もしも柚鳥ナツが黒服の実験体だったらの話   作:GGenbuu

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【1】

私は今、トリニティ総合学園の1年生として、学園生活を過ごしている。

そして私には、この学園で一緒に行動している「友達」がいる。

 

杏山カズサ、栗村アイリ、伊原木ヨシミ──「放課後スイーツ部」と呼称し、私を含めた4人組で、普段から一緒に動く。

それから、もう一人。杏山カズサに因んでやってくる、トリニティ自警団の宇沢レイサ。彼女もまた、よくつるむことが多い。

 

そうして、四人、時には五人で、街中のスイーツ店を巡ったり、時にはスイーツそのものを作ったりして、和気藹々とした時間を過ごす。

一般的には──これが、私の「日常」だ。文字通り、私にとっては、今目に映る『日常』全てが、ロマンに溢れたものだ。

 

 

 

「ナツ?どうしたの、なんか遠くを見つめるようにして」

「…はて?」

 

そこで、声をかけられて向き直る。

焼きたてのアップルパイを買って、部室で三人と分け合っていた中で、私はどうやらぼーっとしていたらしい。カズサに声をかけられて、私はふとモノローグをやめる。

 

「遠くも何も部屋の中じゃない…寝不足だったりするの?」

ヨシミがそう聞いてきて、私は昨夜のことが思い当たっていた。その指摘は図星で、確かな理由はあるのだが──その場は別の理由にする事でごまかす。

 

「ふふ、浸っていたのだよ…甘ーい甘ーい、甘味というさざ波の中にね」

「そ、そう…?いやまぁ、確かにあんたのスイーツへの執念は凄いとは思うけど」

「ナツちゃんは時々、本当に味わって食べてる時あるよね。凄い勢いでパクパクしてることもあるけど」

「それはそうだよ。一つ一つのお菓子の作られた意味や哲学を、出来る限り噛み締めるように食べること。感謝は大事だよ、アイリ」

「うん、そうだね。作ってくれた人には感謝しなきゃ」

「ナツのロマンというか、哲学というか…小難しいけど、時々的を得てるものあるよね」

「にへ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか、カズサ」

そうして、側にあった紙パックに入っている、牛乳をストローで吸う。

 

作られたものを出来る限り味わう──それはそうだ。この『日常』でさえ、私にとってはそういうものだから。

最も──その余裕がある、今だけの話ではあるのだが。

 

そうして食べ終わり、帰り道で3人と別れた後、乗っていた電車から降りた後のことだ。

 

 

 

スマートフォンから、新しい連絡が来た音が告げられる。確認しようと開いて、私は溜息をついた。

「…降りたばかりなんだけどなぁ」

そうして、今さっき出てきた駅へと引き返す。乗り込む電車の先は、先ほどとは別の目的地だ。

 

キヴォトス某地の、高層ビル。

夜の街中の灯りが下に見える、高い階層のとある一室。

オフィスのような空間で、私は彼に相対した。

 

「来たよ、黒服──それにしても、慣れない呼び方だね」

 

デスクに座っている、黒を基調とした服装の男──私が「黒服」と呼んだ男は、椅子から立ち上がった。

「えぇ、お待ちしておりましたよ、柚鳥ナツ。呼び名に関しては、結構気に入っておりましてね」

「小鳥遊ホシノが最初に呼んだものなのに、自分から取り入れ続けるなんて、貴方も随分と物好きだね」

「それはそうでしょう──何せ、貴方と契約をした時から、私も自覚はしていましたがね。あの先生程ではありませんが」

それを聴きながら、私はふーんと澄ました顔をしてみせた。この男、どうやら連邦生徒会直轄の組織、シャーレの先生をえらく高く買っているようなのだ。

まぁ確かに、あの先生は色んな生徒に慕われる通り、非常に人間性が好まれる性格ではあるとは思うが──向こうはこちらをよくは思ってはいないらしいのに、やはり単なる合理で動く訳ではないのがこの男らしいというべきか。

 

