」
常闇「抑えきれん……!」
黒影がさらに膨らむ。
轟が右手で氷の壁を作り、左手に炎を灯す。
爆豪は両掌を広げ、汗を爆発寸前まで溜める。
轟「爆豪。合図で上へ撃て。」
爆豪「テメェに合わせるんじゃねぇ。テメェが俺に合わせろ。」
轟「分かった。合わせる。」
爆豪「素直すぎんだろ半分野郎!!」
障子「今だ!」
轟の炎が、上空へ向かって噴き上がる。
爆豪の爆破が、その炎へ重なる。
ドガァァァァァァァァン!!!!
爆炎が夜空を照らす。
黒影の身体が、一瞬だけ縮む。
黒影「グ……光……!」
常闇「黒影……戻れ……!」
障子「常闇! 今だ!」
しかし。
ムーンフィッシュが笑う。
ムーンフィッシュ「もっと……もっと暗く……もっと肉……。」
彼の歯が、周囲の木々を砕き。
炎の光を遮るように、瓦礫を巻き上げる。
影が再び濃くなる。
黒影が咆哮する。
黒影「アアアアアアアアアアアアッ!!!!」
爆豪「チッ、面倒くせぇ!!」
轟「一度では足りない。」
障子「常闇を諦めるな。」
爆豪「誰が諦めるっつった!!」
その時。
上空から、一羽の影が急降下した。
イーグルワゴン。
イーグルワゴン『説明するぜェ!! あの黒いのは、暗闇で力を増す個性だ!! 光を当てりゃ小さくなるが、本人の精神が乱れたままじゃまた膨れ上がる!!』
爆豪「見りゃ分かるわ!!」
イーグルワゴン『分かってんなら上出来だ、爆豪の兄ちゃん!!』
轟「どうすればいい。」
イーグルワゴン『光で押さえながら、内側の常闇に声を届けろ!! あの影は敵じゃねぇ!! 主を守ろうとして暴れてるだけだ!!』
障子「常闇!」
障子の声が、複製した口から複数方向へ響く。
障子「黒影はお前の敵ではない! お前も黒影の敵ではない!」
障子「お前たちは、共に戦ってきたはずだ!」
常闇「……!」
黒影の奥。
常闇が歯を食いしばる。
今日の訓練。
小さくなった力を、一点へ集めた黒影。
闇が減じても、闇そのものは消えない。
ならば。
今、強くなりすぎた闇も。
敵ではない。
自分の半身だ。
常闇「黒影……俺を守ろうとしているのなら……!」
常闇「俺の声を聞け!!」
黒影の動きが、僅かに鈍る。
爆豪と轟が、再び光を放つ。
爆豪「照らすぞ、半分野郎!!」
轟「ああ。」
爆炎と炎が夜を裂く。
イーグルワゴンが翼で煙を払う。
障子が常闇の声を拾い続ける。
黒影は苦しげに呻いた。
完全には戻らない。
だが。
暴走の方向が、少しずつ敵へ絞られていく。
その巨大な腕が、ムーンフィッシュへ向く。
ムーンフィッシュ「肉……。」
常闇「黒影!!」
黒影《large》「敵……倒ス!!」《/large》
巨大な拳が、ムーンフィッシュへ叩き込まれる。
ドゴォォォォォッ!!!!
