もしも柚鳥ナツが黒服の実験体だったらの話 作:GGenbuu
とある日の放課後。いつも通り集まっていると、アイリがふと私に話しかけてきた。
「あ、ナツちゃん。思い出したけど、ナツちゃんはもうすぐ誕生日だっけ?」
そう聞かれて、ふと思い出す。そういえば、前に聞かれた時に、『あの日』をそのまま誕生日にしてたんだっけ。
「あぁ、そういえばそうだったね」
「へぇ…意外とそういうのに無頓着なのね。てっきり、何か欲しい〜って強請ってくると思ってたけど」
「そうだね、ちょっと意外」
ヨシミとカズサが、ちょっと拍子抜けたような素振りを見せる。確かに、普段の彼らから見た私としては、違和感があるのだろうか。
ただ──忘れた訳ではない。忘れるどころか──覚えてないといけない日だからだ。
「ふふ、強請ったら何かくれるのかな。期待しても良いのかね?」
「ったく…言って損したって言いたいところだけど…ま、あんたの期待に応えるのも偶には良いか」
「いえ〜い。じゃ、楽しみにしてるよ。あ、でも──」
そこで、私はその日にやるべきことを思い出した。
「その日は、私にも用事があってね。受け取りは遅れちゃうと思う、すまないね」
「ふーん…良いけど、何か予定があるの?」
「なんて事はないさ。ちょっとした用事だよ」
「そういえば、あんた時々用事で抜けるわよね。ちょっと気にはなってたけど」
「ふふ、ヨシミ──謎があるほど、女は魅力的なものだよ」
「なんかムカつくわねコイツ…」
「そういうわけで、アイリ。すまないけど、もし貰えるなら翌日が好ましいかな」
「そっか・・・分かったよナツちゃん。ありがとう」
「うん、こちらこそ」
そうして、誕生日の件は一旦話から切り上げた。
じゃないと──『彼ら』のことを思い出して、息が苦しくなってしまうから。
-杏山カズサ視点-
その後、解散して帰ることにした私たち。
だけどその前に──私とヨシミはアイリに声をかけられた。
「ねぇ、二人ともちょっと良いかな?」
「ん?」
「どしたの、アイリ」
「その…ナツちゃんに何をあげれば良いかなって」
「うーん…基本的に思いつくのは、スイーツ名店の一級品とか?」
「でも、ナツのロマンから考えると、意外なものだったりもするよね。基本、ナツはお菓子全般を好むし」
「そうだね…できれば、思い出の味にしてあげたいと思うんだけど…」
「──じゃ、折角だしさ。あいつの好み、調べてみる?」
「え、調べるって・・・どうやって?」
「今度帰るときに、こっそり後をつけてみるの。きっと、気に入ってるスイーツ店とかあったら、あいつのことだから足を止めるはずよ!」
「成る程ね。でも、ちょっとストーカーっぽくない・・・?」
ヨシミの提案に、私は若干引く。人のプライベートを覗き見るのは、正直忍びない。
しかし、言われてみればナツの特別なお気に入りというと心当たりがない。牛乳はいつも飲んでいるが、それは明確にはスイーツではない。
「友達の好みを把握するのも、大事なことだし。それに──正直、あいつが何の用事で抜けてるかって考えるとね。こっそりどっかのスイーツを一人で楽しんでたりとかしてね!あんたはどう思う、アイリ?」
「う、うーん・・・」
少し悩んでいたアイリだったが、やがてコクリと頷いた。
「うん、少しだけなら。だけど、ホントに少しだけだよ」
「分かってるって!ほらカズサ、あんたは?」
「・・・はぁ。分かった分かった。好みが分かったら、すぐに引き上げる。それでいい?」
「OK、それで行くわよ!」
「うん、分かったよカズサちゃん」
そうして、次のナツのいう『用事』のある日に、みんなでナツの後ろを追うことにした。
だけどそれが──開けてはいけない、しかしいつかは開けられてしまう、パンドラの箱だったと。
私たちは、思い知らされることになる。
意外にも、その『用事』は、誕生日の前日にもあったようだった。
いつも通り別れた後に、ナツが一人で歩いて行ったのを確認した私たちは、話し合った通りに動き始めた。
「さ、それじゃ追うわよ!」
「うん・・・」