でも、気持ちは分かる。あの人は、生徒が大事にする部分を決して否定しない。かくいう私も、一部見せたロマンをあの人に肯定されたことがある。根っからのお人好しなのだろう。

 

「それで、今日は何かな。昨日に引き続き、戦闘関係?」

「えぇ、貴方を介しての実験も、ある程度段階を踏まえてきました。そろそろ──彼女にどれくらい近づいたか、試してもよろしいでしょう」

「…小鳥遊ホシノにかな?」

「並ぶとは言えませんが、善戦はできるでしょう。彼女の神秘も魅力的でしたが──実験を介して、あなたの神秘も目覚め始めました」

そこで私は、手元から小さな牛乳入りの紙パックを取り出し、ストローを差し込む。

「文字通り、体そのものが生まれ変わる神秘──不完全ながら貴方が得た、『再生』の神秘です」

「我ながら、何とも奇妙な力だと思うけどね。外から見れば、非常にコミカルだよ」

「えぇ。しかしながら、『再生』というのが非常に興味深いものです。『超回復』でも、『剛体』でもなく、『再生』なのですから」

そこで私は、かつて黒服から聞いた、私の名前についてのことを思い出す。

実験で、『再生』が私の隠れた神秘と知った時、彼はフェニックス──火の鳥というものをイメージしたそうだ。

炎をその身に纏い、死んだ後にその灰の中から復活する──生まれ変わる事によって不死身を得る鳥。

 

「柚」はその名の通りの柑橘類であるが、近世では大小二種類の内、大きい方を「朱欒(しゅらん、ザンボ)」と呼んでいたそうだ。

「ナツ」は文字通り「夏」、熱を帯びた季節。

「朱」を含む別名がある果実の漢字と、炎のような熱さを想起させる季節からきた名前、そして間に挟まる「鳥」──辿り着くのは、「火の鳥」となるのだろうか。

 

「だからって、この名前はこじつけがすぎるんじゃないかな?」

「おや、不服でしたか。それならそれで構いませんが。ほとんど名前も失った貴方への手向けと思ったのですがね」

「まぁ、貴方から貰ったものだし、私は気に入ってるから良いけど。それと──その話は、私にはもう分からないと前にも伝えたはずだよ」

「おっと──これは失礼しました」

 

そう、神秘の活性化の実験の代償もまた、同時に生まれてしまっていた。

実験や彼の要望に応える代わりに、彼からの供給によって私はトリニティでの生活を保証してもらう──これが、彼と私の間にあった「らしい」契約の内容だった。「らしい」というのには実験の副作用が絡んでいる。

どういう訳か──私は、トリニティに編入するまでの記憶を、一切失ってしまっているのだ。

その為、どういった経緯で私が彼と契約に至ったか、何を思ってその契約を結んだか──その過程全ては謎のヴェールに包まれている。

最も、他に手段はいくらでもあっただろうに──その保証された生活を、私は未だに手放せず、そして手放せないところまで来ていた。

その執着だけは──何故か切り離せずにいた。

 

「しかし、いくら強力な神秘とはいえ、姿が変わっていくのは、貴方にとってもやり辛いものがあるでしょう。我々の作ったもので、現状は隠せてはいますが」

「そうだね。この姿がバレるのも、時間の問題だろうね」

 

私はそこで、耳にかけていた装置を指で軽く叩く。そうして、皆の知る『柚鳥ナツ』は──その場から姿を消す。

代わりに現れたのは──執事服のような恰好をした、黄と青のオッドアイを持つ少女の姿だった。

 

「この服装も、貴方なりの拘りあってのことかな、黒服?」

「さぁ、どうでしょうか──少なくとも、君は私の管轄内に置かれた存在。なら、最低限の礼節としての格好は重要と思ったまでですよ」

個人的には、これで戦闘するというのも難しいのだが、こういう訳で他の衣服を着るわけにもいかないらしい。仮にも、彼は私の雇用主であり、一応の立場としては『保護者』に該当するのだから。

 

「それに、その格好は謂わば大人の階段を上る最中の過程行事の一つ。あなたは、既に『契約』をした以上──その『契約』を違うことはできない。かの先生も言っていましたが、大人は『責任を負う存在』のようですからね。最も、私には分かりかねない概念ですが」