ムーンフィッシュの身体が、木々を巻き込みながら吹き飛んだ。
・魔獣の森 北東区域 毒ガス戦後・
マスタードは拘束されていた。
毒ガスは、扉間の水遁と拳藤の風圧、さらにハーストハイム親衛財団の濾過飛行によって少しずつ薄まっている。
倒れた生徒たちは、親衛財団員たちが防毒膜付きの担架で運んでいく。
ハーストハイムは空中で腕を組み、誇らしげに叫んでいた。
ハーストハイム『説明しよう!! 毒霧に対して不用意な強風を当てると、逆に被害区域を広げる危険がある!! よって、我が親衛財団はガスの濃度勾配を読み取り、低濃度区域へ段階的に誘導しながら――』
鉄哲「助かったけど、説明が長ぇ!!」
拳藤「でも内容は大事だから、後で聞こう。」
鉄哲「後でな!! 今じゃねぇ!!」
扉間「ハーストハイム。説明を中断し、負傷者搬送へ集中しろ。」
ハーストハイム『承知した、扉間!!』
扉間「声量。」
ハーストハイム『承知した。』
拳藤「下がった……。」
鉄哲「相澤先生と扉間、猛獣使いかよ……。」
扉間は、拘束されたマスタードを見下ろした。
マスタード「くそ……何なんだよ……雄英……。」
扉間「貴様らが何を狙っているかは知らん。だが、生徒を狙った時点で、逃げ場はない。」
マスタード「……。」
扉間は、周囲へ視線を走らせる。
まだ終わっていない。
炎。
黒影。
緑谷の方向から届いた巨大な衝撃。
そして。
マダラが見つけたと言っていた、気配のない黒い影。
扉間「妙だ。」
拳藤「何が?」
扉間「敵の襲撃としては、騒がしすぎる。だが、騒がしさの割に、本命が見えない。」
鉄哲「本命?」
扉間「ああ。」
扉間の顔が、さらに険しくなる。
扉間「これは、何かを隠すための襲撃かもしれん。」
・洸汰の秘密基地付近・
緑谷は、座り込んでいた。
両腕は、ほとんど動かない。
全身に痛みが走る。
それでも、意識はある。
洸汰は、緑谷の前に立ち。
何度も何度も、何かを言おうとしていた。
洸汰「……お前……。」
緑谷「洸汰君……逃げないと……まだ、森には敵が……。」
洸汰「何で……。」
緑谷「え?」
洸汰「何で、そこまでしたんだよ……。」
緑谷は、少しだけ困ったように笑った。
緑谷「君を、助けたかったから。」
洸汰「それだけで……あんなになるまで……?」
緑谷「うん。」
洸汰は、唇を噛んだ。
目から涙が零れる。
悔しい。
悲しい。
分からない。
けれど。
目の前の少年が。
自分を守ってくれたことだけは、分かる。
洸汰「……ごめん……。」
緑谷「謝らなくていいよ。」
洸汰「違う……今まで……。」
その時。
遠くから、木々を伝う振動が響いた。
柱間の木の蔓が、岩場の近くまで伸びてくる。
それは、まるで緑谷たちを探すように地面を這い。
緑谷の近くで止まった。
緑谷「柱間君の……木遁……。」
蔓の先端から、僅かなチャクラが流れ込む。
治療ではない。
位置確認。
生存確認。
そして、道標。
柱間の声が、遠くから響いた。
柱間『緑谷! 聞こえるか!』
緑谷「柱間君……!」
柱間『無事か!?』
緑谷「洸汰君は無事! 敵1名、戦闘不能! でも、僕は両腕が……!」
柱間『承知した! 迎えを回す! そこから動くでないぞ!』
緑谷「うん……!」
洸汰は、木の蔓を見つめた。
その蔓は、逃げ道のように森の中へ続いている。
ヒーロー。
忍。
個性。
チャクラ。
自分には、まだ分からないことばかりだ。
でも。
今、その道は。
自分たちを助けるために伸びている。
洸汰「……。」
緑谷「洸汰君?」
洸汰は、涙を拭った。
洸汰「……行くぞ。お前、立てないんだろ。」
緑谷「え、でも……。」
洸汰「肩くらい貸す。」
緑谷「ありがとう。」
洸汰「……うるせぇ。」
・魔獣の森 上空・