「はいはい」
そうして、なるべく気づかれないように距離を開けながら歩いていくと、彼女はある駅の方へと向かっていった。
「電車に乗るみたいね。どこかの大きい繁華街でも行くのかしら?」
「うーん・・・もう少し見ないと分からないかも」
「引き続きって感じかな」
そこで、隣の車両に3人で乗る。車両の間の通り道から、硝子越しにナツを見ると、彼女はスマートフォンを見ていた。ただ──その表情に、妙な違和感を覚える。
「ねぇ・・・ナツちゃんって、あんなに強張った顔するんだね・・・」
「なんか、まるで今から重要な試験でも受けに行くような感じに見えるけど」
「何かの、争奪戦にでも向かうの・・・?」
そうして私たちが手をこまねいていたら、ある駅でスッと彼女は降りた。確かに人通りはある程度多い駅だったが、少々予想外の駅でもあって、私たちは不意を突かれた。
「ほ、ほら!降りるわよ!」
「う、うん・・・」
慌てて3人でおり、改札を抜けたナツを再び追跡する。そして彼女が向かっていく先は──
繁華街どころか、知らない高層ビルの前だった。
「・・・は・・・?」
「どういう、こと・・・?」
「あ、中に入っていったね・・・」
高層ビルの奥に、ナツは一人で入っていく。流石にビルの中までは入っていけず、入り口付近でじっと待つことにする。しかし──中々出てこない。
「長いわね・・・一体何をしてるのかしら」
と、ヨシミが言った所で、ようやくナツがビルから出てきた。しかし、その表情は──更に、険しいものになっていた。
「・・・どう、見ても・・・」
「あんな表情、普段からは考えられないね・・・」
やがて、ナツはゆっくりと別のどこかへと歩き出した。どこか覚束ないというか、行くかどうかを逡巡しているような。
「どうする?アイリ的には、『少し』ってここまでって感じ?」
「──ううん。そんなことを言ってる場合じゃないかも。なんだか、そんな気がしてきたの」
「奇遇だね、私もだよ。こんな知らないビルに長く入って、家にも帰ろうとしない──明らかに、ナツは何かを隠してる」
そこから先は、言うまでもなかった。友人が何かの危機に巻き込まれている──そんな悪い予感が、私たちの脳内によぎり始めた。顔を見合わせて、再びナツの後を追う。
そうして辿り着いたのは──どこかの隔離されたような、僻地のある施設だった。周りの建物も少なく、そこがなんのための場所なのかの検討もつかない。
「何・・・ここ?」
「ナツ・・・あんたは、一体・・・?」
すると、その中にナツはまたもや入っていく。人影は無く、さっきのビルと比べると、こちらなら中に入って追っても問題は無さそうだった。
無機質で薄暗い壁や床の先を、バレないようにゆっくりと陰に隠れながら移動する。
暫く行った先で──何やら、不思議な音が聞こえる。それは、心電図のように小刻みに繰り返す音だった。
「これって・・・病院でよく聞く音だよね」
「もしかして──大事な用事って」
そして──ナツは、ある透明なガラス張りの部屋の前に立っていた。電気は極力少なく、日差しもカーテンでなるべく遮られていた。
その部屋の中には──
横たわった人がいる、ベッドが三つ。
「「「───!?」」」
木製のドアをゆっくりと、音もなくナツは開ける。これまでに聞いたこともない程に、か細く優しい声で呟いていた。
「ただいま──遅くなって、ごめんね」
数歩程、部屋の中に入った後、再びドアは閉じられる。硝子越しに、ナツがドアを背もたれにして、床に座り込んでいるのが見える。
部屋の中から、微かに話し声のようなものが、途切れ途切れに聞こえてきた。
「明日で───君たちも────────私は思───君たちの事──────────彼も───────知らない方が──────────もう良い────────急に───そんなロマ────────未だに───誰かも知ら───────────耐えきれ───」
──その話声が、途切れたかと思えば。
「うっ・・・ぐっ・・・・・・うぁぁ・・・」