「・・・・・・」

責任──ふと、今までしてきたことを思い出す。

 

表向きでは、私はトリニティ総合学園にいる、平和な日常に溶け込んだ一人の生徒。その裏で──彼の依頼という指示の元、仕事の助力活動をしていた。

アビドス高等学校の小鳥遊ホシノを手に入れようと彼が動いたときは、カイザーPMCとの交渉時の護衛として付き添った。エデン条約が締結されようとした際は、ゲヘナやトリニティの学生に扮して、互いの不和を引き起こす為の工作活動をした。

アリウス分校襲撃時は、ベアトリーチェという他のゲマトリアへの協力の形として、物資を支援する際の連絡員だった。

そのいずれも──今私がいる表世界にとっては、世界に仇を為す行為でしかなかった。正直、そこに躊躇いや後悔が無かった訳ではない。

特に、アリウス分校の件に関しては、ずっと心の中がぐちゃぐちゃになったままだった。自分にとって大事な日常を、自分の手で非日常に包む──火の海になりかけたトリニティを見た時、本当に自分が火の鳥になってしまったかのような、異様な恐怖に心を締め付けられた。

それでも──彼らと過ごすあの日々は、何を持っても変えられない。誰かにとっての当たり前は、私にとってのロマン──『理想』なのだから。

 

「分かってる。契約が締結された以上、私は貴方に従う必要がある。それに、私の今手に入れてる生活が成り立つのは、貴方の支援あってのもの。そこに対する恩義は返すつもりだよ」

「良い心構えです、私も貴方を見つけた甲斐があったというもの──では、始めましょう」

 

「今回に関しては、ある程度の実力確認です。神秘のスペックを引き出すためにも、認識阻害はかけなくて構いません。アビドスの砂漠にて、小鳥遊ホシノ──暁のホルスへと、挑んでください。

 

柚鳥ナツ──『朱羽』」

 

「──了解」

 

 

 

 

 

 

-小鳥遊ホシノ視点-

 

夜。アビドスの街の近くのとある砂漠付近の廃墟にて。

 

「すっかり日が暮れちゃったねぇ」

私こと小鳥遊ホシノは、アビドス近郊のパトロールに出ていた中だった。

今回は少し遠出ということもあり、1日はどこかで野宿が必要になるだろうと考えていた。事前にグループトークにて、後輩たちには明日まで帰らないことは伝えておいた。

 

「しょうがない、寝る準備でもしようか。とはいえ、夜の砂漠は冷え込むから気をつけないと」

慣れてるとはいえ、改めて1人は寂しいものだと感じる。前に先生と一緒に過ごした時は、とても心地よい夜だったなぁと、ふとぼやきたくなる。明日にでも、久々に本音で話すのも悪くないかもしれない。

そう思いながら寝具や食料等々を取り出そうとして──

 

 

私は、側にあったショットガンの銃身を掴んだ。

 

 

「…出てきなよ。いるのは分かってるよ」

 

 

私の声に反応するかのように、コツ、コツという革靴の音が廃墟の奥から響く。

次第に音が大きくなるにつれ──音の主は、姿を露わにし始めた。身だしなみの整った執事服のような姿をした、オッドアイの少女。どこか柔らかな印象を与える顔立ちとは裏腹に──醸し出す雰囲気は真逆のものを思わせた。

その姿に、どこか自分っぽさと、それとは別のある人物を思い出し──私は、少々気分を害された気がした。

 

「うわぁ…何かの当てつけみたいだねぇ…偶然かなぁ?」

「いや──偶然ではないと思うよ。小鳥遊ホシノ」

 

穏やかな口調ながら、その相手は私の思惑に介入してきた。

 

「へぇ──ということは、ゲマトリアかな?」

「一応はそうなるね。少し違う点もあるけど」

「ほほ〜…例えば?」

「第一に、私は彼らのうちの一人の部下でしかない。第二に──」

 