ナオリは、夜空を滑るように飛んでいた。
下では、森の各所で戦闘が起こっている。
青い炎。
薄紫の毒霧。
黒影の暴走。
生徒たちの避難。
親衛財団の救助。
それら全てを見下ろしながら、彼女はマダラの気配を探る。
ナオリ『主様。緑谷様と洸汰様の生存を確認。マスキュラーと思われる敵は戦闘不能です。』
マダラ『そうか。』
通信越しのマダラの声は、短い。
だが、ナオリには分かる。
安堵している。
ほんの僅かに。
ナオリ『扉間様は毒ガス区域を制圧。常闇様の黒影は、轟様、爆豪様、障子様、イーグルワゴンの支援により一時的に方向制御へ移行しています。』
マダラ『一時的、か。』
ナオリ『はい。完全な安定には至っておりません。』
マダラ『柱間の位置は。』
ナオリ『中央南側。複数の生徒救助を継続中です。峰田様も同行しております。』
マダラ『あいつ、ちゃんと役に立ってんのか。』
ナオリ『はい。足止め用の粘着物を、木遁の誘導路と組み合わせております。』
マダラ『ほう。』
ナオリの翼が、僅かに止まる。
まただ。
気配のない黒い影。
今度は、ミトたち三年生の待機区域の近く。
一瞬だけ。
封印札の光に反応するように。
赤い眼が灯った。
ナオリ『……主様。』
マダラ『見つけたか。』
ナオリ『はい。ですが、距離が離れています。』
マダラ『追うな。罠だ。』
ナオリ『承知しております。』
マダラ『あれは、敵本隊とは別物だ。』
ナオリ『何かを、見ております。』
マダラ『見てるだけじゃねぇ。盗んでやがる。』
ナオリ『……。』
マダラの声が、低くなる。
マダラ『俺たちの力をな。』
・3年生待機区域付近・
ミトは、金剛封鎖で倒木を持ち上げ、逃げ遅れたB組生徒を安全な道へ下ろしていた。
九喇嘛は肩の上で周囲を睨んでいる。
通形は透過で倒壊しかけた岩場の中へ入り、生徒を抱えて戻る。
天喰は複数の触手と翼で、負傷者を同時に運ぶ。
波動は波動で毒ガスの流れを乱さないよう、上方向へ細く押し上げていた。
通形「うずまきさん! こっちの生徒は全員出した!」
ミト「ありがとうございます、ミリオ。」
天喰「波動さん、右側のガスが戻ってきてる……。」
波動「分かった、天喰君! ぐるぐるを細くして上へ逃がすね!」
ミト「ねじれ。出力を上げすぎないでください。拡散すると被害が広がります。」
波動「はーい!ミトちゃん!」
九喇嘛『ミト。左後ろだ。』
ミト「はい。」
ミトの金剛封鎖が、背後の木陰へ伸びる。
だが。
そこには何もいない。
ただ。
封印札の一枚が。
僅かに黒く焦げたように変色していた。
ミト「……術式を見られましたか。」
九喇嘛『見られたな。匂いはねぇ。気配も薄い。だが、眼だけは感じた。』
通形「うずまきさん?」
ミト「皆様、警戒を強めてください。敵の中に、戦闘ではなく観測を目的としている存在がいる可能性があります。」
天喰「観測……?」
波動「見るだけの敵? 何を見るの? 私たち? 個性? ミトちゃんの鎖? 不思議……だけど怖いね。」
ミト「はい。非常に危険です。」
九喇嘛『ただの雑魚じゃねぇぞ。あれは、厄介な匂いだ。』
ミトは、封印札を一枚握り締めた。
今は生徒の救助が先。
だが。
確かに。
何かが、自分たちの力へ手を伸ばしている。
その感覚が。
背筋へ冷たく残っていた。
・魔獣の森 ムーンフィッシュ交戦地点・
黒影の拳を受けたムーンフィッシュは、地面へ叩きつけられていた。
轟が氷で身体を固定する。
爆豪が距離を詰め、歯の動きを爆破で封じる。
障子が、常闇の位置を確認し続ける。
イーグルワゴンは上空で煙を払い、光が届きやすいように風を送っていた。
轟「凍結完了。」
爆豪「まだ動くだろうが。」
ムーンフィッシュ「歯……肉……歯……。」
爆豪「寝てろ。」
ドンッ!!