私たちが知っている彼女の声で──全く聞いたことの無い、限界のようにすすり泣く声が聞こえてきた。
「・・・そんな・・・あの声って・・・」
「ナツ、よね・・・?」
「──なんで、あいつがこんなことに──」
真偽も分からないままに、私たちが聞いていると──
ドアが開いた。
ナツは、ふらふらと覚束ないような足取りで、部屋から出てきた。あまりにも唐突だったかつ、予想だにしない出来事の連続で──私たちは、隠れる隙を作ることも出来なかった。
結果──ナツと私たちは──目が合ってしまった。
「・・・あ・・・」
「・・・ナ、ナツちゃん・・・」
「・・・あんた・・・」
しまった──そう思ったのも束の間。
ナツのバッグが──鈍い音を立てて落ちた。
「何で──ここに──」
その時の彼女の顔を、この先忘れることは決してないだろう。
自分の世界が切り裂かれる絶望。親しい人に奥底を知られる恐怖。裏切り裏切られた者の辛苦。そして──あまりにも深い、心の溝を生む悲哀。
それがごったまぜになったような、普段のふわりと優しく笑うナツとはかけ離れた、彼女の表情に──私たちは一瞬で察した。
今、私たちは──この子の決して踏み入れてはいけない領域に、強引に入ってしまったのだと。
「どうして──なんで──なんで、みんな、ここに────い、いやだ──いやだ、いやだ──いやだぁ──」
そして、落としたバッグもそのままに──私たちとは反対方向に、一目散に走り出したのだ。
「───ッ!?ナツ!?」
「ナツちゃん・・・!!」
「待って・・・待ちなさい、ナツ!!」
その後を、私たちは慌てて追いかける。頭の中が真っ白になりながらも、ある直感が私の中でひしひしと訴えてきた。
今ここで見逃がせば──二度とナツには会えなくなるだろうと。
施設を飛び出し、曇天の空の下、彼女と私たちはアスファルトの上を走っていた。
だが、その逃走劇は──石に足を取られ、転んだナツに追いついたことで、終わりを迎えた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・ナ、ナツ!!!あんた・・・あれは一体どういうことなの・・・!?」
私が、転がったナツの両肩を掴み、押し寄せるように聞く。
「なんで、あんなところで・・・全く知らない誰かに会いに行ってるの──まさか、あの子たちが、あんたにとって、本当に大事な──」
「離してッ!!!」
「「「!?」」」
突然の大声に、私たちは反射的に怖気ついてしまった。それに気圧されたまま、彼女は私の手を強引に振り払う。
「何すんの、あんた──────」
思わず怒鳴ろうとして────ナツを見て、私の思考が止まる。
耳元から、地面に何かの小さな装置が落ちたと同時に──ナツの姿が、剝れていく。
制服も、盾も、銃も──鮮やかな色を失っていき、黒い礼服と無機質な武器に染まっていく。
赤かったはずの目の色が──黄色と青のオッドアイに。
そうして剝れたメッキの中にいたのは──『柚鳥ナツ』ではない、全く心当たりなどない誰かの姿だった。
「ナツ・・・」
「ナツ、ちゃん・・・」
「・・・ナツ」
その名前を聞き──彼女は、自虐気味に薄っすらと笑った。
「ごめんね、みんな──もう、その子はいないんだ」
「私は、放課後スイーツ部の『柚鳥ナツ』じゃない──ゲマトリアの一人、『黒服』の部下──『朱羽』だ」
「ゲマ・・・トリア・・・?ナツちゃん・・・いったい・・・」
「何、訳わかんないこと言ってんの・・・ねぇ、嘘でしょ・・・何かの冗談だって言いなさいよ・・・」
「嘘でも、冗談でもないよ──私は、そもそも生徒ですらない。キヴォトスっていう世界に歯向かう──ただの、犯罪者だ。今の今まで──ずっと、ずっと。みんなに、隠し続けてきたんだ────」
「犯罪者・・・どうして、それがあの子たちと繋がるの・・・?」
「アイリ──トリニティの生活も、あの子たちの治療も──私からすれば、沢山のお金が必要なんだ。それこそ、莫大なお金が。だから私は──契約したんだ。言われた通りにすれば、それを保障してくれる人と。私は、契約をしてしまったんだ」