そこで来訪者は、エンブレムのない無機質な盾と、装飾のない無地のサブマシンガンを構える。

「私は、自分の体が武器だから」

「…そりゃ助かるよ。おじさんとしても、腹の底の読み合いは苦手でねぇ」

愛銃のショットガンと、展開式の盾をこちらも手に取る。

「こっちのやり方でやれるなら、余計な手間も要らないしね」

「話が早くて助かるよ、暁のホルス──それじゃ、少し付き合ってもらうね」

「因みにお嬢ちゃん。君の名前とかは名乗らないの?私が君から思い出した奴は、私の呼び方を何故か気に入ってたりしてたけど。君にもつけてあげようか?」

「…知りたいなら、私を倒せば良いと思うよ。もしもらえるなら──ロマンのあるものにしてほしいね」

「成る程ねぇ。──教えてもらう方が早そうだ」

 

 

そして、暫しの沈黙の後──挑戦者は仕掛けてきた。

 

 

盾ごと近づいてくるのかと思いきや──いきなり、彼女は盾を水平に投げ飛ばしてきた。

それをこちらの盾で弾こうと思えば、その隙に身軽になった体で一気に懐に迫ってきた。

(──早い)

ばら撒かれたサブマシンガンの弾丸を身を屈めて回避する。こちらも屈んだ体からショットガンを放つが、彼女もまた横に身を翻す。

そのまま、先ほど投げ飛ばした盾を回転した体の左手で回収し、勢いで振り回してきたので、バックステップで距離をとりつつ、散弾を放つ。

が、振り回された盾に、上手く弾かれた。

 

「最近の若い子は、随分と元気がいいねぇ。秘訣でもあるのかな?」

 

排出された薬莢が、カランコロンと音を立てる。互いに、有効射程が短めの短距離タンク型構成。タフなもの同士の、力と力の押し合いだ。

「寝る子はよく育つ。かくいう私も、よく夢を見るからね」

「夢、かぁ──全く、草臥れたおじさんには耳の痛い話だよ。それとも──君のいう夢というのは、別の事なのかな?」

「さて、どうだろう。小鳥遊ホシノ──君は、現実でも夢を見るのかな?」

「どうだろうねぇ、前だったら違かったかもだけど」

 

互いの銃口から放たれる弾丸と、それを弾き合う二つの盾。時々混ぜ込まれる体術も含めながら、私と彼女は意味のあるともないとも取れる、着地点のない会話を続ける。

 

「今は、一人で夢を見ないように気をつけてるからね」

 

そして、展開式の盾をわざと仕舞い──回転させながら再展開して振りかぶる。

彼女からすれば、突然リーチが広がったような感覚を覚えただろう。届かないと思っていたはずの攻撃が届き、彼女の盾が大きく弾かれた。

そのガラ空きの体に──すかさず弾を打ち込んだ。

ショットガン特有の爆発的な破壊力は、至近距離で食らえば絶大な威力だ。無論、彼女もまた、致命的なダメージを受けたように、後ろに吹き飛んだ。

 

「良いのが入ったかな。さて──」

そうして彼女の状態を確認しようと、飛んでいった先に向かえば──奥から、小さな石が転がる音が聞こえる。

煙の奥から、おぼつかぬ足取りで彼女が立ち上がったようだ。すかさず、私は空薬莢を排出し、次弾を装填する。

「あまり無理しない方がいいよ、お嬢ちゃん。これ以上動くなら、もう1発大きいのを入れないといけないからね」

 

「──『朱羽』」

 

「ん?」

「ゲマトリアでの、私の呼称。それが『朱羽』だよ、小鳥遊ホシノ」

「そっか、『朱羽』ちゃんか。でも、その割には、君の体にその名前の由来は見えないけどねぇ」

「──すぐに分かるよ」

 

そう言ったかと思うと、彼女は懐から、白濁した液体の入った小瓶を取り出した。

 

「えっと…?」

「気にしなくていいよ。これはただの──

 

通過儀礼だ」

 

そういうと、彼女はその瓶の栓を開け──喉に流し込むように飲み干した。

 

 

瞬間──彼女の体が、全身が燃え上がる。

 