小さな爆破が、氷の外側だけを揺らす。
ムーンフィッシュの意識が鈍る。
黒影は、まだ大きい。
だが、先ほどほど無差別ではない。
常闇は、黒影の内側で荒い息を吐いていた。
常闇「黒影……戻れ……。」
黒影「フミカゲ……敵……倒した……。」
常闇「分かっている。よくやった。だが、ここからは退く。」
黒影「退く……。」
障子「常闇。聞こえるか。」
常闇「聞こえている……助かった、障子。」
障子「まだ終わっていない。施設へ戻るぞ。」
爆豪「おい鳥頭。暴れんなよ。次は容赦なく照らすぞ。」
常闇「すまない、爆豪。迷惑を掛けた。」
爆豪「謝ってる暇があるなら歩け。」
轟「常闇。光を作る。ゆっくり出てこい。」
イーグルワゴン『説明するぜェ!! こういう時は、無理に闇を押さえ込むんじゃなく、本人が自分の半身として認めて戻すことが重要――』
爆豪「まだ説明してんのかこのクソ鳥!!」
イーグルワゴン『大事なことだろうがァ!!』
轟「確かに、大事だ。」
爆豪「テメェも乗るな半分野郎!!」
障子は、口元を僅かに緩めた。
だが、その直後。
遠く。
さらに別の方角から、爆発音が聞こえた。
青い炎とは違う。
爆豪の爆破でもない。
何かが。
誰かを追い詰める音。
轟「まだ敵がいる。」
爆豪「当然だろうが。」
障子「常闇を連れて施設へ戻る。その後、合流できる者と合流する。」
爆豪「俺は――」
轟「爆豪。」
爆豪「あ?」
轟「単独行動はするな。」
爆豪「……チッ。」
黒影が少しずつ縮む。
しかし。
闇の奥で。
常闇の表情には、悔しさが残っていた。
自分の力。
自分の半身。
制御できなければ、仲間を危険に晒す。
それを、彼は痛いほど理解していた。
・魔獣の森 中央南側・
柱間と峰田は、負傷したB組生徒二人を救助していた。
柱間の木遁が担架となり、峰田のもぎもぎが敵の進路を妨害する罠となる。
森の中。
木の蔓に導かれ、生徒たちが少しずつ安全地帯へ向かう。
峰田「柱間! 右から何か来る!」
柱間「分かっておる!」
敵性機械ではない。
ヴィランでもない。
毒ガスに驚いた野生の猪。
暴走して、生徒たちの方へ走ってくる。
柱間は手を伸ばす。
柱間「木遁・柔枝檻。」
柔らかな木の枝が、猪の周囲を包む。
傷つけず。
押さえつけすぎず。
ただ、落ち着かせるように。
猪「フゴッ……!」
峰田「動物まで救うのかよ!」
柱間「命に大小はないぞ!」
峰田「くっそ、格好いいこと言いやがって……!」
その時。
遠くから、緑谷の戦闘が終わった振動が届く。
柱間は、木の根を通じて生存を確認する。
緑谷。
洸汰。
二つの生命反応。
一つは弱っているが、確かに生きている。
柱間「緑谷が勝った。」
峰田「マジかよ!?」
柱間「うむ。だが負傷しておる。救助を向かわせる。」
峰田「行かなくていいのか?」
柱間「行きたい。」
柱間は、正直に言った。
柱間「だが、此処にも守るべき者がおる。」
峰田は何も言えなかった。
柱間は、ただ強いだけではない。
今、彼は迷いながら選んでいる。
一番助けたい場所へ走るのではなく。
一番必要な場所に留まる。
それもまた、ヒーローの判断だった。
柱間「イーグルワゴン! 聞こえるか!」
空から、声が返る。
イーグルワゴン『聞こえてるぜ、柱間の旦那!!』