「契、約・・・?」
「ナツ…あんたは…私たちにずっと──」
そう、アイリとヨシミが困惑しているその横で。
「────ふざ、けんなぁぁぁぁぁっ!!!」
私は──気が付けば絶叫していた。そしてそのまま、ナツに殴りかかろうとしていた。それを、後ろから慌てて駆けつけたアイリとヨシミに無理やり止められる。
「駄目ッ・・・やめて、カズサちゃん・・・!!!」
「カズサ!!!あんた、何しようとしてんの!?止まりなさい!!!」
「放して、放してよ二人ともッ!!!こいつを──この馬鹿の言ってることを──否定しないと、私は────」
「お願い、カズサちゃん!!!ナツちゃんの顔を見て!!!ちゃんと、見て!!!」
「顔って────────────」
アイリに言われた通りに、ナツの顔を見て────私は、自分のやってしまったことをはっきりと思い知らされた。
彼女の瞳からは光が消え、とめどなく大粒の涙が流れていた。その表情は──まるで、『もう全部終わりなんだ』という、諦めと悲嘆に屈服したかのように、くしゃくしゃになっていた。
「ナ、ツ・・・」
「・・・だよね。やっぱり──こうなっちゃう、よね」
そのまま、彼女は涙混じりの声のまま、私たちを見つめる。
「そうだよ──ロマンは、『理想』は────幻でしかないんだ。どれだけ追い求めても──結局、現実は残酷だ──」
それを見て、込み上げてきた激しい怒りが急速に萎み、代わりにやってきたのは──彼女が奥底で望んでいた期待を裏切ってしまったという、罪悪感だった。
「……あんた自身が、こんなことになっちゃうのを望む訳がない、よね……あんたも、あたしと同じだったんだ……」
「…うん。でも──迂闊だった。いつもなら、ちゃんと来てないか確認してたのに──みんなからのプレゼントの話で、ちょっと浮き足立っちゃったのかもね。どっちにしても、心が沈むことだから。早く済ませたくなって、焦ったのか──」
「…ナツちゃんも、私たちといることが、ずっと──」
「うん──とても。とても、楽しかった。嬉しかった。トリニティの学校に入ってから、皆と一緒にいて──沢山の、ロマンに出会えた。『日常』を過ごせた。
だけど──」
そこで、彼女は踵を返し始める。泣いていた顔も、徐々に見えなくなる。地面に落ちていた装置を手に取り、ゆっくりと耳元にかけた。
「もう、みんなとはいられない。もう──私は、『日常』には戻れない」
嫌な予感がした。このままでは、いなくなってしまう。私たちが友達と信じて疑わなかった子が──私たちの知らない世界へと、いなくなってしまう。
「駄目ッ・・・ナツ・・・ナツッ!!!」
「どうか──追いかけないでくれ。この先は──私だけが行く世界だ。みんなには、来てほしくない世界だ」
「ありがとう──みんなといた『日常』が、私にとって一番の──ロマンだったよ」
そう言った瞬間──ナツは、手に持った盾で私たちを弾き飛ばし、サブマシンガンを撃ち込んだ。
「うぐっ・・・!?」
その弾をもろに食らった私たちは、立て続けにナツから攻撃を受け──瞬く間に、意識を手放していった。
「ナ・・・ツ・・・」
消えゆく意識の中で、私たちは遠ざかっていく背中を、ただ眺めることしかできなかった。
そして、次に目を覚ました時には────私たち三人だけが取り残されていた。
ショックのあまり、呆然としてしまったヨシミ。
気づいてあげられなかったと、後悔で泣き崩れたアイリ。
そして私は──何の相談もさせてあげられず、たった一人で行ってしまったナツのことを思い出しては、悔しさに泣き喚きながら、血のにじんだ拳で地面を叩くことしかできなかった。
一度放たれた火種が、全てを焼き尽くす大火事になってしまうように。私たちの日常は、呆気なくも──粉々に砕かれてしまった。
そうして暫く、私たちが何もできずに俯いたままだった時。
それを変えてくれたのは──
日が暮れそうな頃にかかってきた、想定外の相手からの電話だった。
時は、少し先。
夜が近づく、夕刻ごろの話に移る。