 

「!?」

あまりにも激しい熱に、思わず手で顔を覆う。

その奥で、包まれた当人の体は、徐々に黒くなっていき──姿が、見えなくなった。

 

かと思えば──消えた炎から、再び彼女が姿を現した。

しかし、異様なのは──

 

 

体にあったはずの多大なる損傷が、跡形もなくなっていた事だ。

 

 

「瞬間回復──いや、どこか違う。これは──」

「勘が鋭いね、暁のホルス。これは受胎──生まれ変わりさ。

 

私の体は、『再生』したんだ。一度死んで生まれ変わったんだよ」

 

それを聞いて、正直私は引かざるを得なかった。

「えぇ〜…そんなのってアリなの〜…?というか、途中燃えてたけど辛くない?」

「勿論、辛いとも。文字通り、一度死んで灰になり──再び生まれる訳だからね。だけど、もう慣れてしまったことだよ」

「…随分と、お労しい気がするのは、おじさんの気のせいかなぁ?」

「最初から神秘を身に宿してる、君にそれを言われると複雑だね、小鳥遊ホシノ。この力は望んで手に入れたものじゃないけど、望まずとも手に入れなきゃいけなかったものだからね」

「──実験かなぁ?」

「さて、どうだか。推測も洞察も、あくまで机上の空論さ」

 

二度目の戦闘──そう思って構えた私だったが、彼女は意外にもくるりと背を向けてきた。どうやら、帰ろうとしているようだ。

 

「…終わり?」

「今日はこれで。突然押しかけてすまなかったね」

 

元々、私も戦闘はめんどくさい性分だから、そこで終わるなら有難い話ではある。

だけど、はいそうですかと終わるわけにはいかない。私にも──彼女に疑問ができた。

 

「そこまで自分を削ってまで──『朱羽』ちゃんは、一体何を守りたいのかな。おじさんでよければ、話を聞くよ?」

「…何を言っているのか、分からないよ。仮にも、君を襲撃したのは私だよ」

「そうだね──ま、年長者の面倒見の良さって所かな。ただ従うだけの子なら、まずそこまで自分を追い詰めないもの。そういう子は大抵、命に換えても譲れないものを持ってるつよ〜い子だと、おじさん思う訳」

「……」

「ま、私が言えた義理じゃないけどねぇ…そんなに守りたいものがあるなら、ちゃんとそれを共有できる人は作っておいた方が良いと思うよ?」

後輩たちの顔を思い浮かべながら、そんな言葉を言った時──彼女は、歯軋りをしたかのように、悔しそうな、そしてどこか悲痛な顔をしていた。

 

「──私がほしいのは──貴方にとっては、当たり前のようなものだよ。それを失うくらいなら──私は──」

 

そこまで言って、続きを口にするのが耐えきれなかったのか──その少女は、その場を後にするように走り去っていった。

 

 

「──やれやれ、随分と不思議なお客さんだったねぇ。一応、先生にも連絡しておくかなぁ。また来たらちょっと厄介だけど」

そして私は、未だ硝煙と火薬のにおいが残る、壊れた廃墟の中で一晩を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

-柚鳥ナツ視点-

 

「…そうですか。やはり、まだ暁のホルスには及ばないと」

「うん…すまないけど、力不足だった」

「クックック…いえ、実験の経過としてはむしろ順調でしょう。次までのプロセスは踏めた以上、君を咎める理由もありません」

「…そっか。それじゃ──私は休むね」

「えぇ、今は休息を。それではお疲れ様でした、柚鳥ナツ」

 

黒服との電話を済ませながら、私は再び夜のトリニティの街中へと向かっていた。廃墟から離れ、郊外の暗い僻地を独りぼっちで歩く。

体の痛みはない。負った傷は癒えている。確かに神秘は機能している。

 

しかし──心に引っ掛かった針が、返しがついているかのように抜けない。心の傷は、何度生まれ変わっても癒える事はない。

 

『そんなに守りたいものがあるなら、ちゃんとそれを共有できる人は作っておいた方が良いと思うよ?』

 