柱間「北の岩場に緑谷と洸汰がおる! 緑谷が重傷だ!」
イーグルワゴン『了解!! 救助班を回す!!』
柱間「頼むぞ!」
イーグルワゴン『任せなァ!!』
・森上空 親衛財団救助班・
イーグルワゴンは、親衛財団員二羽を引き連れ、緑谷たちの方角へ飛んだ。
途中。
地表の毒ガスを避けるように上昇し、炎の熱を避けるように旋回する。
イーグルワゴン『説明するぜ、部下ども!! 緑谷の坊主は両腕が重傷!! だが意識はある!! 洸汰の坊主は精神的衝撃が大きい!! つまり――』
親衛財団員『優しく回収する!!』
イーグルワゴン『分かってるじゃねぇか!!』
親衛財団員『総帥と副総帥の説明は長いため、要点抽出訓練を受けております!!』
イーグルワゴン『そいつは立派だが、俺まで総帥と同類にすんな!!』
親衛財団員『了解!!』
イーグルワゴン『返事が早ぇな!!』
やがて、岩場が見えた。
緑谷は、洸汰に肩を借りながら、木の蔓に沿ってゆっくり進もうとしている。
イーグルワゴン『緑谷の甘ちゃん!! 動くな!! 骨が悲鳴を上げてる匂いがするぜ!!』
緑谷「イーグルワゴンさん……!」
洸汰「鳥……?」
イーグルワゴン『怖がんな、洸汰の坊主!! 俺は味方だ!! ちと騒がしいが、そこは勘弁しろ!!』
洸汰「……自分で言うのかよ。」
イーグルワゴン『ハッ! 口が動くなら大丈夫だ!!』
親衛財団員が、柔らかな救助布を広げる。
緑谷の身体を慎重に乗せる。
洸汰も隣へ誘導される。
緑谷「僕は……まだ、森に……。」
イーグルワゴン『その腕で何するつもりだ!! 今のテメェの仕事は、生きて戻ることだ!!』
緑谷「……はい。」
洸汰は、緑谷の横に座りながら。
小さく拳を握った。
洸汰「こいつを……助けてくれ。」
イーグルワゴンは、一瞬だけ目を細めた。
そして、帽子を僅かに傾ける。
イーグルワゴン『任せな。命を拾うのが、俺たちの仕事だ。』
・魔獣の森 各戦場連絡・
マンダレイのテレパスが、再び森全体へ届く。
マンダレイ『マスキュラーと思われる敵1名、緑谷君が撃破! 洸汰は保護! 緑谷君は重傷、親衛財団が搬送中!』
その知らせに。
一瞬だけ、森の各所で空気が変わった。
麗日「デク君が……!」
蛙吹「お茶子ちゃん、今は動いて。緑谷ちゃんなら、戻ってくるわ。ケロ。」
麗日「うん……!」
八百万「耳郎さん、こちらの退路を確保しますわ!」
耳郎「分かった、ヤオモモ! ウチが音で敵の位置を拾う!」
爆豪「クソナードが勝っただと……当たり前だろうが。」
轟「重傷らしい。」
爆豪「聞こえてる!!」
障子「急ぐぞ。」
常闇「緑谷……見事だ。」
黒影「ミドリヤ、強イ!」
扉間「緑が勝ったか。」
拳藤「緑?」
扉間「緑谷のことだ。」
鉄哲「略し方が独特だな!」
柱間「よくやったぞ、緑谷……!」
マダラは、遠くの森を見た。
勝った。
だが、敵はまだいる。
そして、本命がまだ見えない。
マダラ「喜ぶのは、全員戻ってからだ。」
ナオリ『主様。』
マダラ「分かってる。」
マダラの写輪眼が、森の奥を睨む。
マダラ「敵は、まだ何か隠してやがる。」
・魔獣の森 奥地・
木の上。
小さな黒い影が、静かに移動していた。
それは戦わない。
声を出さない。
匂いを残さない。
ただ、見ていた。