小鳥遊ホシノ──自分を打ち負かした相手から、既に何度そうできたら良かったかと思う正論を言われ、私は思わず、表情に苦痛が現れてしまった。彼女はそれを、見てしまったのだろうか。

 

 

「そうできるなら──とっくにしてるよ」

 

 

そうぼやいた後に、ふと、さっきの炎を思い出す。体の全身を包み込み、灰になるまで燃やし尽くす炎。そして、片っ端から再び生を与える神秘。

ロマンという情熱など、冗談にもならない。それほどまでに、焦がし尽くすような熱さ。

その熱を思い出し──思わず自分の体を抱き抱える。

激しい熱は、時に悪寒を与えるというが──そんなものじゃない程の寒さを感じるような錯覚を覚える。

 

暑い。寒い。いや、暑い。いや──凍えるほどに寒い。

「うぅ…く…は、はぁ、はぁ…」

 

思い出せば、黒服と契約して最初に実験を受けた時。

私を含めた四人ほどが、実験を受ける為にその場にいたらしい。神秘を判明させるための実験は、想像を絶するもののようで、彼曰く「人が耐えられる境地の一歩二歩手前ぐらい」だったらしい。

その結果──私が、私だけが目覚めたのだった。

他の三人は目覚めることはなく、自分だけがその実験を乗り越えた時、黒服は、ただ一人生還した私を称賛し、一目置くようになった。

それは生の保証を告げると同時に──この苦しみは一生続くという暗示のようにも思えた。

もしかしたら、その時に私の過去も一緒に業火の中に消えたのかもしれない。側で目を覚まさなかった三人とも、もしかしたら何か関係があったのだろうか。

そう思った私は、彼らを見捨てずにはいられず、生活と一緒に彼らの生命維持を、契約の内に含んだ。それは、私自身が自分に課した、もう一つの枷だった。

 

そうして私は未だ──この牢獄から抜け出せずにいる。

 

絶え間ない熱と悪寒に耐えきれず、私は路地裏に倒れ込んだ。暫く動けそうにない中──畳み掛けるように、雨も降り始めた。

憩いのように思えるその雨も、今はただ神経に刺さる針でしかない。

 

「…痛い、よ…」

 

段々と、自分の惨めさを突きつけられている気がした。当たり前の日常を過ごすというロマンすら、私にとっては地獄と隣り合わせのものだ。誰もそこから掬い上げることはできない。その選択肢を選んだのは──紛れもない、自分自身だ。

 

「──ごめん──なさい──」

 

誰に届くとも知らない、雨に溶け込む謝罪の声。それは、一体誰に対してだろう。自分と一緒にいてくれる、自分を信じてくれている、あの子達に向けてか。

何を今更、謝るというのか。あの子達に隠れて私は──あまりにも多過ぎる、争いの火種をばら撒いてきたのだ。

たった一つの、自分のエゴの為に。ロマンだなんだという、仮初の理想の為に。

 

誰も裏切りたくなんてないのに。気づけば、取り返しのつかないところまで来てしまった。どれだけ後悔してももう遅いのだと、恐怖と不安が、哀しみを織り交ぜて涙を作り出す。一度涙を零したら、もう止めることはできなかった。

あとどれくらい続ければいいのか。あとどれくらい、隠さなきゃいけないのか。

 

ロマンをこれでもかと詰めたはずの心は、何かを訴えてはカラカラに飢えてしまった。

 

 

「──もう、嫌だ──痛いよ、辛いよ──誰か、助けてよ。助けて──みんな──」

 

 

そんな声すらも夜の雨は、虚しくどこかへと連れ去ってしまった。そうしてひとしきり、寂しく泣いた私にも、残酷に朝はやってきてしまう。

 

私がいつもみんなより遅れてやってくるのは──決まってこういう訳だった。

 

こうして、取り繕った朝が続く。貼り付けた笑顔の中で、憧れていたはずの当たり前の日常を、擬似的に謳歌する。

満たされたはずの空っぽの日々が、こうしていつまでも続く。

 

 

 

──そう、思っていた。

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