緑谷の力。
柱間の木遁。
マダラの写輪眼。
扉間の飛雷神。
ミトの封印術。
黒影の暴走。
親衛財団の救助網。
全てを。
赤い眼が記録している。
緑谷出久、異常出力確認。
千手柱間、広域救助木遁確認。
うちはマダラ、観測個体を一時捕捉。警戒度上昇。
千手扉間、水遁併用、飛雷神残回数制御確認。
うずまきミト、金剛封鎖・八卦系統術式、一部観測完了。
常闇踏陰、夜間暴走危険性記録。
黒い影は、森のさらに奥へ消えていく。
その先。
開闢行動隊の本当の目的が、ゆっくりと牙を剥こうとしていた。
・魔獣の森 中央 合流地点付近・
森は、まだ燃えている。
毒ガスは薄まりつつあるが、完全には消えていない。
負傷者は増えている。
敵も、全て倒されたわけではない。
しかし。
緑谷は洸汰を守り抜いた。
B組はマスタードの毒ガスを突破した。
鉄哲と拳藤は、倒れず前へ出た。
常闇の黒影は暴走したが、仲間の声で僅かに方向を取り戻した。
親衛財団は森と動物と生徒を救い続けている。
柱間は、自分の行きたい場所ではなく、必要な場所を選んでいる。
マダラと扉間は、敵本隊の裏に潜む影へ気づき始めている。
訓練は終わった。
だが。
訓練で得たものは。
今、確かに命を繋いでいる。
マンダレイ『全員、施設への合流を優先して! 敵はまだ森にいる! 繰り返す、単独行動は禁止!』
その声が響く中。
月明かりの届かない森の奥で。
青い炎が、静かに揺れた。
荼毘が。
燃える木の陰から、逃げる生徒たちを見下ろしている。
荼毘「……まだだ。」
その傍らで、Mr.コンプレスが小さく笑う。
Mr.コンプレス「舞台は、まだ第一幕といったところかな。」
トガヒミコは、刃を月へ掲げた。
トガヒミコ「出久君、もう血だらけかなぁ。会いたいなぁ。」
スピナーは、剣を握り直す。
スピナー「ステインの名に恥じないように……。」
そして。
森のどこかで。
爆豪勝己が、荒く息を吐きながら前へ進む。
彼はまだ知らない。
この襲撃の本命が。
自分であることを。
そして。
もう一人。
千手柱間という、敵にとって想定外の大きすぎる獲物が。
この森にいるということを。
夜は、まだ終わらない。
悪夢は、まだ始まったばかりだった。
林間合宿三日目。緑谷出久は、一人の少年を救った。
だが森の闇は、さらなる標的へと牙を研ぐ。
ということで、第五十二話でした。如何でしたでしょうか?文字数が18000文字ちょっとという前話よりかは少なめですが、それでも途方もない文字数となってしまいました。それでもご愛読して頂けるなら大変執筆した甲斐があります!
さて、次話の第五十二話についてですが、次話もこのまま林間合宿編の続きを執筆して行くので、楽しみにお待ちください!次話からが敵連合開闢行動隊との交戦の続きと敵の本命が爆豪と判明するところとなりますが。
また、お気に入り登録や質問、評価も是非お待ちしておりますが、特に感想を、無理にとは言いませんが、時間があれば頂けると、作者の小説制作のやる気向上などへと変わりますので、よろしければ是非よろしくお願いします!ですが、理不尽な誹謗中傷などの行為は流石にやる気やモチベーションが下がりますのでそれらは御法度です。何卒ご理解よろしくお願いします!では、第五十三話にて!